019-3「本当に魔法みたい!」
「おかえりなさい」
家に帰ると績が出迎えてくれていた。
「ただいま帰りました!」
やはりこの建物の雰囲気が好きだ。黎翔は物珍しそうに建物の中を見ている。
「……ここはこんな雰囲気だったか?」
「以前から変わりないですよ」
績が首を傾げながら答える。私は以前の雰囲気を知らないから何ともは言えないが、それが悪い印象ではないのならば良いだろう。
「聖女様おかえりー」
気の抜けた笑顔で大量の布を持った彩月が通りかかる。
「ただいま帰りました。……彩月さん、その沢山の布はどうしたのですか」
「あーこれ?……皆がいるからちょうど良い。手伝って」
彩月はそう言うと績と黎翔、霙に布を持たせ、当の彩月は私と手を繋いだまま歩き出した。
「おい」
「あんたが聖女様とイチャイチャしてた間、こっちはずっと仕事してたんだよ。文句ある?」
「……」
私まで彩月の威圧に圧倒されそうだ。黎翔は特に言う事もないのか黙ってついてきていた。私は最近常々思う事がある。
(国王って一番偉い人の事だよね……?)
黎翔を見ていると申し訳ないがそのようには見えない。勿論仕事をしている黎翔は素敵だし威厳もある。しかしながら他人と接している時の黎翔は、あまりにも雑な対応をされている。国王に対する態度があれで大丈夫なのだろうか。
いや私が口を挟む事ではない。今まで彼らはそのような関係でずっとやってきたのだ。私が考えるよりも信頼関係があって深い関係なのだろう。
「彩月さん、どこに分かっているの?」
「聖女様の部屋」
「私の部屋?」
「そう」
彩月はそう言い、霙と績、黎翔が持っている布を少し受け取り自分でも荷物を持った。
「彩月さん、私も持つよ」
「聖女様はいいよ。その代わりしっかり前向いて歩いてて」
「はぁい」
見慣れた私の部屋の扉は相変わらず2つのドアノブがついている。
「聖女様、扉開けれる?」
「はい!」
ほんの出来心で2つのドアノブのうち上の方を使って開けようとしたけれど結局は下のドアノブを使って開ける事にした。どうして下のドアノブを使う事にしたから察してほしい。
扉を開けた私はもう一度扉を閉めた。
「?」
扉を確認した後、もう一度扉を開けた私はやはりもう一度扉を閉めた。
「どうした」
「私の部屋に知らない人がいる……」
予想外の出来事にドアノブから手を離し黎翔の後ろへと回る。
「知らない人だと?」
黎翔は彩月を見るが、彩月も来客は知らないようで首を横に振る。
「……」
黎翔は手に持っていたものを全て彩月に預け、私の代わりに扉を開けた。
「…………神楽ではないか」
緊迫した雰囲気の中、扉を開けた黎翔は息を吐きながら中の人の名前を呼んだ。
「え?」
その名前に聞き覚えがある。確かうちの大工という人だ。
短髪の若い青年は、不機嫌そうな顔を一気に明るくさせ、こちらに近寄ってきた。
「黎翔様! いらしてたんですね!」
「ああ」
「お出迎え出来ずにすみません!」
「よい。私の部屋も作ってくれていたのだろう」
まるで大型犬という言葉が合いそうなほどご機嫌に、黎翔に尻尾を振っている。予想よりもはるかに人懐こく仲良く出来そうな人という事に安堵を覚え、黎翔の後ろに近寄り、挨拶を試みる。
「こ、こんにちは……」
小さな声で神楽という人に声をかけるが先ほどまでの嬉しそうな表情とは一変、不機嫌そうな顔にまた変わった。
「何、このガキ」
「ひぅ」
一体何だろうこの人は。黎翔に対する態度とあまりにも違いすぎる。睨まれた事で萎縮し黎翔の後ろに隠れる。
「黎翔様、この人こぁい」
黎翔の後ろで震えていると、その空に後ろにいた霙が私を背後から抱きしめる。
「神楽」
霙が彼の名前を呼ぶと彼は背筋を伸ばし息を飲んだ。
「は、はい!」
私に対しては上からで、黎翔に対しては尊敬。霙に対しては直属の上司に対面するような畏怖。彼が分からない。
「彼女はこの国に来てくださった聖女様だ。失礼のないように」
「聖女……? このチビが?」
神楽は驚きながら私を見る。彼は披露目会の時に私の姿を見ていなかったのだろうか。もし見ているならば私が聖女と聞いてこのように驚く事はないだろう。しかし先ほどから私の事を小さいと言葉にするが侵害だ。
「ちょっと大きくなったもん……」
