001-5「霙、さん……、はくお、さん。おやすみ、なさ……。」
「昼間に、簡単に説明をしたが、他に何が聞きたい事あるか」
霙は急にそう言う。説明というのは、この世界についてだろう。私はこの世界について知らない事しかない。何を聞けば良いのか分からないが、強いて言うならば。
「この建物にはどれくらいの人がいるのですか?」
「この家の主人というと、聖女様だけだ。あとは聖女様の世話係。私達もこれに含まれる。あと、此処に入ってこられるのは使用人だな。何人か住み込みの使用人もいる」
主人は私だけで、後は世話係と使用人というのだから、すごく贅沢だ。もう1つ聞きたい事があるとすれば。
「あの、さっきここには女性はいないって……」
これが私にとって驚くべき所だ。それならこの建物には私しか女性がいない事になる。困った時は誰に相談すれば良いのだろうか。女性が少ないというのならば母親や姉という存在も少ないのか。そうであるならば、女性は減る一方だろう。ここにいる私も数少ない女性の一人ではあるという事だ。そうであるならば、貴重な女性である私は不当な扱いを受ける事は少ないのではないか。私ならば大切なものを傷つけない為にどうするか。そこまで考えて背筋に冷たいものが走った事に気づかない振りをした。
「元々この世界は女性が少ないからな。貴重な女性を外に出そうという男性もなかなかいない。何かあっては危ないからな。聖女の世界では、男女比はどうだったんだ?……ああ、いや。幼いお前に言ってもよく分からないか」
中身は15歳である為、分かってはいるが、幼子で通している為、言うべきか迷う。女性が少ないとは、そんな世界があるのか。日本とこの世界では異なる所があって、面白い。
「何だか眠そうだね」
私達がお湯に浸かってる間に、自分の事を洗い終わった白鴎も一緒に湯の中に入ってきた。余談だが、此処のお風呂はとても広く、体の大きい白鴎や霙が、足を伸ばして入っても更に多くの人が入れる。寧ろ、温泉のような広さだ。白鴎は寝ても良いと言ってくれるが、ここで寝る訳にはいかない。お風呂で寝たら溺死への道まっしぐらだ。せめてお風呂から上がって、脱衣所でないと溺れ死んでしまう。
「お湯には十分浸かったし、そろそろ上がるか」
白鴎はまだお湯に入ったばかりだから、もう少し一緒に浸かって話を聞きたい気もしたが、言われてみれば確かに少しだけ眠くなった気がする為、あがる事にする。霙の言葉に頷くと、霙は私を抱き上げ一緒に上がってくれた。
「あの、私は1人でも……。霙さんも少し温まってきた方が……」
「余計な気遣いは良い。1人にしておく方が心配だ」
「ご、ごめんなさい」
言葉に反して、霙の手はとても優しい。下を向いている私に構わず、優しい手つきでタオルで水を拭き取ってくれる。髪の毛だって犬猫のように手荒に拭かず、優しく水気を取ってくれる。自分で出来るのにと思いながらも、誰かにやってもらうという経験がない私は胸を踊らせながら身をまかせる。
「腹は空いてないか?」
何故今聞くのかは分からないが、食事を満腹になるまで食べたばかりだから特には空腹になる気配はない。
「大丈夫です」
「そうか。拭き終わったから、これを着てくれ」
霙が差し出したのは、桜色の可愛らしいパジャマだ。ワンピースの様になっており、頭から簡単に着られる。霙は着てくれと言ったにも関わらず、結局は服を着せる所までやってくれた。恥ずかしいが、私はまだ小さい子どもらしいので、そういうものと思っておこう。そのように思っておかなければ、私の精神が耐えられない。
これほどまでに可愛らしいワンピースを着たのは久しぶりだった為、つい頬が緩んでしまうような感覚がする。裾を持ったまま回ってしまってのだから、自分でも少し驚いた。今は子どもだから良いのだ。霙が私を見て吹き出す気配がしたが、気にしない事にした。
「さあ、部屋に戻るぞ」
霙はそう言って来た時と同じように私を抱き上げ、部屋に向かって歩き始める。私は最後にお風呂場の方を見てみるが、白鴎はゆっくりとお風呂に浸かりたいのか、出てくる気配がなかった。
部屋に着くと私は真っ先にベッドに下ろされた。
「寝る前に何か飲んでおかないとな。レモン水は飲めるか?」
レモン水は酸っぱいが、飲めないという訳ではないと思う。
「はい、大丈夫です」
私が頷くと霙は部屋の中に設置されているキッチンの方に向かって歩き、冷蔵庫からレモン水が入ったボトルを取り出した。今までこの部屋にキッチンがある事に気が付きもしなかった。
「あぁ、そうかすまない。この部屋の説明をしていなかったな」
霙は私にレモン水を差し出しながらそう言う。私もベッドばかりに目が行き、他の所に目が行ってなかった為、仕方がない。お互い様というものだろう。
「あっちはキッチン、そしてこっちはトイレだ。キッチンは聖女様の高さも足りないし、火は危ないから1人では絶対使うな。トイレは大人用だが、子ども用のカバーもはめているから大丈夫だろう。踏み台も置いているからな」
