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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第三章 神はどこから学んでいるのですか?

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第12話 聖女様、ミサンガとは何ですか?


 リナは最近、よく聖典を読む。


 正確には、読めるようになったことが嬉しいらしい。


 白百合神殿のだべり場には、『白百合聖典 やさしい解説』が何冊か置かれている。正式な聖典より文字が大きく、古い神聖語には現在使われている言葉で説明が添えられていた。


 なお、初期案として提出された、


『神ちゃんの言ってること、だいたいこう』


 という表題は採用されなかった。


 主は最後まで少し光っておられたが、採用されなかった。


 その日の午後、リナは窓辺で一冊の解説書を開いていた。


 隣にはノアがいる。


「これ、なんて書いてあるの?」


 ノアが指さしたのは、隣人について記された一節だった。


 リナは頁へ顔を近づける。


「ええと……困っている人を見た時、自分には関係ないと思って通り過ぎてはいけません」


「なんで?」


「なんで、と言われましても……そうですね」


 リナはもう一度、該当する箇所を目で追った。


「困っているのを見つけたのに、知らないふりをしてはいけない、ということでしょうか」


「知らない人でも?」


「そうだと思います。知らない人でも、困っていたら声をかけましょう、と」


「神ちゃんが言ってるの?」


「はい。そういうことだと思います」


 ノアは白百合の間の方を見た。


「神ちゃん、知らない人にも声かけるの?」


 遠くで神託石が一度光った。


 おそらく、肯定である。


「だって」


「主は便利に会話へ参加するものではありません」


 通りかかった神官長が言った。


 神託石がもう一度光る。


「率先して参加しておられる様に見えますが」


 私が言うと、神官長は聞こえないふりをした。


 リナは小さく笑い、また頁へ目を戻した。


 その声を聞いていたのか、近くで茶を飲んでいた老女が椅子を少し寄せる。


「続きを読んでくださる?」


「私が、ですか」


「ええ。最近、目が疲れやすくて。よければ聞かせてほしいのです」


 リナは戸惑いながらも本を持ち直した。


「でしたら……少しだけ」


 読み始めた声は小さかったが、一行、二行と進むうちに少しずつ通るようになった。


 以前のリナなら、聖典を手に取ること自体をためらっていただろう。自分が開くものではないと思っていたからだ。


 今は、ノアが指をさせば頁を覗き込み、意味を考える。老女に頼まれれば、そのまま声に出して読む。


 いつの間にか、エマまで近くへ来ていた。


「続きは?」


 声をかけられたリナが顔を上げ、自分の周りに人が集まっていることに気づいた。


 そこで声が止まった。


「どうしたの?」


「いえ。その……」


 リナは急いで本を閉じた。


「続きは、神官様に読んでいただいた方がよいかと」


「なんで?」


「私が皆様の前で読むようなものではありませんから」


 ノアが首をかしげる。


「でも、さっき読めてたよ」


「読めることと、人前で読むことは違うのです」


「何が違うの?」


 子どもの「なんで」は、なかなか逃がしてくれない。


 リナは閉じた本を見下ろしたまま、答えに困っていた。


 窓辺に座っていたミカ様が顔を上げる。


「リナ、読むの嫌なん?」


「いえ。読むことは好きです」


 返事は早かった。


「じゃあ、読めばよくない?」


「ですが、私は神官ではありません。聖典を皆様の前で読むような立場では……」


「でもさっきは読んでたじゃん?」


「それは、ノアに聞かれましたし、こちらの方にも頼まれたので」


 リナは困ったように本を抱え直した。


 ミカ様はしばらく、その様子を見ていた。


「ほんとは読みたいんじゃないの?」


 リナの指が、本の表紙を少し強く握った。


「……いつかは」


「いつか?」


 リナはそこで口を閉じ、少し迷ってから首を振った。


「いえ。何でもありません」


「そっか」


 ミカ様はそれ以上聞かず、窓辺へ戻っていった。


 私は、もう一度くらい、


「読みたいなら読めばよくない?立場とか関係ないじゃん」


 などと言うものだと思っていた。


 けれど、ミカ様は口を出さなかった。


