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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界〜世界の色を探して〜  作者: ちぇしゃ


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守護者霙と聖女の出会い



 あぁ、今日はなんて幸せな日なのだろう。柄にもなく幸せという単語を使ってみたけれど、本当にこんなに心待ちにしていた日は、今日より他ないだろう。


「聖女様……?」


この空の国に落ちてきた聖女様。なんとめでたい日だろう。私は聖女様の守護者だ。そう決めたのは神だ。生まれた日より、この体に宿った痣がその証拠だ。私だけではなく、白鴎にも同じものがある。首の後ろに宿る小さな魔法陣のような痣。これを持つ者だけが、聖女様が落ちてくるあの神聖なる部屋へ入る事が許される。この国でそれが許されているのは、私と白鴎だけだ。この国に聖女様が落ちてくるのは初めてだ。当然、私も実際に見るのは初めてだ。私が生まれて300年間、聖女様が現れてくださる事はなかった。ずっとずっと待ち望んでいた聖女様。それが今日やっと叶ったのだ。この世界は自然災害が多い。けれど、聖女様が現れるとその自然災害は格段に減っていく。今現在、太陽の国にも聖女様は現れてくださっているが、それでもこの空の国に聖女様があらわれてくださった事は本当に喜ばしい。言い方は悪いが、聖女様が多ければ多いほど神気も増え、自然災害はどんどん減っていくのだ。それにこの空の国に現れてくださった事で、きっとこの国も確実に平和が訪れるだろう。太陽の国がそうであるように。


「この国に聖女様が現れて下さるとは……」


 私はいつものように聖室の掃除をしていた。白鴎は別の用事が入っていた為、遅れてやって来る事になっていた。いつものように魔法陣に不備がないかを確認し、埃一つ残さないように隅々まで掃除をしていた。いつ聖女様が現れてくださってもいいように、常に綺麗にしておく事が私達の仕事だ。聖女様はどんなお方だろうか。異世界から現われるという事は、この世界の事を何も知らない方なのだ。聖女様は黒目黒髪という特徴を持ってるという事は代々受け継がれているが、その他の情報は出回っていない。落ちてきた聖女様がどのような生活を送っていたのか。守護者はどのような事を行ったのか。それらの資料が全く残されていないのだ。けれど、私達の仕事は聖女様の身の回りのお世話をし、聖女様が心豊かに過ごせるような補助する事だ。それは私の中に刻まれた使命。疑う余地もない、私達の役割だった。だからこそ、私達は信じていられたのだ。長年現れて下さらなかったとしても、神からの啓示がある限り、きっと聖女様はこの国に現れてくださる。私たちは信じて疑わなかった。だからこそ、長い時を経ながらも信じ続ける事が出来たのだ。


「せいじょさま…? って私の事ですか?」

「ああ、そうだ」


 魔法陣が目が眩むほどの光を発し、この部屋を光が飲み込んだ。私も当然目を開ける事など出来なくなる。何が起こってるのか、何も分からないまま気が付けば私は祈っていたのだ。目も眩むほどの光が段々と収まり、ゆっくりと目を開けると、魔法陣の中心に足を崩して座っていたのは黒髪黒目をした幼い小さな少女だった。今までに見た事がない小ささで、あやうく潰してしまいそうだと危惧した。一体彼女はどこから入ったのか、誰なのか。そう考えたけれど、ここには痣を持つ者しか入れない。そして、痣を持つもの以外に入れるのは、聖女様しかいない。黒い瞳に黒い髪をした少女がこの部屋にあらわれたという事は、彼女は聖女で間違いないと感じた。


