第19話 神様、カラオケとは何ですか
ミカ様のけーたいが動くようになってから、二日が経った。
使用には、いくつか決まりができた。
何かを送る時は神官長へ確認する。
生き物は送らない。
大きな物も送らない。
その説明が終わったところで、ミカ様が手を挙げた。
「あと、神官長さん勝手に送るの禁止ね」
「なぜ私だけ別なのです」
「だって、めっちゃ心配そうだったじゃん」
「当然です」
今のところ、ミカ様が人間を送ったという報告はない。
今のところは。
その日の午後。
ミカ様はだべり場で、けーたいの写真を眺めていた。
「うわ、これカラオケじゃん」
隣にいたリナが画面を覗き込む。
「からおけ?」
「そ。懐かし」
薄暗い部屋の中で、ミカ様と何人かの少女が肩を寄せている。
一人は細長い筒を持ち、後ろには大きな画面。
机の上には飲み物が並んでいた。
「何をする場所なのですか」
「歌うとこ」
「ここで?」
「曲流して、マイク持って歌うの。友達と行ったら順番に歌ったり、みんなで歌ったり」
リナは写真をもう一度見た。
「聖歌堂とは、ずいぶん違いますね」
「そりゃ違うし」
「楽団も見当たりませんが」
後ろから声がした。
神官長だった。
「いないよ。機械から音出るから」
「楽団の代わりをする道具があるのですね」
「まあ、そんな感じ」
神託石が光った。
――昨日も、カラオケへ行きたいと言っていたな。
「言ったっけ?」
――言っていた。
「神ちゃん、記憶よすぎじゃん」
――アンテナ三本だからな。
「それ、便利な言葉になってない?」
神官長が神託石を見る。
「主よ。今度は何もなさらないでください」
――今回は聞いているだけだ。
「前回も、最初はそうでした」
少し間があった。
――では、詳しく聞くだけにする。
「主よ」
「聞くだけならよくない?」
よくない気がする。
だが、ミカ様はもうけーたいの画面を見せながら説明を始めていた。
「ここで曲選んだら、音が流れんの。で、画面に歌詞出るから、それ見て歌う感じ」
「その筒へ向かって?」
「マイクね。声でかくなるやつ」
「なるほど」
「あと、歌い終わったら点数出たりする」
神官長の顔が上がった。
「歌に点数を?」
「ゲームみたいなもんだって」
「何を基準に採点するのです」
「知らん。機械が勝手に決めるし」
神官長は眉を寄せた。
主は違った。
――面白そうだ。
「楽しいよ。あー、久しぶりに行きたい」
ミカ様が写真を見ながら笑った。
神託石が光る。
――なら、作ってみよう。
「え」
「主よ、お待ちください」
神官長が止めた時には、もう遅かった。
――今回は、勝手に同じものを作るのではない。
「では何を」
――この世界の魔法で、カラオケを作る。
ミカ様が顔を上げた。
「それ、できんの?」
――分からない。
「神ちゃん、やる気しかないじゃん」
――ミカが教えてくれれば、たぶん。
ミカ様は少し考えた。
すぐに笑った。
「じゃあ、やってみよっか」
神官長が目を閉じた。
最近、よく見る。
◇
三日後。
使われていなかった小部屋が、一つなくなった。
代わりに、カラオケができていた。
扉を閉めると外へ音が漏れず、壁際には長椅子。
正面には大きな水晶板。
机の上には曲を選ぶ魔法盤と、細長い魔道具が二本並んでいる。
部屋へ入ったミカ様は、しばらく何も言わなかった。
「何か違いますか」
神官長が尋ねる。
「いや」
ミカ様は部屋を見回した。
「普通にカラオケじゃん」
水晶板が光る。
――今回は、うまくできた。
「神ちゃん、ここにもいんの?」
――いる。
「まじ便利になったね」
「喜ぶところなのでしょうか」
神官長は魔法盤の方を調べていた。
「ミカ様が覚えている曲も、いくつか入っているそうです」
「マジ?」
ミカ様がすぐに隣へ行った。
