019-4「え、と、とんで……? へ?」
料理をありがたく頑張っていると神楽たちが戻ってきた。黎翔や霙が戻ってくる理由は分かるが、わざわざ神楽がこの部屋に来る理由が分からない。
「すまない食事中だったか」
「はいほぉふよ」
「トマト尽くしだな……」
「ほぃひぃよ!」
「しゃべるなら口の中のものを飲み込んでからにしろ」
「ふぁい」
神楽の事を気にせず、美味しく食事を頂いていたというのに、やはり彼は私の食事に水を差した。
「子どもは燃費が悪いな」
この言葉には返す余地がない。以前の私なら1日や2日食べなくても何とかなっていた。けれど今は毎日何かしら食べないと空腹を訴えている。毎日食事を食べる事で燃費が悪くなってきたのだ。けれども、そんな自分自身を嫌だとは思わない。食に対して喜びを持てる生活は幸福への道の一つだろう。
だからこそ神楽の言葉は素通りするべきだ。
「はむっ」
しかしながら少しだけ食欲が落ちるのも仕方がないというものだろう。
「お昼寝するの」
時間的にはまだ朝だけれど、食事をしたら少し眠たくなってきた。
「そうか」
霙は頷いた後、私の頭を撫でて出ていった。他の皆も同じようにして出て行きこの部屋にはなぜか黎翔と神楽だけが残った。彼らが出て行った後にベッドに入ろうと2人の目線を送るが出て行こうとする神楽に対して黎翔は動き出す気配がない。疑問に思い黎翔を見つめると、漸く言葉を口から放った。
「神楽をつける。寝かしつけてもらえ」
「は……?」
「えっ?」
黎翔が口にした事があまりにも衝撃的で私も神楽も言葉を失った。
「ひ、一人で寝れます!」
「そうです! なんで俺がコイツの傍に?!」
彼からも不満だらけの言葉が漏れる。
「年の近い者同士、仲良くしろ」
「近くねぇし……」
どう見ても彼との年齢が近い様には見えない。彼は15歳ほどの年齢に見えるが働いてる事からすると、もう少し年が上のはずだ。精神年齢だけならば確かに近いかもしれないが私は現在幼子の容姿をしている。どのようなくくりで年齢が近いと言っているのだろうか。
「ではな」
私たちの不満をものともせずに黎翔は一言告げて部屋から出て行った。
「「………………」」
私たちに残されたのは沈黙のみだ。一緒にいたくないという気持ちがありつつも黎翔の言葉を無視出来ないという葛藤がある。
「私、お昼寝するので」
「勝手にしろ」
「……」
出て行ってくれないのだろうか。
「俺に出て行けと? 俺が黎翔様の言い付けを破れる訳がねえだろォが」
「……」
「勝手に寝ろ」
何故この人は、寝られる訳がないこの状況で私が寝られると思うのだろう。こんなに緊張感のある部屋で寝られるとしたら、それは勇者か何かだ。
しかしながら黎翔や霙という後ろ盾を失った今、私に彼に抵抗する力はない。私より何倍も大きい彼に言葉で勝つ事も暴力で勝つ事も難しい。
私に出来る事言えば、彼の言葉に従い素直に眠りに入る事だろう。それでも素直に動き出すのは彼の言葉に従っているようで少し癪だ。頬を膨らませてそっぽ向いていると彼はじれたように私の両脇をつかんだ。
「……っ!」
どうされるのかと思ったが意外にも彼は優しく私をベッドに下ろした。
「……寝ろ」
そして優しく掛け布団をかける。
「……」
先ほどまでの彼とは態度が全く違い困惑する。
「……なんで優しくするの」
「あ゙? 別に優しくしてねェよ。ただベッドに連れて行っただけだろ」
やはり優しくなった訳ではなさそうだ。というよりもなぜ彼はここまで私に対して、このような態度取ってるのだろうか。私は一体彼に何をしたのだろうか。しかしながら彼は私の部屋を作り変えてくれた。感情と仕事はまた別物のようだ。
「私、何かしましたか……」
「はぁ?」
「だ、だって」
このような物言いは慣れているとはいえ、傷つかない訳では無い。恐ろしくない訳でもない。
「……してねェよ」
「えっ?」
「……してねェよ。俺は元々こういう奴だ。黎翔様やここの皆は俺に生きる術を教えてくれたしな。…………怒らせると怖ェんだ」
尚更私への態度に納得出来ない。私が何もしていないのならば、なぜ彼は私にそこまで鋭い言葉を投げかけるのだろうか。
「黎翔様は優しいのに」
「はぁ?」
「霙さんは抱っこして一緒に空を飛んでくれたのに」
「空?」
彼らの優しさとは反対の彼に、納得がいかない。勿論全てのものが私に優しいなどという、そんな都合の良い事は考えていない。理不尽な怒りや、存在の否定など様々な事を経験してきたが、彼はそのどれでもない。
「何、お前。空飛べねェの?」
「それがどうしたの」
私の突き放すような言葉に、彼は軽く首を傾げた。
「……一度は空を飛びたいって思ってたのです。でも霙さんが抱っこしてお空飛んでくれたから、もういいの」
夢は叶ったから。そして、叶わない事も、察したから。彼との会話も億劫になってきて布団を頭まで上げ、布団の中に隠れる。「そうか、コイツは天使族じゃねぇから……」そう呟く彼の声に疎外感を感じる。
「…………………………空、飛ばせてやろォか?」
長い長い沈黙の後に彼は絞り出すようにその言葉を放った。先ほどの私の言葉を聞いていなかったのだろうか。
「もう、霙さんと飛んだ」
「…………そうじゃねェ。ああ、もう!」
彼の突然の大きな声に体をびくりと震わせながら布団の中で縮こまる。
「?!」
突然の体の浮遊感に体を更に縮こませる。
「な、なに?!」
おそらく半分以上の確率で神楽の仕業だろう。浮遊感に身を任せるとかけ布団が体から落ちた。
「?!」
最初に視界に入ったのは神楽の複雑そうな顔だった。
「か、神楽さ、ひゃぁ!」
彼の名前を呼んだ瞬間、私は宙をくるりと回転した。そしてそのままゆっくりとベッドに着地した。
「……?!」
頭の上には複雑な疑問マークが飛び交っていた。
「え、と、とんで……? へ?」
霙と飛んだ時は、私が飛んだのではなく、あくまで霙に抱き上げられていただけだ。それとは違う感覚に手を震わす。
不思議と空を舞った時に、恐怖はなかった。信じられない出来事が起き、驚きと少しの期待感。
「は、ぁははっ。も、もう、いっかい。もう1回っ!」
目の前の神楽にもう1回宙に浮かせるように要求する。
「……」
神楽は無言でもう一度私を宙に浮かせてくれた。
「あははっ! くるって、して!」
神楽は私の要求通り私を一回転させた後、部屋の中を自由に飛び回らせてくれた。
「すごい、すごいっ!」
私にこんな声が出せたのかと自分自身でも驚くほど大きな声ではしゃぐ。霙と飛んだ高い空は美しく、自分一人で飛ぶ部屋はとても狭く感じる。
ああ、これが彼の能力なのだと私は頭の片隅に記憶した。