「間違いない。黒い目と髪。そして、顔立ち。言い伝え通りだ…」


 本当に小さな幼子だと思った。彼女を初めて見た時、黒い瞳に黒い髪の彼女はこの場所に酷く違和感を感じた。真っ白いこの場所にひどく目立つ。白すぎるこの景色に彼女の黒はとても美しく映った。つややかで激しく眩しい。そんな彼女の瞳は暗い闇までさらに黒く染まってしまいそうな黒だった。彼女は一目で異世界から来た聖女様だと感じた。長年待ち望んでいた聖女様はあまりにも頼りないほど小さく不安定だった。黒い瞳に黒い髪という時点で聖女様という事に間違いはないけれど、それを彼女に押し付けてもいいものか迷うほど、彼女は幼い。15歳で、小さな子どもではないと彼女は言っていたが、この世界では充分に子どもだ。15歳なんて、生まれて間もない幼子だ。300年程生きている私からすると、赤子のようだ。それにもかかわらず、彼女は大人のような発言をする。それはなぜか考えてみても分からなかった。もしかしたら、もとの世界ではこのように生きなければならなかったのかもしれない。あんな小さな幼子が。でも、その分、この世界では私と白鴎が全力で愛せばいいのだ。


「色々と説明をさせてくれと言いたいところだが、このままでは冷えてしまうな」


 初めて彼女の手に触れた時、彼女の手は氷のように冷たかった。床が大理石という事もあり、彼女の体はすっかり冷えきっていた。あんなにダボダボの白い服を一枚と靴下も履かずに履いていた靴。服にいたってはきっとあれは彼女のものではないのだろう。もしかすると、あの服は彼女の周りにいた人のものかもしれない。それかこの世界に落ちてくる時に強制的に着せられたものかもしれない。どちらにしろ大きな服を着ている時点で彼女はより一層小さく見えたし、実際小さいのだろう。


「今会ったばかりの男が一緒では不安かもしれないが一緒に来てくれないか」

「とりあえず、暖かい部屋に行こう。暖炉をつけたままにしてあるから」


 初めて触れた彼女の手は小刻みに震えていた。ここにいれば、体がどんどん冷えてしまう。暖かい部屋に行こうと思って手を差し伸べたけれど、彼女は手を出す時は本当におずおずと手を伸ばした。伸ばしたその手は少し震えていた。当たり前だ。私は彼女にとって初めて会った知らない男の人だ。すぐに信用しろなんて無茶な事を言うつもりはない。ただ拒絶されたのは多少ショックだった。本来ならば彼女の足で歩いて行くとものすごく時間がかかるから、抱き上げていこうと思っていた。しかし初めて会った私に抱き上げられるのは彼女も緊張するだろうし怖いと思う。だからこそ時間がかかったとしても手を繋いで歩いていく選択肢をとった。しかし、私はまたそこで失敗してしまった。


「……っ、はぁ、……はぁ」


 私が気づいたのは、彼女が息を切らしながら、必死に小走りしている姿を見てからだ。よくよく考えればそうだった。私と彼女では足の長さが全く違う。私がいつも通り普通に歩いていれば、彼女が走ったり、早歩きになってしまったりするのも仕方がないだろう。今度こそ、抱きあげようかと思ったが、きっと彼女はそれを望まないだろう。今度こそ、私はゆっくり歩いた。


 知らない世界で、恐る恐る必死に生きようとしている彼女に対して白鴎の登場の仕方はあまりにも酷いものだった。というか、私自身、彼女があんなにも驚くとは思っていなかった。私が彼女にソファを勧めた時、私は彼女が立っているドアの方を見ていたから、白鴎が部屋に入ってきた事には気づいていた。そして彼女をみている事にも気づいていた。きっと彼女がソファに座った後に挨拶をするだろうと考えていた私を裏切る出会い方だった。まさか、あんなにビクビクしている彼女の肩に手を置き、突然話しかけるなんて思ってもいなかった。でもそれが結果的に良かったかもしれない。


「誰?」

「ひぅ」

 

