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我々は聖女を召喚したはずなのに。「主よ、ズっ友とはなんですか!?」  作者: tomato.nit
第二章 神は何を学んでおられるのですか?

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第10話 神様、既読とは何ですか


 朝から雨が降っていた。


 だべり場の窓は半分だけ閉じられ、吹き込んだ雨粒が石の縁を濡らしている。


 リナは机へ茶器を並べ、四つ目を置く前に手を止めた。


 いつも老女が座る窓辺には、黄色い花を挿した小瓶しかない。


「おばあちゃん、今日来ないの?」


 ノアも空いた椅子に気づいたらしい。


 私は壁に掲げられたプロフの写しを確認した。


「雨の日の階段が苦手だと書かれています。転倒するより、ご自宅で過ごす方がよいでしょう」


 机の端に置かれていた包みを、神官長が取り上げる。東通りの蜂蜜パンだった。


「それ、おばあちゃんの?」


「皆で食べるために用意したものです」


「じゃあ、残しといて」


「明日までなら問題ないでしょう」


 神官長は包みを結び直し、棚へ置いた。


 リナも茶器を下げようとしたが、ミカ様は空いた席を見たまま動かない。


「おばあちゃん、家で何してんだろ」


「雨が上がるのを待っているのではありませんか」


「暇じゃない?」


「ご自宅にも用事はあるでしょう」


「でも、話したいことあったんでしょ?」


 急に話を向けられたノアは、窓の外を指さした。


「昨日、でっかい猫いた。雨降る前に屋根の下へ入った」


 両手で太さを示したが、どう見ても猫の胴より太い。


 隣で薬を飲んでいたエマも、空になった器を置く。


「私もある。薬、ちょっと甘くなった」


「蜂蜜を一滴加えただけです」


 救護係は薬草箱から顔を上げずに答えた。


「次は二滴がいい」


「薬です」


 エマが頬を膨らませる。


 ミカ様は机に残っていた紙を集め、端を揃えた。


「じゃあ、書いとけば?」


「手紙を出すのですか」


「みんなで書くなら、交換ノートでよくない?」


 神官長が、束ねられていく紙を見る。


「一冊の帳面へ、複数人が順に書き込むのですか」


「そう。回して読んで、また書くやつ」


「書簡より、内容が混在するのではありませんか」


「別によくない? おばあちゃんに話したかったこと書くんだし」


 ミカ様は紙へ穴を開け、細い紐を通した。


 表紙に『みんなの交換ノート』と書き、その周りへ花と星を散らしていく。


「これも飾る必要があるのですか」


「地味だと、書く気なくなるじゃん」


「記述内容とは関係ありません」


「神ちゃんのプロフ、ハートだらけだったけど」


 神官長は口を閉じた。


 最近、反論の先に主がいると諦めるのが早い。


 最初に筆を取ったのはノアだった。


 まだ長い文章は書けないため、リナに一文字ずつ教わりながら記していく。


 でかいねこがいた。


 しっぽがふとかった。


 その下に、胴の丸い猫を描いた。四本の脚は、それぞれ違う方向へ伸びている。


「これ、猫?」


 ミカ様が頁を覗く。


「猫」


「いいじゃん。でかそう」


 ノアは少し胸を張った。


 エマは次の頁に、薬が甘くなったことを書いた。


 最後に、


 つぎは二てき。


 と付け加える。


 救護係が横から線を引くと、エマはその下へ、先ほどより大きな文字でもう一度書いた。


 二てき。


 救護係は何も言わず、薬草箱へ視線を戻した。


 リナは赤い髪紐を結び直したことと、雨で洗濯物が乾かないことを書く。


 私は今日の天候と、老女が神殿を訪れていない理由を記した。


 それを読んだミカ様が、頁の上を指で叩く。


「記録係さんの話、なくない?」


「老女へ状況を伝えるための帳面でしょう」


「今朝、何食べた?」


「固いパンです」


「じゃあ、それも書けば?」


 私は天候の記述の下へ、一行加えた。


 朝食のパンは、今日もよく焼けていた。


「まだ記録っぽいけど、前よりマシ」


「事実を書いただけです」


「そういうとこね」


 ミカ様は帳面を神官長へ差し出した。


 神官長はしばらく考えたあと、筆を取る。


 雨天時の外出は危険を伴います。足元へ十分注意し、体調に不安がある場合は無理に神殿へ来ることなく――


「おばあちゃん、それ知ってるから来なかったんじゃない?」


 ミカ様に言われ、筆が止まった。


 神官長は書いた文章を読み直し、最初から横線を引く。


 雨の日は、ご自宅でゆっくりお休みください。


 そこで終えるかと思ったが、神官長は一行空けた。


 神殿の軒下にも、小さな猫が来ました。


 朝、薄茶色の猫が雨宿りをしていた。


 神官長は追い払わず、濡れないよう木箱の位置を直していた。本人は私に見られていないつもりだったらしい。


 ノアが頁を覗き込む。


「しっぽは?」


「細かったです」


「じゃあ違う猫」


「そのようです」


 ノアは満足して離れた。


 最後にミカ様が書く。


 蜂蜜パン、残ってるから、雨やんだら来れば?


