021-1「お芋がおやつなの?」
朝、何とも言えない匂いがして目が覚めた。何の匂いだろうかと眉を寄せ窓を開けると飛び込んでくる焦げ臭さに鼻を押さえた。臭いかと言われると首を横に振りたくなるが、特有のこの匂いはまるで何かを焼いているようだ。
窓の向こう側には銀鼠と消炭色、そして鉛白の煙が視界を覆っていた。
「煙?」
煙と言われて真っ先に思い浮かぶものは火事だろう。この窓からでは視界全部が煙に覆われており、何が燃えているのか分からない。枯葉を燃やしているのならば良い。けれども仮にこれが建物だった場合無事ではいられないだろう。
部屋を飛び出ると扉の前に待機していた霙と白鴎は驚いたように私を受け止めた。
「どうした」
「そんなに慌ててどこ行くの」
ここにまで煙の匂いが届いているけれど、2人が冷静さを欠いていない事から察するに、この煙は危険な煙ではないのだろう。
「これは何の煙?」
「あぁ、おそらく神楽が外で何かを燃やしているのだろう」
「お兄ちゃんが?」
この煙が人為的なものであるならば、それは大事に至る事はないだろう。けれども神楽は何故そのような事をしているのだろうか。落ちた葉を集めて燃やしているのだろうか。不要な紙を燃やしているのだろうか。
「行ってみるといい」
「うん」
霙と白鴎は顔が変わった。表情が以前よりも柔らかくなった。まるで私の事を大事に思っているかのような接し方だった。冷静な言葉と裏腹にその言葉にも優しさが載せられるようになった。まるで父親のようで母親のようだった。
その優しさに、時に苦しさを感じる事がある。それと同時にここに存在しないはずの両親に思いを馳せるような夢を見る事がある。けれど、夢と言って良いのか分からない。ふと、意識が飛ぶだけだ。
あそこへの行き方は覚えている。いや、覚えているというよりも、なんとなく見覚えがあるというべきだろうか。意識を飛ばしていたが、歩いていたとしても頭の片隅にはその光景がしっかりと写真のように残されている。
中庭にポツンとあるベンチの場所も、咲いている鈴蘭の場所も。思い出に残したいものこそ記憶は薄れ、そして新しく覚えたものが頭の中心部に居座る。
そして新しく覚えたものも、必要がなくなればすぐに消えてしまう。何の記憶を残すか。それは私の脳ではなく、私の心が決めるものだ。
「ついた」
中庭に着き、昨日途中やめではあったがピクニックをしたベンチまでたどり着いた。昨日と何ら変わりのない、ただの綺麗な風景。けれども、ただただ眩しい。
「でもここじゃない」
火が出ているのは、さらに奥の方だ。一筋の天柱のように、空へと続く白い煙はなぜかこの国の人達を連想させた。空に届く煙に羨ましさを覚えた。
火と煙の匂いの方に近づいていくと、花畑の向こうの床は煉瓦が敷き詰められている。赤香と伽羅色に固められた煉瓦の真ん中に座り込んでる天使は煙を空へと送っていた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「んぁ?……んだよ。お前か」
私を見た途端面倒そうな表情を浮かべた神楽は、胡座をかいている足に肘をつき頬杖をする。
「お部屋から煙が見えたからどうしたのかなって」
「ああ……。見に来た訳ね。コレ焼いてんだよ」
紙と炭と木と火に埋もれているのは、二藍の丸いもの。
「じゃがいも?」
「なんでだよ。どう見てもさつまいもだろうが」
「あ、そっか」
確か、サツマイモを焼いたら、焼き芋というものになるはずだ。神楽は、1本の長い木枝を持ち、木や葉を動かす。その途端、炎が強くなり、火花が辺りに飛び交う。小さな蛍のように舞う花に、今が夜だったならば、どれほど美しかっただろうかと思いを馳せる。
「……食べるの?」
「食う為に焼いてんだよ。まぁ、飯っつーよりおやつだがな」
「お芋がおやつなの?」
「おやつと思って食えばおやつだ」
「なにその暴論」