 彼女は聞いた事もないような悲鳴を上げ、私の後ろに隠れた。彼女は私の腰よりもずっとずっと小さいから必然的に私の足に抱きついていた。動けないというデメリットもあったが、それ以上に彼女が少し心を許してくれたという事が嬉しかった。というか、ただもう可愛かった。最初に出会ったのが私という事もあったのか、私の足をきゅっと掴み離さないその姿は小動物を連想させたし、頭を撫でくりまわしたくなるほど可愛かった。


「はぁ……。白鴎、彼女が怯えている」


 白鴎自身も彼女が怯えている事にすぐ気がついたのか、対応を変えた。私が彼女の事を聖女だと紹介すると、いつも見られない白鴎の動揺した姿が見れた。それはそうだろうな、聖女様がこの国に降りてきてくださるという事は本当に珍しい事だ。数100年に1度しか起こらない事だから。生きているうちに、聖女様に会えない人などごまんといる。彼女が白鴎に対して心を許すのも早かった。白鴎は昔から子どもの扱いが上手い。私の考えにはなかったが、白鴎は彼女の目線に合わせて膝をついて話をしていたのだ。それが彼女の心を開かせるのには十分だった様子で、白鴎が差し出した手を、彼女はおずおずととっていた。その際に私の顔をチラチラとみる彼女も可愛らしかったが。そして何より、白鴎だけではなく、私の手も掴んで離さない彼女の姿に悶えそうになった。

 彼女とこの世界の話をしてみて、彼女はとても賢いと感じた。何よりも会話が通じるという事が驚きだった。この世界の15歳なんて気の向くまま心の向くままに好きな事を好きなようにしている年齢だ。座って話を聞くなんて、とてもではないが、できそうにない。今思えば彼女は最初からおとなしく賢かった。

 この世界の話をした時だって、彼女は理解していたように思う。念のために情報は絞って伝えたが、それでも彼女はすべてを理解していた表情だった。もしかすると、彼女の世界の15歳とこの世界の15歳では精神年齢は全く違うのかもしれない。けれど、これは嬉しい誤算だった。見た目は小さな幼子でも中身が大人びているのならば、接しやすい。この世界の全てを彼女に伝えきるなんて事は出来そうにない。そもそも私は彼女の世界を知らないから、この世界とどこが違うのかが分からない。だから私はこの世界の国の名前と聖女様の役割ぐらいしか伝える事が出来なかった。

けれど、後は何を伝えようかと考えていたところに彼女のお腹が鳴る音が聞こえた。1度目は何の音かわからなかったが、2度目3度目で彼女がお腹を押さえながら真っ赤な顔をしている時点で、原因は何かすぐにわかった。そういえばもう昼食の時間だった。うっかり忘れてしまうところだった。私達は1週間程度食事をとらなくても生きていけるが、聖女様はそうではない。毎日食べないといけないと聞いた事がある。突然現れた聖女様ではあるが、いつ現れてもいいように、料理人や服飾師、掃除人など一通りは使用人を揃えていた。だから彼女の食事を頼んだ時も料理人がすぐに作ってくれた。しかし、料理人も彼女が一体どういう食べ物を好むのだろうかという事は知らない為、あらゆる種類の料理を取り揃えていた。もちろん、ひとつの料理を少なめにしていたから、より多くの種類の料理を味わえるようにという事だろう。でも、どうやったら食事をもらえるかという発言に心が痛んだ。あんな小さな子どもならば、待っていれば出てくるものだろうに。やっぱり彼女は向こうの世界では子どもとして扱われていなかったのかもしれない。その分、ここでは彼女が子どもらしくいられるようにしていかなければ。