確かに私が大人用のトイレに行ったのならば、お尻がはまってしまう自信がある。先程までの私なら「失礼な!」と思っていただろうが、小さくなってしまったと分かった今では踏み台やカバーは絶対必要だ。
「この部屋にも勿論風呂場を設置してあるが、聖女がこんなに小さいとは思わなかったのでな。一人では入れられんし、この部屋に設置させている風呂場は1人用だから、私と白鴎が聖女を洗おうと思えばこの風呂場では、広さが足りん」
どうやら1人で入らせてくれるという選択肢はないようだ。先程入ったお風呂は誰のお風呂だったのだろうか。私の疑問を感じ取ったのか。
「あれは守護者である私と白鴎専用の風呂だ」
と教えてくれた。
「今日はもう疲れただろう寝なさい」
霙は私が飲み終わったレモン水を取り上げ、私を寝かす。横になると途端に眠気が襲ってくるが、まだ寝る訳にはいかない。これはとても素敵な夢だから、こんなに幸せな経験をさせてくれた2人に挨拶もなしに眠る事は出来ない。
「寝ないのか?」
霙は優しい手で、私の頭を撫でながら体を寝かそうとしてくれる。これにより、本当に眠たくなってくるのだから、霙の手は恐ろしい。
「白鴎さんも……、」
「白鴎?もう少しで戻ってくると思うが」
それなら尚更待ちたい。霙の寝かしつけに抗いながら必死に目を開ける。目が閉じてしまいそうになる度にはっと起きる。そうだ。こういう時、羊を数えれば良かった気がする。羊が一匹、羊が二匹、羊が――、違う。それは寝れない時に、眠る為にするものだ。
「もう寝ろ」
首を横に振る。
「何でそこまで寝たくないんだ?」
「あ、あのね。白鴎さんにも、おやすみ、言いたいの」
「……そうか」
ちらりと霙を見てみるが、怒ったような様子では無い。寧ろ、何かを耐えているような様子だ。もしかすると、我儘を言った事に対して怒るのを我慢しているのだろうか。
「ご、ごめんなさい。もう寝ます……」
諦めて寝ようと思い、目を閉じようとする。しかしながら、それを阻止したのは霙だった。
「霙さん……?」
霙は私を抱き上げ、ベッドから降ろした。これは本格的に怒っているのだろうか。布団で寝る価値は無いから床で寝ろという事だろうか。けれども、床には下ろしてくれず、ベッドサイドの椅子に座っている霙の足に座らされた。
「……、まだ寝たくないのだろう。本でも読んでやろう」
「!」
やはり優しい。霙は元々本を読んでくれようとしていたのか、ベッドサイドの引き出しを開けると絵本が数冊でてきた。何故絵本なのかは私の見た目の年齢で察して欲しい。
「ただし、白鴎が戻ってきたら直ぐに寝るんだぞ」
霙の優しい妥協に迷わずこくこくと頷く。
「どれが良い?」
ベッドに広げられた絵本は三冊。『白雪姫』『かぐや姫』『シンデレラ』だった。どれも見覚えのある本だったのが不思議だった。
「これは以前落ちてきた聖女様が書いた本だ」
見覚えのある本である事に納得した。その聖女様は間違いなく日本人だろう。もしくは日本が大好きな外国人。そこまで考えて、以前にも私と同じようにここに来た聖女がいたのだという事に目を見張る。その事について霙に尋ねるが霙は何か言いかけて止まる。それ以上聞かない方がよいという事を察した私は、再び絵本に目を移す。その聖女は今まで何人いたのか。いつ頃来たのか。
無事、元の国へ帰る事が出来たのか。
けれど、今の私にはそれを尋ねるすべはない。「どれが良い?」と聞かれたので『かぐや姫』を指さす。このお話は奥が深い。
しかしながら、絵本を読んでもらう事にしたのは失敗だった。霙が下手だった訳では無い。寧ろ逆だ。上手すぎて、かぐや姫が3つの欲しいものを挙げた所あたりで眠くなってきてしまっている。先程から何度も首が上下している。そろそろ絵本に顔から直撃するのではないだろうか。
「……もう寝よう」
霙は私がそろそろ限界が来ていると悟ったのか、絵本を閉じてしまった。まだ白鴎は帰ってきていない。霙が私をベッドに戻すのを阻止する為に、霙の服をしっかりと掴む。眠くて力が入らないが、きっと白鴎はあと少しで戻ってきてくれると思う。
そして、コンコンとノック音が聞こえた。
「まだ寝ていなかったの?」
待ち望んでいた白鴎がやっと戻ってきてくれた。
「白鴎、聖女に挨拶をしてやれ。睡魔に襲われながらも、お前に挨拶がしたいと待っていたんだ」
「何、その可愛いおねだりは」
「霙、さん……、はくお、さん。おやすみ、なさ……。」
最後まで言い切る事は出来なかったが、なんとか挨拶は出来た。これでもう、思い返す事はない。
「おやすみ」
「おやすみ。また明日」
霙が私を布団に戻し、二人が私を撫でてくれているのを感じながら眠りについた。良い夢だった。これで、私は現実に戻るんだ。
月はまだ見ていないのに、明日は満ちるのだと思い出した。
神様、素敵な夢を見せてくれてありがとう。
素敵な夢に感謝しつつ眠った夜。もうこれで本当に夢は覚めてしまうのだと感じながら眠った。あの優しい二人とも、今度こそ本当にお別れだと思いながら「おやすみ」を言った。
それにも関わらず目を覚ますと、再び2人の顔が飛び込ん出来た。夢ではなかったと理解するには十分だった。