まるで、「満腹だが、デザートは別腹」という理論のようだ。そもそも料理とは外でするものではなく調理場でするものではないのか。なぜわざわざこのようなところで調理をするのだろうか。
「緑弥さんに焼いてもらわないの?」
「この時期しかこういう風に焼いて食えねぇからな」
「ふぅん?」
分かるようで分からない。この時期でなければ外で焼かないのか。私とは異なる考えの人はまだまだ大勢いるようだ。冷静に考えれば暑い夏に焚き火をしようとする人も、寒い冬にわざわざ外に出て焚き火をしようとする人もいないだろう。
さすがに胡座をかくような真似はしないが、神楽の横に同じように座り込んで火を眺める。木は少しずつ黒茶混じりになり、葉は跡形もなく消えさる。火は穏やかに、消え去る事なく燃え続ける。他のもの全て消え去るまで火は消えない。何かに既視感を感じながら空に昇りゆく煙を眺める。
「お前暇なの?」
「うん」
この世界で私に忙しい時間などない。好きなように過ごすだけだ。流れ行く煙の先を眺めながら答える。私があらぬ方向を向いていても気にならない様で、神楽は炎だけを見つめる。
「なんかそれ、大変だな」
「………………」
神楽の言い分がが分からない訳でもない。時折感じる焦燥感。それはこういった暇な時間から来ているのだろう。何もしなくて良いと言われているが、だからこそ自分が何をすればいいのか分からなくて苦しくなるのだ。何もしなくていいというのは時間の使い方が分からず気がつけば時が経ち、気がつけば死んでいた。そして気がつけば違う場所で生まれ変わっていた。そういった非現実的な事が起ころうとしている。
「暇なら、俺と遊びたくなるのも仕方がないか」
「……別に暇だから遊びたい訳じゃないけど」
先日、この世界の年齢層が一気に分からなくなった。彼は大人の部類に入るのだろうか、それとも子どもの部類だろうか。どちらにせよ私とは大きくかけ離れている事に変わりはない。元の私の年齢ならば分からないが。けれどもこの世界の15歳と私の世界の15歳とでは同じ年を生きていたとしてもその中身は全く違うだろう。この世界でいう15歳というのは幼子の事であり元の世界でも今の私よりさらに小さい年齢層の事を言うのだろう。つまりは時間の流れは同じでも成長速度に大きな違いがある。
「お兄ちゃんは友達がいないの?」
「いないんじゃなくて作らねえの」
「いない人は皆そう言うんだよ」
「はっ倒すぞ」
目の前の人の年齢は一体いくつなのだろうか。おそらく私の世界ではおじいちゃんよりも長生きをしているのだろうけれど、見た目で言うと霙達と比べてもずっと若い。おそらく見た目はまだ10代ではないだろうか。元の私と近い年齢なのかもしれない。
10代という事は母親を求める年齢ではないか。しかしながら、彼は親に捨てられたと言っていた。母親の話はしていなかったが、母親というものは存在しているのだろうか。以前、この世界は女性が少ないと言っていたが、家族構成はどうなっているのだろうか。
分からない事だらけだが、彼の地雷は踏みたくない。
そして、見た目=精神年齢と捉えても良いのだろうか。そうでは無いのならば、彼はもっと大人びていても良いはずだ。そう思うが、周りの成長速度も彼と同じである為、結局はそれほどの変化は訪れない。彼の年齢が霙たちと比べて下である以上、彼に年下のものが出来るまで、彼が大人びる事はないのかもしれない。
神楽が木の棒で芋を動かす度になれないような独特の匂いが香りを鼻まで届ける。
「あったかいね」
「むしろ暑いだろ」
パチパチと思い続ける炎の中に浮かぶ偽紫は所々茄子紺のようになり、焦げ付いている。
「まだ食べれないの?」
「今食ったら生焼けだ」
「でももう焦げてるよ?」
「もうちょっと焼いた方が甘くなる」
「ふぅん?」
料理をしない身からすると、焼き加減というものがよく分からない。だいたい、ただ焼いただけの芋がそこまで甘くなるという意味も分からない。焼き芋を甘くする為にはバター等を混ぜ込まなければ甘くなる訳もない。




