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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第三章 神はどこから学んでいるのですか?

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第13話 神様、解像度とは何ですか


 リナがミサンガをつけた翌日、だべり場に糸が増えた。


 赤、黄色、青、白。


 補修用として保管されていた糸の一部が、小さな籠へ分けられている。


 理由は簡単だった。


「僕もほしい」


 ノアが言ったからである。


 その隣で、エマも手を挙げる。


「私も作る」


「みんな、何お願いすんの?」


 ミカ様が尋ねると、ノアはすぐに糸籠を両手で隠した。


「うーん、秘密!」


 どうやら、願い事は口にしなくてもよい、という部分だけが正確に伝わったらしい。


 ミカ様自身も細かな規則を覚えていないため、訂正はされなかった。


「では、私も一本いただいてよろしいでしょうか」


 窓辺にいた老女が言った。


 ミカ様が振り返る。


「おばあちゃんも作るん?」


「ええ。ただ、この歳で願い事というのも、少しおかしいでしょうか」


「え、いいじゃん別に。ただのお願いっしょ?年齢とか関係なくない?」


 ミカ様は不思議そうな顔をした。


 老女は少し目を丸くする。


「そういうものですか」


「お願いくらい好きにすればよくない?」


 老女は笑って、黄色と白の糸を手に取った。


 こうして、だべり場の机には七本のミサンガが編まれ始めた。


 神官長も、それを見過ごすことはできなかったらしい。


「主の神聖力が宿る可能性のある装身具を、無制限に製作するのは問題があります」


「でも神ちゃん、願うことよいって言ってたじゃん」


「願うことと、神聖力を宿した装身具を量産することは別です」


「量産って。そんなに作ってないよ?一人一本ぐらいじゃん」


 すでに七本ある。


 神官長の懸念にも、一応の根拠はあった。


「少なくとも、効果の確認が済むまでは慎重に扱うべきです」


「効果って、願い叶うかどうか?」


「願望成就です」


「神官長さん、本気で信じてんの?一番メルヘンだね」


「ミサンガを説明したのも作ったのもミカ様ではありませんか」


 ミカ様はノアに糸の編み方を教えながら、神官長を見る。


「でも、神ちゃんも応援してるだけかもよ?」


「応援で神聖力が宿る。ということが、すでに重大なのです」


 神官長は机の上の七本を見た。


 何か言いかけたが、糸籠を取り上げることはしなかった。


 最初に完成したのは、ノアのミサンガだった。


 青と赤の二色で、太さは場所によって違い、ところどころ糸が飛び出している。


「できた」


「いいじゃん。ほら、手出して」


 ミカ様がノアの手首に結ぶ。


「願い事した?」


「うん!強くなりたい」


「めっちゃ言うんじゃん」


 ノアは気にしていなかった。


 結び目が締まると、ミサンガが淡く光った。


「光った!」


 ノアが腕を高く上げる。


 昨日のリナのものと同じ、主の神聖力だったが、光は弱く、すぐに消えた。


 続いて、エマ。


「薬が全部甘くなりますように」


「それは困ります」


 救護係が即座に言った。


 エマが眉を寄せる。


「なんで? 苦いより甘い方がいいよ」


「苦味が必要な薬もありますので」


「じゃあ蜂蜜いっぱい入れてほしい」


「効能が変わります」


「薬って面倒だね」


「薬ですから。菓子ではありませんから」


 エマは頬を膨らませた。


 その手首に結ばれたミサンガも光った。


 今度は、ノアのものより明らかに強い。


「おお。エマのめっちゃ光るじゃん」


「願望の強さでしょうか」


 神官長が近づいた。


 私は羽根ペンを持ち直す。


 こういう時の神官長は長い。


「糸の色が関係している可能性もあります」


「エマは赤と白ですね」


「編み目の密度も異なります。願いを込めた時間は?」


「分かんないよ。普通にお願いしただけだもん」


 神官長はエマのミサンガを覗き込んだ。


「神聖力の定着量を比較する必要がありますな」


「でも、みんな好きに編んでんじゃん。そこじゃなくない?」


 ミカ様が言う。


 老女のものも完成した。


 黄色と白の細いミサンガである。