指を滑らせていた手が、あるところで止まる。
「うわ、これあるじゃん!」
我々には分からない題名だった。
ミカ様は迷わずそれを選んだ。
部屋に音が流れる。
「これこれ!」
細長い魔道具を掴む。
リナが横から見る。
「それが、まいくですか?」
「そ。こうやって持つの」
そのまま歌い始めた。
私は、ミカ様が歌うところを初めて見た。
上手いかどうかは分からない。
少なくとも、楽しそうではあった。
途中で歌詞を忘れたらしく、
「ここ何だっけ」
と普通に言ったあと、そのまま続きを歌っている。
ノアが笑った。
エマも笑う。
「歌詞を見ながら歌えるのですね」
神官長だけは水晶板を見ていた。
「そういうもんだから!」
ミカ様が歌いながら返す。
その時。
風が吹いた。
ミカ様の髪が揺れる。
「ん?」
リナが天井を見た。
空があった。
青い。
さっきまで天井だった場所に、夏の空が広がっている。
壁の向こうまで続いていた。
花びらまで飛んでいる。
「うわ!」
ノアが立ち上がった。
ミカ様も一度だけ上を見た。
「なにこれ!」
そう言いながら、歌うのはやめなかった。
最後まで歌い切る。
音が止まった。
青空も消えた。
花びらもない。
最初から何もなかったように、いつもの天井へ戻っている。
水晶板に数字が出た。
八十六。
「低っ」
ミカ様が言った。
神官長は天井を見ていた。
「今のは何ですか」
「八十六点」
「そちらではありません」
「じゃあ知らんし。うちも初めて見たし」
神官長はすぐに壁際へ向かった。
術式を確認し、水晶板を調べ、魔法盤にも触れる。
その間に、ノアがまいくを取った。
「次、僕!」
「待ってください」
「今の調べるんだろ?」
「そうですが」
「じゃあ、もう一回やった方が分かるじゃん」
神官長が止まった。
ノアはもう曲を探している。
「これにする!」
「読めるのですか」
「勇者って書いてある!」
嫌な予感がした。
歌が始まった。
しばらくは何も起こらない。
ノアが大きな声で歌い、腕を振り上げたところで、その背後に巨大な光の剣が現れた。
「出た!」
ノアが振り返る。
「触らないでください!」
「でも剣だよ!」
「だからです!」
光の剣は、最後までそこにあった。
歌が終わると消えた。
七十二点だった。
「ミカより低い!」
「勝ったし」
「もう一回!」
「まだやりますか?」
神官長が止める前に、エマが魔法盤を覗き込んでいた。
「あ、これお菓子の歌だよ」
次は甘い匂いがした。
光でできた菓子がいくつも浮かび、エマの頭の上をゆっくり飛んでいく。
「お菓子!」
手を伸ばす。
すり抜けた。
「食べられない!」
「そりゃ映像じゃん?」
「先ほどの剣には魔力反応がありました」
神官長が言った。
「じゃあ、これは?」
「分かりません」
「食べられるようにできない?」
「しません」
エマは九十一点だった。
「勝った!」
「なんで!?」
ミカ様が水晶板の前へ行った。
「絶対うちの方がうまかったって!」
「九十一点だよ」
「採点おかしいし!」
その後ろで、リナがまいくを持っていた。
「私も、よいのでしょうか」
「歌お歌お」
ミカ様に促され、リナは小さく頷いた。
選んだのは、ゆっくりとした歌だった。
歌い始めて少しすると、部屋の空気が柔らかくなった。
光が差したわけでもない。
何かが現れたわけでもない。
ただ、さっきまで大声で騒いでいたノアが、いつの間にか静かに座っている。
私も少し眠くなった。
歌い終わったリナが、まいくを下ろす。
「今のも、何か起きたのでしょうか」
「たぶん」
ミカ様が長椅子へ背中を預けた。
「なんか、めっちゃ落ち着いた」
神官長は、また何かを書いていた。
一通り終わったところで、全員が神官長を見る。
「私は歌いません」
まだ誰も何も言っていなかった。
