018-2「私の力……」
黎翔の温かい手が私の頭を撫でる。それだけで、記憶の糸か解けているのを感じ、更に涙がこぼれ落ちる。どうやら私の涙腺は記憶の糸とともに解けてしまった様だ。
「黎翔様は……、どうしたら怒るの」
「叱られたいのか」
「ううん、叱られたくないから」
だから、怒られないようにしたい。
「……分からんな」
「え?」
思わず枕に押し付けていた顔を上げ、黎翔を見る。
「私がどういう時に怒るか、それは内容にもよるな」
「例えば?」
「例えば、か。……少なくなくとも聖女に対して怒りは湧いてこない」
「じゃ、じゃあ、私がお皿割っても、怒らない?」
「わざとかどうかにはよるが、危険だからやめておけ」
「じゃあ、」
「落ち着け」
ぺしりとおでこを叩かれる。叩かれたのに痛くないというのは不思議だ。
「つまりは、私に怒られない為に、私が怒る要因を知りたいという訳か」
「そう」
「くだらんな。それではお前がお前のまま過ごせないではないか」
「え」
「お前はこの先、ずっと誰かの顔色を伺い続けるのか? そんな事をするならば、共にいない方がお互いのためだ」
ガチャリと扉音がして、績と彩月が入ってきた。
「……ノックをしろ」
「忘れました。それよりも、やはり見間違いではなかったのですね」
「本当に聖女様が大きくなっている……」
いそいそと部屋に入ってきた二人は、私を見るなり驚愕の表情をあらわにした。
「績から聞いて冗談だと思っていたけれど……」
「私自身も、自分の眼を疑っていましたが、まさか本当に……」
未だに入口で固まる二人は、次々と言葉をこぼしつつも、こちらに来ようとはしなかった。
最初に痺れを切らしたのは、黎翔だった。
「績、診察。彩月、着替え」
「「はい」」
まさに鶴の一声だった。
服を着ていない私はとりあえず採寸をする事にした。なぜ採寸かと言うと、彩月曰く、今後のためだそうだ。何も洋服を纏っていない為、羞恥が湧くが、いつも通りかと気にしない事にする。
その後は漸く着替えだ。彩月が持ってきた服を着せられるが、私には少し大きいようだった。サイズを細かに伝えられていなかったので当然とも言える。しかし、服を着ていないよりは幾分かマシだ。小さいよりも断然良い。
淡い青色の花柄のワンピースは涼しそうな見た目とは反対に、暖かい。
「ごめんね、彩月さん」
「どうしましたか?」
「彩月さん、たくさんお洋服作ってくれたのに、あんまり着られないまま、大きくなっちゃったから」
「良いのですよ。子どもの成長はこういうのを含めて祝うべき事ですから。何より作るのを十分に楽しんだので後悔はありません。また沢山作らせてくださいね」
彩月はそう言ってくれるものの、あの服達は私にとっては宝物だ。どうにか着られないものか。
「大丈夫ですよ、聖女様。私は魔法使いですから」
「え、魔法使い?」
「そうだ。任せて」
最後に仕事モードが解かれた彩月が自信満々に頷いた。
「見解は」
「……異変はありません。ただ成長しただけ……、という他ありませんね」
績に身体中を触れられ、「痛くないですか」「違和感は?」と沢山聞かれた。体の不調はどこにも見られなかった。
「このような事例は今まで見られませんでした。もしかするとこれが聖女様の力なのかもしれませんね」
「私の力?」
それは一体どのような力なのか。問おうとしたところで扉が開いた。
「それは私が説明しよう」
「霙さん、白鴎さん!」
「……だから、お前達は揃いも揃って、ノックを忘れるな」
黎翔は額に手を当てうなだれた。
「仕方がないだろう。仕事中に私も白鴎も突然違和感を感じたんだ。二人揃って感じたという事は、何かしらの事が聖女様にあったという事だろう。黎翔が来ないから、代わりに各国陛下の見送りに行っていたというのに」
「……すまない」
つまりは、本来黎翔がすべき仕事を霙と白鴎が代わってしていたという事だろう。
