021-3「わ、私も食べていいの?」
「お兄ちゃんお芋もう焼けちゃった?!」
「まだだけど。お前急にどこ行ったんだよ」
「これ取りに行ったの!」
両手に抱えたスケッチブックを神楽に見せる。けれども神楽は「ふーん」と興味がなさそうだった。
「つーか、服変わってねえか?」
「さっきまでパジャマだったの」
「ふーん」
神楽は、また興味がなさげに視線を芋に戻す。その隣に腰掛けると一瞬私の方に目線を向けるが、その後はすぐに視線を戻す。もう少し私に興味を持ってほしいとも思うが、私が彼にそこまでの興味を持っていない為、それは贅沢というものだろう。
「よーいしょっと」
三角座りをした膝の上にスケッチブックを広げ、乗せる。描くのは目の前の芋だ。
黄色の色鉛筆を持ち、大まかな構図を描いていく。一番下には木と枯れ葉。そしてその中に芋。
黄色の色鉛筆は薄くて見にくい。濃く描いても一番目立たない。けれども、黒では描きたくない。
「よし」
構図は出来た。最初は何の色を塗ろうか。赤香と伽羅色の煉瓦が良い。けれども、煉瓦ひとつひとつを塗り分けるのも面倒だ。光の加減だけいれれば、全部同じ色で良いだろう。まずは黄色で地面全体を塗る。先ほどの下書きよりも濃く、しっかりと塗る。出来上がった黄色い地面に橙を薄く塗り重ねていく。橙が強すぎて黄色の要素が全くない。上から赤と茶を更に塗り重ねていく。
「……」
何が悪かったのだろうか。茶色入れた事だろうか。それとも赤が濃すぎたのだろうか。私の予想に反して、足元の煉瓦とは全く異なる色の煉瓦がスケッチブックに映し出された。だからといってどうする事も出来ない為、何事もなかったかのように次を塗ろうと考える。次は何を塗ろうか。
「木と葉にしろ」
スケッチブックを覗き込んだ神楽は私が次に何を塗ろうか迷っていたのを察したのか、次に塗るものを指定してきた。
「はーい」
私にも特にこだわりはなかった為木や枯れ葉を塗る為に茶の色鉛筆を持つ。本来ならば鮮やかな色の枯れ葉もあるのだろうが、今は葉を燃やしている為、黄や橙、緑などの鮮やかな枯れ葉はない。けれども茶と黒で覆われている葉もよく見ると単色ではない。どの葉も全く違う色をしており、同じ茶色でも場所によって濃さが全く違う。今の近くにある葉は小さく黒く墨になっているようだ。茶色で塗っていく度に時間が経つ為、先ほどまで茶だった葉は黒く墨のようになっている。燃える事で最終的に行き着く色が黒というのは感慨深い。白いものも燃やせば黒になるというのだろうか。けれども燃やした時に材質によっては白になるものもあった気がする。
「いいんじゃねえの? 後はこれ」
神楽は私に黒の色鉛筆を持たせた。墨になっている木や葉を黒で塗りつぶしていく。
「お前ちゃんと見てんだな」
感心したような神楽の声に思わず神楽の顔を見つめる。馬鹿にしたような表情でもなく蔑んでいる表情でもない。ただ不思議そうな顔で私の顔を見ていた。
「ちゃんと見てるって?」
「いやお前くらいの年齢はこういう風に物を見ながら絵をかけんだなぁと」
「なるほど?」
「まあ正直、お前がスケッチブックを持ってきた時点で下手な落書きをして終わるものだと思っていた」
神楽の言いたい事は分かる。子どもが近くにいなければ、どのくらいの年齢からどのような絵をかけるのかという事が分からないだろう。私の場合は元の年齢が15歳という事で、ある程度は絵が、かけるが、だからと言って15歳のレベルで絵をかけるかと言われるとそうでもない。私が書いている絵は子どもにしてはうまいというレベルの絵だ。
