020-1「おにいちゃーん! あーそーびーましょー!!」
さて質問です。探していた人物がまだ寝ていた場合どのようにすればいいでしょうか。
1、静かに待つ
2、そっと肩を揺さぶる
3、カーテンを開ける
1〜3を試して起きない場合は、選択肢4を実行する。
4、大声を出す
「おにいちゃーん! あーそーびーましょー!!」
「だぁ! うるせぇ!」
朝早くから神楽の部屋には大きな声が2つ、響き渡った。
「うぅ、痛いよぅ……」
声を出した私は神楽から愛の鉄槌という名のげんこつを後頭部に食らった。多少の手加減してくれてはいるだろうが、それでも痛いものは痛い。
「朝っぱらから何考えてやがる」
ベッドの上で腕を組んで眉を寄せる神楽はどこからどう見ても不機嫌だ。
「お兄ちゃんと遊ぼうと思ったの」
「俺は遊ばない」
「えー」
私を無視した神楽は、そのまま洗面所の方に向かい顔を洗い出した。どうやらようやく本格的に起きだしたようだ。
「せっかくお兄ちゃんと遊ぼうと思ったのにぃ」
「その思考回路がおかしいだろ。せめて昼まで待て」
「もうお昼だよぅ」
「やかましい」
次は後頭部ではなく額を叩かれた。ただでさえ賢くない頭脳がもっと馬鹿になったらどうしてくれるのだろうか。昨日、私たちは初対面とは言え仲を深めたはずだが、それも振り出しに戻っているかのような対応だ。けれど初日のように存在を否定するような態度ではない為、昨日の関わりは無駄ではなかったと思い直す。
「なんで俺なんだよ。霙さんと白鴎さんに遊んでもらえよ。仮にもお前の世話係だろ」
神楽はどうにかして私の相手から逃げようとするが、そうはいかない。何より霙と白鴎にはもうすでに遊んでもらった後である。
「遊んでもらったよ? 一緒におままごとしたの!」
「あの人達に何させてんだよ……」
神楽の表情は先ほどまでの不機嫌の表情とは一変し、呆れたようにうなだれた。
「他の人たちは?」
「皆お仕事があるの」
霙と白鴎と遊び終わった後、私は1人でお絵かきでもしようかと考えたが、他の皆が何をしているかが気になり歩き回った。そうして私が見つけたのは仕事をしているみんなだった。私の相手をしてくれそうな人はすぐには見当たらなかった。
「あのな、一応俺にだって仕事があるんだからな」
「でも黎翔様が、お兄ちゃんと遊んでもらえって。霙さんと白鴎さんも、お兄ちゃんを起こしてあげてって」
これでも私は、私の事を好いている訳ではない神楽と遊ぼうとは思わなかった。しかしながら皆の仕事の様子を見に行った時に必ず皆が同じように神楽と遊んでこいと私に伝えた。彼は「黎翔様のとこにも行ったのかよ……」と更に項垂れた。
「……面倒くせぇ」
「大丈夫、私いい子だよ!」
「いい子は朝から人の事を大声で起こさねぇの」
「それとこれとは別なの」
「喧しい」
恐らく神楽には突っ込みの才能があるのではないか。
「…………仕方ねぇな。聖女を怒らせて国が荒れるのも困るし」
「やった!」
彼は私が聖女だから遊んでくれるのかもしれないが、私はそれでも構わない。何故ならば、私から聖女という存在を取ると私の存在意義がほぼなくなってしまう。私が聖女である事が私の一番の強みなのだから。
「んで、何すんだよ」
「ピクニックに行こう!」
「はぁ?」
「あのね、緑弥さんがお弁当を作ってくれたの!」
私の手の中には良い匂いをした弁当箱が握られていた。
「案内して!」
「はぁ?」
「場所、分かんない!」
「お前、んなんで、よくピクニックに行こうとしたな」
「お兄ちゃんが一緒だから迷わない」
「俺が行く前提かよ」
神楽は面倒そうに立ち上がり、着替え始めた。一応女の子がいるのだけれどと思ったが、私は幼女らしいし、特に気を使う必要も無いのだろう。