 彼女が味わう事ができたのはたった三種類だった。サラダとうどんとハンバーグのみ。しかしそれらは全て完食できていた訳ではない。サラダに至ってはニンジンが好きだった様子でニンジンばかり食べていたし、あとはキャベツを少しだけ。トマトはあまり好きではなかったようだ。うどんは思い出すだけで可愛らしかった。自分のフォークで必死にうどんを掴み取るけれど、失敗して器の中にうどんが戻っていく様を見るのはなんだか面白かった。しょんぼりしている彼女は少し可哀想ではあったけれど何よりあの行動が可愛かった。ハンバーグに関しては私達が無理やり口に入れたと言っても過言ではないだろう。サラダとうどんで腹がいっぱいになっている彼女の口にハンバーグを詰め込んだのは私たちだ。もちろん彼女は美味しそうな反応をしてくれたが。彼女はとても少食だと思った。15歳なんてもっと食べるようになる年齢ではないのか。少なくともわが一族では今日用意していた料理くらいならば1人で食べきる事が出来る。それが普通だ。けれど、彼女はその10分の1も食べる事が出来ていない。もしかすると、彼女の世界ではそれが普通なのかもしれない。それにしても少食な気がするが。結論を言うと、もそもそとリスのように口を動かして食べる姿は小動物のようでとても可愛かった。


 食べ終わったあとはまだ話を聞きたいと思ったが、彼女がなんだかうとうととしていた様子だったから急ぎ彼女の部屋に案内する方が先だと思った。食事中に彼女の部屋が準備出来たと知らせがあったから、どんな部屋になったか私も分かっていないが、きっと可愛らしい部屋になっているだろう。抱き上げた方が早いが抱き上げるのはやっぱり緊張するだろう。仕方なく彼女の手を繋いで歩いていく事にする。白鴎も彼女の手を繋いで歩いていると、彼女は宇宙人に連れられているようで口元が緩みそうになってしまう。そして、手を繋ぐ時に私達の手より指を握ってる姿も可愛いらしい。白鴎だって頬がにやにやとゆるんでいる。

 部屋に着いた時、彼女は一瞬だが頬を緩めた。彼女の好みが分からなかったが、彼女を見て好みに合っていたのだと安心した。子どもが好きそうな桃色やレースで彩られた部屋は可愛らしく、可愛らしい彼女によく合っていた。それでも彼女は遠慮していたのか、すぐには部屋に入ろうとしなかった。しかし、私達が自分の部屋だと伝える事でようやく足を踏み入れる気になったのか、少しずつだが、部屋の中に入っていった。彼女の視線はベッドに向かっていて、眠たいのだろうと思った。彼女の脚も真っ先にベッドの方に向かって行っていたけれど、踏み台に足をかけ登ったところで足を止めてしまった。どうしてベッドに入らないのだろうかと疑問に思っていると、そのまま降りてしまった。彼女の言い分を聞くと、お風呂に入ってからじゃないと布団に寝転びたくないようだった。私たちからすると、彼女はそれほど汚れているようには見えないが、そういう風に育ってきたのかもしれない。

どちらにしろベッドを気に入っていないわけではないと分かり、安心した。彼女はそのままソファで休もうとしていたがそんな小さな幼子をソファで寝かせてもいいものかと少し迷った。しかし、許可をしなければこの少女は迷わず床で寝てしまいそうだ。彼女はベッドやソファが汚れてしまう事を気にしていたようだから、とりあえずソファにバスタオルを引いてやると嬉しそうにその上に寝転んだ。どうやらこの行動は正解だったみたいだ。このソファは決して大きい訳ではないが、小さい彼女が寝転がるとよりソファが大きく感じる。けれど毛布を被せた時、彼女の様子がおかしかった。毛布を被せていたとしても、腹を押さえている事なんてすぐに分かる。たったあの程度しか食べていないのにも関わらずお腹が痛いなんて、普段から全然食べていない事がよく分かる。私達が最後ハンバーグを食べさせたのが良くなかったのかもしれない。眉を寄せて眠る姿はひどく胸が痛んだ。腹が痛いくらい言ってくれればいいのに。たとえどうしようもなくても、隠さなくてもいいのに。今日、知り合ったばかりの男2人に言いづらかったとしても苦しいと言ってくれればいいのに。これくらいの事も苦しいと言えないのは、彼女は普段からそれを言えない生活だったのか、それとも言う相手がいなかったのか。今まで言わなければならないほど苦しい状況に陥った事がなかったらいいが。頭を撫でようとすると、彼女は驚いたように目をつぶったが、おとなしく頭をなでさせてくれた。そうすると、彼女の眉間のシワが少し安らいだような気がした。