少しではあるが本当に成長はしているのだ。
「チビである事に変わりはない」
「うぐっ」
これ以上私は彼を言い負かす言葉が見つからず、顔を横に背ける。
「!」
そこでなぜ大工である彼がこの部屋にいたのかに気がついた。
「……」
少しではあるが部屋が変わっていたのだ。以前よりは少し家具の背が高くなっている。椅子の脚やテーブルの背。一昨日より伸びた背は前の家具では少し合わない。けれどもそれはあくまで少しだ。あのままの家具で生活出来ない事は決してなかったのだ。おそらく緑弥が黎翔の部屋の事を伝える時に私の事も伝えてくれたのだろう。そしてこの神楽という人はたった1日で私の部屋を改装してくれていたのだ。
よく見れば、ベッドの柵も変わっている。上げ下げ可能な柵は必要がなければ下げたままでも良いだろう。今更飛び跳ねて遊ぶ事もしないだろう。
「……お、へや。ありがとうございます」
「お前の為じゃない」
私のお礼も彼に打ち返されてしまった。きっと私では彼との言葉のキャッチボールは不可能なのだろう。
「……むぅぅ」
おそらく彼と仲良くなる事は不可能に近い。
「はい、お邪魔するよ」
彩月は私たちの様子を全く気にした様子もなく、大股で部屋の中に入っていく。そしてクローゼットを開けたと思いきや、
「その手に持っているドレスたちをハンガーにかけて」
「え?」
そこでようやく私は皆が持って行った大量の布がドレスだという事に気がつく。そして漸く今クローゼットが空だった事に気がついた。
「えっ、えっ?」
何故かけられていた洋服が全てなくなっていたのだろうかと考えたが、それはハンガーにかけられている洋服を見て納得した。見覚えのあるドレスたちは変わらないが変わっている。
「大きくなってる……?」
洋服に少し手が加えられ、現在の私でも着ることが出来るようにサイズが直されている。
「彩月さん、お洋服のサイズ直してくれたの?」
「ああ、聖女様、服が着れなくて寂しがってただろう」
その通りだ。いくら新しいものを作ってくれるとはいえ、それでも前の服が恋しい事に変わりはない。だってあれは彩月が私の為に作ってくれた大切な洋服達なのだから。
「彩月さん、すごい!」
これだけの仕事量をたった1日でやってのけたというのか。
「魔法使いだって言っただろう?」
そういえば昨日そのような発言を彩月がしていたと思い返す。
「本当に魔法みたい!」
そういえばこの国の一部の人には力が宿ると言っていた。可能性として彩月はドレスを作ったりする事に関する能力があるのではないだろうか。
「おおーい、飯出来出てるぞー」
彩月と績と共にドレスの整理をしていると、良い匂いをさせた緑弥が私の部屋まで入ってきた。霙と黎翔は神楽と部屋から出て黎翔の新しい部屋を案内していたようだ。
「おか、緑弥さん!」
「おい、今お母さんと言いそうにならなかったか?」
「き、きのせい、ですよ?」
原因は間違いなく、今朝鶴羽と家族構成について話をしたからだ。加えて緑弥が母親のようなセリフを言ったからだ。先ほどのセリフは母親が子どもに向かって言うセリフそのものだった。少し懐かしいと感じた。
「今日のご飯はなぁに?」
「今日はトマトスープとミートソーススパゲッティだ」
「トマト尽くしですね。聖女様は……」
メニューを聞いた績は微妙な顔をして私を見る。績は私がトマトを好きでない事を知っているからだろう。
「楽しみ!」
しかしながら、トマトスープは以前一度飲んだけれど、とても美味しく私でも食べられた。ミートソースはトマトであってトマトではない。あれはトマトのスパゲッティではなくミートソースという食べ物なのだ。
「トマトスープは飲めるのですか?」
「うん!」
績は驚いたように緑弥を見るが、緑弥は無言で頷いた。
「聖女様は生のトマトが食べられないだけではないのか?」
「……?」
そこまで多くのトマト料理を食べた事はないし食べたいとも思わないから返答に困る。
「ほれ」
緑弥がお盆に乗せた料理を机まで運ぶ。
「いいにぉい!」
まさかトマトを良い匂いと思う日が来るなど想像もしていなかったが、緑弥の料理だからだろう。緑弥のあとを追うように机につくと、手を合わせて料理が置かれるのを待つ。
「ほれ、食え」
「いっただきまーす!」




