001-3「このニンジン、甘くて美味しいです」
そして、霙の執務室に料理が運ばれてきた。頼んでくれた食事を目の前にして、驚愕した。嫌いな物が入っている訳でも、食べられない物が入っている訳でも、現実と全然食事が違う訳でもない。ただ単純に、量が多い。なんだそんな事、と思わないでほしい。霙はこの食事を前にして。
「少量ずつしかないが、聖女様が何を好むか分からないから色々用意してみた。」
と言った。確かにこの国の人がどのような物を食べているのか分からない為、種類を用意してくれていた方が、その中から食べられるものを厳選して食べられる。有難いとは思うが、その種類が余りにも多すぎる。種類が多いだけでなく、一皿ごとの量まで多い。これは一体何人前だろうか。霙は少量と言っていたが、そんな事は無い。10人前以上はありそうだ。サラダにオムレツ、お肉、魚。そして奥にあるのはうどんだろうか。おにぎりも美味しそうに見える。
「あの、2人のご飯は」
「俺達はまだお腹が空いていないから大丈夫」
「遠慮せず食え」
そう言って2人は私の正面の椅子に座った。どうやら、私一人分のようだ。先に言っておくが、食べきる事は不可能だ。残したら怒られるだろうか。けれども怒られるくらいならば慣れている為、耐え切れる。お腹がはち切れるよりは良いと思う。
「いただきます」
若草色をした野菜をもそもそと口に入れる。これはキャベツだ。不思議と、以前よりもずっと美味しく感じる。トマトは食べてみたけれど、好きではない。茹でたニンジンはとても美味しい。ときめきの味がした。ニンジンが1番美味しい。フォークでニンジンばかりを刺して食べる。柑子色のニンジンが目に刺さる。
「ニンジンが好きなのか?」
霙にそう言われ思わず首を傾げる。思い返せば私は、ニンジンはどちらかというと苦手だった。硬くて変な味がする為、どうしても好みではなかった。
「たぶん?このニンジン、甘くて美味しいです」
気づけば、皿の上のニンジンだけ先になくなっていた。
「次は何を食べる?」
白鴎が聞いてくれた為、うどんを指さす。そして、ふと食べる姿を見られている事に気付き、恥ずかしさを覚える。
「これだね」
白鴎がうどんを手前に持ってきてくれた為、フォークでうどんを掬う。
つるん。
もう一度、フォークでうどんを掬う。
つるん。
「…………」
ちなみにこの「つるん」というのは美味しく食べられた方の「つるん」ではなく、フォークから零れ落ちた方の「つるん」だ。
「あ……」
フォークで掬うのでは無く、突き刺せば良い事に気付く。
「……、よし」
うどんを突き刺したフォークを口に運ぼうとするが、もう少しで口に入るという所でフォークを刺した所のうどんが千切れてしまい、お皿の上に落ちた。
「くっ、」
「ふっ」
そんな私の一部始終を見ていた2人が、口元を手で押さえ笑う。フォークでうどんを食べるというのは、こんなにも難しい事だっただろうか。そもそも、フォークでうどんを食べるという経験をした事が無い為、知らなかった。もう寧ろ手で食べる方が正解なのではないかとすら思ってしまう。
「ほら、貸してみろ」
霙はそう言って私からフォークを奪った。そして、フォークでうどんを掬って、私の目の前に持ってきてくれる。どうしてこれほどまでにあっさりとうどんを掬えるのだろうかという疑問も出てくるが、早く食べないとまたうどんがお皿の上に落ちてしまうかもしれない。人に食べさせてもらうというのは本当に久しぶりで緊張もするが、とりあえず、大きく口を開けてみる。
すると、予想通りうどんが私の口の中に入ってきた。久しぶりにタンパク質を食べた為、お腹に溜まっていく感覚がする。結局、5回ほど、霙が私の口にうどんを入れてくれた所で、お腹いっぱいになってしまった。
「これも美味いぞ?」
「!」
霙が指差したそれは、光り輝くハンバーグではないか。美味しいのは分かりきっている分、拒否もしにくい。本当に色々用意してくれたのだなと思う。うどんだけならばまだしも、ハンバーグまでも用意してくれるとは。うどんとハンバーグの組み合わせというのは本当に珍しいと思う。満腹だが、ハンバーグを見逃す事は出来ない。
自分で食べれば良いのに、うどんを食べていた名残でつい口を開けてしまう。霙は小さく笑って口元まで持ってきてくれた。
「んむ」
こういうのをジューシーと言うのだろう。口の中いっぱいに広がる肉汁が美味しさを主張してくる。出来る事ならもう一口食べたいとは思うが、本当に満腹で入らない。