 彼女が休んでる間に風呂の準備をする事にした。準備と言っても蛇口を回してお湯を入れるだけだが。彼女の風呂場に行って湯を出そうとしたところで、ふと気づく、彼女は1人で風呂に入れるだろうか。もし入れるとしたとしても、この風呂でひとりはあまりにも難しいと思う。シャワーヘッドに手が届かないし、彼女の背より高い浴槽に入れる気もしない。となれば、守護者である私と白鴎が風呂に入れるしかない。それは全然構わないのだが、そうなってくると、ここでは難しい。3人は入れない事もないが、狭いから洗ってやりづらい。基本的にこの部屋の風呂は1人用だからな。となると、私と白鴎専用の風呂に入れてやった方が洗いやすいかもしれない。そうなれば私達の風呂を準備してもらわなければ。使用人に風呂を準備してもらうように頼む。それに伴って、浴槽の湯もいつもより少なめにいれてもらうように頼む。私は浴槽につかれなくても全然構わないのだが、白鴎は湯につかるのが好きだから、私達が上がった後に湯を入れてゆっくりと入ればいい。


彼女はなかなか目を覚まさず、次に起きたのは夜だった。でも彼女は本当に申し訳なさそうに何か手伝う事はないかと聞いてきた。そんな事を気にしなくてもいいのにな。それに彼女の背だと手伝う方が難しい気がする。私達の風呂に行くとき、私はとうとう彼女を抱き上げた。彼女はおろしてくれと暴れたが、それにも関わらずだき上げてみた。白鴎が暴れたらダメだと注意してくれた事で彼女はじっとしてくれていたが、彼女は嫌がっていないだろうか。恐る恐る彼女の顔を見ようとすると、彼女は私の服をぎゅっと握りしめていた。暴れられるよりは全然良い。それに服をぎゅっと掴む姿は可愛いらしい。


 彼女がきちんと自分の意思を発したのは、風呂の前だけかもしれない。風呂に入る事を彼女はとても喜んでいたが私達が一緒に入る事は激しく拒否をしていた。


「馬鹿!変態!痴漢!いじめっ子!えーと、えっと、ば、馬鹿!」

「語彙力が乏しいのは分かったから大人しくしてくれ」


 先程まで我々に遠慮していた彼女から出た言葉と思えないが、それでも嫌な事は嫌と言えた事に安心した。まぁ、言われたところでこれは拒否する訳にはいかないが。彼女を1人で風呂にいれさせるなんて、そんな危険な事は出来ない。私と彼女が言い争っている間に白鴎はさっさと服を脱いでいたので服を脱いでいる彼女を白鴎に預ける。白鴎に連れられた彼女はまだ何やら訴えていたが、それを無視してさっさと風呂に向かっていく。彼女の言い分を聞いていると、なかなか風呂に入れなくなってしまうからな。彼女としては1人で風呂に入りたいのだろうけど、それを聞くわけにはいかないし。


 けれど、私が遅れて風呂に入った時、彼女はすっかり白鴎に身を任せていた。一体この短時間で何があったのだろうかと勘ぐったが、それでも彼女が安心して身を任せているならばよかった。先程まで彼女が体に巻いていたタオルはおそらく白鴎が剥ぎ取ったのだろうけれど、彼女はそれを気にした様子もなく白鴎の前に座って頭を洗われていた。


「白鴎の手は気持ちがいいだろう」


 彼女にそう声をかけると、彼女は首を縦に振った。白鴎に動かないでと言われた時にスッと動きが止まるのはなんだか可愛らしかった。白鴎が湯を流す度に彼女からは気持ちよさそうな息が漏れる。その声を聞きながら、私は隣で自分の頭と体を洗ってしまう。もし彼女の事を洗う事になったら、それはもう丁寧に洗うだろうが、自分の事はさっさと洗ってしまう。


