021-4「採れそうで採れないの」
「ごちそぉさまでした!」
「んじゃあ、行くか」
「あい!」
食べ終わった後の芋の皮と紙をそのまま火に焚べると、歩き出した神楽についていく。神楽の手には大きな麻の袋が握られていた。
「木がいっぱいあるけど、ここに何があるの?」
「色々ある」
無言で歩き続ける事数分。畑とまではいかないが、開けた空間に草が茂っていた。
「ここに何があるの?」
「芋」
「?」
一面を見渡しても先ほどのような二藍があるように思えない。
「お芋、どこ?」
「この辺全部」
「?」
神楽が指差す先には、やはり草のみ。長いツルに大きな葉が繋がってはいるが、それだけだ。それとも、この草も芋という名前なのだろうか。
徐に神楽はしゃがみ込み、いつの間にか腰に下げていた小さなナイフで蔓の根本を切る。そしてそのまま素手で土を掘り始めた。
「ここほれわんわん?」
「何くだらねェ事いってんだ。お前もやってみろ」
「う、うん?」
神楽の隣に座り込み、同じ様に掘る。
「そこじゃねぇ。そこには何もねぇ。ここだ」
神楽は先程と同じ様に蔓の根本を切り、私にここを掘れと示してくる。 スコップなどを使わないと掘る事が難しいと感じていたが、予想よりも土は柔らかく素手でも十分に掘る事が出来た。一体どれほど掘れば良いかも分からないまま着々と掘り進めていく。途中小さな虫が下から出てきて悲鳴をあげそうにはなったが、なんとか飲み込み、虫を避けながら下へ下へと掘り進めた。
「どこまで掘ればいいの?」
「芋が出てくるまで」
「芋?」
どうやら私は芋を掘り求めていたようだ。あの紫の芋がこの土の中から出てくるというのだろうか。不思議でたまらない。土の中で眠っていた芋は今私に起こされようとしている。それは芋にとって良い事なのか悪い事なのか。そもそもどうして芋は土の中で眠る事を選んだのだろうか
「あれ?」
急に土が硬くなる。無心で掘っていた土の中を覗き込むと、そこには小さな二藍が煤竹色の中から顔を覗かせていた。
「お芋!」
本当に芋は土の中に住んでいるのだと理解した。芋の周りの土を優しく除けていく。砂埃でも払うかのように、優しく芋を叩く。焼いていない状態の芋は想像よりも硬く、柔らかさの欠片もない。周りの土をどけ続けると、漸く芋の全長が明らかになった。
「おっきぃ!」
先ほどの芋と比べると約数倍あるのではないか。先ほど食べた芋は私が両手で包み込んで持てるほどの大きさだったが、おそらく今掘り進めている芋は、私が両腕で抱きかかえる必要があるだろう。なんとか芋の半分の土を除ける事が出来たが、それでも引っ張っても芋が取れない。側面の土も掘り進める必要がありそうだ。
「よ、いしょっ、と」
大きい大きい芋は、いくら土を除けたとしても、次々と土に埋まっていく。
「むぅ」
これほど大きな芋が食べられたらどれだけ幸せだろう。けれどその為にはこの土たちをどうにかしなければならない。
「……」
もういっそ思い切り引っ張っても良いのではないか。端の方のとがっている部分を軽く上に持ち上げると、ほんの少しだけ上に浮かんだ。
「動いた!」
上下に動かし続ければ、自ずと採れるのでは無いだろうか。
「……」
上下に動かし続けると周りの土も少しずつ落ち始めた。それでもやはり芋は抜けない。引っ張ってみようか。それでもやはり土にしっかり埋まっているのか芋は動かない。
「……疲れた」
これでするりと抜けてくれるものなら助かるのだが、どうしても成功しない為、疲れも出てしまう。
「お兄ちゃーん」
自分では無理だと感じた為、神楽を召喚する事にした。
「んだよ」
「採れそうで採れないの」
神楽を見ると驚く事に数本の芋が神楽の傍らに積み上げられていた。
「もう掘れてるじゃないか。………………でかいな?」
私の堀った穴を覗き込んだ神楽は感心したように言葉を吐きながら芋をつかんで持ち上げた。
「……」
先ほどまで取れなかった芋を片手であっさりと取った神楽に悔しさを覚える。どうやら取れなかった原因は芋や土のせいではなく、私の非力が原因だった。実力に伴わない芋を引き抜こうとした結果だろう。
不思議な事に私が掘ったひとつの芋は神楽が掘った数本の芋と同じくらいの量になった。それほどまでに私の掘った芋は大きかった。神楽も若干引いていた。
「つぎ!」
今度こそ自分で掘ろうと思い、神楽に蔓の根元を切ってもらう。
「えいやぁ!」
まるで犬のように勢いよく土を掘っていく。周りの土が神楽にかかろうと気にしない。
「おい」
「なに?!」
「……はぁ、いや、怪我すんなよ」
「うん!」
今回は比較的浅いところに芋がいたのか、少し掘っただけで固い紫に手が当たった。
「みーっけ!」
