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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界〜世界の色を探して〜  作者: ちぇしゃ


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027-3「……この本、嫌」


 ソファに座った私に、南葵はどこから取り出したのか、1冊の本を渡す。逃げたくなる気持ちを抑えながらもその本を受け取ると、表紙には『あさのみどり』という文字が大きく表示されていた。それは作者の名前かタイトルかどちらか分からないような用語だったけれど、表紙の絵には朝日と女の子の後ろ姿と草花が描かれている。そこから推測すると『あさのみどり』はタイトルなのだろう。


「あさ、は……、おおきなたい、ようが、……やまからか、お、をだす。

 あさ、ひがかすみが、かて、あと……?たり?をしろく、……そぉめ、る。」


 読めるけれど、やはり所々間違えるしスラスラと読めない。これが勉強していないという証拠だろう。


「あ、さは、すべての……い、きものを、げん、きにして、ちから、をあげる」


「……聖女様はある程度読むのには問題なさそうだな」


 南葵は予想外とでも言うように、手を顎に当てて考える。この世界の文字の上に日本語が不思議と浮かん出来て読むのには苦労しない。けれども自動的に頭の中にこの世界の文字がインプットされている訳ではないのだ。この世界の文字を私の頭は知らない。だから書けない。

 

「ゆうか、たは、さみし。あさが、……くるのを……………………」


 私はそこで絵本を閉じた。本を閉じた時に僅かに感じる風が私の前髪を揺らす。


「どうした?」

「……この本、嫌」


 私は南葵にそっと絵本を返す。感じが悪い。自分でもそれは分かっているけれど、私の不貞腐れた気持ちは暫く戻らないだろう。加えてこの絵本は良くなかった。私の嫌いなジャンルの絵本だ。

 まるで、作者の価値観を押し付けるかのような。一方を持ち上げて、一方を否定するかのような。


「そうか」


 南葵は不思議そうな顔はしたものの、嫌な顔一つせずにそれを受け取る。


「…………」


 余計に自分が醜くなった。どうして怒らないのか。


 理不尽に怒鳴られて、逃げられて、謝らされて、機嫌をとらされ、突き返され。



 

 怖い。 


 


 南葵が怖い。





 どうして平気な顔でいられるのだろうか。南葵は「どれが良いだろうか」と別の本を物色し始める。


 まるで、別の生き物でも見ているかのようだ。

 

「……おかしいよ」


 この国の人はおかしい。おかしくて、怖い。


 小さく呟いた言葉は南葵の耳には届かない。


 ああ、嫌だ。私にはこの世界は明るすぎたかもしれない。いくら私がこの世界を切望していたとしても、この世界の人々は「私」を求めてはいない。


 ああ、そうか。私は聖女だ。


「南葵、面白そうな本、ある? もっと、分かりやすくて可愛いの」

「……そういうのはここにはないな。図書室に行くか」

「図書室?」

「ああ。そこまででかくはないが、最近は絵本も入った筈だ」 

「ふうん。じゃあそこに行きた……、ちょっと待ってて」


 図書室に向かおうとしたところで私の理性が働いていた為、言葉を止めた。この場には私と南葵しかいない。もう一度言う。私と南葵しかいない。つまりだ。そもそも図書室の場所を知らない私と、超がつくほどの方向音痴の南葵。

 たどり着ける可能性は限りなく0に近い。


 南葵の研究室を出て先ほどまでいた績の医務室へと向かう。その場には真剣な顔をして何かを話し合っている績と神楽がいたが、私が来た事で顔を上げて反応を返してくれた。


「どうかしましたか?」

「南葵と一緒に図書室に行こうと思って」

「そうでしたか。いってらっしゃい」


 績は私の組み立てた方程式をまだ理解出来ていないようだ。


「えっとね、図書室の場所が分からない私と、方向音痴の南葵が一緒に行くのよ」

「……神楽、案内して差し上げなさい」

「……分かりました」

 

 私の言いたい事が伝わったのか、2人は何とも言えない表情で南葵の研究室の方を見つめた。








 神楽は私の着替えの為、途中で私の部屋に寄ってくれた。先ほどまで冷えていた足元も、暖かいとまではいかないが、冷えは解消された。今が夏であるならば、裸足歩く事も全く気にならなかったのだが。家の中は本来裸足で歩くものだ。人によっては靴下を履いたりスリッパを履いたりする事もあるだろうが。


「ここを右に曲がったところにあります」

「すまないな」

「いえ。それでは」


 神楽は私達を案内した後、来た方向へと戻って行った。どうやら本当に案内の為だけにここまで来てくれたようだ。大体の場所を教えてくれていれば、行けない事はなかっただろうに。


「そこまで大きな図書室ではない」


 南葵はそう言いながら扉を開けたが、私からすれば十分に大きい図書室だった。所狭しと並んだ本棚の中に本がぎっしりと詰め込まれている。


「城の図書室はもっとでかい」


 城の図書室は一体どれほどの大きさだと言うのだろうか。部屋一つを図書室にしたこの部屋は、まるで魔法のように隙間から差し込む光が美しい。


「南葵はよく図書室に来るの?」

「ああ。聖女様について調べにな」

「ふうん」


 よく来るのならば目的の本がどの辺りにあるのかという事もよく存じているだろう。


「……こんなにたくさん本があって倒れてこない?」

「図書室に来てそういう心配をする奴って珍しいよな。固定してるから大丈夫だ」

「そっか」 


 地震が起きたとしても本棚が倒れてきたり本が飛び出してきたりしないという事だろう。唯一心配があるとすれば水害だ。雨が降ればこの美しい本達は水に濡れてしまうだろう。

 まるでおとぎ話の中にでも入ったかのような空間に圧倒される。

 