「皆が、元気でいられますように」


 老女がそう願うと、糸が淡く光った。


 これまでの二本とは違い、光は手首だけに留まらず、周囲へ薄く滲んでいる。


 神官長の目が細くなった。


「また違うのか」


「ノアは弱く短い。エマは強く集中している。こちらは淡いですが、周囲まで広がっています」


「願いの種類によって、加護の性質が変化しているのでしょうか」


「あるいは、対象人数」


「本人の精神状態も考慮すべきです」


「糸の色は」


「まだ捨てきれません」


 気づけば、我々は老女の手首ばかり見ていた。


 当の本人は、黙ってこちらを見ている。


 ミカ様が神官長と私を交互に見た。


「え、ってか聞けばよくない?光ってんのって神ちゃんが光らせてんじゃないの?」


 神官長の動きが止まった。


 我々が白百合の間へ向かうと、神託石はすでに少し光っていた。


 最近は、呼ばれる前から光っていることが多い。


「主よ。ミサンガに宿る御力の差は、何によるものなのでしょうか」


 神官長が尋ねると、神託石に文字が浮かんだ。


 ――解像度。


 誰も口を開かなかった。


 今度は全員がミカ様を見る。


「え、なに?なんでこっち見てんの?」


「異界語ではありませんか」


「えー、聞いたことあるような、ないような」


 神官長の顔が強張った。


「ミカ様もご存じないのですか」


「あっ、思い出した!あれだよ、カメラの綺麗なやつ!」


 知らない言葉が増えた。


 神官長が神託石へ向き直る。


「主よ。願いと綺麗さに、どのような関係があるのでしょうか」


 神託石に新たな文字が浮かんだ。


 ――何を、どうしたいか。


 少し間を置いて、


 ――具体的、大事。


「あー。願いがふわっとしてるってことじゃない?」


 ミカ様が言うと、神託石が光った。


 ――だいたい、そう。


 神官長が目を閉じる。


「主の御言葉が、だいたいで運用されている」


「でも伝わってるじゃん」


「伝わればよいというものではありません」


 しかし、伝わってしまった。


 そこが困る。


 だべり場へ戻ると、まずノアの願いを詳しく聞くことになった。


「強くなりたい、とのことでしたな」


「うん。でも、どれくらいとかは分かんない」


「例えば、何者に勝てるほど強くなりたいのですか」


 ノアは首を傾げる。


「別に、誰かに勝ちたいわけじゃないよ」


 神官長が止まった。


 ミカ様が横から口を挟む。


「じゃあ、強くなって何したいの?」


 ノアはしばらく考え、両腕を広げた。


「水の桶」


「桶?」


「お母さんが運ぶやつ。水いっぱい入ってて、重そうなんだ」


 自分の細い腕を見下ろす。


「僕だとまだ持てないから、お母さんの代わりに持てるようになりたい」


 手首のミサンガが、先ほどよりもはっきり光った。


 神官長が身を乗り出す。


「今ので解像度が上がったのか!」


 神官長は主の言葉を誰よりも早く理解する。


 次は老女だった。


「皆が元気で、という願いでしたな。どなたのことを指しておられますか」


「ここにいる皆さんも、息子夫婦も。知っている方々が元気であれば、それで」


「おばあちゃん自身は?」


 ミカ様が聞くと、老女が目を瞬かせた。


「私ですか」


「うん。おばあちゃんは、元気だったら何したいの?」


 老女は少し考え、窓の外へ目を向けた。


 細い雨が降り始めている。


「雨の日でも、自分の足でここまで来られるくらい元気でいたいですね」


 ミサンガが光った。


 先ほどより光は広がらないが、その分強い。


「なるほど。願いの対象と目的が明確になることで、神聖力の定着が……」


「神官長さん、めっちゃ楽しそうじゃん」


 返事はなかった。


 私は記録しておいた。


 ミカ様が、今度はリナを見る。


「リナは?」


 リナが自分の手首を押さえた。


「私も、ですか」


「何お願いしたん?」


 言った直後、ミカ様は「あ」と声を出す。


「いや、言いたくないならいいや。昨日、秘密でもいいって言ったしね」


 リナは赤と黄色と薄青のミサンガを見つめた。


「……もっと、ちゃんと聖典を読めるようになりたいです」


 白百合の間から鐘が鳴った。


「また?」


 ミカ様が振り返る。


 神託石に文字が浮かぶ。


 ――ちゃんと、とは。


 全員が黙った。


「確かに曖昧です」


 神官長が真面目に頷く。


 リナは困ったように聖典を見る。


