024-2「……おいし」
「クッキー出来たか?」
緑弥の声に手元のクッキーの形を全て抜き終わった事に気づいた。
「出来た!」
「そんじゃあ次はこの芋を潰してくれ」
「うん!」
柔らかくなっているお芋を棒で潰していく。
「皮は取らなくて良かったの?」
「とっても良いんだが、彩り的にあったほうがいいんだ」
「なるほど……」
プロの料理人ともなると、ただ作るだけでなく、彩りまで考えるのか。流石としか言いようがない。
料理はただ切って混ぜるだけではない。様々な工程があって面白い。分量を少し間違えると失敗する事もあると聞くけれど、理科の勉強をしているみたいで、どきどきする。学校にでも行っているかのようだ。
「出来た!」
それでも料理はしんどい。こんなに良い匂いに耐えながら作りきらないといけないなんて。緑弥をちらりと見るけれど、こちらは向いていない。つまみ食いをするならば今だろう。
「…………ぁむ」
ほんの小さな一口だけ、そう思いながら潰したい芋を口に入れると濃厚な甘みが口の中に幸せをもたらした。
「……おいし」
「つまみ食いは美味いだろ」
「!」
いつのまにか背後に緑弥が立っていた。隠れてつまみ食いをしていた事に罪悪感を感じ、口元を押さえたまま目をそらす。
「いいんだよ。つまみ食いは料理人の特権だ」
そう言って緑弥は私と同じように、さつまいもを少し手に取り口の中に入れた。
「……あまっ!」
緑弥は驚いたように目を丸くした。
「なあ、これ潰す以外に何か入れたか?」
「え、ううん。私は潰しただけ」
「……だよなぁ」
何か失敗しただろうか。私が掘った芋は、何か変な味がしたのだろうか。
「何かダメだった……?」
「ん? あぁ、いや。逆だ」
「逆?」
「本来ならここに砂糖やら、バターやら、なんやら入れて芋を甘くしていくんだが、今回はその必要がないぐらいしっかり甘みがついていてうまいんだ」
「それっていい事?」
「当然。食品本来の良さを出すのが料理だからな」
「……格好良い!」
「まぁな」
緑弥が元の作業に戻ったので私はもう少し芋を潰すという大義名分をかざしつつつまみ食いに戻る事にした。
「タルト焼けたぞ」
「えっ、見たい!」
私は混ぜただけだが、タルトの出来栄えはどんなものだろうか。
「ふわぁ!!」
透明な湯気が立つタルトは、今まだサクサクとは言い難いだろうがふわりとした生地が食欲をそそる。
「これにさっき潰した芋を入れます」
「やる!」
「ん」
先ほどの芋が入っているボウルを傾けながら焼きたてのタルトの中に入れていく。ボールは少し重たい為後ろで緑弥が支えてくれていた。重たいボールをタルトの上に落としてタルトが壊れるだなんて笑えない。
「全部入れていいの?」
「全部は入らないと思う。入るだけ入れよう」
「分かった! おしまいって言ってね!」
「おう」
潰した芋を半分ほど入れたあたりでタルトはいっぱいになった。
「これをどうするの?」
「もう1回焼く」
芋を乗せたタルトはクッキーとともに、再びオーブンの中へと消えていった。
「あと何かする事ある?」
「あるぞ。今潰した芋を丸めてくれ。スイートポテトが出来る」
「すごいね! お芋の可能性は無限大だ!」
「まだまだこんなもんじゃねえぞ、芋の魅力は」
「おぉ!」
緑弥の言葉通り食べやすいサイズに芋を丸めていく。食べやすいと言っても私と緑弥たちとでは大きさが全く違うだろう。けれど私が食べやすいサイズにしておけば他の皆も絶対に一口で食べる事が出来る。
「丸めたらこいつをハケで塗ってくれ」
緑弥は私に小さなお皿と刷毛を渡した。おそらく皿の中には卵が入っている。卵を塗る意味は全くわからないが意味があってするのだろう。
「出来たぞ」
緑弥の声かけで急いでオーブンまで向かう。熱いのは分かりきっているからオーブンに触るような真似は絶対にしない。オーブンから出てきたタルトは芋にもしっかり焦げ目がついており、タルトもサクサクとした見た目になっていた。
