024-3「わたし、笑ってるよ?」
「…………」
私はしばらくしてようやく南葵が無言でスイートポテトを見つめている事に気がついた。何が持っているスイートポテトを見るとすでにかじった跡がある事から、一口かじって何かしらの違和感があったのだろう。
「……南葵、どうしたんだ」
神楽も気がついたようで南葵に問いかける。
「……いや、」
南葵は分からないとでも言うように首を傾げる。
「……俺、今まで緑弥の作ったスイートポテト食った事があったよな」
「ああ。芋は毎年採れるからな」
「…………あの時と作り方変えたか?」
今回あのスイートポテトを作ったのは私だ。私が芋を切って、緑弥が芋を茹でて、私が芋を潰して丸めた。
「作り方は変えてねえが、今回は味付けはしてねぇぞ。普段は砂糖やバターを入れるんだが、今回は芋の甘みが十分あったからな」
「………………そうか」
それでも南葵は腑に落ちないと言った表情でスイートポテトを見つめ続ける。
「どうしたんだ、南葵」
「…………」
「言ってくれ」
「……いや、スイートポテトがどうこうという訳じゃない」
言うか言わないか迷っているような表情で南葵は一度目を閉じた。
「ただ、……」
ゆっくりと目を開けた南葵がようやく口を開いた。
「昔の、あの人が作ってくれたやつに味がよく似てる」
「……あの人?」
私にはあの人の正体が分からなかったが、緑弥にはなんとなく分かっているようだった。そして私も分からないが、なんとなくであるが、察してしまった。昨日南葵が私を見て誰かを思い出していた。恐らくその人だろう。
「あの人はさつまいも本来の甘みを出していると言っていた。自分は計量が苦手だとも……。でも、この料理だけは、何度も練習して作ったんだって……。こんな簡単な料理を練習って何だよって思ったけど、でも、あの一度以来、何度スイートポテトを食べてもあの味には辿り付けなかった。…………けど、このスイートポテトはあの味にそっくりだ」
「……そうか」
寂しそうな顔してる人に対してどのような声をかけていいのかわからない。励ます言葉も一緒に悲しむ言葉もきっと彼は求めていない。
「…………あのね、私、一人で作れるようになりたいの。最初は一人じゃ作れないから緑弥さんに一緒にしてもらわないといけないけど。でね、たくさん作って練習したいから、もし作ったら………………、南葵も食べてくれる?」
「…………」
これが私に出来る精一杯だ。
「いくらでも食べるよ。……ちゃんと食べれるもの持ってきてよ」
南葵の返しに頬を膨らます。
「お兄ちゃんみたいな意地悪言わなくて良いのに!」
「…………ちょっと待って。なんで神楽はお兄ちゃんなのに俺は呼び捨てなんだよ」
「なんとなく!」
元の元気な南葵に戻った。いつのまにか聞き耳を立てていた他の皆も表情が心配から安堵に変わったのがわかった。
「これ、美味しい!」
さつまいものグラタンというのは初めて食べたが、柔らかなとろけるチーズと相まって、より一層さつまいもがホクホクしている。ベーコンが入っているのも文句のつけようがない。
「緑弥さん、これまた作って!」
「おう。つーか、作り方教えてやるよ。簡単だから」
「約束だよ!」
「ああ」
腹の容量は大きくなったとはいえ、それでも入るのは少量だ。1種類だけを沢山食べるなんて、もったいない事はしない。どれも必ず一口は味見をする。さつまいも料理ばかりならばこのテーブルでいつか味に飽きるだろうと感じていたが、そんな事は全くなかった。緑弥のセンスが良いのだ。テーブルを甘いものだけにしない。しょっぱいものもテーブルに置く事で、甘い料理としょっぱい料理を交互に食べる事を楽しめる。
やはり料理は奥が深い。
全ての料理が空になった頃、みんなで片付けを始めた。
「緑弥さん、お皿はここ?」
