027-5「秋刀魚ってこの魚の名前?」イラスト付き
歩き始めて数分でこの匂いがどこからしているのか理解した。
「……何してるの?」
「秋刀魚を焼いている」
私が最初に黄蘗色の葉を見つけたベンチの近くで、神楽が七輪のようなものを使用して魚を焼いていた。緑弥が良い匂いをさせているものだと思っていたが、どうやら近くにいた神楽が犯人だったようだ。
「秋刀魚ってこの魚の名前?」
「あぁ。この時期が一番うめぇ」
「ふぅん」
秋刀魚は苦いと聞いた事がある為、その魚がどうしても美味しそうに見えず、興味無さげな返答をしてしまう。
「もう焼けるが、食うか?」
確かに腹は空いているが、苦い思いをしてまでそれを食べようとは思わない。しかしながら、神楽の善意を断るのも気が引ける。
「……でも、苦いよね?」
「にげぇのは肝の部分で、後はうめぇぞ」
焼けた秋刀魚を箸で解して、中の白い部分を私へ差し出す。
「食ってみろ」
見た目は美味しそうだ。苦そうには見えない。
「……じゃあ」
口を開けると容赦なく口の中に箸を突っ込まれた。襲ってくるだろう苦味に眉を寄せてみるが、想像した味覚は襲ってこなかった。
「……おいしい?」
予想外の端に首を傾げた。
「だろ」
普通の魚と何が違うのかは分からないが確かに美味しい。味としては鯖に似ている気がする。食感と色も。食べただけでは秋刀魚とは分からないけれども確かに美味しい。
「もう一口」
食べられると分かったら私のおも空いてきた。
「ん」
神楽は自分で食えと言わずに、私の口に次々とさんまを放り込んでくれた。
「お米が欲しくなるねぇ」
「分かる」
だからと言ってすぐにお米が出てくる訳でもない。
「ところでこのお魚どうしたの?」
この近くに海でもあっただろうか。海独特のしょっぱい匂いはしないからこの近くに海はないはずだ。まあ海の匂いなんて嗅いだ事はないけれども。
「水の国からの輸入品だ。この国でも取れねぇ事はねぇが、水の国産のほうがうめぇ」
「……それって、お魚いっぱい届くの?」
「魚だけじゃねぇぞ。貝もうめぇし、海が多いから、ビニールのモンとかも」
「へぇ」
もしや、黒い悪魔もいるのだろうか。それには会いたくないが、美味しいものは食べたい。出来る事ならば自分で選びたい。
「秋刀魚の絵、描く」
「好きにしろ」
もうすでに食べている為、焼いてる時の原型はとどめていないが、焼かれている秋刀魚の姿は覚えている。スケッチブックを開いて水色の色鉛筆を手にとる。
まずは水色で秋刀魚の形を描く。少し細長い体は、立っている人間と同じ様に頭が上だ。七輪は大変そうだから描かない。
焼かれる前の秋刀魚の口は少し黄色かった気がする。そして体は銀色。銀色の色鉛筆なんてないから白と黒を交互に塗って灰色にする。けれどもそれが意外と難しく、白を塗った後に黒を塗っても黒が強すぎて銀色にならない。だからと言って先に強く白を塗っても黒が上手くのらない。結局思ったような灰色にはならなかった。色鉛筆は絵の具よりもずっと難しい。
「青を混ぜてみろ」
「青?」
秋刀魚の色に青を混ぜるという事だろうか。神楽の指示通り白と黒の上から青色を混ぜてみる。白と黒が強すぎたせいでそこまで青は目立たなかったが、生の秋刀魚にはより一層近づいた。
「で、茶色やオレンジ、黄色を混ぜてやると、今食ってる焼けた秋刀魚に近づく」
「おおっ!」
またもや神楽の指示通りに秋刀魚に色を乗せていくと焼き色が秋刀魚に加わった。
「ほれ」
神楽が私の口に秋刀魚を入れる。身がふっくらとしていて美味しい。
「あとは、上からもう1回濃い黒と青を円を書くように書いてやれば、焦げ目がつく。」
神楽の言葉を信用し、魚の背中の方に黒い円を書いてやると、焦げ目に見えなくもない。楽しくなってつい何個も円を書いてみる。正直描きすぎた。
「でーきた!」
「ほれ、最後の一口」
完成した絵は神楽に見せると同時に口の中に最後のさんまを放り込まれる。
「あーん!…………?」
口に入れて苦くない事を確かめた。苦くはなかった。ふっくらとしていた。美味しかった。
「どうかしたか?」
「何でもない!」
けれども。少し、味が薄い気がした。
「美味しかった!」
「そりゃ、良かった」
初めて秋刀魚を食べた。始めて秋刀魚が美味しいと感じた。
「……美味しいねぇ」
空を揺蕩う雲は、朝よりも随分と数を減らしていた。
