001-4「これが私、ですか?」
次に目が覚めた時、腹痛はすっかりと消えていた。窓の外を見ると景色は真っ暗だった。
「よる、……?」
どうやら寝すぎてしまったようだ。深く眠りに入りすぎてしまった。普段ならば、少しの物音でも目は覚めるというのに。ソファが柔らかく寝心地が良かったのも原因だ。周りを見渡してみると、此処には私以外誰もいない。起きた時に、近くに誰かいた方が驚く為、1人の方が助かったけれども。
目を覚ましてもまだこの世界にいるというのはどういう事だろうか。此処は夢の中だと思っていたが、夢の中ではないのだろうか。それとも、夢から覚めてもなお、まだ夢を見てるという事だろうか。現実かもしれないと、何処かで思いながらも信じきれないでいる。
コンコンというノックの音が聞こえてきた。返事をするとゆっくりと扉が開いた。入ってきたのは霙と白鴎の2人だった。
「起きたのか?」
「ご、ごめんなさい。何かお手伝いしようと思ったのに……」
自分でもこんなに眠るつもりはなかった。ご飯と居場所をくれた為、手伝いくらいはと思ったのだが、何も出来なかった。しかしながら、私に出来る事など何も無いのかもしれない。私は他の人達と比べると、とても小さく、きっと掃除道具だって満足に握れない。役立たずのレッテルを貼られたとしても、何も言えない。
「そんな事は気にしなくて良い。お前はまだ子どもだ」
「そうだよ。まだこの世界に来たばかりなんだから。それに貴女は聖女様なんだから幸せでいてくれる事が一番のお仕事だよ」
2人の言葉はとても優しい。でも、優しすぎるからこそ怖い。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうのは私の悪い所だと思う。こんなに無条件で優しくしてくれる人は周りにはいなかった。人間なんてそんなものだ。それに2人は私が聖女だからこそ、優しくしてくれているのだと思う。そして、信じたくはないが、2人は私の事を小さな子どもだと思っている。日本人は外国人から幼く見られると聞いた事があるが、今現状がそういう状態なのだろう。私の背が元々小さい事も関係しているのだろう。しかしながら、非常に不本意だが、その方が私にとっても都合が良いように思える。幼い子どもと思われていた方が、周りの人達も私に対して優しく接してくれるかもしれない。大人だと厳しく言われるような事でも、子どもだと許してもらえるかもしれない。それに何より、私はきちんと15歳で子どもではないと宣言はしているのだ。騙している訳ではない。私は聖女様らしく、この世界にいるだけで世界が幸せになるらしいのだから、ひどい事はされないだろう。
それにしても、幸せとはどういう事を言うのだろうか。幸せという意味は分かるのだが、私が幸せになれば世界も幸せになるというのは、幸せの定義がよく分かっていない私からすると、どう行動すれば良いのか分からない。幸せになるという事は、悲しい思いをしなければ良いという事だろうか。この世界は何もしなくてもご飯と居場所はもらえる様だから、一先ず、私が不幸になる事はないと思う。このまま生活をしていれば自然と幸せになれる。
何もしなくて良いと言われているが、何もしないのは落ち着かない。掃除でも料理でも、なんでも良いから手伝える事はないだろうか。
けれども、私の身長が低いから、かえって迷惑をかける事になりそうな気がする。
「さてと」
霙がソファに座ったままだった私の脇をもって抱き上げる。
「?!」
急に視界が高くなった事にも驚き、思わず暴れてしまう。
「お、おろしてください!」
言葉は霙まで届いているはずであるのに、全く降ろしてくれる気配はなく、寧ろ霙の左腕を椅子のようにして座らされてしまった。白鴎の方を見て助けを求めてみるが、「暴れたらダメだよ」とでも言うように頭を撫でられただけだった。抱き上げる必要がどこにあるのかは分からないが、降ろしてはくれない様だ。これ以上暴れて2人の機嫌を損ねるよりは、諦めてじっとしていた方が良いかもしれない。冷静に考えると落ちてしまう可能性もある為、霙の服に抱きつく。そして、霙は私を抱き上げたまま歩き出した。白鴎は優しい笑顔で、笑いながら私達の後ろを歩いて付いて来た。何処に向かっているのかは分からないが、口出しをしても良いのか分からず、向かうべき場所に着くのを待ってみる。向かうのはこの部屋の外のようで、3人で私の部屋から出る。部屋の外に行く時は誰かと一緒の方が良いのだろうか。あまり1人で歩き回らない方が良いかもしれない。歩いていると徐々に体が暖かくなってきてるのが分かった。
