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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第三章 神はどこから学んでいるのですか?

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第14話 神様、指示コメとは何ですか


 リナの朗読練習は、翌日から始まった。


 朝の仕事を終え、昼の片づけまで少し時間が空いた時、リナはだべり場の机へ『白百合聖典 やさしい解説』を置いた。椅子に座って頁を開き、深く息を吸う。


「泣く者のそばに膝をつく者を、主は遠ざけぬ」


 一文読んだところで止まり、もう一度最初へ戻る。


「泣く者のそばに、膝をつく者を――」


「もっと大きい声の方がいいよ」


 リナの声が止まった。


 いつの間にか、ノアが向かいに座っていた。


「ノア。いらしたのですか」


「うん。途中から。でも、ちょっと聞こえなかった」


「まだ練習ですので、小さな声でもよいかと……」


「でも本番はもっと人いるんでしょ?」


 本番、と聞いてリナの背筋が伸びた。


「そうですね。では、もう少し声を出してみます」


 息を吸い直す。


「泣く者のそばに膝をつく者を、主は遠ざけぬ」


「今度は早い」


 ノアの隣から、エマが顔を出した。


「途中、何言ってるか分かんなかった」


「では、少しゆっくり……」


 リナは最初の頁へ戻った。


「泣く者の、そばに、膝をつく者を――」


「少し区切りすぎではありませんか」


 窓辺から老女が声をかける。


「リナさんのお声は、そこまで一語ずつ分けなくてもよく聞こえますよ」


「では、大きく読んで、ゆっくり。それで、区切りすぎないように……」


「もっと大きい方がいいよ」


 ノアが言う。


「ゆっくりも忘れないでね」


 エマも加わった。


 リナは開いた頁を見下ろす。


「大きく、ゆっくり、区切りすぎず……」


「その箇所ですが」


 さらに神官長まで加わった。


 いつからいたのかは分からない。


「『膝をつく者を』の後は、一拍置いた方が次の句へ意味が繋がりやすいでしょう」


 リナは指でその箇所を押さえた。


「ここで、一度ですね」


「ええ。それから『遠ざけぬ』は主の意志を示す箇所ですので、語尾を落としすぎないように」


「最後は落とさない……」


「先ほどの『そばに』も、第二音節を強くすると地方訛りに聞こえる可能性があります」


 頁をなぞっていたリナの指が止まった。


「少々、お待ちください」


「あと姿勢」


 ノアが言った。


「背中まっすぐの方が声出るって」


 リナは本を持ったまま、視線だけを左右へ動かした。


「では……大きく、ゆっくり、区切りすぎず、一拍置いて、語尾を落とさず、姿勢を正して」


 リナはしばらく黙ってから、もう一度頁へ目を落とした。


「……やってみます」


「泣く者の、そばに――」


 すぐに声が止まる。


「今のは、どこが違いましたでしょうか」


「さっきより小さい」


「少し意識しすぎていますね」


 指摘が飛ぶたび、リナの指が本の端を強く握っていく。


 どれも間違ったことを言っているわけではないため、誰も止まらなかった。


「ちょ、待って」


 だべり場の端から、ミカ様の声がした。


 椅子に横向きに座り、ずっとこちらを見ていたらしい。


 ミカ様はリナを指さした。


「リナ、顔やばいじゃん」


「……大丈夫です。皆様が教えてくださっているだけですから」


 ミカ様は今度は周囲を見回した。


「みんな、リナのこと応援したいんでしょ?」


 ノアとエマが頷く。老女も、神官長も否定しなかった。


「でもさ、そんな一気に言われても全部できないって」


 神官長がゆっくりと口を開いた。


「助言は必要ありませんでしたか?」


「ううん。でも、ちょっとずつにしないとパンクすんじゃない?」


 神官長が黙った。


 ミカ様はリナを見る。


「さっきは、どうやって読もうとしてたん?」


「どうやって、と言いますと」


 リナは少し考え、困ったように頁を見た。


「……読むことで精いっぱいでした」


「でしょ?」


 ミカ様が机へ頬杖をつく。


「応援って、先生になることじゃなくない?」


 白百合の間から鐘が鳴った。


 神官長が顔を上げる。


