022-1「方向、音痴……?」
朝起きて、みーと一緒におままごとをしていると、霙と白鴎が部屋の中に入ってきた。
「今、良い?」
「うん。どうしたの?」
「まだ、紹介してない奴がいてな。顔合わせておこうかと」
「なるほど」
恐らくこの建物には、まだ私が会った事のない人が多くいるのだろう。正直、会うのは少しずつで助かった。一気に多くの人に会ったら、私は覚えきれないだろう。
「ほら、入ってこい」
霙がそう呼びかけるけれど、私の部屋には誰も入ってこなかった。
「……?」
首をかしげていると霙も白鴎も「さっきまでいたのに……」と大きな為息をついた。
「どうしたの?」
「いや、何ていうか、その……」
白鴎が口から言葉を発するのを戸惑っている。何か都合が良くない事が起こったのだろうか。それとも紹介するはずだった彼がここにいないという事が何よりの問題なのだろうか。
「その、あいつは……、」
白鴎だけではなく、霙も言葉に詰まっている。
「すごく、方向音痴なんだ……」
「方向、音痴……?」
「ああ……」
「……」
初対面の、まだあった事の無いその人に対する感想としてはものすごく失礼かもしれないが、よくそれでこの建物でやってこれたと思う。ここは建物全体が迷路のようだ。私だって迷う。そんな建物の中を方向音痴の人が生きていけるとは思えない。
「えっと、その人を探しに行かなくて大丈夫なの?」
「……行ってくる」
「漸く捕まえたと思ったのに」
どうやらその人は普段から方向音痴という名の神出鬼没で、なかなか会う事が難しいようだ。
「というより聖女様も来てくれ。捕まえた瞬間にまたどこかに行きそうだ」
「う、うん」
私は毎日これと言った用事はないから問題ない。寧ろ人探しはかくれんぼみたいで楽しそうだ。日常茶飯事の事ならば、その探そうとしている人に緊急性はないようだし。
「どんな人なの?」
探すにしてもその特徴が分からなくては探しようがない。
「白髪で……」
霙は言葉をそこで止めるが、肝心な情報が何も入っていない。私が今まで見た人は白髪ばかりだ。白髪の人を探そうにも辺りを見渡せばすぐに見つかる。
「……銀目」
「!」
この国で初めて聞く特徴だ。けれども、それならば見つけやすいかもしれない。けれどもやはり、黒という特徴は未だに見られない。
「その他に特徴はありますか?」
「……身長は聖女様より少し高いくらいだ」
「おぉ! 子ども!」
この世界で私以外の子どもに会った事がない。もしかすると、あの子だろうか。以前後ろに行こうとした時に走り去っていった白い服を着た男の子。
「…………彼は、まぁいいか」
「?」
霙と白鴎はよく分からない表情で私を見た後に「じゃあ行こうか」と歩き出す。
「あ、まって!」
「どうしたの?」
「飴もってく!」
相手が子どもだと言うならば、きっと飴も好きだろう。1つだけ舐めながら行こうとしたけれども、「喉に詰まるからダメ」と言われてしまった。
「おおーい、…………」
途中まで霙と白鴎と共に探していたけれど、効率が悪いとの事で3手に分かれて探す事にした。私は一人でも迷ったりしない。行った事のない場所や、そもそも覚えていない場所は分からないが、一度覚えた場所は大丈夫。
飴の入った瓶を両手で抱きかかえ、行った事のある場所だけを探す。
私が迷うとしたらどこだろうか。同じ景色がずっと続いている所。それはこの建物が白い事が原因だ。この建物全部が白い為、探すとすればこの建物全体だろう。
そして探そうとして問題がある事に一つ気がついた。
「おーい。……えっとぉ」
そもそも彼の名前を知らない。聞くのを忘れていた。
「飴あるよぉー」
歩いていると、無意識に庭に出てきた。昨日神楽と共に焚き火をした場所には、燃え尽きた木が灰となり積み重なっていた。
「お芋……」
そういえば昨日大きな芋を取ったばかりだ。あの芋掘りは楽しかった。出来る事ならば、またしてみたい。
「…………しても良いよね」
いつかと思っていたけれど、この世界ではしたい事をしたい時にしても良いのだ。
「よし!」
昨日行った場所は覚えている。林の奥にある開けた場所だ。