「聖女様が無事なので良いでしょう。それよりも」
霙と白鴎の視線が私に向けられる。
「体に違和感は無いんだよね?」
「うん」
「そっか。成長してもやはり可愛い聖女様のままだね」
「そうだな」
頭に乗せられた二人の手が暖かい。白鴎はそのまま私を後ろから抱きしめ、膝の上に乗せた。
「……ところで、あの、私の力って?」
「あぁ、そうだったな。この世界に来たばかりの聖女様には多くを説明し、理解してもらうというのは酷だと感じ説明していなかった事がある。聖女様というのは、本来いるだけで、国を豊かにする存在だが、それだけではない。聖女様には神から与えられた力というのが体の中に備わっている」
「神から与えられた力?」
「そうだ。これは本来他言すべき事ではないが、私にも力は宿っている」
「霙さんも?」
「ああ、この世界には何人かそういった人がいる。暗黙の了解でそれを話したり、聞き出したりする事は避けられているがな」
まさか、その様な力がこの世界にあるとは思いもしなかった。
「聖女様にどのような力が宿っているのかは分からないが、神から授けられた力だ。神に愛されている聖女様にとって不都合な力ではないだろう」
まだ私の成長が神の力だという事は確定してはいないけれど、その可能性があるというだけで、力んでいた体から力が抜けていく。正体が分からない変化こそ、恐ろしいものはない。変化の理由の可能性があるだけで、恐怖がほどけていく。
「私の力……」
それは一体どのような力なのだろうか。もし体の年齢を、自由に動かせる能力だとしたら。それとも何か外的要因、内的要因を条件に年齢が動くとしたら。いや、それとも……。
考え出せば、キリがない。ただ幸せになれば良いと言われたこの世界で、何をすべきかわからなかったが、自分の力を探ってみるのも良いかもしれない。どのような条件で発動し、どのような影響が出るのか。
「聖女様、楽しそうだね」
「……そう、ですか?」
そう見えたのならば、よかった。正直、ワクワクしていると言っても過言ではない。今まで、魔法や能力というものとは無縁の世界で育ってきたものだから。魔法という言葉を思い浮かべて、先程の彩月の言葉を思い出すが、能力は公にするものではないという霙の言葉を思い出し、言葉を飲み込む。
「もしくは民の声が聖女様を成長させたのかもしれないね」
頭の上か白鴎がポツリと呟く。
「どういう事?」
「ほら、よく言うでしょ? 信仰心が聖女様の力になるって」
私にとっては、初耳な情報だけれど、他の皆は「あぁ、」と覚えがあるように呟くものだから、よく耳にする単語なのかもしれない。
「おおーい、食事だぞー」
いきなり扉がガチャリと開き良い匂いのする料理をもって、緑弥が部屋に入ってきた。
「……だから、ノックを……、はぁ」
黎翔が項垂れながらも、諦めているのを側で感じる。
黎翔が少し気の毒になってきたので、白鴎の膝から降りて、黎翔の頭を撫でておいた。止められなかったから、嫌ではないのだろう。
「え、誰その子?! てか、聖女様は? その子めっちゃ聖女様に似てるけど」
ああ、そうか、誰も緑弥に私が大きくなった事を伝えていなかったのか。
「緑弥さん、私だよ」
「…………え! 本当に聖女様なのか?!」
「うん」
「ま、まじかぁ。ご飯足りるかなぁ」
「え、そこ?」
思わず突っ込んでしまった私は悪くないだろう。
「いやだって、績がいるって事は、診察も終わったんだろう。皆が平静にしているって事は、問題ないんだろ」
緑弥の言葉からは、皆に対する信頼しか伺えなかった。なんだか胸が温かくなる。
「という訳で、聖女様は、飯食いな」
「はぁい」
元気よく手を挙げた私は良い子だ。
「足りなかったら絶対言うんだぞ。ちゃんと言えたらデザートもつけてやろう」
「!」
デザート。それは魔法の単語だ。
「聖女様が食べている間に、何があったか教えてくれ」