「主よ」


 我々が白百合の間へ向かうと、神託石はいつもより強く光っていた。


 表面に文字が浮かぶ。


 ――指示コメ、よくない。


 誰も意味が分からず、しばらく石を見ることになった。


「主よ。指示こめ、とは何でしょうか」


 神官長が尋ねても返事はなく、今度は全員の視線がミカ様へ集まった。


「コメって米?」


「では、指示された米という意味でしょうか」


「何それ。美味しいの?」


「では何ですか」


「いや、だからうちは知らんって」


 神託石に、もう一文が浮かぶ。


 ――応援と指示は、違う。


 神官長が文字を読み返した。


「後半については理解できます」


「前半は?」


 私が尋ねる。


「分かりません。ただ、応援を理由に本人へあれこれ命じるべきではない、という意味でしょう」


「あー、そういうこと」


 ミカ様が言う。


「で、指示コメってなんなん?」


「分かりません」


「神ちゃん、また変なの持ってきてる。どっから持ってくんのそれ」


 神託石は明るく光った。


 反省している様子ではない。


 だべり場へ戻ると、ノアがミカ様の袖を引いた。


「じゃあ、何すればいいの?」


「何が?」


「リナの応援。何も言わない方がいいの?」


 ミカ様は少し考えた。


「うーん、寄せ書きとかしてみる?」


 また知らないものが増えた。


「よせがき」


 神官長が復唱する。


「一枚の紙に、みんなで一言ずつ書くやつ」


「何を書くのですか」


「応援とかメッセージとか、なんでもいいと思うけど」


「ですから、その内容を聞いているのですが」


「それは自分で考えるの。相手に伝えたいことを書くの」


 神官長は黙った。


「解像度ですか」


 私が言うと、神官長がこちらを見た。


「その言葉を普通に使わないでください」


「神官長も昨日から使っておられたではないですか」


「それは、主の御言葉ですので」


「どっちだし」


 ミカ様が言った。


 神官長は反論しなかった。


 一枚の大きな紙が用意され、最初にノアが筆を取った。


「何書けばいい?」


「リナに言いたいこととか、伝えたいこととか」


「さっき、大きい声って言ったけど」


「それ書いたら指示コメになるんじゃない?」


 ノアは筆を持ったまま止まった。


「じゃあ、書かない方がいい?」


「他にも色々あるっしょ。あんたたち仲いいんだから」


 しばらく考えたあと、ノアはリナを見て、ゆっくり筆を動かした。


 リナのよむの、すき。


 大きさの揃わない文字を見て、ノアがミカ様を振り返る。


「これなら指示じゃない?」


「そうそう。そういうこと」


 リナも横から読み、小さく笑った。


「ありがとうございます。そう言っていただけるとは思っていませんでした」


 次に筆を取ったエマには迷いがなかった。


 さいごまできく。


「それだけ?」


 ノアが聞く。


「だって、最後まで聞くもん」


「それ、応援になるの?」


 リナが文字を見ると、ミカ様も横から紙を覗き込んだ。


「めっちゃよくない? 最後まで聞いてくれるんでしょ」


 リナはもう一度、その短い文字を読んだ。


「……それは、嬉しいです」


 老女は少し時間をかけて、


 急がなくて大丈夫です。


 あなたの声は、よく聞こえています。


 と書いた。


 リナはその二行を何度も読んでいた。


「神官長さんも」


 ミカ様が紙を渡す。


「私は先ほど、十分に助言をしました」


「今度はちゃんと応援してあげなよ、お手本見せてよ」


 神官長は渋々筆を取り、しばらく考えてから書き始めた。


 此度の朗読が滞りなく遂行され、主の御言葉が正しく皆へ伝達されることを――


「長っ」


「まだ一行目です」


「一言って言ったじゃん」


「内容を正確に記すためには」


「応援だって言ってるじゃん」


 神官長は自分の書いた文字を見つめ、一度線を引いた。


 もう一度筆を置く。


 あなたが読む言葉は、もう届いています。


 ミカ様が頷く。


 リナはその文字を見たまま、しばらく何も言わなかった。


 神官長が少し居心地悪そうに咳払いをする。


「事実を書いただけです」


 そこでようやくリナが顔を上げた。


「それでも、嬉しいです。ありがとうございます」


 最後にミカ様が書いた。


 失敗しても、別によくない?