秋刀魚だけでは腹が満たされなかった為、緑弥の元へ行き食べ物をねだる。先日の栗ご飯がまだ余っているとの事だった為、温めたそれをもらう。そしてたまたま作っていたという、トマトスープももらう。
原型のないトマトは美味しい。どうしてこれが生だと一気に苦手になってしまうのだろうか。そういえば長らくニンジンを食べていない。そう思ったけど冷静に思い返してみればそうでもない。
「霙さん、街に行きたい!」
夜ベッドの中から、私は霙に頼み込む。
「街?」
「そう!」
街といえば、10日ほど前に披露会で街へ出た。あの時は緊張していて、街の光景をよく覚えていない。
「あのね、お兄ちゃんが、秋刀魚買ったって言ってたの。水の国から来たんだって。他にも面白いものいっぱいあるんでしょ?」
神楽との話を思い返す。私にお遣いなどもいうものは無いが、買い物をしてみたい。買い物は出来ずとも、様々な娯楽を見てまわる事は出来るだろう。
「……」
快く了承して貰えるものと思っていたが、そうでは無い様だ。霙の表情は厳しい。
「だめ?」
「……外出自体が禁止されている訳ではない。ただ、街ともなると、人が大勢いる。聖女様に何かあればと思うと、直ぐには許可は出せない」
霙の言う「何か」とは何だろう。迷子になる事か。はぐれる事か。それとも私が傷つく事か。1つ目と2つ目の場合は私の自業自得と考えるが、3つ目の場合、第三者からの干渉を恐れているのだろう。自分で転んで怪我をするならばいい。けれども私はこの世界で重要な存在である聖女というものだ。出来るだけ危険からは避けたいのだろう。
まるで、過保護な親だ。それが迷惑と考える事もあるだろうが、私はその過保護さが嬉しい。
何より霙は外出自体を禁止している訳ではない。霙の口ぶりからすると、それ相応の準備というものをすれば私の外出も叶うのだろう。けれどもそこまでして外出したいのかと言われると首を傾げる。街を見てみたい気持ちはあれど、気軽に行く事が出来ないのならば無理に行こうとも思わない。
やはりやめておくと言おうとすれば、風呂から帰ってきた白鴎に言葉を遮られた。
「良いんじゃない? 聖女様に外の世界を知ってもらうのはいい事でしょ。聖女様に空の国を愛してもらう為には、身近なところから知ってもらおう」
少し濡れた髪を拭きながら、みぞれと同じようにベッドに腰掛ける。
「聖女様は街を見てみたいんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、行こう」
散歩にでも行こうという雰囲気で白鴎が許可を出す。
「いいの?」
白鴎から許可が出たと言ってもみぞれが反対しているのならば無理に行こうとも思わない。霙を見れば、反対をする表情はしていなかった。
「まあ、私と白鴎がいれば、聖女様が傷つく事はない、……か?」
「そうだね」
「ならば約束だ。一人でうろうろしないように」
「はい!」
つまりは迷子にならないようにという事だ。霙か白鴎の服を握っていれば、はぐれる事はないだろう。
「そしてもう一つ。街のものに聖女様と悟られない事だ」
「どうして?」
この世界では黒髪と黒目は珍しいと言っていた。その私がどうやって隠れられるというのだろう。そもそもこの国は白髪金目だ。一層隠れるのが難しいだろう。
「聖女様はこの国、……いや、この世界でとても重要な存在だ。狙われやすい。この建物の中は安全だが、ここを出るとそうとも言えない。聖女様であると分かれば、利用しようとする輩も出てくるだろう」
綺麗なだけの世界ではないから。そう呟く霙の表情はどこか陰っていた。
「分かった。でもどうやって分からないようにするの?」
「……明日伝える」
績は苦虫でも噛んだかのように言葉を続けようとしない。白鴎は話は終わったとでも言うように髪を拭き始めた。
「明日は、私と白鴎が共に行く事になるだろう」
そうか。2人以外が一緒に行く可能性もあったのか。私はどこかに行くならばこの2人がついてきてくれるだろうと考えていた。
「午前中は会議があり抜けれそうにない。午後からでも良いか」
「うん!」
自分が暇だからといっても、他の人までそうでもないという事を忘れていた。忙しい2人を連れ回す事に罪悪感を感じながらも、楽しみの気持ちを抜けきれない。
「明日、楽しみ!」
「ああ。…………早く寝ろ。明日、体力がもたないぞ」
「はぁい」
今日ばかりは明日の為に絵本を読まずに寝ようと思う。けれども白鴎が入れているココアだけは飲んでから寝ようと思う。
※この画像はAI生成画像です