「……」
行こうと思い、林の方へ足を踏み出すが、さすがに飴を持っていくのは良くないだろう。何より芋を採れた場合、持ちきれない。少し戻ったところに一昨日座ったベンチがある。そこに置いて行こう。
「ちゃんと道は覚えてる」
スキップでもしそうなほど軽い足取りでベンチを目指す。
「あっ!」
途中見つけた小さな花に目を奪われた。
「この花知ってる!」
小さな花が集まっている。可愛らしくて、儚い。
「かー……、か、すみ草!」
最近記憶力が衰えてきてる気がする。新しい事を覚えて来ている事が原因だ。新しい事を脳内に詰め込むせいで古い事が頭の端の方に追いやられている。
「これ摘んじゃってもいいのかな?」
こんなに綺麗な花を摘むのはやはりもったいないだろうか。けれども、私の好きにして良いと言ってくれていたし。
「……」
少しだけいただく事にしよう。そう決まったのは良いものの、さすがに素手ではかすみ草を切り取る事も出来ない。
「ハサミをもらってこよう」
どこに行けばハサミを貸してもらえるだろうか。ナイフでも良い。ナイフならば昨日神楽が持っていた。神楽を探そう。
彼は今仕事中だろうか。まずは試しに彼の部屋に行ってみる事にする。彼の部屋はここから近いようで遠い。走っていく過程でベンチを通りかかった為、そこに当初の目的であった飴を置く。
「あ、鈴蘭!」
先日もらった鈴蘭は順調に大きくなっている。優しい風に吹かれて左右に揺れる様に、まるで鈴の音でもなりそうな心地がする。
「〜♪」
いつかの歌を思い出すように鼻歌交じりで歌う。所々やはり歌を忘れてきている。そろそろ歌詞を覚書きしておいた方が良いかもしれない。本当に忘れてからでは遅いのだから。そのようなものがメモ出来る何かを持っていただろうか。思い返してみるが私が持っているのはスケッチブックのみで何かをメモ出来るようなものを持っていない。
「お願いしたらもらえるかな?」
ペンは普段使っている色鉛筆がある為、必要なのはメモ帳だ。誰が一番メモ帳を持っていそうだろうか。1番メモをするとすれば、緑弥か、黎翔だろうか。
「……」
黎翔は恐らく今、仕事で城に行っているだろう。今すぐもらえるとすれば緑弥だろうか。
「緑弥さん探しにレッツゴー!」
一人だけれど両手を上げてガッツポーズをする。少しやる気が出てきた。緑弥がいるとすれば、間違いなく調理場だろう。調理場はここから近い。
「……」
調理場に行けば何か美味しいものもあるかもしれない。そう考えた瞬間、私の素直な腹は悲鳴をあげた。
「そういえば今日はまだ何も食べてないよね」
緑弥のところに行って、ついでに何か美味しいものを貰おう。
方向転換をして調理場の方へと向かっていく。この建物は広い為、迷いやすいけれど1回通った道はなんとなくだが分かる。もちろん迷う事はあるが。そして、進んでいくと「医務室」と書かれた扉が視界の端に移った。
「……ちょっと、寄り道ぃ」
せっかく医務室に通りかかったのだから、績に会っていこう。「医務室」に用事は全くないが、績には会いたい。
思いっきり2回ノックをすると、何故か分からないが扉を叩いた人物が私だと分かったようで、「聖女様、入って良いですよ」と言われた。績はそういう方面の能力者か何かだろうかと思うが、そんな績でも一つだけ誤算があった。
「績さぁん、届かないです」
私の身長ではドアノブまで届かない。そう叫ぶと心外ながら吹き出すような声が扉の中から聞こえてきた。そうして苦笑を浮かべ隠そうともしない績が部屋の中から出てきた。
「いらっしゃいませ、聖女様。今日はどこを怪我しましたか?」
「してないです。遊びに来ただけだよ」
危うく、存在していない傷口に消毒液を塗り込まれるところだった。
「それはそれは。歓迎しますよ」
績の勧めでソファーに座ると温かいお茶が出てきた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
2人でゆっくりとお茶を口に含むと、ほっと温かい息を吐く。
やはり寒い日には温かいものが一番だ。