それでも私は一応見ないようにと目を背けてみた。
「何してんだ。行くぞ」
私の配慮を無かった事にして神楽は部屋を出ようとする。
「ま、待って!」
慌ててお弁当箱を掴み神楽を追いかける。
「中庭でいいか」
「うん!」
中庭とはあの綺麗な花が咲いている所の事だろうか。行った事がない為、分からないがピクニックという条件から考えてくれたのだろう。そこへの行き道が私には分からない為、前を歩いている神楽から離れる訳にはいかない。
「お兄ちゃ、」
「ちゃんとついてこいよ」
神楽は後ろを振り返る事なく扉を出て歩き出した。
「はぁ、……っ」
何だか久しぶりだ。
初めてこの建物に来た時も私はこの廊下を走った。
あの時より少しは成長している私は、足も長くなっている為、歩幅は大きくなっている。けれども歩くのが遅いという点では変わっていない為、自然と小走りとなる。普通に歩いていたのでは前を歩いている神楽との差が大きくなる一方だ。何より今は、弁当箱を持っている為走りにくい。
「……お前さぁ」
私の歩幅を気にせず歩いていた神楽が、急に歩みを止める。
「はぁっ、ど、どうした、のっ?」
私も歩みを止め息を整えながら神楽に問いかける。初めて廊下を歩いた時も歩いていた霙が急に立ち止まった。あの時は振り向いた霙が恐ろしくて仕方がなかった。それは今回も同じだ。今ならば霙はそのような事で怒ったりしないと分かっているが、目の前の神楽は違う。彼は私に対して良い印象を持っていない。加えて今も無理やりピクニックに付き合ってもらっていると言っても過言ではないだろう。歩みの遅い私に苛立ったとしても仕方がない。
「なんで俺に構う訳?」
彼の言葉は私の予想外だった。てっきり私の歩みが遅い事に対しての苛立ちだと感じていたが、彼が立ち止まった原因はそれではないようだ。
「何でって……?」
彼の問いに明確な答えを持つが、それを口にする事は出来ない。私は失礼ながらももう一度問いかけをし直した。
「遊び相手が欲しいのか」
遊び相手がいらないと言うと嘘になるが、私は1人でも遊べる為そこまで遊び相手を欲してはいない。ただずっと一人でいるというのは気が狂いそうになるだけだ。けれどもそれは、彼に構う理由ではない。
「……俺はお前に対して、決して良い態度はとっていない」
彼は気まずそうな表情を浮かべながら下を向き、ぽつりとつぶやく。
「そうなの?」
しかしながら彼の言葉の意図をよく汲み取る事が出来ない。確かに最初は彼の態度や言葉をきつく思う時もあったが少し傷ついたというだけだ。何より他のみんなが優しすぎた為、彼の態度を少し怖く感じただけだ。特筆して彼の態度が悪い訳ではない。
「そうなのって……。普通嫌だろ、こんな態度」
「……お兄ちゃんは、私とお話してくれるから。ここの人達、皆そう。誰も無視しないの。話しかけたら、お返事してくれる」
「当たり前だろ」
それを当たり前と感じる世界に、彼はいたのだ。気に入らない相手に対しても存在の否定はしない。
「それと、ね」
神楽の黄金の瞳がこちらを伺うように目を逸らさない。その太陽のような金色の瞳が光を映して、私の髪を焼いてくれたら、とすら思う。灰は白くなってはくれないだろうか。
「……お兄ちゃんが、私の夢、叶えてくれたから」
「はぁ? 夢って?」
「お空飛ぶ事。あと、やりたい事、叶えてくれそうだから」
「他力本願かよ……。言っとくけど、俺は便利屋じゃねぇぞ?」
「……うん」
彼を便利屋だとは思った事は無いが、私のやりたい事に付き合わせようとしている為、真っ向から否定出来ない。
「……行くぞ」
結局、彼の問いに答える事は出来なかった。けれども私の先を行く彼の手の中には私の弁当箱が握られていた。彼なりに何かしらの答えを得られたのだろうか。