「もう良いのか?」
お腹を軽く叩き頷く。
「今回の聖女様は小食なんだな。赤子でももう少し食べるぞ?」
赤子と同じ扱いをされるのは心外だ。最初にサラダを食べたせいで、満腹になった。それだけだ。
「体調が悪い訳ではないよね?」
白鴎は心配そうに私の顔を覗き込む。寧ろ普段より体調は良く感じる。体調が悪い訳ではない為、白鴎に向かって何度も頷く。
「げんき、です」
「そう……。でも、念のため後で医者に見てもらおうね」
白鴎から嫌な単語が聞こえる。医者は怖いから好きではない。そんな事よりも。
「あの、残した分はどうしますか?」
まさか、捨ててしまうのだろうか。そのような勿体無い事をするくらいならば、次の食事の時に回してほしい。
「余った分は皆で食べるから心配しなくても良いよ」
その言葉を聞いて安堵した。食物を残すのは良くない。残すと、もったいないお化けという不思議で恐ろしいお化けがやってくる。避けて通りたいものの1つだ。
「久しぶりに、こんなにたくさんご飯を食べました」
満腹まで食べられるというのいつぶりだろうか。普段から最高でも8分目までには抑えられているというのに。腹痛にならなければ良いが。
「美味しかったです」
端に立っていた料理人らしき人に向かってお礼を言うと、ゆっくりと頭を下げてくれた。
「それじゃあ、部屋に案内するね」
白鴎は再び私に手を差し伸べながら言う。
「お部屋?」
「うん。さっき急ぎ準備させているといったでしょ」
思い返せば、その様な発言をしていたような気がする。それしても、私が来てから部屋の準備を終えるまでが早い。部屋の準備というのは数日はかかるものだと予想していた。私がご飯食べてる間に出来上がるものなのだろうか。最低限の家具しか用意をしていなければ可能性はあるかもしれない。
「さぁ、行こう」
再び両手を繋がれゆっくりと歩いていく。今度は最初からゆっくり歩いてくれているようで、私が早歩きになる事もなかった。再び廊下を歩いていくが、やはり一面真っ白で、1人だと既にどのドアが霙の執務室だったのかも分からない。こんな調子だったら、自分の部屋に案内されたとしても、自分の部屋がどこにあるのか覚えられる自信がない。きっと他の人は慣れで部屋の場所を覚えてるのだろう。
「此処が聖女様の部屋だ」
霙がそういったのは歩いて5分ほどした後だった。ちなみに私は此処までの道のりを全く覚えていない。一直線だったような気もするが、角を曲がったような気もする。道のりが真っ白だった為、余計に分からない。多少景色が変わっていれば覚えられると思うのだが。
自分の部屋だという扉を見てみるが、やはり他の扉と変わらない真っ白な扉だった。その扉が他の扉と異なるのはドアノブだ。一見普通のドアノブだが、床とドアノブの間にもう1つドアノブがついている。扉にドアノブが2つも付いている扉を今までに見た事がない。しかしながら、近寄ってみればその必要性がよく分かる。元々あったであろうドアノブは、私が背伸びをして漸く指先が少し触れるという微妙な高さだった。対して、新しく付けられたであろうドアノブは私が背伸びをしなくても届きやすい高さになっている。このドアノブの取り付けをしてくれた人は遠目からでも私の事を見てくれていたのだろうか。そうでもしなければ、このようなドアノブをつけようとは思わないだろう。実際問題、このドアノブがなければ私は背が届かず、扉を開ける事すら出来ないだろう。お陰で自分の部屋のドアが分かりやすくなった。他の扉にこのようなドアノブが付いていない限り、私は部屋を間違える事はないだろう。
「で、右隣が霙の部屋で、左隣が俺の部屋ね」
「えっ?お隣にいてくれるの?」
思わず声が上ずった。隣に誰かがいるというだけで、少し安心する自分がいた。白鴎の言葉に思わず2人の顔を見比べる。霙の部屋もあるという事は、執務室とは別の休む部屋があるという事だろう。
「ああ、私達は守護者だからな」
「守護者……?」
「聖女様を守る人達の事だよ」
聖女を守るという事は、つまり、私を守る人の事だろうか。
「どうして私を守るの?」
「この世界では聖女様はとても大切な存在だからだよ」
大切な存在だから守ると言うのは、理解が難しい。日本では大切な存在だとしても、必ずしも守ってくれる人がいる訳ではなかった。自分の事は自分で守るのが当たり前だった。 部屋も隣で常に守る人がいるという事は、この世界は危険だという事だろうか。一体何から私を守るのだろうか。これはそういうものだと思って受け入れるべきなのだろう。
