027-4「今日は雲が多いなぁ」
「今日は、もうしない」
絵本を閉じて南葵を見ると、南葵は私の正面で別の分厚い書籍を読んでいた。背表紙が見えない為、何の本を読んでいるのか分からない。予想としては聖女に関する本だろう。
「そうか。絵本は持っていっても良いし、好きにしていい。俺はもう少しここで読んでから行く」
「分かった」
絵本を絵本棚に返し、図書室を出た。外はまだ明るく、静かだ。さて、何をしようか。
自分の部屋の方向は分かっているから迷ったりしない。何をするかは決めていないが、まずは自分の部屋に向かう事にする。
「……南葵、一人で大丈夫かなぁ」
私自身は問題ないが、一人で部屋に戻る事を考えると南葵の心配をしてしまう。南葵は無事に一人で自身の部屋までたどり着く事が出来るのだろう。南葵は方向に対して謎の自信を持っている為、迷わずに違う方向へと突き進んでいくのだろう。
道すがら自分がやりたい事を考えていたけれど、これと言ってやりたい事が思い浮かばない。部屋に戻っておままごとをするのも良いけれど、最近はどうしてか一人だとつまらない。一番おままごとに誘えそうな子どもの南葵も今は大人のように読書に勤しんでいる。神楽も今は何をしているのかは分からないが、おままごとには付き合ってくれないだろう。
散々迷ったあげく私の中でやりたいものとして上がったのはお絵かきだった。
だからと言って描きたいものが思い浮かぶ訳でもない。部屋から持ってきたスケッチブックと色鉛筆を手に庭を動き回る。
「今日は雲が多いなぁ」
そのせいか私の気分もあまり上がらない。いっその事、部屋で昼寝をすれば良かったかもしれない。わざわざ寒い思いをしながら外に来る必要はなかった。いくら厚着をしているからとはいえ今はもう冷える。彩月の作ってくれた新しい洋服を着るほどの気温ではないが、半袖でうろうろとするのは難しい時期だ。特に朝夕は冷える。
いつものベンチまでたどり着くと、そこに座って疲れてもいないのに休憩を取る事にした。過ぎゆく雲の数を数えてみる。けれども10を過ぎたあたりから飽きてしまった。ならばと思い近くに生えている草の葉っぱの数を数えて見る事にしたが42を過ぎたあたりで同じ葉っぱを数えてしまい挫折した。次こそはと思い、飛んでいる鳥の羽のばたつきの回数を数える事にしたがすぐにいなくなってしまった為、15回までしか数えられなかった。
「…………」
これを平和と取るか暇と取るか。今ならば断然後者だ。絵を描こうにも、身近に私がかける題材がない。絵が得意ならばその辺りの草でも十分に描く題材となるだろう。今私が草を描こうものなら、スケッチブックが一面緑と黃緑で埋まるだろう。
空を眺めたとしても私が欲しい題材はない。空の雲も以前描いた。今座っているペンチを書いても良いが今絵を描く為だけにこのベンチから立ち上がるのも面倒だ。
「……?」
何も考えずそれから数分ベンチに座っていると視界に黄蘗色の葉が落ちてきた。けれどもどこを見渡してもこの近くに黄蘗色の葉が生えている木はない。一体どこから飛んで来たのだろうか。スケッチブックと色鉛筆を手に取り、葉が飛んで来たであろう方向へと足を進めた。進んでいる方向はさつまいも畑がある方向だ。
「……こっちにあの色の葉っぱが生えている木なんてあったっけ?」
もしないならば、私が葉が落ちたと感じた方向を間違えた訳だけれども。以前来た時はこの辺りにこの色の葉などなかった。
緑に茂った木はいつも暖かかった。紅葉がないのが残念だけれど。
まるで赤を含んで一足先に地に降り立った光のようだ。
下を向いて歩いていると足元に黄蘗色の葉が複数枚散ってるのを見つけた。
「…わぁ!」
上を見上げると緑の木の中に黄蘗色の葉が主張するように揺れていた。
「きれぇ」
たくさんの緑の中にまるで『私を見つけて』とでも言うように全身で存在を示す黄蘗色の葉。皆と同じという事に飽きて、自ら変わろうと、自らを主張しようと皆の中から抜け出して自身を知らせに来たのだろう。
足元の黄蘗色の葉を複数拾い、広げたスケッチブックの上に置く。たった数枚でもスケッチブックいっぱいに広がるそれは、まるで黄色い絨毯のようだ。未記入のページの上に葉を置き、再び上から別の未記入のページを被せる。
それを触るとボコボコとした感覚が面白い。強く押しつぶすと平べったくなるかと思ったが、そうでもない。葉は葉のままふんわりとしていた。人に左右されず、靡かない葉が格好良い。
「黄色にしよ」
葉の上に紙を置いた状態で、色鉛筆でページ全体に色をつけると、葉のガタガタとしたところが浮き上がってきた。
「わぁっ! 模様が出た!」
絵とは言えないほど単純だが、これも面白い。ついでに落ちている木の枝も拾い、同じ様に写し取ってみる。そうすれば茶色の細い枝も浮き上がってきた。まるで木の絵でも書いているかのようだ。黄色も良いけれど、やはり赤も緑も欲しい。挟んでいる葉を少し動かし赤の色鉛筆を持ち、黄色の葉と同じようにスケッチブックに移し取ってみる。赤と黄色が混ざった所が僅かに橙色になった。
どうして葉は、緑だけではないのだろうか。先日まで緑だった木に、何故見慣れない黄蘗色の葉が混ざっているのだろうか。生き物に様々な色があるように、草木にも様々な色がある。
「あ、そっか。色が変わったんだ」
季節によって少なくなったり色が変わっていく姿は人間の心と少し似ていた。
果たしてそれは人為的なものなのか。それとも自然的なものなのか。はたまた木が望んだからか。
移りゆく原因は誰にも分からない。
スケッチブックいっぱいに切り取られた秋は、私の知らない綺麗な色をしていた。
「…………?」
書き終わってスケッチブックを閉じたところで、妙に焦げ臭いような匂いがした。
「火事?」
けれども火事特有の黒い煙は上がっていない。まるで何かを焼いているような、不思議な匂いだ。けれどもこれは芋ではないとは思う。かすかに漂う生臭さから、どこかで魚でも焼いているのだろうかと推測する。
思い返せばこの世界ではまだ魚を食べた覚えがない。以前鮭の入ったおにぎりは食べたが、それだけだ。緑弥に魚を出さない意図でもあったのだろうか。
それにしてもここまで魚の匂いが漂ってくるというのは珍しい。緑弥は一体何の魚を焼いているのだろうか。
くうぅぅぅぅぅ
そこで漸く今日自分が何も食べていない事に気がついた。
「……」
これほどまでに良い匂いをさせているのだから、腹が減るのも仕方がないだろう。緑弥のところに行けば何かしらもらえるはずだ。
「……行ってみよ」
私は今いた場所から緑弥がいるであろう厨房に向かって歩き出す。