 最近ミカ様の言動が予測できるようになったかとも思っていたが、まだまだ読めない。


 リナも本を抱えたまま、しばらくそこに座っていた。


 午後、リナは作業室で布の補修をしていた。


 神殿では、救護室の仕切り布や椅子へ敷く布が増え、それだけ直すものも増えている。


 リナ本人は、


「使われているということですから」


 と笑っていた。


 作業台には、白、薄青、赤、黄色と、補修用の糸が並んでいる。色のある布が増えたため、以前より種類も多くなっていた。


 そこへミカ様がやってきた。


「リナ、それ使っていい?」


「補修に使う分が残れば。どの糸でしょう」


「このへん」


 ミカ様は赤と黄色、それから薄青の糸を何本か取った。


「そんな使わないから大丈夫っしょ」


 三色の糸を指先でまとめ、その場で編み始める。


 私はちょうど午後の記録を確認するため、作業室の前を通っていた。


「何を作っておられるのですか」


「ミサンガ」


 また知らないものが現れた。


「みさんが、でよろしいですか?」


「うん」


「何に使用するものですか。見たところ、紐のようにしか見えませんが」


「願い事するやつかな」


 私は羽根ペンを取り出した。


「願望成就用の祭具ということですね」


「祭具って何?祭り関係ないよ?」


 そこへ神官長も通りかかった。


「願いを込めて、身体へ装着するのですか」


「そうそう。たぶんずっとつけとく感じ」


「願いはどのようにして叶うのですか?」


「ミサンガが切れたら、その時願いが叶うってカンジ」


 神官長の顔が険しくなった。


「それは、呪具ではありませんか」


「なんでそうなんの?」


「願望を込めて身体へ装着し、自然断裂をもって成就の兆しとするのでしょう」


「難しい言い方するなぁ。まあ、あってっけど」


「では呪具です」


「アクセだし」


 私は記録用紙へ書いた。


 異界の装身具ミサンガ。


 願望を込め、身体へ装着。


 自然断裂時、願望成就。


 分類については協議中。


「ねえ、その記録怖いから消してよ。呪いとかじゃないし」


「まだ書いておりません」


「うそつきー、絶対書いてたじゃん」


 書いていた。


 ミカ様は気にせず三本の糸を編んでいる。


「しかし、願いを込めるということは、何らかの祈祷が必要なのではありませんか」


「祈祷ってお祈りっしょ?いらないんじゃない?」


「では、どうやって願いを定着させるのです」


「え、つけるときに考えるだけでいいんじゃないの?」


「いえ、私は存じ上げませんが」


 神官長が頭を押さえた。


「異界の儀礼は、なぜ毎回こう……」


「簡単でよくない?」


「簡単すぎるのです」


「願い事なんか簡単なほうがいいじゃん。難しくしても叶うか分かんないし」


 神官長の手が止まった。


 ミカ様はそのまま糸を編んでいる。


 私も羽根ペンを紙へつけたまま、次に何を書くべきか分からなくなった。


 やがて、赤と黄色と薄青の細い編み紐が完成した。


 ミカ様はそれを持って立ち上がる。


「リナ、ちょっと手出して」


「手ですか?」


「うん。こっち来な」


 差し出された手首へ、ミカ様がミサンガを巻く。


 リナは目を瞬かせた。


「これを、私にくださるのですか?」


「そだよ。これは、リナの分ね」


「ですが、これは願い事をするものなのでしょう?」


「なんかあるっしょ。願い事くらい」


 リナの視線が、作業台の端に置かれた『やさしい解説』へ向かい、すぐに戻った。


「願い事は……ミカ様にお伝えしなくてもよいのですか」


「確か、願い事は誰にも言わない方が効果あったんじゃなかったっけ。あんま覚えてないけど」


「そんな決まりがあるのですね」


「いや、たぶんねたぶん。うちも昔つけてたけど、細かいルール忘れたし」


 神官長が低い声を出す。


「重要な儀礼規則を、たぶんで済ませないでください」


「だって昔だしぃ」


「では、切れた時に願いが叶うという部分も確かではないのでは」


「そこは間違わなくない?だって切れたら願いが叶うのがミサンガじゃん」


「いえ、私は存じておりませんが……」


 ミカ様はリナの手首で結び目を作った。


「これでよし」


 赤と黄色と薄青の糸が手首で揺れる。


 リナはそれを見つめた。


「何を願えばよいのでしょう」


「それ、うちに聞く?」


「いえ。ただ、急に願ってよいと言われても、何を願えばよいものか」


「なんでもいいんじゃない?」


 ミカ様は結び目を指先で整え、顔を上げた。


