020-2「こんな所にいたんだね」
中庭には東屋というものはなかったが、木で出来たベンチが1つ花畑の中に埋もれていた。
「ここでいいだろ?」
「うん! 素敵!」
ベンチは広く長かった為、神楽が座った横に腰を下ろす。
「あー疲れた」
「お兄ちゃん、まだお散歩しただけだよ?」
「うるせえ」
どうやら神楽の気分はお世辞にも良いとは言えなさそうだ。霙達に言われたとはいえ、寝ていたのにこんなところまで付き合わなければいけくなったのだから当然だ。
早く弁当を食べ終わって彼を開放してあげるのが良いのかもしれない。弁当を開けようとした所で目の前に揺れ動く卯の花色が目に入った。
「あ、」
ベンチに座って真正面にある花壇に数輪の鈴蘭が靡いていた。
「あれって……」
思い出すのはあの女性。
『これはねぇ、鈴蘭ってんだよ。本当はねもうちょっと後に咲く花なんだけど聖女様の訪れを感じたのかこの花たちも一斉に花をつけだしてね。幸福、希望って意味だよ。アンタがウチらの事を守ってくれるんだろう。ならウチらだってアンタの幸せくらい祈らせてくれよ』
私の幸せを願って私に花を送ってくれた彼女の言葉は私の脳裏に焼き付いている。
「こんな所にいたんだね」
誰かがわざわざここに植え替えてくれていたのだろう。
まるで私の幸せを願うようにそこに咲く。そしてその鈴蘭は友と共に美しく輝きながらいつか消えて行くのだろう。
「鈴蘭がどうかしたのか」
「この間もらったの」
「ふぅん」
彼は興味なさげに目をつむりべンチで寝る姿勢に入った。どうやら彼はピクニックに興味がないようだ。その態度を隠そうともしない。
けれど私は彼と仲良くしなければならない理由がある。
「お兄ちゃんは食べないの?」
「いらねえ」
自分だけ食べ彼には何も与えない事に罪悪感を感じた為、声をかけるがそっけなく返されてしまった。
「なんで? 緑弥さんの作ったご飯美味しいよ?」
彼なりに私に遠慮しているのだろうかと感じ声をかけるが、彼は呆れた様にため息をついた。
「知ってる。そうじゃなくて俺は食ったばかりだから腹減ってねぇの。緑弥さんもそれを見越して一人分しか作ってねぇだろ」
確かに用意されていたお弁当は一人前だ。けれども少し分けるくらいはどうって事ないし、何より彼は寝起きである為、食べたばかりではない。やはり私に遠慮しているのだろうか。分かりやすい嘘に首をかしげる。
「お兄ちゃんさっきまで寝てたじゃん」
「おととい食ったばっかなんだよ」
それは先ほど食べたという言葉の言い回しか何かだろうか。けれどもそれを言葉通りの意味にとらえるとすれば
「え、毎日食べないの?」
「はぁ? そんな事してたら腹壊すつーの」
「え? 毎日食べるのは当たり前じゃないの?」
神楽は呆れたようにため息をつきながら目を開き顔を起こす。
「あのなぁ、いくらなんでもこの国や人類の事を説明しなさすぎたろ」
彼の視線の先にはおそらく霙や白鴎達がいるのだろう。侮蔑の感情は見られないが、どこか面倒そうな表情に申し訳なさが勝つ。
「あ、そういえば黎翔様が昨日説明するって言ってた」
「してもらったのか」
「ううん、お昼寝してたから」
「はぁ」
神楽は大きなため息をついた後に「いいかよく聞けよ」と言葉を続けた。面倒ながらも説明してくれるのが彼の優しい所だろう。
「この大陸は空の国、太陽の国、地の国、魔の国、水の国に分かれている。ここまでは知っているな?」
「うん」
ここまでは以前説明を受けた為、知っている。
「で、俺たちがいるのが空の国。俺たちは天使族つー種族で、生まれながらにして背に翼を持つ。生まれた時から息をするように空を飛び天を駆け巡る」
これも昨日聞いた為知っている。
「……あれ?」
「どうした」
あの翼が大空は舞ったらとても綺麗だろう。何よりこの国の人は皆、翼を持っているというのだからあの白い翼が空いっぱいになったらまるで天使の国のようになる。
そこで先日の風景を思い出し疑問を口に出す。
「この間の披露会で私が行った時には街では誰も飛んでなかったよ?」
だからこそ私は先日までこの国の人が飛べるなどという事は知らなかった。ただの一人も空を飛ばず、地に足をつけていた。
「あれは、滑空禁止令が出てたからな」
「何それ?」
聞き覚えのない単語と思うと同時にどこかで耳にしたような気はしなくもない。けれどそれがいつだったかは全く思い出せない。
「空を飛んだらダメって事」
「なんで?」
息をするように空を飛ぶという事は空を飛ぶ事が日常生活の一部であるに違いない。その空を飛ぶという行動をわざわざ規制する意味が分からない。それを行う事によって日常生活の一部に支障が出る事もあるのではないか。
「お前、パレードしてる間に国民が真横まで飛ん出来たらどうする」