「それじゃあ霙、交代だよ」

「ああ」


 彼女は洗い終わった白鴎から、彼女を受け取った。彼女を膝に乗せるとよりいっそう小ささがよく分かった。いつもより少なめに湯を入れたつもりだったが、彼女が1人で入るとやっぱり湯はまだまだ多いようで、顔まで浸かってしまうだろう。


「気持ちよいか」

「はい」


 チラリと彼女の背中を見てみると、彼女の首に近い背中には魔法陣が描かれていた。私と白鴎と同じ模様だ。彼女は聖女で間違いはなかった。私と白鴎と同じような文様がその背中に刻まれていたから、彼女は空の国の聖女様という事に間違いはない。


「昼間に、簡単に説明をしたが、他に何が聞きたい事あるか」


 私は何を彼女に伝えればいいかまだよく分からないが、彼女自身が違いに気付いて聞きたい事があるかもしれない。そう思って質問してみた。


「この建物にはどれくらいの人がいるのですか?」

「この家の主人というと、聖女様であるお前と私と白鴎だけだ。あとここに入ってこれるのは使用人だな。何人か住み込みの使用人もいる。」

「あの、さっきここには女性はいないって……」

「元々この世界は女性が少ないからな。貴重な女性を外に出そうという男性もなかなかいない。何かあっては危ないからな。聖女の世界では、どうだったんだ?……ああ、いや。幼いお前に言ってもよくわからないか」


 確か以前、私の祖父から聖女様の世界は男女比が同じだという噂を聞いた事がある。それを目の前の聖女様に確認しようと思ったが、彼女はまだ幼く、そんな事までは知らないだろうと思い聞くのを諦めた。出来る事ならば、太陽の国に落ちてきた聖女に話を聞きたいが、他国だとそうもいかないだろう。


「何だか眠そうだね」


 私達が湯に浸かっている間に白鴎も湯の中に入ってきた。白鴎のその言葉で彼女が眠そうだった事に気がついた。彼女を膝に乗せていたから、彼女の表情までは見えず、様子まで気付かなかった。このままだと彼女が湯あたりしてはいかないからな。


「お湯には十分使ったし、そろそろ上がるか」


彼女はチラチラと白鴎の方を見ていたが、結局は私の言葉に頷いて上がる事になった。けれど、彼女はどこまでも気を使う。


「あの、私は1人でも……。霙さんも少し温まってきた方が……」

「余計な気遣いはいい。1人にしておく方が心配だ」

「ご、ごめんなさい」


 謝らせたいわけではなかった。きっと彼女は自分のせいで私が上がる事を気にしているのだろう。でも私はそこまで風呂に執着している訳では無いから構わない。風呂なんて汚れさえ落ちればいいのだ。でも、私のように考えない人もいるから、その考えを否定するつもりは全くない。ただ、私はそう考えているというだけの事だ。彼女の体を拭いていると、彼女の腹が目に入った。そこで思わず「腹は空いてないか?」と聞いてしまったが、笑いそうになってしまったのは、昼間に彼女の腹の音を聞いたからだろう。けれど、彼女は、腹は空いていないというので、そのまま寝る事にした。先程寝たばかりだから寝れるか心配していたが、彼女はもう既に眠たそうだったし、問題はないだろうと感じた。


「拭き終わったから、これを着てくれ」


彼女に桃色のパジャマを着せた。恐らくこれは服飾士の趣味だろう。ただ、彼女にはその可愛らしいパジャマはよく似合っていた。裾を持ってくるくる回ってる姿など可愛すぎて、白鴎が見られない事を残念に思った。