体というよりは廊下が温かくなってきたのだろう。だからこそ体も徐々に暖かくなってきてる。一体どこに向かっているのだろうか。もしかすると、用済みで追い出されてしまうのだろうか。聖女はこの国にいるだけで世界が豊かになると言っていたし、私が此処の建物にいなくても、世界は豊かになるのかもしれない。追い出されたらどうしようか。考えたとしても仕方がない。追い出されたら、追い出された時に対処を考えよう。せめてもの抵抗に霙の服を掴む手に力は込めておく。
「着いたぞ」
霙と白鴎と一緒に入ってきた場所は、先程まで歩いていた廊下よりもさらに温かい所だった。
「ここは?」
どうやら追い出されようとしている訳ではない様で、寧ろ優しく私の事を床に下ろしてくれた。
「お風呂だよ」
「お風呂!」
白鴎の言葉に、思わず両腕を上げて喜んでしまいたい気持ちを必死に抑える。この温かい空気は、きっとお風呂からの温かさだったのだ。お風呂に入れるとは、此処は本当に天国ではないだろうか。夢よ、覚めないでくれ。此処はどうやら脱衣所の様で、服を入れるような籠が数人分しかないことから、誰かの専用のお風呂場かもしれない。更に多くの人が使うのならば、籠が沢山あるはずであるし、ロッカーの様なものもあるはずだ。
「さあ、入るぞ」
霙はそう声をかけて床に下ろした私の服を脱がせ始めた。
「…………?!」
あまりの事に驚き、思わず動きを止める。しかしながら、止まっている場合ではないと直ぐに気付く。
「じ、自分で脱ぎます!」
「ん?ああ、もう1人で脱ぎ着が出来るのか」
「まだ小さいのにすごいね」
15歳なのだから出来て当然だ。どうして15歳になってまで大人の男の人に服を脱がされているのだろうか。身の危険を感じてしまう。けれども、この人達は私の事を子ども扱いしていたし。もしかしてロリコンだろうかという恐ろしい考えが頭に浮かぶが、あえて頭の外に追いやる。お世話をしてくれている2人にそんな失礼な事を思うべきではない。早く風呂に入りたいが、その為には、服を脱がなければならない。
「あの、お洋服脱ぐから……」
部屋の外に出て行っていて欲しい。そう思うが2人を追い出すような真似をしても良いのか分からない。此処は2人の家のようなものだ。突然来たのは私の方である。寧ろ2人を追い出した事で、私がよからぬ事をするかもしれないという事を危惧しているかもしれない。
「なら、後ろを向いている」
霙がそう言って、2人とも私の方を見ないように後ろを見てくれていた。部屋から出ていないにしても、後ろを向いてくれているならば脱ぐ所を見られている訳ではない。私はいつから着ていたのかよく分からない洋服をサッと脱ぎ、近くに置いてあったバスタオルで体を包む。服を脱いだ時に自分についている凹凸が何故かいつもより小さいような気がしたが、恐らく気のせいだと思う。もともとそんなになかった事もあるが。
「あの、入ってきます…………」
それでも勝手に入るのは良くないと感じ、おずおずと2人に声をかけておく。声をかけたからもう良いだろうかと思い、2人に背を向けながら浴室があるだろう方へ向かって歩いていく。
「ちょっと待て」
「待って」
行こうとした所で、両腕を後ろから2人に引っ張られる。バスタオルを巻いていてよかった。巻いていなかったならば、ずり落ちて2人に全部見られていたと思う。さすがに15歳の女の子として、恥ずかしい。家族ならばまだしも、知らない人に見られるというのは、私の羞恥心が耐えられそうにない。
「我々も一緒に入るから少し待っていてくれ」
「え?」
霙の言葉に私は体だけでなく、表情まで固まってしまう。今一緒に入ると言っただろうか。
「ひ、一人で入れます!」
流石に一緒に入るのは無理だ。絶対に何が起きようとも絶対に無理だ。
「いや、しかし危ないだろう」
「危なくないです、私はもう15歳です。お風呂くらい一人で大丈夫です!」
元の世界では当たり前のように1人で入っていたのだ。今更1人が危ないという意味が分からない。
「尚更危ないだろう。まだ幼いのに」
「だから15歳です。幼くないです!」
「お前の身長では、浴槽に浸かる事はおろか、シャワーヘッドに手が届くはずもない」
霙にそう言われてしまうと、私は返す言葉がないと思ったが、そうでもない。今までだって普通にシャワーヘッドには手が届いていた。浴室にだって普通につかる事は出来ていたのだ。
「せ、せめて女の人にして下さい!」
「此処に女性はいない」
何故、女性はいないのか。いや、今はそんな事よりも。
「馬鹿!変態!痴漢!いじめっ子!えーと、えっと、ば、馬鹿!」
「語彙力が乏しいのは分かったから大人しくしてくれ」
私と霙が言い争っている間に、白鴎はもう全部服を脱ぎ、お風呂に入る準備が出来ていた。幸い腰下はタオルで隠してくれている。
「ほら」
霙はそう言いながら私を抱き上げ、そのまま白鴎に渡す。そして白鴎は私を抱っこしたまま風呂場に入っていく。
「白鴎さん、待って……っ」