「まあ、今無理に決めなくてもいいし、後でもいいんじゃない?」


 白百合の間から鐘が鳴った。


 神官長が天井を見る。


「主よ」


 最近、神官長の「主よ」は、同じ二文字でも毎回少しずつ違って聞こえる。


 今回は、かなり「またですか」に近かった。


 我々は白百合の間へ向かった。


 光る神託石の表面へ、静かに文字が浮かぶ。


 ――願うこと、よい。


 神官長が頭を下げた。


「主もまた、人の願いを肯定しておられるのでしょう」


「じゃあ神ちゃんも応援する?」


 ミカ様が尋ねると、神託石が強く光った。


 同時に、リナの手首へ巻かれたミサンガも淡く輝く。


 神官長がすぐにそちらへ目を向けた。


「ミカ様。糸に主の御力が宿っています」


「へ、そなの?」


「間違いありません。僅かですが、神聖力を感じます」


 私にも、糸に残る淡い光が見えた。


「願望成就の加護でしょうか」


「難しい言い方しないと喋れんの?」


「では、どのような加護なのですか」


「知らんし。うちじゃなくて、神ちゃんに聞きなよ。応援してるだけじゃないの?」


 神官長は答えず、リナも自分の手首を見た。


「応援、ですか」


「神ちゃんも、叶うといいって思ってるんでしょ?」


 ミカ様が神託石を見上げる。


 石は一度だけ光り、それ以上は何も示さなかった。


 リナはしばらく、淡く光る糸を見つめていた。


 まだ切れてはいない。


 何を願ったのかも、誰も知らない。


 その夜、私は記録室へ戻る途中で、だべり場に明かりが残っていることに気づいた。


 覗くと、リナが一人で座っている。


 机の上には『やさしい解説』が開かれ、左手首には昼間のミサンガが巻かれていた。


 リナは糸を指でそっとなぞる。


「……いつか、皆様の前でも、ちゃんと読めますように」


 ミサンガも神託石も光らなかった。


 リナはしばらく手首を見つめたあと、聖典へ目を戻した。


 頁を開き直し、誰もいないだべり場で声を出す。


「泣く者のそばに膝をつく者を、主は遠ざけぬ」


 一度止まり、もう一度読んだ。


 今度は、先ほどより少しだけ大きな声だった。


 私は声をかけず、そのまま記録室へ戻った。


 今は、記録にだけ残しておく。


### 記録十二 ミサンガについて


 ミサンガとは何か。


 複数の色糸を編み、手首などへ装着する異界の装身具である。


 装着時に願いを込め、自然に切れた際、その願いが叶うとされている。因果関係は不明であり、祈祷も術式も不要。願望を他者へ申告する必要もないらしい。


 ミカ様ご本人も、詳細な規則については、


「忘れた」


 とのことである。


 異界文化の記録者として、もう少し真面目に覚えていてほしい。


 なお、本日リナへ渡されたミサンガには、主の神聖力が宿った。


 現時点で確認できる効果はない。


 ミカ様はこれを、


「神ちゃんも応援してるだけ」


 と説明された。


 応援とは何か。


 本日の事例だけでは、まだ分からない。


 少なくとも、主はリナが何を願ったのか尋ねず、そのまま糸を光らせた。


 願いの中身を知らなくても、


「叶うとよい」


 と思うことはできるらしい。


 それならば、神聖力がなくても我々にできることはあるのかもしれない。


 翌朝、神官長の左手首にもミサンガが巻かれていた。


「神官長。その腕のものは」


「見れば分かるでしょう。昨日のミサンガです」


「では、何か願い事をされたのですか」


「しておりません。ミカ様が余った糸で作られたため、受け取っただけです」


 そこへミカ様が現れた。


「あ、つけてんじゃん。ちゃんと願い事した?」


「していません」


「蜂蜜パン食べ放題とか?」


「そのような願いはありません」


 神託石が光った。


 ――叶うと、よい。


 神官長が白百合の間を振り返った。


「主よ。何をですか」


 返答はなかった。


 ミカ様は神官長の手首を見て笑っている。


「神ちゃん、なんか知ってんじゃない?」


「わ、私は何も願っておりませんよ?!」


 神官長の願いについては不明である。


 本人も、知らない可能性がある。


お待たせしました。

第3章開始です。

全て5話。全て執筆済みなので、最後までお付き合いいただけると幸いです


完全に番外編もございます

『聖女様、HOT LIMITとは何ですか。――主よ、夏を刺激しないでください!!』

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