 神官長がすぐに口を開く。


「応援として適切でしょうか」


「失敗すんな。って言われるよりいいっしょ」


 リナはその言葉を見て、少し笑った。


「確かに。失敗してはいけないと思うと、それだけで怖くなりますから」


 五人分の文字が並んだ紙を、リナは端から一つずつ読み直した。


 ミカ様がそれを持ち上げる。


「はい。これ、リナの」


「私が持っていてよいのですか」


「リナに書いたんだから、そりゃリナのでしょ」


 リナは両手で受け取った。


「では、大切にします」


 その日の夕方、リナはもう一度だけ練習をした。


 聖典の横には、先ほどの寄せ書きが置かれている。


「泣く者のそばに、膝をつく者を――」


 少しつかえたところで、寄せ書きの一部が淡く光った。


 急がなくて大丈夫です。


 老女の文字だった。


 リナは一度息を吐き、もう一度読む。


「泣く者のそばに膝をつく者を、主は遠ざけぬ」


 声が小さくなると、今度は神官長の文字が光った。


 あなたが読む言葉は、もう届いています。


 リナは息を吸い直し、そのまま次の行へ進んだ。


 途中でノアが身を乗り出し、口を開きかけて止まる。


「今の、指示コメになる?」


 小声で聞かれ、私は尋ねた。


「何を言おうとしたのですか」


「もっと大きくって」


「でしたら、今は言わない方がよいでしょう」


 ノアは座り直した。


「じゃあ、聞いてる」


 リナは途中で一度間違えたものの、読み直してそのまま最後まで続けた。


 読み終えたところで、ノアの文字が光る。


 リナのよむの、すき。


 それを見て、リナが笑った。


「うん。ちゃんと読めたね」


 ミカ様が言う。


 リナはまだ閉じていない聖典を見下ろした。


「途中で、一度間違えました」


「別に良くない?最後まで読めたんだし」


「……そうですね」


 リナは寄せ書きへ目を向けた。


「本番でも、こんなふうに読めるでしょうか」


「今日はちゃんとできたんだから、それでいいんじゃない?」


 少し考えてから、リナは頷いた。


「そうですね。では、昨日よりは進めたことにします」


 神官長が寄せ書きへ近づいた。


「それぞれの文字に異なる神聖力が宿っています」


「あー、また研究始まったー」


「確認です」


 神官長は老女の文字を指さす。


「この文字が光った後、呼吸が安定しました。こちらでは声量が戻っている」


 次にノアの文字を見る。


「これは」


「好きって言ってる」


「効果を確認しているのです」


「でも、リナ笑ったじゃん」


「精神状態への作用でしょう」


「それ、好きって言われて嬉しかっただけじゃない?」


 神官長が黙った。


 白百合の間から鐘が鳴り、神託石に文字が浮かぶ。


 ――応援、具体的だと、届く。


「先日の解像度の話でしょうか」


 ――そう。


「やはり」


 神官長が頷く。


 その夜、誰もいなくなっただべり場で、リナは寄せ書きを机の上へ広げていた。


 ノア、エマ、老女、神官長、ミカ様。


 それぞれの文字を指で追っていくと、まだ何も書かれていない余白が少しだけ残っている。


 そこが淡く光った。


 ――最後まで、聞く。


 浮かんだ文字を見て、リナが目を見開く。


「神ちゃんも書いてんの?、これ」


 いつの間にか、ミカ様が後ろに立っていた。


 リナは振り返らず、文字を見つめたまま尋ねる。


「……主も、私の朗読を聞いてくださるのでしょうか」


「絶対聞いてるでしょ。いっつもなんでも聞いてるし」


 ミカ様も隣から紙を覗き込む。


「主も、聞いていてくださるのですね」


 リナが小さく笑った。


 もう一度文字を見て、


「ありがとうございます」


 と呟くと、寄せ書きの光が少しだけ強くなった。


### 記録十四 寄せ書き、および指示コメについて


 寄せ書きとは何か。


 一枚の紙へ複数人が言葉を書き、特定の者へ贈る異界の文化である。


 個別に書簡を送った方が多くの情報を記せるにもかかわらず、一枚へまとめるらしい。


 本日作られたものには、


 リナのよむの、すき。


 さいごまできく。


 急がなくて大丈夫です。


 あなたの声は、もう届いています。


 失敗しても、別によくない?


 と書かれていた。


 後に主も、


 ――最後まで、聞く。


 と書き加えられた。


 朗読の練習中にはいくつかの文字が光り、老女の言葉が光った時にはリナが息を整え、神官長の言葉の後には声量が戻った。


 ノアの言葉が光った時は、笑った。


 神聖力による作用か、書かれた言葉を読んだためかは不明である。


 神官長は前者を主張している。


 ミカ様は、


「好きって言われたら普通に嬉しいじゃん」


 と主張している。


 現時点では、どちらも否定できない。


 ただし、寄せ書きには一度も、


「もっと大きな声で」


「もう少しゆっくり」


「姿勢を正しく」


 とは書かれていなかった。


 なお、本日、主は新たに、


 ――指示コメ、よくない。


 と神託された。


 指示コメの正確な意味は現在も不明であり、米に何らかの指示を与える行為ではないと思われる。


 ただし、主は続けて、


 ――応援と指示は、違う。


 と仰せになった。


 こちらは理解できる。


 そのため、指示コメについては誰も意味を知らないまま、すでに神殿内で使用され始めている。


「それ、指示コメではありませんか」


「指示コメにならぬよう注意してください」


「主は指示コメを好まれない」


 非常に危険な状態である。


 翌朝、神官長の机には一枚の紙が置かれていた。


 神官長さんへ。


 休んでもいい。


 蜂蜜パン、食べた方がいい。


 顔こわい。


 たまには笑って。


 最後の一文だけは、リナの字だった。


 無理をなさらないでください。


 神官長は紙をしばらく見たあと、


「これは、何の応援ですか」


 と呟いた。


 神託石が光る。


 ――解像度、高い。


「主よ」


 神官長はその日、いつもより早く執務室を出た。


 寄せ書きとの因果関係は不明である。


 なお、蜂蜜パンはいつもより一切れ多く、食べていた。


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