022-4「褒めてる?」
緑弥と別れ、廊下に座り込みメモ帳を開く。
「♪~」
歌いながら歌詞をメモ帳に書きとめると、安心出来る。けれども、所々空いた隙間には私の心にも穴が空いたような心地を味わう。
「♪~、……♪~、」
歌う度に思い出せない所が増えていく。徐々に増えていく空白に、諦めが膨らむ。歌えば歌うほど、分からなくなる。他の曲に挑戦しても同じ結果だ。時間をおいて挑戦するのが良いか。同じ所で何度も止まる事に苛立ちを覚えた頃、何故歌を歌っていたのかを思い出した。
「お兄ちゃんの所に行かないと」
ナイフや鋏など、切るものを求めて神楽を探していた事を思い出す。なぜ他の人ではなく神楽を探していたのか。その理由は思い出せない。
部屋が近かったので、一度部屋に戻りメモ帳と鉛筆、消しゴムを部屋に置いてくる事にした。
当然ながら部屋には誰もおらず、入ったとしても静かな空間が広がっていた。
自分の部屋だとは分かっているけれど静かに足を滑り込ませスケッチブックの上にメモ帳を置く。
「ふふっ」
自分のものが増えるというのは気分が良い。自分の部屋に集められた自分だけのもの。誰にも犯される事なく当然のように行使出来る権利。安心出来る場所があるという幸せをスケッチブックとメモ帳に感じながら部屋を後にした。
「お兄ちゃーん、どこー」
探し続けても見つからない神楽を求めて動き回る。部屋にも庭にもいないとなれば、どこを探せば彼が見つかるのかわからない。私は神楽の事をよく知らない。どこを探せば誰がいるのか全くわからない。緑弥だけは調理場を探せば、見つかる可能性が高いが。彼らが私の事を知らないように私も彼らの事を知らない。知りたいとも思うけれど口頭で教えてもらうのも違う。出来る事ならともに時間を過ごす中で自分自身で彼らの事を知っていきたい。それが出来るのならば私はもっと彼らに近づける気がする。
「お兄ちゃ――ん」
探しても探しても見つからない神楽に、諦めの感情を覚える。時間制限がない為、見つかるまで探しても良いのだが、見つからない事に対する疲労が蓄積しているのを感じる。ここにいるかもしれないという期待が裏切られ続けた結果だろう。神楽を探して辿り着いた庭園のベンチで先ほど自身が置いた飴を見つけた。
「あっ……」
そこでようやくなぜ自分が鋏やナイフを探していたか思い出す。そして同時に視線を鈴蘭と少し離れた距離にあるかすみ草に向ける。
「そうだった……」
私は花を欲しがっていた。けれど今手元に何もない事と、仮にその花を切ったとしてどうするのか。もちろん花束にするのも良いが、不必要に採るのはあまり好まれないだろう。切る事で枯れやすくなってしまう。
「……まぁ、いっか」
花を採る事を諦め、ベンチに座り飴をなめる。
「どうしようかなぁ」
ブドウ味の飴を舐めながら、何をしようかと考え足を前後に動かす。瓶を両手に抱きしめ、片頬に飴を転がす。歩きながら飴は食べてはいけないと言われたから、食べるまでは動けない。
「あめ……」
飴を舐めている事で、ふと空を見上げる。私がこの世界に来てから一度も雨が降った事はない。それでも花が枯れる事も、野菜が育たない事もない。行き過ぎた光は全てのものを干からびさせるというのに、ここではそんな様子が全くない。雨が降らなくても水をあげているから育つという事だろうか。決して雨が好きな訳ではないけれど、時折あの雨の匂いが恋しくなる。あの独特な不快感を味わいたくなる。
「あ、」
白い鳥が飛ぶ姿を見て、私も自由に空を飛べたらと思う。遠い空に近づけたら、行きたい場所に行ける気がする。私が本当に行きたい場所にはいけない。自分一人の力では怖くてそこにたどり着く事は出来ない。きっと空を飛んだとしてもそこにたどり着く事は不可能だ。
「何をしているんだ?」
「彩月さん!」
空を眺めていると、視界に彩月が映り込んだ。太陽と同じ黄金の瞳を輝かせる姿に余計に目がかすむ。
「彩月さんは何してるの?」
「アイデアだし。衣装に花を入れたくて、花の観察中。そういう聖女様は?」
「……お散歩?」
「何故、疑問形なんだ」
「飴を舐め終わるまで休憩中なの」
少し小さくなった飴を左右に転がす。歯に当たる感覚が好きだ。
