018-4「綺麗な額縁だ」
「着いた!」
霙も白鴎も心配しすぎだ。何度も通った道を迷子にはならない。何より、先日までの私と比べると、少しではあるが身長も精神も成長している。気の向くままに歩いて迷子という失態は犯さない。
「絵を描くなら、ここ」
実を言えばバルコニーから見える景色も描きたいものだが、それでも先に描きたいものがある。
「綺麗な額縁だ」
部屋から見たバルコニーの景色。窓枠を額縁にして描くのだ。バルコニーは雪色。足場は翳っていて少し暗い。反対に光が当たる部分は輝いている。こうしてみると、白にも色々ある事が分かる。この色鉛筆で表現しきれるだろうか。いや、この世にひとつとして同じ色はない。同じように見えるだけで、実際は少しづつ違うのだ。本当は、色に限りはない。人間が認識出来る色を私たちが知っている名称で区別しているだけだ。
「同じ色なんて無理」
ならば私は自分が感じた色を自分で作っていけば良いのだ。まずは大まかな背景を書く。水色を使って額縁とバルコニーを描いていく。バルコニーは綺麗な楕円。柵はまっすぐに足場へと降りている。ものさしも何もないため柵が少し曲がっている気はするがそれが絵を描くという醍醐味だろう。
絵に色をつけようと景色と色鉛筆を見比べて少し迷う。柵から見える木々の緑は、萌葱色に浅緑、暗緑色に木賊色。でもここにそのような色の色鉛筆はない。
「じゃあこの色とこの色を混ぜて」
黄色と緑、茶色と緑、赤と緑、たまに黒。様々な色を組み合わせながら自分が好きな色を描いていく。本物とは到底似ても似つかない。私だけの色だ。木々の葉というよりは、まるでカラフルな絨毯の様。けれども、それでこそ柵の白さが際立つというものだろう。
空の色は勿忘草の空と銀鼠と鉛白の雲。水色ほど薄くはないけれど青よりは濃くない空。2つの色を混ぜると理想と近くなった。雲は白い雲に黒を塗り重ね鼠色を作る。私の中で雲は白という固定概念があったが実際はそうではなかった。
「……」
色鉛筆は不思議だ。色を塗り重ねる事で全く別の色を作る事が出来る。塗り重ねる色の比を変えると、同じ2色の色を使っていたとしても全く違う色が出来る。色は無限の可能性だ。
少しずつ移り変わっていく雲を眺めながら、手を動かす。
「……」
今更自分の絵の腕を恨んだりはしないが、少しずつ上手になっているのではないか。やはり体が成長した事で色々な事が成長したのかもしれない。
柵も自分の思う色で作っていく。
「出来た」
青と緑と白。とっても、カラフルだ。そういえば、カラフルの定義ってなんだろう。私にとっては、白というだけで、カラフルだけれど、七色以上、カラフルという人もいる。色の認識は人それぞれだから、難しい。
「……迷った」
絵を描き終わって、部屋に戻ろうとすると、見えきた景色は見覚えのないものだった。
冷静に思い立った事がある。私は普段バルコニーから帰る時、眠っていたり抱き上げられていたりと、自分で歩いた事が無いのだ。来た道を歩けば良い。理屈としてはその通りだが、行きと帰りでは不思議な事に景色が全く違って見えるのだ。
歩いていれば、いつか着くだろうという気持ちから、角を曲がったり、見覚えのありそうな花瓶を目印に進んでみるが、たどり着いた場所は全く見覚えのない廊下だ。
「……」
確か霙は困ったら、誰かに聞けと言っていた。しかしながら、私に話しかける度胸もないし、何より近くに誰も通りかからない。
けれどもどうにかなるという確信がある。なぜならば、私は成長し、昨日までの小さな子どもではないからだ。
些細な事では泣かないし、弱音だって吐かない。何より、あれほど自信満々に迷わないと宣言しておいて、迷ったとなると、霙と白鴎に合わせる顔がない。
「あっ……」
遠くから、コツコツという足音が聞こえ耳をすませると、少しずつこちらに近づいてきているようだった。慌ててどこか隠れる場所を探すと、近くに花瓶が置いてある台があったので、その後ろに隠れる事にする。しばらくそこで待ってみると、見覚えのある人物が、私の横を通り過ぎた。私が初めて城に来た時に黎翔の部屋の前に立っていた人だ。
「あ、あの……」
とうに通り過ぎてしまった彼との距離が遠かったのか、私の声は届かない。しかし他には人は見当たらない。ここで見失ったらたどり着かないかもしれない。決して、自分自身を信じていない訳ではないが、念のための保険も必要だろう。
彼に気がつかれないように、足音を隠しながら後ろをついていく。彼は私と比べると、足が長いため、歩幅も大きい。小走りで、なんとか、彼についていく。曲がり角では、彼を見失わぬように、彼が曲がり角を曲がった瞬間に、全力で走る。なぜか途中から彼との間隔は広がらず、走ってしまうと、彼との距離が縮まりすぎて、気がつかれてしまうのではないかと焦るほどだった。おそらく彼も長い距離を歩いていて、疲れが出てきてしまったのだろう。
そうして彼の後ろをついて長い距離歩いていくと、途中で見覚えのある扉が現れた。初めて城に来た時に訪れた黎翔の執務室だ。自分一人でも、ここまで辿り着けた事に、間違いはないだろうが、それでもたまたま居合わせこの執務室を通りかかった彼に少しだけ感謝の念を送る。黎翔の執務室を訪れずに通り過ぎた彼はどうやらこの部屋に用事があった訳ではなさそうだ。それでもここを通り過ぎる彼の後ろをついていった自分自身の運に感謝をする。