 神官長が文末を見る。


「明日まで保つとは限りません」


「なかったら、また買えばいいじゃん」


「誰が購入するのですか」


 ミカ様は答えず、帳面を閉じた。


 交換ノートは、帰宅するリナが老女の家へ届けることになった。


 雨脚はまだ強く、神官長は厚い外套と足元を照らす灯りを用意させた。


「ノート届けるだけで完全装備じゃん」


「必要な配慮です」


 神官長は外套の留め具を確かめ、リナを送り出した。


 扉が開くと、雨の音と冷たい空気がだべり場まで流れ込んだ。


 翌朝には雨が上がった。


 濡れた石畳が朝日を返す中、老女はいつもの窓辺へ座っていた。膝の上には、昨日の交換ノートがある。


「おばあちゃん、猫の絵見た?」


 駆け寄ったノアへ、老女が頷く。


「ええ。とても丸い猫でした」


「本物も丸かった」


「そうでしょうね」


 老女は笑い、帳面を机へ置いた。


「皆さんの頁を読みながら、お茶をいただきました」


 最後の頁には、細い文字で返事が並んでいた。


 猫のお話が面白かったです。


 薬が甘くなってよかったですね。


 雨の日は、家でゆっくり休みました。


 神殿の猫も、雨に濡れなかったでしょうか。


 蜂蜜パンは、まだありますか。


「あるよ」


 ノアが神官長より先に答えた。


 神官長は棚から包みを取り出し、老女の前で紐を解く。


「昨日のものですが、傷んではいないようです」


 蜂蜜パンは三つに分けられた。


 老女と神官長、それからノアが一つずつ取る。


「今日は半分じゃないじゃん」


 ミカ様が言うと、神官長はパンを持ったまま眉を寄せた。


「三人おりますので」


「神ちゃん、アガんなくない?」


「主はパンの分割数を観察しておられるわけではありません」


 白百合の間で神託石が一度光った。


 見てはいるらしい。


 ミカ様は笑いながら交換ノートを開き、途中で指を止めた。


 昨日書いた頁の下に、見慣れない文字が加わっている。


 既読 一。


「きどく?」


 リナも横から覗き込んだ。


「私が届けた時には、ございませんでした」


 白百合の間から鐘が鳴る。


 神託石へ、同じ二文字が浮かんだ。


 ――既読。


「それは見れば分かります」


 神官長が言うと、その下へ説明が続いた。


 ――読んだ者がいることを示す印。


 ミカ様は帳面と老女を見比べる。


「返事なくても、見たって分かるやつ?」


 ――そう。


「いいじゃん。ちゃんと届いたって分かるし」


 老女は、頁の隅にある印へ指を置いた。


「昨日、すぐには返事を書けなかったのです」


 神官長がわずかに身を乗り出す。


「お加減が悪かったのですか」


「いいえ。皆さんの話が嬉しくて、何から返せばよいか迷ってしまって。ただ、頁はすぐに読みました」


 返事がなくても、読んだことだけは伝わる。


 老女は、その小さな印を何度か撫でた。


 その間に、最後の返事の下へ新しい文字が浮かんだ。


 既読 一。


 ミカ様が読み終えると、数字が二に変わる。


 ノアが横から覗き、三になった。


 リナ、私、神官長と続き、六まで増える。


「神ちゃんも読んだ?」


 ミカ様が神託石へ尋ねると、数字が七になった。


 ――今、読んだ。


「カウントされんの遅くない?」


 神託石の光が揺れた。


 神官長は、七という数字を見たまま尋ねる。


「読んだのであれば、返答をするべきではないのでしょうか」


