021-5「ばくはつ!?」
「戻るぞ」
目の前の栗を手から落とさないように、床に散らばっている悪魔を間違って踏まないように慎重に神楽についていく。
それほど林の奥まで行った訳ではない為、先ほど焚き火をしていた場所まではすぐに戻る事が出来た。
「あれ、緑弥さん?!」
先ほど私達が座っていた場所で緑弥が焚き火で温まっていた。
「芋掘りと栗刈りは楽しかったか?」
「どうして知ってるの?」
「見えてるからな」
緑弥の言った通り、私の手には栗が神楽の背にはさつま芋が見えていた。
「緑弥さんはどうしてここに?」
「聖女様の腹の空き具合を確認するのと、差し入れ」
緑弥が指差した方には大きな釜が一つだけあった。
「あの中に何が入ってるの?」
「白飯」
白米を持ってきてくれたのはとても嬉しいが、何故釜のまま持ってきたのだろうか。
「神楽も食うだろ?」
「いただきます」
神楽は私の持っていた栗を取り上げると、そこにあった容器に栗を入れ、近くにある水道で水を入れた。私は先ほどまでこの場所に容器や水道があった事にも気づかなかった。そしてこの場になぜか包丁やまな板などがある事にも今気が付いた。
水を入れた容器を覗き込むといくつかの栗が浮いてきた。
「浮いた!」
まるで魚のように浮かぶそれに名前をつけたくなる。
浮き上がったその栗を神楽は掴むと火の中に直接投げ入れた。
「え、あれは食べないの?」
「中が空洞だったり、虫に食われてたりするんだ」
私の疑問に答えた緑弥は、未だに両手を焚き火の方に寄せ温まっていた。
「緑弥さん寒いの?」
「いや?…………まぁ、さっきまで熱い調理場にいたから、あそこと比べると寒いな」
たしかに今日は、少し冷える。神楽はしばらく水で栗を浸した後、ナイフで栗に縦の切れ目を入れた。
「何で切るの?」
「んー、まぁ、爆発しねぇように」
「ばくはつ!?」
この時私の脳裏には辺り一帯が炎に包まれる様子が思い浮かんだ。先ほど火の中に入れた栗を思い出し、数歩後ろに下がった。
「なんで下がってるんだ?」
火に手をかざすのをやめた緑弥は、手と足を組みながら不思議そうに私に聞いた。
「爆発から体を守ってます」
「……用心するのは良い事だ」
神楽はどこからか取り出した網に栗を乗せて焼き始める。神楽は爆発しない為に切り込みをいれているのだから、今焼いている栗が爆発する事はないだろう。
「いつ焼けるの?」
「今焼き始めただろォが」
火で温まっている緑弥の隣に座り込む。良い白米の匂いが、隣から漂う。
火を眺めていると、なぜか少し寂しさを感じる。左右に揺れる炎を見ていると、気がつかないうちに私の前から消えていくようだ。
網の上で焼かれる栗は、時折ころりと網の上で踊る。その度に身体を震わせるが、幸いな事に、こちらに飛んでくる事はない。
焼き芋の時とは異なり、不思議と良い匂いはしない。むしろ無臭だ。しいて言うならば炎独特の焼ける匂いがする。
「お前、絵は?」
「あっ」
神楽の言葉に先ほど描きかけだった絵を思い出す。スケッチブックを取り出し、茶の色鉛筆を手に持つ。今目の前に先ほどまで焼かれた芋がない為、正確な絵は描く事は出来ないが、記憶を頼りに上から重ねていく事にする。
「確かこの辺」
芋のとがった場所が少し焦げていた。あれは茶色のような黒のような明確な色を持たない。茶色の色鉛筆で紫の上から色を重ねた後に更に黒を重ねる。
「後はこっちも」
記憶の片隅に芋の真ん中あたりにもほのかに焦げがついていた。他には何か色があっただろうか。おそらくあっただろうがそれを色鉛筆で表現する事は不可能だった。書いているのが色鉛筆である限り、色の数に限りがある為、満足のいく作品を作れたかと聞くと納得しがたい。けれど今回はこれで良いだろう。
「でーきた!」
「ん?」
隣にいた緑弥が絵を覗き込んでくる。
「おぉ、うめぇじゃん」
「ほんと?」
「ああ」
あの神楽だけでなく緑弥からも絵の感想をもらえた。自己満足のつもりだが良い感想がもらえたので一層満足した。
「なんつーか、お前は色を認識する能力が高いんだろォな」
「そう?」
「多分な」
炎の焦げたような匂いが鼻にツンと突き刺さる。
「焼けたぞ」
長い2本の枝をまるで箸のように使いながら、網から降ろしていく。
「お芋と一緒の色……」
神楽が入れた切れ目からほんのりと栗の中身が覗く。
明確に言えば、芋とは少し異なる色だが、それでも似ている。先ほどの悪魔から出てきたとは思えない。
その栗を緑弥が受け取り、栗の皮をむいていく。一瞬熱くないのだろうかと心配したが、分厚い軍手のようなものをつけていて安心した。先ほどの悪魔と同じ形をした刈安色が手の上で包丁に切られていく。手を切らないだろうかとハラハラしつつもその様子を見守る。それをすぐに食べるのだろうかと思っていれば、緑弥はそれを持ってきた白米の中に入れ込んだ。
「えっ?」
白飯というには少し匂いが濃いような気がした。
「本当なら芋や栗を入れて一緒に米を炊く方が味はしみ込むんだが、今日のところは仕方がない」
緑弥は、神楽から受け取った栗を次々と釜の中に入れ込んでいく。
「…………」
緑弥のご飯についてはとても信用しているが、だからといって知らないものを信じろと言われても難しい。何より美味しいご飯の中に先ほどまで悪魔だったものを入れ込んでいるのだ。躊躇しない方がおかしいと言えよう。
緑弥は混ぜ込んだそれらを手ですくい、三角のおにぎりにしていった。
「ほれ」
一番最初に握った小さなおにぎりを私に渡した。
「たまにはこういう飯もいいな」
「……」
「どうしたんだ、さっきから黙って。もしかして栗食った事ねえのか?」
「……ない」
「そっか。まあ食ってみろ。食わず嫌いはもったいねえぞ」
それはよく理解している。食べられる時に食べられるものを食べない時の方がもったいない。食べなければ後々後悔するのが人生だ。
「い、いただきますっ」
勢いよく思いっきり大きく齧る。ご飯の甘みと出汁の香り。そして
「おいっ、しい!!」
さつまいもとよく似た食感の栗。さつまいもよりは少し硬いがそれでもあの尖った皮や硬い皮の何倍も良い。
「だろ?」
やはり何度も実感する。緑弥は信頼出来る。何があっても緑弥のご飯にはついて行くと決めた。
「ほら、神楽も」
「いただきます」
神楽は私の何倍も大きいおにぎりを受け取ると、大きな口でかぶりついた。その表情が少し柔らかくなったのだから分かりやすい。
冷たい風が吹き、熱い火の前で、温いご飯を食べる。
これもまた一つの幸せな形だろう。
「なんか、絵の色薄くなってねぇか?」
「そう? こすれちゃったかな?」
少し薄くなったようだが素敵な絵も描けて満足だ。広げたスケッチブックには、焼かれる途中の美味しい焼き芋が炎に包まれていた。