少しだけ扉が開いていた為、隙間から中をのぞき込むと中からは聞き覚えのある声が三つ聞こえた。
「無事に着いたのか」
「ああ。成長した事で、自分でやりたいという欲が強いようだ」
「まぁ、一人の時間も必要だよね」
「迷ったとしても彼をそばにつけているから、今は安心だろう」
何の話をしているのかは定かではないが、その場に他の人物が居合わせない事に安心し、三人に声をかける。
「来たよ!」
想定外の私の声に驚いたように、こちらを見る三人。
「どうしてここに?」
霙が私の方に手を差し出しながら尋ねる。私はその手にスケッチブックと色鉛筆を預けながら答える。
「えっとね、探検してたの」
そう、あれは探検だ、決して迷子ではない。
「そうか。良く辿り着いたな。絵は描けたのか?」
「うん!」
「早かったな。もう少しかかるものだと思っていた」
我が物顔でソファに座ろうとすると、黎翔か項垂れるように机に倒れ込んでいた。
「黎翔様、どうしたの」
「……はぁ。遂に聖女にまでこいつらの悪影響が出たか」
「?」
私は何か悪い事をしただろうか。全く身に覚えがない。
「黎翔様、ため息は幸せにげちゃうのよ?」
「誰のせいだ」
「さぁ?」
黎翔は再びため息を漏らし、「なぜ皆私の部屋にはいる時にノックをしない……」と呟いた。「だって扉が開いてたもん」とは言わないでおいた。
それから、執務をする黎翔に話しかけ、絵本を読んでとせがみ、果てには「遊んで」と服を引っ張り続けると遂に追い出された。バタンと閉まる扉に虚しさを感じる。しかし今回は仕事を邪魔した私が全面的に悪い。
さてどうしようかと扉にもたれかかっていると、先程と同じ足音が再び聞こえた。今度は隠れる場所がないため、下を向いて通り過ぎるのを待っていようと考える。しかし、意外にも、その足跡は、私の目の前で止まりうつむいている私の視界に白い靴が映り込んだ。
「こんな所でどうしましたか?」
見覚えのある顔と聞き覚えのある声に、少しの安堵を覚えつつ事情を説明する。
「お仕事の邪魔をして、黎翔様に追い出されちゃった」
やはり成長したと言っても、私の精神年齢はまだ幼い。自分の状況を冷静に分析する事は出来るが、本当に成長しているのならば、邪魔になっていると気が付いた時点で、大人しくすべきだったのだ。自身でも気づかなかったが、一人で探索していた時は、少なからず不安を感じていたのかもしれない。
「ふむ、なるほど」
目の前の人は頷いて黎翔の執務室を見たあと微笑んで口を開いた。
「それは恐らく、仕事場などというつまらない所におらず、探索の続きでもしておいでという事でしょうね」
「そう、なのかな?」
「ええ、きっと」
黎翔と長年共にいる彼が言うのだから、その通りかもしれない。何故先程まで私が探索をしていた事を知っているのかという疑問湧くが、彼が鋭いだけだろう。
「ご一緒しても宜しいですか?このお城の中ならば、ご案内出来ますよ」
彼の提案に迷わず頷く。
「良いよ!」
彼とはぐれなければ、それだけで迷子になる可能性が減った。
「初めはどこに行きますか?」
そもそも、この城の中でどこへ行きたいかと聞かれても「ここ」という場所はない。
「えっとね、うーん。……ところで、お兄さんの名前は?」
「ああ、お伝えを忘れていました。私は鶴羽と言います。黎翔様の側仕えをしています」
「側仕え?」
「……要するに、お傍で一緒にお仕事をする人の事ですよ」
「へー」
なるほど、側仕えとは、そのような意味なのか。大人は社会に出て、仕事というものを行なわなければならない。子どもにとっては、大人は大きくて、偉大な存在だが、大人はいつだって、子どもに戻りたがる。私は中途半端な年齢で時が止まってしまった。大人には小さすぎるが、子どもには、大きすぎる。私はもっと自分の年齢を堪能すべきだったのだ。
「神様……」
もしかすると、神様は私にやり直すチャンスをくれたのかもしれない。それはとても尊いようで、残酷だ。
「神がどうかしましたか?」
「ううん、何でもないの。ただの独り言」
この世界に私を送り込んでくれたであろう神に感謝こそすれ、恨む理由は無い。
「鶴羽さんは、神様ってどんな姿してると思う?」
「……神、ですか? 神を信じるものが多い中、滅多な事は言えませんが、想像もした事がありませんね」
「そぉなの?」
「ええ、いるいないを考えた事も特にありませんね。いてもいなくても、私にとっては影響がないというか……」
説明が難しいですね、と呟く。しかしながら、鶴羽の言いたい事が分からない訳では無いのだ。私も前の世界では神がいるとかいないとか、考えた事など無かった。明透なく言えば、どうでも良かったのだ。宗教によっては神を信じる人も実在していると考える人もいる。自身こそが神だと主張するものもいる。
「聖女様は神を信じているのですか?」
「……分かんない」
そう。実際はよく分からないのだ。神がいるとは思っているが、それが本当に神の仕業なのか。
「いたら、きっと。優しくて、朝日が似合う、ふわふわした人だと思う」
「それは、随分素敵ですね。」
そんな人が私を呼んでくれたのなら、私の事を見守ってくれているだろうか。ああ、なんだか無性に、
「絵が描きたい」
「絵、ですか?先程も素敵な絵を描いていましたよね」
「うん。……あれ、その時鶴羽さんいたの?」
「……たまたま通りかかりまして」
「そっか。スケッチブック持ってきて良い?」
「ええ」