「ああ、重ねておいてくれ」
「はぁい!」
使ったお皿を一箇所に重ねる。他の皆も片付けを手伝ってくれていた為、すぐに終わりそうだ。むしろ小さい私がうろうろしたら足手まといになりそう。
「聖女様、このお皿もお願いして宜しいですか?」
「うん!」
椅子を片付けている績に快く返事をして皿を受け取る。
「皿はここでいいの?」
南葵が空になった皿を持ってこちらに歩いてくる。
「ああ、良い」
「分かった」
私が重ねた皿の上にさらに皿を重ねる。
「あそこにもお皿!」
片付け忘れたお皿を見つけて駆けより、皿を持ってからは歩いて戻る。
「…………楽しそうだね」
もう少しで積み重ねた皿の元まで届くというところで、南葵から私に話しかけた。
「楽しいよ!」
自分に出来るという事があるなら楽しい。些細な事だとしても、自己満足だとしても楽しいのだ。
「聖女様は、今日1日ずっと楽しそうだった」
「うん、楽しかった!」
皆でパーティーをする事を楽しめない訳が無い。たとえ周りの人が私に付き合ってくれただけだとしても、私は楽しかった。料理だって経験させてもらえた。自分と料理を食べて喜んでくれた。楽しくない訳がないのだ。
「……じゃあ、なんで、笑わないんだ?」
「…………え?」
その瞬間、私だけではなく、近くにいた緑弥や績の表情まで固まったのが分かった。
「わたし、笑ってるよ?」
心に黒い物が渦巻く。まわりに回って、腹にぐるりと渦巻いている。
何を言っているのだろうか。今日私はずっと笑っている。だから楽しい事が沢山あった。ずっと笑っていた。ずっと、
「笑えてないよ」
意味が分からない。私は楽しい。幸せ。嬉しい。そういう気持ちを表情で表しているはずだ。何故それが伝わらないのか。
「笑ってる!」
「……だから」
私は笑えている。笑えていないはずがない。なぜ私の気持ちを否定するのか。動揺から手に持っていた皿が床に落ち割れる。
「笑えてないはずないよ!」
私の大きな声に、霙や白鴎、黎翔、彩月、神楽まで近寄ってきた。やめたいのに、大きな声なんて出したくない。でも止め方がわからない。
「ねぇ、霙さん。私ここに来てから、ずぅっと笑ってたよね?」
「…………」
苦い顔をした霙は、一度口を開きかけて、ゆっくりと結んだ。何故、霙は何も言ってくれないのだろうか。何故、私と目を合わせてくれないのか。
「……ねぇ、白鴎さん、初めてココア飲んだ時、美味しすぎて笑ったよね?」
「…………」
白鴎も私をじっと見るだけで、何も言わない。いつもの優しい表情ではない。
誰も、私の望む答えをくれない。
誰も、私を見てくれない。
「績さんがみぃをくれた時だって、」
私は、私だけのものが出来て、友だちが出来て、嬉しかった。
「彩月さんの作ってくれた服を着た時だって」
私の言葉を聞いて、私の為だけの、私の洋服を作ってくれた。
「緑弥さんのご飯を食べた時だって」
腹いっぱい食事が出来る事の幸せを知った。
「お兄ちゃんがデザインしてくれた部屋を見た時だって」
優しくて、温かみのある家具が、私を受け入れてくれた。
「黎翔様と一緒に寝た時だって」
暗闇の中に、一人ではない事。近くに誰かがいるという喜びを知った。
私はずっと、嬉しかった。
笑ってた。
そう思うのに言葉が出ない。だって、誰からも、優しい笑顔が、返ってこない。
皆が私の言葉を否定する。
「確かに聖女は喜んでいた」
黎翔の言葉に同意の意が見られ、声を上げようとするも、次の言葉に、再び口を噤む。
「だが、笑顔を見せた事は一度もない」
「……っ!」
それは、何故か。
嬉しいと、笑うものだ。
嬉しくなくても、笑うものだ。
両頬の筋肉を少し上に上げる。そうすれば、「笑顔」が作れる。
私はその仕組みを知っている。だからこそ、私は。
だから、私は、「笑顔」を作る。