そう言ってはみるが、白鴎は止まってくれず、風呂場に入ってしまった。あまりにも完全に保護者的な意識が強くて私の方が動揺する。私を女性だと一切思っていないようだ。完全に幼子扱いだと改めて実感する。
洗面器で浴槽からお湯を掬い私にかける。温かいお湯を浴びた所で思わず気持ちよさから息を吐いてしまうが、そんな私に構わず白鴎は私の体に巻き付いているバスタオルを剥ぎ取った。
「それじゃあ頭から洗っていくよ」
「??!!」
私は悲鳴をあげる事も出来ず、驚きのまま目を見開いて固まってしまう。白鴎には一切の躊躇がなかった。そして、白鴎は鏡の前にある椅子に私を座らせた。私はそこで別の意味で言葉が出なくなった。
「?!」
裸が恥ずかしいという理由も勿論あったが、今はそれだけではない。霙や白鴎がずっと私の方を見て「小さい」や「幼い」などと言っていた意味が漸く分かったのだ。そして先程私の体についてる凹凸が小さくなったような気がしていたのも気のせいではなかったのだ。つまりどういう事かと言うと、私は本当に5歳児ほどに体が小さくなってしまっていたのだ。低い背丈に柔らかい手足。膨らんだお腹。胸部にない凹凸。そして、幼くなった顔立ち。
どうして今まで自分で気付かなかったのかという疑問も湧いてくるが、本当に幼くなっていた。2人が私を1人でお風呂に入らせない事を納得してしまうくらいには小さかった。
「これが私、ですか?」
「うん、そうだね。聖女様はとても可愛らしいよ」
予想していなかった変化に、内心動揺する。このまま戻れなかったら、そう私の脳裏によぎる。けれども、すぐに考えるのをやめた。それは大した問題ではないと思い直る。
白鴎は私が何に対して驚いているのかよく分かっていない様子で私の頭にお湯をかけながら髪を洗ってくれる。夢でも、お湯の感覚はあるのか。今まで2人がとても大きいと感じていたが、私が小さくなりすぎていた訳だ。私の背はドアノブに手が届かないし、2人の腰までしか届かない。
「はぁ、気持ち良い」
先程までは恥ずかしくて仕方がなかったが、自分が幼くなった事を自覚してしまうと、裸になった事も不思議と恥ずかしくない。若干の羞恥心は残るが、私に対する2人の態度が幼子に対する態度としか言いようがない事も、私の羞恥心を半減させた原因だろう。切り替えが早いとか諦めが良いとかよく言われるが、自分でもそう感じる。自分が小さくなってしまった事はあっさりと受け入れられた。これは夢だもの。これが現実だと良いなと思っていたが、身体の大きさまで変わるというのは、やはり夢としか考えようがない。このような事が現実で起こる訳が無い。
白鴎はまるで頭皮マッサージのようにゆっくりと頭を洗ってくれる。
「流すよ」
「はぁい」
ぎゅっと固く目を閉じれば、白鴎がシャワーで頭を流してくれているのが分かる。目に入らないようにと、より一層固く目を閉じれば、白鴎がクスリと笑う声が聞こえた。
「流石だな」
いきなり耳元で聞こえた声に、思わずビクリと体が反応する。どうやらいつの間にか霙も風呂に入ってきていたようだ。音や気配を感じなかったから驚いた。
「白鴎の手は気持ちが良いだろう」
霙は私にそう聞いたので、迷わず首を縦に何度も振る。すると白鴎に「あっ。こら動かないで」と言われてしまう。
「よし、髪はおしまいだよ」
白鴎はそう言って私の髪の水気をとり、腰まである長い髪をくるくるとまとめてバレッタで留めてくれた。
「体、前は自分で洗う?」
白鴎の言葉に私は迷わず首を激しく縦に振った。先程遠慮なく私の体に巻きついたタオルを剥ぎ取った白鴎から出た台詞だとは思えないが、一応配慮はしてくれているという事で頷く。白鴎が私では手が届かないような所を洗ってくれている間に、私は自分の手が届く範囲を洗っていく。全体的に若返っている様な気がする。もちろん小さくなっている事もあるが、肌が柔らかくなっている。あと、怪我をして、消えないまま残っていた傷もすっかりと消えてしまっている。ニキビだってない。小さくなってしまった事には驚いたが、良い事もたくさんだ。
「流すよ」
白鴎が体を流してくれたので再び温かいお湯に触れ、気持ちよさから息を吐いてしまう。
「それじゃあ霙、交代だよ」
「ああ」
霙は私を抱き上げて浴槽の中に一緒に入った。どうやら霙は私が白鴎に洗ってもらっている間に隣で洗い終わっていたようだ。霙が一緒に浴槽に入ってくれてよかった。私一人だと足はつくが、立っていないと溺れてしまう。胡座をかいている霙の足の間に座っているが、霙の足は筋肉がついていて、なんだかゴツゴツしている。私の柔らかい肌とは全然違う。きっと力も強いのだろう。怒らせないようにしておこう。
「気持ち良いか」
「はい」
お湯が温かくて良かった。お風呂だから当たり前なのだろうけれど、今日は一段と寒い。