「聞きたい」
ノアが言った。
「私も」
エマも言った。
リナまで神官長を見ている。
「私も、少し聞いてみたいです」
水晶板が光った。
――私も聞きたい。
「主よ」
しばらくして、神官長はまいくを受け取った。
「一曲だけです」
「何歌うの?」
「聖歌です」
「カラオケで?」
「他に知りません」
伴奏が流れた。
神官長が歌い始める。
上手かった。
「神官長さん、歌うま」
ミカ様が小声で言った。
その声が聞こえなかったのか、神官長はそのまま歌っている。
白い光が広がった。
今度は、すぐに分かった。
壁に白百合が咲く。
一輪ではない。
歌に合わせて増え、光の花びらが部屋の外へ流れていった。
開いていない扉を抜ける。
廊下の先へ消えていく。
「これ、大丈夫?」
ミカ様が聞いた。
誰も答えられなかった。
歌が終わる。
白百合が消えた。
水晶板には、九十八点。
「神官長さん、それ十八番じゃん」
「聖歌です」
「九十八点だって」
「何を基準に採点しているのですか」
水晶板が光った。
――二点は、ノリ。
神官長の顔が上がった。
「主よ」
◇
神官長の歌が終わった頃。
救護室では痛みを訴えていた者が少し楽になり、疲れていた神官たちも身体が軽くなったらしい。
報告を聞いた神官長は、その日のうちに新しい紙を書き始めた。
「またルール増えてんじゃん」
「増やします」
「今回は神ちゃん、ちゃんと作ったんでしょ?」
「そこが問題なのです」
神官長は筆を置いた。
「少なくとも、あの部屋には歌を魔法へ変える術式はありません」
「でも、なったじゃん」
「なりました」
「じゃあ、カラオケってそういうもんなんじゃない?」
「違います」
「でも、うちのいたとこでは空出なかったしなー」
ミカ様が首を傾げる。
神官長は何も言わず、また紙へ向かった。
使用時には神官が立ち会うこと。
何が起きるか分からない歌は、一人ずつ試すこと。
攻撃的な内容の歌については、当面使用を控えること。
「みんなで歌ったらどうなんの?」
神官長の筆が止まった。
「試しません」
「聞いただけじゃん」
「試しません」
ミカ様は机に頬杖をついた。
「でもさ」
神官長が顔を上げる。
「平成と魔法って、めっちゃ相性よくない?」
「なぜ平成に限定するのですか」
「だって、うちが持ってきたやつ、だいたい変なことになってんじゃん」
神官長は答えなかった。
神託石が光った。
――相性、よいかもしれない。
「ほら」
「喜ぶところではありません」
ミカ様は、カラオケの部屋がある方を見た。
「でも、めっちゃ懐かしかった」
神託石が静かに光る。
――なら、よかった。
「うん」
「よくはありません」
神官長が言った。
カラオケは閉鎖されなかった。
翌日から神官の立ち会いが必要になった。
予約は、もう三組入っていた。
### 記録十九 カラオケについて
カラオケとは、用意された伴奏に合わせて歌う遊びである。
画面には歌詞が出る。
歌い終わると点数も出る。
主が作られたものも、おおむねその通りだった。
ただし。
歌うと、何かが起きる。
ミカ様が歌った時は、部屋の中に夏空が現れた。
ノアの後ろには剣が出た。
エマの周囲には菓子が飛んだ。
リナが歌うと、だべり場が静かになった。
神官長の聖歌は、救護室まで届いた。
歌を魔法へ変える術式は見つかっていない。
主も、そのようなものを作った覚えはないと仰っている。
似たことは、これで三度目になる。
ミカ様は、
「平成と魔法、めっちゃ相性よくない?」
と言っている。
主も否定されなかった。
神官長は、まだ認めていない。
なお。
神官長の得点は九十八点だった。
残りの二点について、主は、
――ノリ。
と仰った。
現在、神官長はノリについて調べている。
たぶん、分からない。