「さあ、部屋に戻るぞ」


 そう言って私はまた再び彼女を抱き上げて部屋に戻ったけれど、彼女はこの時全く暴れたりはせず、大人しく抱かれていてくれた。


「寝る前に何か飲んでおかないとな。レモン水は飲めるか?」

「はい、大丈夫です」


 彼女にレモン水を渡すと不思議そうにキッチンの方を見ていた。そこで私はこの部屋の説明をしていなかった事に気がついた。


「あっちはキッチン、そしてこっちはトイレだ。キッチンは聖女の高さも足りないし、火は危ないから1人では絶対使うなよ。トイレは大人用だが、子ども用のカバーもはめているから大丈夫だろう。踏み台も置いているからな」


 説明してる時にふと彼女の方を見ると、なんだか、先程より眠たそうに首がコクリコクリと動いていた。


「今日はもう疲れただろう寝なさい」


 彼女の方を見てみると、レモン水はもう飲み終わっていたようなので、コップを取り上げ、彼女を横にさせる。けれど、彼女は眠たいはずなのに必死に目をあけている。目を閉じては、はっとしたように上げて、また段々と目が閉じていっている。そしてまた気付いてハッと目をあける。それを何度も繰り返している。


「寝ないのか?」


 彼女が寝れるように頭を撫でながら、体をトントンすると、さらに眠たくなってきているみたいだが、それでも寝ようとしない。


「白鴎さんも……、」

「白鴎?もう少しで戻ってくると思うが」


 なぜここで白鴎の名前が出てきたのかは分からないが、私がもう寝ろと言っても首を横に振り決して寝ようとしない。何がそこまで彼女を必死にさせているのか。


「何でそこまで寝たくないんだ? 」

「あ、あのね。白鴎さんにも、おやすみ、言いたいの」

「……そうか」


 理由があまりにも可愛らしかったので、思わず悶えそうになってしまったけれど、それは無理もないと思う。彼女が先程から自分に抗ってまで必死に起きようとしているのは私と白鴎に挨拶をしたかったからだという。そんな彼女の努力を無視する訳にはいかない。むしろ手伝いたい。


「……、まだ寝たくないのだろう。本でも読んでやろう」

「!」


 私がそう言った時の彼女の嬉しそうな笑顔は忘れられない。ぱっと花が開いたようだった。私が用意していた絵本はもう少しあったが、今は3冊の絵本を選んだ。基準としては、聖女様が書いたという事だ。元の世界に通ずる何かがあった方が心も安らぐだろうと感じた。私は正直、『シンデレラ』を選ぶものだと思っていたが、彼女が選んだのは『かぐや姫』だった。選ばれたからには、それを読んだ。私は彼女が頑張って起きていられるように物語を選んだつもりだったが、物語を読んでいると彼女はさらにうとうととし始めてしまった。これ以上頑張って彼女に起きてもらうのは酷かもしれない。そう思って今度こそ寝ようと彼女を促した。


 そして、ここでようやく待ち望んだノック音が聞こえた。


「まだ寝ていなかったの?」


 白鴎は彼女がなぜ起きていたかは当然知るわけがないから驚いたように部屋に入ってきた。そうだよな、白鴎からすれば、眠たい彼女を無理やり私が起こしているように見えるだろう。


「白鴎、聖女に挨拶をしてやれ。睡魔に襲われながらも、お前に挨拶がしたいと待っていたんだ」

「何、その可愛いおねだりは」


 分かる。そうだよな。こんなに可愛いおねだりは他にないよな。


「霙、さん……、はくお、さん。おやすみ、なさ…。」


 彼女は全てを言い切る前に睡魔に負けて眠ってしまったけれど十分頑張ったと思う、本当にかわいらしかったし、本当によく睡魔に耐えたと思う。彼女にそっとおやすみの挨拶をして撫でた。この国に降り立った聖女様は太陽の国の聖女様と比べると、とても小さく可愛らしい聖女様だった。きっと彼女を幸せにする、それが私と白鴎の役割だ。





 そしてこの日、私が……、私と白鴎がした大きな失敗に気づくのはずっとずっと先の事だった。



 

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