「びっくりする」
「そういう事だ。地面ならまだしも空中全部に規制線なんて張れないだろう」
「な、なるほど」
そこでようやくこの国の民が足を地につけていた理由が分かった。確かに現実的に考えてみれば空を飛べない私の目の前に羽を生やした人が目の前まで来たら驚くだろう。もし仮に空を飛べるという事を知っていたとしても誰だって目の前まで人が来たら居づらい。
「んで、この島は天空島って呼ばれてて、宙に浮いてる。だから、」
「ま、まってまって!」
「……なんだよ」
余りにも神楽が普通に話し続けようとするものだから、つい話を止めてしまった。
「…………この島、浮いてるの?」
「だからそう言ってるだろ」
「う、うん」
どうやらここは本当に異世界のようだ。異世界という事は分かっていたが、それでもやはり島が浮いているという現実感のなさが、より私に異世界感を突きつける。つまりは、今足をつけているこの大地こそが浮いているというのだ。私の夢の一つである空を飛ぶという事もある意味では、毎日叶っていたのかもしれない。
「話戻すけど、あんた、毎日飯食っててしんどくない訳?」
私の心は動揺が積み重なっていたが、そんな私の心情とは裏腹に神楽は話を戻す。
毎日食べるという事をしんどいと思った事はない。食事を抜く事や少量しか食べられない日はあるものの、1日3食を食べる人にとっては、1日1食などむしろ少ない方だ。
「どうして?毎日ご飯食べるのは当たり前でしょ?」
「はぁ? んな事したら腹壊れるつーの」
神楽は1日1食どころか数日食べない生活をしているのだろうか。だとしたら不健康だ。けれども彼の様子を見ても不健康そうには見えない。強いて言うならば、食べない事でストレスがたまり不機嫌になっているのだろうか。
「じゃあ、お兄ちゃんはいつご飯食べるの?」
「まあ数日に一度、週に一度だな。俺はもともとそんなに食べる方じゃないからな」
食べる方じゃないと彼は言うが、あまりにも食べなさすぎだ。食べないという域を超えている。そんなに食べないでいるのに彼は元気でいる理由が分からない。私も食べない日はあるが数日なんてとてもではないが耐えられない。
「え、それって倒れないの?」
「んな事言われてもな。俺らにとってはこれが普通なんだよ」
「ひぇ……。私なんて1日食べなかったらお腹が空くようになっちゃったのに……」
「お前燃費悪そうだもんな」
この世界に来てからというもの毎日満腹になるまで食べている為、どうしてもその習慣がついてしまい、腹が減りやすくなってしまったのだ。
「でもさ、真面目な話、今はお前が子どもだから毎日飯食べるのも納得が行く訳よ。でもお前の話し方だと大人もそれぐらい食べるって事だよな」
「そうだよ。多い時には1日3回食べるの」
「はぁ?! じゃあお前も1日3回食べてたって事か?!」
「私は1日1回とか、2日に1回とか」
だからこそ、ここでの1日1食生活にも耐えられる。もし仮に私が日本にいる時に1日3食生活をしていたのならば、ここの1日1食生活に耐えきれなかっただろう。
「それって食事で1日が終わりじゃねえか。そっちの大人はそんな事を何百年もそれを繰り返してんのか?」
「数百年前の話は分からないけど、昔の人も1日1回とかも普通だったと思うよ」
確証はないから適当にそう答えてみるが、確か以前は裕福な人も食事量が少なかったような気がする。それが一体何年前の話なのかは全く分からないが。
「いや、昔の人じゃなくてあんたの親とかの話」
「え、曾祖父母や祖父母の話?」
「いや、あんたの親。たかが数百年前だろ?」
彼は私の親世代が数百年前に本当に存在していたと思っているのだろうか。だとすれば、私の親世代は一体何時代の者なのだろうか。もしかすると江戸時代から生きていた人間もいるかもしれない。歴史は分からないから数百年前にどの時代があったのかは全く分からないが。
「えっと? 私たちの寿命は、長くて百年くらいだけど?」
「………………は?」
彼の中でもしかすると聖女のいる世界は平均寿命が長いなどという固定概念があるのかもしれない。けれども私に変な理想を抱いてもらっても困る。間違いは早めに正しておく必要がある。
けれど彼の表情は今までに見た事がないほど固まり強張っていた。
「……それ、他の奴らは知ってんのか?」
「ううん」
今まで彼らの寿命が長いという事も、食事の回数も、何も知らなかったのに、私自身が此処と日本の違いに気づけるはずもない。
「行くぞ」
「……どこに?」
「いいからついてこい」
以前にもまして不機嫌そうで真剣な彼の表情に私は何も言う事が出来ない。言う事は出来ないが、口を挟んでも良いとすれば、1つ物申したい事がある。
「お兄ちゃん、ご飯は?」
「……後で食え」