先ほどと同じように芋の上や側面の土を払っていく。柔らかくて優しい土を今からどける事で再び私は引いた。
「……お、おっきいー」
先ほどよりもはるかに大きい芋は私が自分で芋を取る事を諦めるには十分だった。
「お兄ちゃーん、お芋取ってぇ」
「……はぁ、またかよ」
掘った芋の上にさらに数本の芋を積み上げた神楽は、ため息をつけながら私の元にやってきて、また口元を引きつらせた。
「……今回もでかいな。お前何なんだ? 聖女の力かなんかなのか」
私も理由までは分からないが、もし今くじ引きをすれば大当たりを引く自信がある。神楽はまた片手で軽々と芋を引き抜くと、それを私に持たせた。
「お、おもっ」
その芋は両手でやっと抱える事が出来たが、それを持ったまま歩く事は不可能だ。しっかりと中身が詰まっている重みだ。私が先ほどペロリと食べた芋は、こうやって地面から掘り起こして一つ一つ大切に育ててきたのだ。
「食べ物ってすごいねぇ」
これほどまでに時間をかけて美味しく育ってきた野菜は私たちの体を作っている。
「戻るぞ」
「え、もう?」
私は2本、神楽はまだ数本しか取っていないにも関わらず、今日の芋掘りは終了のようだ。
「お前がデケェの取ったから袋に入らねぇ」
確かに袋はいっぱいで私の持っている芋を入れればもう入らないだろう。神楽は私から芋をとると、袋の中に入れ軽々と背負う。やはり私とは力が全く違う。私があれを背負えば潰されるだろう。
来た道を戻ろうと立ち上がると、先ほどまで座っていた場所を遠目から見る。先ほどまでただの草だと思っていた場所は大きな芋の生息地で、先ほど掘った芋はほんの一部でしかない。掘り返すのは大変だが、これほどあれば一体何日生きていけるのだろうか。
「私、これからもっと食べ物にありがとうって言いながら食べる」
「……まぁ、いいんじゃねぇか?」
来た道は行きと変わらず緑で溢れている。前の世界でもうちの近くにこのような森があればと切望するが今更どうしようもない。
「ホレこれも」
突如立ち止まった神楽は、木の根元から尖った鶯茶の悪魔を拾い、私の足元に転がした。それを見た瞬間、私はつま先から頭の頂点までが凍りつくような感覚がした。
「ひぅっ!」
慌てて立ちのき、投げた張本人の後ろに回る。
「な、なにあれ!?」
神楽が素手で持った事が信じられない。だいたいあれが森にいる事も信じられない。あれは海の生き物だ。本物を見た事も食べた事もないが。
知らないものほど怖いものはない。知っていたとしても現実が己の知識と異なるものであれば、それもまた恐怖に変わる。
「何お前、栗知らねぇの?」
「栗……? ウニじゃなくて?」
聞き覚えのない言葉に神楽の後ろから悪魔を覗き込む。
「なんで栗は知らねぇのにウニは知ってんだよ」
「……う、動かない?」
「あぁ? 動かねぇよ。なんだよ動く栗って」
「……」
今にも動きそうなその栗というものは、どうやら生き物ではないようだ。
そしてふと思う。今現在、私たちが行っているのは食物の採取だ。という事はつまり
「………………た、食べるの?」
これも食材なのだろうかと恐る恐る神楽に問いかける。
「うめぇぞ」
「いやぁ!」
あんなものが食べられるはずもない。あれ程までにトゲトゲしたものを口に入れられる訳もないだろうに。
「あぁ? 芋と、んな変わんねぇよ」
一体栗と芋のどこが似ていると言うのだろうか。神楽には是非とも視力検査をおすすめしたい。
「栗とお芋が似てる訳ないよ!」
「だれも外見が同じだって、言ってねぇだろ。中身が似てんだよ」
「中身?」
栗も芋と同じように皮をむけば隠された姿が出てくるというのだろうか。
神楽は私から離れおもむろに悪魔を踏んだ。
「え、え?!」
そんな事をして悪魔が怒り出したらどうするのか。
「な、何してるの?」
「中身を出してる」
確かに冷静に考えればあれを素手で向くのは無理があると思う。踏むならば靴がある為、とがった針は素足に刺さる事はないだろう。それにしても先人はなぜあれを食べようと思ったのだろうか。不思議でたまらない。
「ほれ」
悪魔から飛び出てきた何かを神楽が私に向かって投げた。投げられたものを避ける前に取ろうと手が出てしまうのは人間の性だろう。
「え、あっ。っと」
両手で挟むように捕まえたそれは、手の中で動き出す事もなく、おとなしく手の中に留まっている。
「なにこれ?」
私の手に収まっているのは、褐色と胡桃色の光る宝石だ。私の握りこぶしよりも少し小さな雫の宝石。輝くそれは逆に食欲をそそらない。そしてあの尖った悪魔に入っていた事に納得するほど硬い。芋とは似ても似つかない。黙ってその悪魔から出てきた栗を眺めていると、神楽が私の手にもう何個か栗を置いた。