「でも私上手じゃないよ?」
「別に上手じゃなくてもいいんじゃねえの? 描くのが楽しいんだろ? それでいいじゃねえか」
「…………」
目の前の人は本当に神楽だろうか。今日の神楽はどこかおかしい。神楽らしい冷たい言動は見られるものの何処となく優しい。それとも冷たい言動と裏腹に本当は優しい人なのだろうか。確かこういう人をツンデ……、いややめておこう。この言葉を口に出した場合、神楽の反応が怖い。けれども、彼をそう認識すると、彼の冷たい言葉も本質は優しい心が隠れていると思い込む事が出来る。
「あとは芋か」
「うん」
悩まず紫の色鉛筆を手に取る。濃い紫はまるで地獄への入り口だ。禍々しい紫を、敢え円を書くように塗りつぶす。カグラを見るともう興味が失せたのか視線を再び芋に戻した。なぜだか先ほどよりも甘い香りが漂ってきているようだ。
紫で芋を塗れた。後は黒や茶色で焦げ付いた部分を上から塗り重ねるだけだ。本来の芋よりも随分と明るい紫になってしまったが、色鉛筆の力ではこれが限界だろう。
「ホレ、芋」
「えっ? あっ、あっつい!」
私の手に、先程まで火の中にいた芋が紙に包まれた状態で放り込まれた。突然の事に持っていた色鉛筆を地面に落とす。
「わ、私も食べていいの?」
正直もらえると思っていなかった為、神楽の優しさに驚く。放り投げられた芋は紙に包まれているとはいえ、その温かさは十分に手まで伝わってくる。
「いらねぇのか?」
「いる!」
もくもくと漂う湯気は、いつしか空まで届きそうなほどに優しく、か細く揺れている。手の違う場所を温めようと袋を持ち直した時に鳴るカサリという音が心地よい。
食べ方が分からず神楽を眺めると、どうやら剥いて食べるらしい事が分かった。中も紫だろうという私の予想に反して、皮を剥けば雌黄のホクホクとした実が幸せそうに詰まっていた。
「皮をむくのが面倒だったらそのまま食ってもいいが、多分苦ぇぞ」
苦いと宣告されてわざわざそれを味わおうというものがいるだろうか。熱さを覚悟しながら紫の皮に手をつけると、中の実と完全にくっついていなかった部分の皮があっさりと破れた。出来た小さな窓から見える雌黄はまるでアメトリン。神楽を見習い、剥いた皮は日に焚べる。
じゃがいものような食感を期待しつつ、出来た窓から少しずつ雌黄を増やしていく。剥きやすいところもあれば、皮がしっかりと身にくっついているところもあり、どうしても身に皮ががへばりつく。どうしても剥がれない所は諦め、ようやく上半分の皮を剥き終えた所で神楽に目をやると、彼はもうすでに三分の一を食べ終えていた。
「……美味しい?」
「当たり前だろ」
彼にとって緑弥の料理が美味しい事と同じように今食べている焼き芋も美味しいのだろう。
「い、……ただきます」
美味しい事は分かっているのだが、初めてのものはどうにも緊張してしまう。神楽の何処となく緩んでいる頬を信用しながら一口かぶりつく。
「!」
予想していたじゃがいもの食感とは少々違うものの、柔らかくそして熱い。
「ふぁ、……っつ!」
熱いと美味しいが交互にやってきて言葉に出しきれない。何も調味料などをかけていないはずなのに、不思議と甘く、そして甘すぎない。熱さで味を感じ取れないと思っていたが時折舌に当たる芋が私に味を伝えてくる。
「んっ、くう。美味しいね!」
熱さに耐えながらようやく一口を飲み込むと神楽に感想を述べる事が出来た。
「だろ」
どこか満足げな神楽の顔を見ると、不思議と私の体の力も抜けていく。
もう一口食べようとするが、今度は先ほどのような失態を犯さない。軽く息を吹きかけ冷まし、そして大きく齧るのではなく少しずつ齧る。