間違いなく美味しい事を分かりきっている。けれどもこの完成形を味見しようと思えば必ずバレてしまう。
「すてき!!」
だから味見は我慢して、皆と一緒に食べるのを楽しもうと思う。
横にあるクッキーは味見をしてもバレないと思うから、緑弥の目が届いていないうちにこっそりと食べようと思う。
結果。クッキーはいつも食べているクッキーよりサクサクとしており、美味しかった。そして味見をした事はすぐに気づかれてしまった。
今丸めているスイートポテトを焼いて私の仕事は終了となった。そして本当に恐ろしいのが、私が今この料理をしていた間に緑弥は一人でイモグラタン、ポテトチップス、芋餅、大学芋、ポテト、さつまいもの炒め物など、芋をふんだんに使ったおかずまで仕上げていた。
緑弥の手際に比べれば、私のお手伝いなどたかが知れていると実感してしまった。
昼下がりの午後。中庭に8人の男性と1人の少女が集まった。
「本日は、お集まりいただきありがとぉございます!」
来てくれた人に感謝の気持ちを述べる。よく時間内に南葵がたどり着けたものだと感心するが、南葵の腕をがっしりつかんだまま登場した神楽を見れば状況が把握出来た。遅れないように神楽が南葵を迎えに行ってくれたのだろう。
神楽には後で改めてお礼を言おう。
「たまにはこういうのもいいな」
「そうだね」
寒い時期になる為、本来ならば部屋の中でするのが良いのだと思うが、季節の風を味わうという事で、敢えて外で開催している。それに今日は暖かい。焚き火もしているし寒くて震えるという事はないだろう。
「黎翔は仕事の都合がついたのですか?」
「鶴羽に押し付けた」
「ご愁傷様です……」
今ここにいる全員が一緒に集まる場面を初めて見た。背が高い人が8人も集まると、広いはずの中庭に圧迫感が生まれた。けれどその圧迫感は嫌な圧迫感ではない。むしろ高い壁に守られているような安心感もある。
「つーか、お前何でエプロン着てんだ?」
南葵の手を離した神楽が私の服を指さしながら問いかける。
不思議な事に、エプロンを脱ごうとしたら緑弥にそのままでいいと言われてしまった。何故だろうか。
「さっきまで緑弥さんとお料理してたの!」
「つー事は今ここにある料理の中にはお前が作ったものもあるって事か?」
「うん! あれとこれを作ったの!」
「…………大丈夫なのか?」
「失礼ねっ! 私は混ぜたりこねたり切ったりしただけだもん! 分量計ったりしたのはちゃんと緑弥さんだもん!」
「じゃあ大丈夫だな」
「……むぅ!」
けれど私は神楽の優しさを知っていた。憎まれ口を叩いたとしても、神楽は指差した料理を一番に手に取ってくれた。
「タルトか」
神楽はそう言ってタルトを大きな一口で齧った。
「ふぅん。うめぇじゃん」
「!」
神楽の口角が少し上がったのを見た。緑弥の言っていた理由が分かってきた。自分の作った料理を褒めてもらえると嬉しい。自分の作った料理を喜んでもらえると嬉しい。
笑顔が見れて嬉しい。
「なら、私も頂こう」
「私も」
彩月も霙もタルトに手を伸ばしてくれた。そうして漏れる嬉しい感想に私は何故だか泣きそうになった。黎翔は無言だが、頷きながらタルトを食べていた。
白鴎と績はクッキーが気に入ったようで、私が型抜きをしたクッキーをずっとつまんでいた。
全部を自分が作った訳ではないけれど、少しでも自分が携わった料理を褒めてもらえると嬉しいものだ。
「さつまいもって美味しいねぇ。そのうち食べられなくなるのが悲しいの」
「年中食べれるぞ?」
「そうなの?」
「ああ、貯蔵庫に保存しておけば食べれる。保存しておけば甘みも増すからな。……今も十分甘いが」
これで、食べたい時にさつまいもが食べられる。そう思えばこの先ももっと楽しくなる。
皆が他の料理を楽しみ始めた頃、私もさつまいも料理を楽しもうかとフォークに手を伸ばす。