「では……間違えずに読めるようになりたい、でしょうか」


「今も読めてると思うけど」


「でしたら、もっと上手に、でしょうか」


 ますます答えに困ったリナへ、神託石が追い打ちをかける。


 ――解像度。


「分かっております!」


 神官長が主へ言った。


 神託石の光が少し強くなった。


 おそらく、楽しんでおられる。


 リナはしばらく黙ったまま、だべり場を見回した。


 窓辺の老女、ノア、エマ、救護係、そして机の上に置かれた『白百合聖典 やさしい解説』。


「この前、皆様が私の読む聖典を聞いてくださいました」


「途中でやめたやつだよね。続き、聞きたかった」


 ノアが言う。


 リナは少し俯いた。


「私も、本当は続きを読みたかったです。でも、人が増えたら急に怖くなってしまって」


 ミサンガに触れ、もう一度だべり場を見る。


「今度は、最後まで読みたいです」


「ここで?」


 リナは少し迷ってから頷いた。


「この場所で、皆様に聞いていただけたら」


 少し間があった。


「私が読んだものを、最後まで聞いていただきたいです」


 赤と黄色と薄青の糸が、昨日よりも強く光った。


 続いて神託石の鐘が鳴り、文字が浮かぶ。


 ――解像度、上がった。


「神ちゃん、めっちゃ聞くね。興味深々」


 さらに一文が加わった。


 ――それなら、応援できる。


 リナが神託石を見る。


「じゃあ、いつ読むの? 僕、聞きに来るよ」


 ノアがすぐに言い、エマも手を挙げた。


「私も聞く」


 老女も微笑む。


「楽しみにしております」


 リナの顔から血の気が引いた。


「す、すぐには無理です」


「じゃあ準備すれば?」


 ミカ様が言う。


 リナはその言葉を聞いて、少し考えた。


「準備……」


「読みたいんでしょ? だったら練習すればいいじゃん」


 リナは自分の手首を見てから、小さく笑った。


「では、まず練習してみます。いつになるかは、まだ分かりませんけれど」


 神託石が光った。


 ――いつ。


 白百合の間が静まり返る。


「神ちゃん」


 ミカ様が祭壇の方を見た。


「あんま、ぐいぐいいったらリナビビっちゃうよ?」


 神託石の光が少し弱くなった。


 おそらく、反省された。


 そうであってほしい。


### 記録十三 解像度について


 解像度とは何か。


 本来は異界において、画像なるものの鮮明さを示す語であるらしい。


 なぜ主がこれをご存じなのかは不明であり、ミカ様も正確な意味はご存じなかった。


 主がミカ様の知らない異界語を用いる件については、今さら追及しても答えが得られる気がしない。


 今回、主は願いにも解像度があると示された。


 ノアの「強くなりたい」は、母親の代わりに水桶を持ちたいという願いだった。


 老女の「元気でいたい」は、雨の日にも自分の足で神殿へ来たいという願いだった。


 リナの「ちゃんと読みたい」は、だべり場で皆の前に座り、最後まで聖典を読みたいという願いだった。


 そこまで話すと、三人のミサンガの光は変わった。


 主はこれを、解像度が上がったと表現されるらしい。


 少なくとも、


「強くなりたいのですね」


 と記録して終えていたら、私は水桶のことを知らなかった。


 リナについても、


「聖典を上手に読みたい」


 と書いて終わっていただろう。


 主はリナの願いを聞いたあと、


 ――それなら、応援できる。


 と仰せになった。


 何をなさるおつもりなのかは、まだ分からない。


 ただ、リナは今日から、だべり場で聖典を読む練習を始めるらしい。


 ノアとエマは、すでに最前列の席を予約している。


 なお、神官長の左手首には、昨日からミサンガがある。


「神官長。願いの解像度は上がりましたか」


「ですから、私は何も願っておりません」


 神託石が光った。


 ――解像度、ゼロ。


「主よ。存在しない願いを評価しないでください。私は何も願っていないのです」


 少し間があった。


 ――本人も、まだ知らない。


 神官長が黙る。


 ミカ様が神託石を見た。


「めっちゃ、意味深じゃん」


 石が明るく光った。


 神官長の願いについては、引き続き不明である。


 本人はこの記録の削除を希望している。


 これは、願いではなく希望らしい。


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