「好きな花はある?」
「うーん、鈴蘭と、かすみ草は好き」
「なるほど。いい趣味をしてる」
「褒めてる?」
「褒めてる」
もう一度飴を左右に転がす。歯にあたりコロンと響く音が虫歯への近道だと感じる。
「で、これから何をするの?」
「うーん、お兄ちゃん探してたんだけど、見つからないから諦めたの」
「神楽の事だよね?」
「そう」
「神楽なら、さっき畑にいたよ」
「!」
灯台下暗しとはこの事だろう。そしてそのおかげで私は本来の目的を思い出す事が出来た。そしてタイミングよく口の中の飴もなくなった。
「お芋採りに行ってくる!」
私の本来の目的は畑で芋を取る事だ。飴を置いていたら違う事に気を取られて当初の目的にたどり着くのが遅くなってしまった。
「いってらっしゃい」
彩月に見送られ、足を進めた。
神楽も畑で芋を取ろうとしているのだろうか。
ここからそう距離が離れていない畑へと向かう。
流石に飴を持ったまま芋は掘れない為、先程も通りかかった焚き火場へ瓶を置く。
「誰にも踏まれませんよぉに」
ここの人達は背が高いから、足元のものに気が付かないかもしれないが、注意力があると信じよう。
「おーい!」
走りながら声を出すのはしんどいけれども、神楽もいきなり私が来たら驚くだろう。事前に声を出して私が近くにいる事を知らせるという私の優しさだ。
「お兄ちゃーん、私だよ!」
所が不思議な事に、昨日芋を採った場所には神楽はいなかった。
「お兄ちゃん、どこ?」
今の所、芋を採った形跡もない。まだここに辿り着いていないのだろうか。けれども、彩月は神楽がここに居ると言っていた。
「……まぁ、いっか」
当初の目的である芋掘りは出来そうだ。昨日、神楽が蔓を切ってくれていた場所を掘り進める事にする。
「ミミズさんだ……」
掘り始めた途端、柔らかい土の中から土の耕し手が登場する。ミミズは嫌いでは無いが、好んで触れたいとは思わない。ミミズを乗せた土ごとそっと持ち上げ、別の所に移動して頂く。
手に当たる硬い感覚に、芋に辿り着いたと確信する。爪を立てないように優しく土を払い除ける。土にまみれた芋は、汚れているのに誇らしげだ。
「…………」
そうして芋が全ての姿を現した時、私は後悔していた。
「よいしょっ!」
恥ずかしがり屋の芋は私が引っ張っても土の中から顔を出そうとしない。
「よい、っしょ!」
やはり何度引っ張ってあげても体をこちらに持ってくる気配はない。何より昨日よりもさらに大きな芋を私一人で持ち上げられるはずもない。
「……むり!」
諦めるのは良くないという言葉を聞くが、こればかりはどうしようもない。私の力が足りない事は今に始まった事ではない。後悔すべきは、自分の力量を分かっていないのに1人で芋を掘ってしまった事だ。掘る前に誰かに近くにいて貰えば良かった。先ほど近くには彩月がいたのだから、彼を連れてくるのが正解だった。
「……」
けれども彩月はここに神楽がいると言っていた。それならば神楽がここに来るのを待てば良いのではないか。
疲れてしまった足で土の上にお尻をつけて座る。服が汚れてしまうかもしれないが、濡れている訳ではない為、叩けばある程度は落ちるだろう。
私は昨日服を汚してしまった。怒られるだろうかとドキドキしていたが、誰も私の服を見て怒らなかった。服を作ってくれた彩月ですら怒らずにどこが嬉しそうだった。「自分が作った服でこれほどしっかり遊んでくれるのならば嬉しい」という事だったが、その理由は私にはよく理解出来ない。
私はどちらかというと自分の作ったものを汚されると悲しくなる。彩月が許してくれるからと言って無意味に服を汚すつもりはない。ならば今はどうなのかという疑問も浮かぶが、疲れた体で長い時間立ったままでいるのは酷だ。大人ならば何かにもたれて我慢出来るかもしれないが、今の私は子どもだ。
「ふぅ……」
ここにいると空気が綺麗という言葉の意味もよく分かる。黒の世界とは違う色に溢れた世界。ここは息がしやすい。
空の優しい色の中で優しい色の鳥が羽ばたく。冷たく優しい風が吹く。身を震わせながら遠い空を切望の眼差しを込めて見つめる。太陽ならばそこへたどり着けるだろう。