「さあ、部屋を開けてみて」
白鴎の声に私は専用に作られたドアノブを回し、部屋を覗く。その瞬間、私は驚きに目が閉じなくなってしまった。
「かわ、いい」
思わず口からこぼれる言葉は紛れもなく私の本音だっただろう。その部屋は全体的に桃色で彩られていた。レースがふんだんに使われ、とても可愛らしい部屋だった。私には似合わないと感じるが、その部屋は本当に可愛らしく、此処が自分の部屋になるという事が信じられなかった。
「このお部屋、本当に使って良いの?」
もしかすると、私の部屋と見せかけて、別の誰かの部屋なのかもしれない。そう感じるほど可愛すぎて私には似合わない。ひどく場違いだ。
「もちろん。可愛い聖女様のために職人が用意したんだよ」
白鴎は出会った時から私の事を可愛いと言ってくれる。そんな事を言ってくれるのは、白鴎だけだ。きっと彼は私が聖女だからそう言ってくれているのだろう。白鴎と霙は、聖女に思い入れがあるようだ。もしかすると、私も聖女だから優しくしてくれているのかもしれない。
しかし、此処は私の部屋で間違いはないようだ。私が使うには勿体ない気もしたが、私の部屋という事は私しか使う人がいない。
「気に入らないなら別の部屋を用意させるぞ」
霙は気にした様子もなく、私にそう告げる。彼の場合、本当にそのようにしてしまいそうだ。
「違います、お部屋とっても可愛いから驚いただけです」
私に似合わない様な気がしただけで、部屋自体が嫌いな訳ではない。寧ろとても可愛いと思う。部屋を変えてもらう気などない。1歩足を踏み入れれば、まず視界に入ってきたのは可愛らしいベッドだった。お姫様ベッドとでも言えば良いのだろうか。ベッドの上部からカーテンのようなものが釣り下がっている。ベッドは少し高かったが、それを見越していたのか、足元には小さな踏み台がある。
早速私は靴を脱ぎ捨て、踏み台に足を置き、そこでとどまる。目の前に広がるベッドを見て、やはり今は此処では寝られないと思い、踏み台から足を下ろす。
「どうした?」
「あのね、お布団入るのはお風呂に入ってからが良いの」
私は少しどころか、とても汚れていると思う。そして、本当に今更だが、今私が着ているものは私のものではない。まるで子どもが大人のTシャツを着たかのようにダボダボの真っ白なワンピースを着ていた。先ほどまで履いていた靴は靴と呼ぶのもおこがましいものだった。いつから着ていたのかは分からないが、汗もかいてるし、やはり布団に入るのならば綺麗になってからの方が良い。
「分かった、今からお湯の準備をさせよう」
「良いんですか?」
「もちろんだ」
どうやら今からお風呂に入れるよう準備をしてくれる様だ。これから入るお風呂は恐らく気持ち良いものなのだろう。
「それまで何かをして待つか?」
霙の言葉にフルフルと首を振る。
「疲れちゃったから、少しだけお昼寝、しても良いですか?」
そう言って私はソファを指差してみる。
「ああ。ゆっくり休め」
2人とも少し微妙な顔をしていたが、汚れたままベッドに入るのは嫌だという私の主張を聞き入れてくれたのか、頷いてくれた。そして、白鴎はどこからか大きなバスタオルを持ってきてくれ、それをソファにかけてくれた。正直な所、可愛いソファを汚してしまうのも少し嫌だった為、バスタオルを敷いてくれたのはとても嬉しい。ちなみに私は全然潔癖症などではないが、自分のせいで汚れるのが嫌なだけだ。靴を脱いでソファに蹲ると、どこから取り出したのか、霙が私に毛布をかけてくれる。とても暖かくて少し気が抜けた。睡魔に意識を預けていると、急に霙の手が近づいてきて驚いてしまう。しかしながら、霙はどうやら私の頭を撫でようとしてくれていたみたいで、私が目を瞑ると、頭を撫でてくれる。そして、私の体を撫でてくれているのは、恐らく白鴎だろう。優しい手にお腹を押さえていた手も緩んでいく。座っているより寝転んでいた方が慣れないお腹の痛みも良くなるだろうから、お昼寝をしようとしていた。本当は腹痛で昼寝が出来るか心配だった。食べすぎて腹痛だなんて言えない。まだ少しお腹は痛いが、頭と体を撫でてくれる手がとても優しい為、気が付けば私の意識は段々となくなり、暗闇に染まっていった。
夢にしてはやけにおかしい世界に身をゆだねる。