 次の神託が現れるまで、少し間があった。


 ――返せる時に、返せばよい。


 さらに一行が続く。


 ――見たことだけ、伝えたい日もある。


 老女は何も言わず、窓辺の小瓶へ手を伸ばした。


 黄色い花の向きを直してから、蜂蜜パンを一口かじる。


 それから交換ノートは、だべり場の机に置かれるようになった。


 来られない者がいる日は、誰かが持っていく。


 寝台から動けない患者には救護係が届け、仕事を休めない花屋には、リナが帰り道に立ち寄った。


 ノートが持ち出されると、神託石の前に同じ内容の写しが残る。


 神官長が複製の仕組みを尋ねたところ、返ってきた神託は、


 ――便利。


 の一語だけだった。


 数日後の夕方、神官長が交換ノートへ翌朝の予定を書いていた。


 明日の朝祈祷は、通常より少し遅れて開始します。救護室の棚を修理するため、作業中は近づかず、工具にも触れないよう――


 神官長はそこまで書いて、自ら筆を止めた。


 しばらく文章を見つめたあと、すべてに横線を引く。


 明朝、救護室の棚を直します。危ないので近づかないでください。特にノア。


「なんで僕だけ?」


 いつの間にか入口へ来ていたノアが、頁を覗いていた。


「昨日、釘を持って帰ろうとしたでしょう」


「きれいだったから」


「釘に美しさは求めておりません」


 神官長が書き終えると、すぐに文字が浮かんだ。


 既読 一。


 続いて、その横に短い返事が加わる。


 がんば。


 神官長は筆を置き、白百合の間へ顔を向けた。


「主よ。せめて、もう少し正式な激励をいただけませんか」


 返事はない。


 ミカ様がノートを覗き込み、既読の数字が二へ変わった。


「ミカ様からも、何かありませんか」


「返せる時に返せばいいんでしょ?」


「都合のよい時だけ神託を用いないでください」


「ちゃんと見たし」


 神官長は、既読 二、という文字をしばらく見ていた。


 やがて帳面を閉じかけたところで、ノアが手を挙げる。


「神官長。工具ってなに?」


 神官長は閉じた交換ノートを、もう一度開いた。


### 記録十 交換ノート、および既読について


 交換ノートとは、一冊の帳面へ複数人が順に記し、互いに回して読む異界の交流方法である。


 手紙とは異なり、宛先も内容も一つではない。


 猫、薬、洗濯物、朝食のパン。


 どれも急を要する報告ではない。


 しかし、雨で神殿へ来られなかった老女は、その帳面を読みながら一人で茶を飲んだ。


 既読とは、相手が頁を読んだことだけを伝える印である。


 返事ではなく、感想も書かれていない。


 それでも、言葉が届いたことだけは分かる。


 返事を書けない間も、相手を無視しているとは限らない。


 主は、


 ――見たことだけ、伝えたい日もある。


 と仰せになった。


 神の言葉としては簡素だが、返事を待つ者にとっては、それだけで足りる場合もあるらしい。


 なお、交換ノートが持ち出される際、神託石の前へ写しが残る原理は不明である。


 主の説明は、


 ――便利。


 のみであった。


 神学的説明としては不十分である。


 便利ではある。


 また、神官長が記した救護室修繕の連絡に対し、主から、


 がんば。


 との返答があった。


 神官長は、より正式な激励を求めている。


 現在も、既読のままである。


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