025-3「聖女の花?」イラスト付き
私のそのつぶやきが聞こえたのか、南葵はキラリと目を光らせた。
「その通りだ。そしてその研究グループで開発されたのがこの腕輪だ。まあ、俺は研究が専門だからそれほど手は加えていないが」
そういって南葵が取り出してきたのは白くて細いリングだ。一箇所に花びらが4枚の可愛らしい花が彫られている。研究グループは本を見て研究するだけだと思っていたけれど、開発もしているのか。
「可愛いね、この花は?」
「この花は俺たちの象徴だ。聖女の花という」
「聖女の花?」
今まで聞いた事がないような名前の花はこの世界特有のものだろうか。けれどもこの小さな可愛らしい花は、もし青色をしているならば名前を知っているかもしれない。
「初めてこの世界に来られた聖女様が気に入っておられた花だ。当時まだ花に名前がついていなかった事から、そう名付けられた」
まだ名前のついていない花だからこそ出来た事だ。元々名前のあるものに、本人の意図したものとは異なる名前をつける事は冒涜だ。
「で、この腕輪だが」
斜めに向かってそれかけていた話の筋を南葵が正した。
「聖女様の体から溢れる神気の気を感じ取る為のものだ」
「へー、そんなのあるんだ」
南葵からリングを受け取り、左手につける。違和感は何も無いが、私が触れた瞬間、花は微かに青色に光った。まるでオオイヌノフグリのように。
「やはり、光ったか」
南葵は安心したように頷いた。
「光らないって思ってたの?」
私の中に聖女の力がある事を疑っていたという事だろうか。それは仕方がない。私自身も信じきれていないから。
「いや、そうではない。今まで聖女様がつけた事がなかったから本当に光るか半信半疑だっただけだ」
「……」
つまり私は実験体1号とでも言うべきだろうか。
「違和感はないか?」
「ない」
「そうか」
南葵はため息をつくと、リングに添えられている花をまじまじと見つめる。
「やはり聖女様の体からは神気が出ているんだな」
南葵は再びどこからかメモを取り出すと、何かをメモし始めた。恐らく腕輪の効能や光り方などを書き留めているのだろう。
「今日はこれを渡すつもりだったの?」
「ん? いや。聖女様が体から神気を出している事を分かりきっていたから、特に必要はなかった。ただ太陽の聖女様のように自分の力の使い方を考えた時にあった方が分かりやすいだろう」
もともと渡すつもりではなかったが、私の話を聞いてこれが必要と判断しプレゼントをしてくれたという事か。
「ありがと」
私がお礼を言うと、私とそこまで変わらない大きさの手で私の頭をなでた。
私はこの腕輪をよく見て、光るタイミングをみよう。
改めて椅子に座り直し2人でため息をつく。
「ココア、飲むか?」
「飲む!」
どうやら南葵はココアまで用意してくれるようだ。普段は夜に飲むから昼からココアなんて贅沢だ。
南葵は慣れた手つきでココアを戸棚から取り出す。ここにココアが常備してあるという事は南葵も日常的にココアを飲んでいるという事だろう。ココアの入っている入れ物を開けた途端、香ってくるココアの匂いに安らぐ。温めたミルクも、かき混ぜる音も、どれも心地良い。先ほどまで部屋で眠っていたというのに、また眠りに誘われている。
暖かいものをコップに注ぐ時の特有の音が響く。まるで子守歌のように奏でる音に目を閉じて耳を澄ませる。
「……眠いのか?」
ココアを入れた南葵が近くまで来ていた事に全く気がつかなかった。
「ううん、平気」
両手で暖かいカップを受け取る。白い湯気に視界が覆われる。
「ココアって、ほっとするからすき」
まるでチョコレートのように優しく口の中でとろける。
「どうしたの?」
南葵に目を向けると、少しだけ目を開いて私を見つめていた。
「……いや、昔、似たような事を言った人がいた」
南葵は思い返すように目を閉じて振り返った。
『私、ココアって大好き! とってもほっとするの』
近いようでずっと遠い過去。あの人と過ごした期間はたった数日だというのに褪せる事なく記憶にとどまり続ける。それは一体何故か。
南葵はしばらく目を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開き、口を開いた。
「昔、好いた人がいた」
私に話しかけるというよりは、過去を振り返って物語をなぞっているかのようだ。彼は私を見ているよう出来っと別の人を思い返している。ただ私を見ているのは、その人が私に似ているから。それだけだろう。
「お前によく似ていた」
一昨日も私と間違えられた。それだけ彼の愛情が彼女に向いているのだろう。彼の言葉はいつだって過去形だ。一昨日と今日の言葉を察するに彼女は今、彼の近くにはいないのだろう。永らく彼に会っていないに違いない。だからこそ彼はあれほどまでに取り乱したのだろう。
「お前ほど小さくはなかったがな」
「一言余計です」
きっと彼は私と彼女を重ねているのだろう。なぜ彼女はいなくなったのだろうか。私と似ているという事は、彼女も私と同じようにこの世界へやってきた日本人なのだろうか。
優しく切ない表情の南葵に目が奪われる。
「俺はずっとあの人を探している」
宙を掴む姿は、まるで捕まえたくても捕まえられない迷子のようだ。
何故私にこのような話をしてくれるのだろうか。私が彼女と似ているからだろうか。
「『私から祝福をあげる。これがあなたにとって吉でありますように』。俺の聖女はそう言って消えた」
『聖女』
南葵はそういった。恐らく無意識だろうが、確かにそう言ったのだ。彼は聖女を好いていた。それがどの国にいた聖女なのか、詳しく尋ねるつもりはない。彼女が今彼の近くにいない。それが全てなのだから。
まるで、天使や女神にあったかのような優しい表情をする南葵は、本当に彼女を好いていたのだろう。
窓際にはいつの間にか飾られていた勿忘草が揺れていた。
南葵の用事も終わり、私の案内で散歩をしつつ部屋まで戻ってきた。南葵の案内で散歩をしても良いのだけれど、夕方までに部屋に帰れる保証がなかった。
南葵とともに私の部屋でまったりしていると、扉の方から勇ましいノック音が聞こえてきた。
「お邪魔するよ」
私たちの了承も待たずに、両手に大きな荷物を抱えて入ってきたのは彩月だ。
「彩月さんどうしたの?」
荷物の中身はどうやら布のようだ。箱から飛び出している鮮やかな空色は今日の空を思い出させる。
「洋服だ」
「お洋服? もういっぱいあるよ?」
毎日違う洋服を着ても全てを着る事が出来ないのではないかと思うような数の洋服たちがすでにクローゼットにかかっている。
「あれは秋用。これは冬用。もう少ししたら寒くなってくるから」
そう言って広げた洋服は、ワンピースである事に変わりはないが生地が厚い。今まではレースがふんだんに使われていたが、今回持ってきてくれた服はファーが至る所に使われている。少し触るだけでも暖かさが体に伝わってくる。
「ありがと!」
優しさをもらう事を忌避してはいけない。それは誰も幸せにならない。
私が聖女である為に、私は謙虚でありつつも、『受け入れる』必要がある。
「南葵、私がんばるね」
寒い季節が、もうそこまで来ている。
※この画像はAI生成画像です