「絵本はどの辺りにあるの?」

「向こうだ」


 南葵に案内をさせる事に迷いは生じたが、ここは部屋の中である為、部屋の外に出ない限りは迷っても、困る事は無いだろう。また、はぐれる事もないだろう。何よりここには私と南葵しかいない。もし逸れてしまっても声を出せば気づいてもらえるだろう。果たして南葵が、私の声が上がった所まで歩いてこれるだろうかという疑問は残るが。


 私の心配とは裏腹に南葵は迷う事なく絵本コーナーへと向かって行った。今日の南葵は不思議だ。目的があったら迷わないのだろうか。いや、以前研究室に行く時も迷っていたからそれはないか。


「……思ったよりいっぱいあるね」

   

 ここには子どもは私しかいないから絵本なんてものは需要がないだろう。けれども、棚の下の方に詰め込まれた絵本は私が想像するよりもはるかに多い量が置かれていた。


「霙と白鴎が準備をしたらしい」


 中には私が読んだ事ある絵本も置いてあった。きっとここから絵本を選んで私の部屋に置いてくれていたのだろう。


「これにする」 


 手に取った絵本は『さつまいもばたけのねずみさん』だ。大きなさつま芋の中でねずみが眠っている。


「ん。じゃあ、そこ座れ」


 南葵が指さした方には、ソファと机がいくつか置かれていた。私はその1つに座り、南葵は私の正面に座る。


「後は、好きなように読んで、絵本も飽きたら変えて良い。気が向いた時にこれに文字を書いてみろ」


 南葵は私の前に紙と鉛筆を置く。


「書かなくてもいいの?」

「ああ。気が向いた時に書けば良い」

「……はぁい」


 私が知っている勉強と違う。何も強制されない。

 本を変えても良い。文字を書きたかったら書いても良い。飽きたらやめれる。

 

 何もかも違う。こんなにも緩いものなのか。


 図書室という場所は、不思議と声を出す事が憚られる。声に出して絵本を読もうとして、やめた。

 声には出さず目で物語を追っていく。







 


 

ひまでしかたがない ひとりぼっちの くろねずみ

 

さつまいもばたけに やってきた くろねずみ

たくさんの おおきなさつまいもを みつけた

くろねずみは そのさつまいもを とってくった

あまりのおいしさに もういっこ とってくった


そのはたけは ひとのはたけだった

しらなかったくろねずみは おいかけまわされた


くろねずみはあなほって にげた

さつまいものなかに にげた

さつまいものなかに かくれた


さつまいものなかには ほかのねずみもいた

からだがしろい ひとりぼっちの しろねずみ


くろねずみは なかから いもをくった

しろねずみも なかから いもをくった


そのうち いもは かわになった


くろねずみは そこでねむった

しろねずみも そこでねむった


くろねずみは そこでうたった

しろねずみも そこでうたった


くろねずみは そこでめしをくった

しろねずみも そこでめしをくった


くろねずみは そこでかんがえごとをした

しろねずみも そこでかんがえごとをした


くろねずみは そこでたいそうをした

しろねずみも そこでたいそうをした 


くろねずみは ころんだ

しろねずみも ころんだ

 

くろねずみは しろねずみを わらった

しろねずみも くろねずみを わらった

 

くろねずみは しろねずみと はなした

しろねずみも くろねずみと はなした


くろねずみは しろねずみと いっしょにすごした

しろねずみも くろねずみと いっしょにすごした


くろねずみは ひとりぼっちではなくなった

しろねずみも ひとりぼっちではなくなった


くろねずみとしろねずみは ともだちになった







 



   

 

よく出てきた単語は「いも」と「ねずみ」


「い」と「も」は以前書いた事がある。けれども「ねずみ」はどの単語も書いた事がない。

 けれども、「ね」は「の」と似ているし、「ず」は「ざ」、「み」は「も」と似ている。日本のあいうえお表と少し違うけれど、そのあいうえお表の縦列の文字はこの世界では少し似通っているらしい。


 もう一度最初から絵本に目を通すけれど、やはりこの世界の文字は私の知っている文字と一致しない。私からすれば文字とも呼べないようなこの世界の文字は、きっと一つ一つの文字に意味を持たせているのだろう。


 まるで。


 雨の日に傘をさしているような。

 道端の花を見つけたような。

 雷から逃れているような。

 窓に薄いカーテンをかけたような。

 暖かい布団で寝ているような。


 そんな事すらイメージさせる優しい文字達だ。 


 

 

 

 

 


 


 何かへの反抗なのか、今日は文字を書かなかった。南葵が渡してくれた紙と鉛筆も使われないまま机の上に置かれていた。それに対して南葵は何も言わなかった。


「それやるから自由に使っていい。中身を見たりしないから」


 つまり今日私が書いていなくても、明日書かなくても、その次もその次の日も私が何も書かなくても彼は何も言わない。


 ヤギに食べてほしいくらいだ。

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