「おいしい!」
今度は迷う事なく味を感じ取る事が出来た。これに砂糖が入ってないという事が信じられない。もしくはバターでも入っているのではなかろうか。むしろ追加でバターを入れても更に美味しくなるだろう。
「ところでこの芋はどこから来たの?」
「…………」
「……?」
神楽が言葉に詰まる意味が分からない。非合法的な場所から仕入れてきたのかと予想をつける。
「緑弥さんが、………………聖女様に焼いてやれって」
「…………そぉなの?」
「あぁ……」
その言葉が言い訳として出た言葉なのか、事実だからこそ言いにくかったのかは私に分からない。しかし神楽が言った事が本当だったとすれば、私がここに来た事は神楽にとっては願ったり叶ったりという所だろう。神楽は自分からは私の事を誘いにくかったのではないか。偶然とはいえ私がここに来た事で神楽は緑弥の言い付けを守れた事になる。
「はむっ」
食べ続けていると少し冷えてきたのか、丁度良い温度になり、冷まさなくても温かい状態で食べられる。
ああ、美味しい。皿に乗っているものを食べれば良いのに、わざわざこの様に焚き火で焼いて食べる理由を少し理解出来た。暖かいからだ。
「おいしいねぇ」
「……お前は向こうの世界で焼き芋を食った事がねぇのか?」
「ないよ」
芋丸々一つを焚き火で焼いて食べるなどというのは、あまりにも贅沢だ。このような事を頻繁に出来るはずもない。
「そもそもお前、向こうでどんなもの食ってたんだ?」
「えー? 多分食べ物自体はこっちとそんなに変わらないよ?」
「……そうなのか?」
「たぶんね」
「ふーん。なら、ここの世界と向こうの世界の違いって何だ?」
彼の目を真剣で、頬張ろうとしていた芋を持ち直し、口から下げた。
「…………違いって?」
「こっちが聞いてるんだけど」
「……」
違う所が多すぎて、逆に何が同じなのか分からない。
「能力とか、魔法とか、無かった。聖女とかも。大きな建物もなかったし、ここは、色も不思議もいっぱいで、いろんな事が出来る。…………だから、なくなった時が……、ちょっと、怖い」
「……まぁ、能力が向こうのに世界にはない事は分かった。後は正直よく分からん。つーか、向こうのの世界に聖女がいなかったっつっても、お前がいたじゃねぇか。聖女がいないってどういう事だよ」
確かに彼からすればそうだ。向こうの世界では聖女という概念が無かった。だからこそ誰も、私も、私が聖女だという事に気がつかない。
「……」
この世界は特別だという事を実感した。
「まぁ、いいけど。聖女って別に最初から特別な存在って訳じゃないんだな」
「そうだと思う。私向こうでは目立たない人だったし」
焼き芋を食べ終えた神楽は立ち上がり、近くの林へ向かう。
「どこ行くの?」
「食い物探す」
食べ物を探す為になぜ林の方へ向かっていくのかは理解出来ないが、楽しそうだと感じる。
「私も行きたい!」
「それは構わねえが、まだ焼き芋残ってるじゃねぇか」
「全部食べたいから待ってて!」
「時間かかりそうだからやだ」
「意地悪!」
言葉は冷たいがわざわざ戻ってきて先ほどの場所にあぐらをかいて座る神楽。私の事を気にした様子もなく近くにある木の枝を拾い、火に焚べる。まるで「急かさないからゆっくり食え」とでも言われているようだ。彼の優しさは、分かり辛くて分かりやすい。
「ねぇ、お兄ちゃ」
「黙って食え」
「あむ……」
やはり優しくはない。優しいままでは居てくれない。それが彼なりの優しさなのだろうか。




