026-3「私もお空の散歩するの!」
まだ掘っていない畑はあと半分だ。けれども午前中で半分が終わったのだから今日中に全部終わる気がする。何より、一番大変なのが、掘った芋を荷車まで運ぶという作業だ。これに関しては私は全くと言っていいほど役に立たないだろう。
「よぉし! ほるぞぉ!」
下まで降りていた袖をもう一度捲り上げる。午後からは緑弥も手伝ってくれるらしいので午前中よりは早いペースで終わるだろう。
先ほど掘っていた場所の近くを掘ると、やはり大きい芋が出てくる。
私は途中から自分が掘った芋を、毎回声をかけて取り出してもらうのも申し訳なく思い、そのまま残しておく事にした。全部掘り終わってから最後に穴の中から出して、荷車に運んでもらおうと思う。その方が効率的だ。
「あっ、」
芋を掘りながら、つい思い出したように口から言葉がこぼれた。
「どうした?」
近くにいた霙が手を止めて私の方へと向き直る。
「霙さんに聞きたい事があったんだった」
「私にか?」
霙は思い当たる事がないようで首を傾ける。
「えっとね。霙さん、前私がこの世界に来た時に『言い伝え通りだ』って言ったよね?」
「そうだったか?」
私ははっきりと覚えているけれど、どうやら霙は、その記憶がないようだ。
「そうなの。私が初めてこの世界に来た時に私を見て霙さんはそう言ったの」
霙は腕を組みながら唸る。
「言った……、かもしれんな」
記憶にないものを無理に思い出せというのも難しい話だ。
「えっと、無理に思い出して欲しいんじゃなくて、あれってどういう意味だったのかなって」
「どういう意味とは?」
「この国に聖女が現れたのは私が初めてって言ってたよ?初めてなのにどうしてあの場所から出てくるのが分かったのかなって」
私がそこまで言うと、ようやく霙は納得したように説明をしてくれた。
「ああ。南葵に聞いたんだ。あの場所から来ると。それにあの場所は守護者である私と白鴎しか入れないからな」
「南葵に聞いたの?」
ならばどうして、南葵は私がそこから来ると知っていたのだろうか。南葵は聖女について調べていると言っていたから、その過程で知ったのかもしれない。聖女が現れる為の条件のようなものでもあったのだろうか。
「ああ。聞いたらしい」
「誰に?」
「それは」
「あ、まだやってた。よかった」
ここにいないはずの、そして話題の中心でもあった南葵の声が聞こえてきた。
「南葵さん、たどり着けたんですね」
南葵が来た事に気がついた神楽は、遠くの方で作業していた手を止め、こちらに近寄ってきた。
「ああ、なんとかな。それにしても神楽、畑の場所が変わったんだったら言ってくれないと困る」
「…………畑の場所は数百年前から変わってないっす」
「……そうなのか?」
「うす」
「……」
自身が方向音痴である事を自覚しながらも、その建物の設置場所に対して疑念を抱くとはどういう事だろうか。
「お手伝いに来てくれたの?」
「ああ。けれど、どうやら後半戦らしいな」
掘り起こされた畑を眺めて、少し落胆していた。
「今日は早くたどり着けたと思ったんだが」
「……そっすね。普段と比べたらだいぶ早いっす」
神楽が途方もなく遠い目をしている。普段から南葵を探す役目を任されているからこそ、そう感じるのだろう。
「寧ろ、たどり着けただけ奇跡っすね」
南葵は他の人と同じように袖をもくり、身近にあったスコップを掴んで土に突き立てる。
「さあ、さっさとしないと日が暮れるぞ」
一番後に来ておきながら仕切り始め南葵だが、不思議と腹は立たない。
神楽も同様なのか呆れた顔は隠しもしないが、素直に芋を掘り始める。霙と白鴎も同様だ。
南葵は神楽より前にここに来たと言っていたけれど、他の人と比べるとどうなのだろう。姿だけを見れば、一番小さいのは南葵だ。けれども神楽より年上らしい。霙や白鴎、他の皆と比べると、南葵は後の方に来たのだろうか。
午前中とは違い大人5人の力は凄まじかった。緑弥が、私の採った芋が大きすぎて引いたり、南葵がとても興味深そうにこちらを見ていたりと、色々ありはしたが、無事芋掘りは終了した。
「ありがとうございます」
神楽は私以外の皆に丁寧に礼を言った。私には何もないのかと不満が顔に出ていたのか、クシャリと頭を撫でてくれた。満足だ。
「何か、あれっすね。掘った量は断トツで俺達のほうが多いのに、全体量を見れば聖女様の方が多いっつーか……」
掘った芋の山を眺めて神楽が頬を引き攣らせる。
掘るのは終了したが、まだ芋を荷車に積むという作業が残っている。私の芋もまだ穴の中に埋まっている。自分が掘った芋を運ぶのは難しいが、皆が掘った芋を運ぶくらいならば私にも出来る。
最後の一仕事だ。そう思って拳を握るけれど、あの一言で私は拳を下げざるを得なかった。
「後は俺がするから、今日は終わりだ」
「え?」
これほど大量な芋をどうやって一人で運ぶのだろうか。大変である事が分かりきっているのに、彼一人に任せる訳にもいかない。
「手伝う!」
「大丈夫だ」
そう言って神楽は、積み重ねられている芋や、土の中に埋まっている芋を宙に浮かせた。
「うい……っ、浮いてる! お兄ちゃん、お芋浮いてる!!」
あまりにも不思議な光景に目を奪われる。
夕方を象徴する柑子色の空に、紫紺の芋が映える。まるで、夕日を飛び交う満天の星空のようだ。
「すごいっ! きれー!」
自由に空を飛ぶ姿に憧れる。
「お兄ちゃん、私も!」
神楽のそばへ行き、神楽の服の裾を引っ張る。
「はぁ?」
「私もお空の散歩するの!」
神楽が指をひょいとあげると、私の体は宙に浮く。
「わあ!」
そのままお芋を目掛けて飛んでいく。ぶつかると思いきや神楽が直前で止め、芋に抱き着く形となった。
一面畑、林だらけの景色は、代わり映えはないけれど、たくさんの声に心地よさを感じる。
トンボが羽ばたく羽の音。
鳥がさえずる優しい声。
草木の揺れる風の音。
荷車に積まれる芋の音。
目を閉じれば、耳に聞こえてくるのは優しい声ばかり。
ああ、今日も。この世界は、美しい。
「あー、楽しかった!」
地に足をつけた私は、その足で緑弥を引き連れ、調理場へ向かった。
「何をするんだ?」
「スイートポテト作るの!」
スイートポテトならば簡単に作れる。何せ前回作った時は、柔らかくして潰して丸めるだけだったのだから。他の材料は全く混ぜなかった。だからと言って一人で作れる訳でもない。料理場のの管理者は緑弥だ。彼に無断で作るのは良くないだろう。
「なるほどな。なら、作ったら黎翔にも分けてあげてくれ。仕事が忙しいみたいで、ろくに休めてねぇんだ」
「……」
それならば先日のお芋パーティーでは無理をして来てくれたのかもしれない。悪い事をした。




