018-1「私、変。ですよね」
明るい日差しが私の瞼の裏を刺激する。自主的にした事ではないが、久しくしていなかった夜更かしというものをして、睡眠が足りていないのか、瞼は重い。太陽の位置からして、そこまで早い朝ではないが昼と言うにはほど遠い時間だと言えよう。
食事後に眠ってしまったが、その後の記憶はない。この見覚えのある部屋と隣で眠る黎翔を見て、いつもの部屋だと納得する。黎翔が起きていない事を珍しく思うが、体から仄かに漂うアルコール臭から、あの後も会は続いていたのだろうと当たりをつける。彼は私がいる時はアルコールの類は飲んでいなかった。気を遣ってくれていたのだろう。
一体どれほどの時間まで会が続いていたのか見当もつかないが、私にとっては夜遅くまで続いていた事に間違いはないのだろう。
隣の黎翔の匂いを嗅ぐが、アルコール臭よりも遥かに石鹸の良い香りの方が鼻を擽る。黎翔は昨夜風呂に入ったのだと結論づけてから、自身の風呂の心配をするが、汗がまとわりついている感覚も、気持ちの悪さも感じられない為、夜に誰かが入れてくれたのだろう。
黎翔の隣から抜け出し、少しだけ窓を開ける。季節特有の肌寒く、冷たい風が私の体を撫でる。この寒さも嫌いでは無い。と、ここで少しの違和感を抱くが、何に対して違和感を持ったのかは分からず、気のせいかと思考を放棄する。普段は足首まである長いワンピースタイプの寝間着だが、今日は膝丈の短いワンピースだ。どうりで少し肌寒い訳だ。
冬では無いとは言え、暖かいとはお世辞にも言えないこの時期は温かい布団が唯一の味方だ。空気を入れ替えた事ですっきりとし、窓を締めた後にまだ眠っている黎翔の元へ戻る。床の冷たさを感じた後の布団は天国だ。黎翔が温かい事もあり、まるで温泉にでも浸かっているかのような安心感だ。横を向いている黎翔の腕の中に背を預け、目を閉じようと試みる。
目を閉じようしたところでふと、視界の隅に入り口横にある台が入る。
「……?」
違和感を感じつつも、気のせいかと思い、温かさに目を閉じる。昨日は遅くまで起きていた為、今日くらいは黎翔と共に寝坊するのもよいだろう。先ほど見た太陽の輝きが目の奥にこびりついて離れない。今は太陽に背を向けている為、その眩しさを感じ取る事は出来ないが、いつか太陽とは言葉を交わす事が出来る予感を抱く。この国は空と近い。
「ん?」
先ほど見た光景の違和感についても考えていたが、何故窓と台に違和感を感じたかが分からない。窓は普段から自身の部屋のものを開けている。窓から見える景色は、部屋が異なると違っていて当たり前だ。私の部屋は台については普段から使用しない。自身の部屋は、私仕様で作られている事もあり、窓にも手が届く。
そして、漸くそこで違和感の正体に気がついた。
「れ、黎翔様!」
黎翔の腕の中に背を向けて入り込んでいたが、体を反転させ、ベッドの上に座り込む。その感覚で違和感の正体。はっきりと感じ取ってしまった。
黎翔は身動ぎをしたが、直ぐに動きを止めた為、もう一度名前を呼ぶ。
「黎翔様、起きてください!」
私の2回目の呼びかけに漸く動く気になったのか、額に手を当てながら起き上がる。
「どうし……」
黎翔は私は見るなり驚きに目を見開きながら言葉を止めた。私の事を上から下へとまじまじと眺める。
「それは大丈夫なのか……?」
「わ、分かんないです……」
変化にだけ目がいっていたが、改めて自分の体を探ってみても体調の不調は見られない。黎翔はもう一度私の体を上から下へとゆっくり見下ろすと再度私の顔に目を向けて口を開いた。
「……成長したな」
「うん……」
5歳ほどの私の体は、現在10歳ほどの大きさになっていた。元々15歳であった為、そこから一度小さくなっているという経験もしているので、そこまでの驚きはない。けれども、焦って黎翔を起こそうとするほどには慌てていたのだろう。黎翔が慌てず冷静な態度でいる事から私自身も少し気持ちが落ち着いてきた。一度経験しているとはいえ人間の体はそう何度も体の大きさが変わるものではない事は知っている。そのため今回の件は何かしらの力と意志が働いたとしか考えられない。それはともかく、姿が変わった事で「誰だ」と言われない事に安堵した。
「ねぇ、この世界の人って、急に体の大きさ変わったりする?」
「その様な事例は聞いた事がない」
一体私の体はどのような仕組みになっているのだろうか。体に不調がないから良いものの。
「私、変。ですよね」
「……績を呼ぶ」
績に見てもらえばなにか分かるかもしれない。績が来るまで顔を洗ったりして準備をしていようと考えた所で盛大なくしゃみが漏れる。大きくなった事で普段より肌が隠れない服は少し寒い。
「服もないな。取りあえずはこれを着ておけ」
上から真っ白なシャツをかけられた。
「黎翔様の匂いする」
私には随分大きいそれは、袖を何度も捲った事で何とか着られた。丈は足首辺りまでに届いたため、先ほどまでに比べると随分暖かい。
「黎翔様の服、おっきいですね」
「大人だからな」
背が伸びたという事は、私も大人に一歩近づいたという事だろう。残る疑問はなぜ私の外見年齢がこのように変化するかという事だ。私の望むままの年齢に体を操れるというのならば私は何を望んでこのような年齢になるのだろうか。それとも何か外的要因があってこのように変化するのだろうか。なぜここに来た瞬間にあのように小さくなったのだろうか。なぜ現在このように少女の姿になったのだろうか。
「績を呼んでくる。待っていろ」
「はぁい」
黎翔はそれだけ言い残すと部屋から出て行った。隣に黎翔がいて良かったと心底思う。もし1人ならばこの動揺した気持ちをどう消化すれば良いか分からなかっただろう。表情には見せないが黎翔も共に動揺してくれた事で私の動悸も少し収まったと言っても過言ではない。私も一度体が小さくなるという経験をしていなければこの動揺の行き場をどうすれば良いかわからなかっただろう。
黎翔と績がくる間に何をしようかと迷うが、身長が伸びた事で出来る事もあるだろうと思い返す。そして先ほど考えていた洗顔も自分一人で出来るだろうと思い洗面所へと向かう。するとかろうじてではあるが、今までは決して届かなかった蛇口の取っ手にも手が届くようになった。
「よいしょっ!」
背伸びをしてつま先で立ちなんとか今まで届かなかった蛇口に手を伸ばし水を出す事に成功した。
「でたっ!」
出た水で顔を洗うと今までにない達成感が顔をすっきりとさせた。水は冷たくがあったがそれが逆に気持ち良い。身長の事などもうどうでもよくなってくる。
「あれ、タオル……」
顔を洗い終わったのでタオルで拭こうと考えるが、そのタオルが見当たらない。顔が濡れたまま歩き回る事も出来ないため途方に暮れる。そこで蛇口の水も出っぱなしの事に気づく。
「あ、お水止めないと」
先ほどと同じように背伸びをしながら取っ手に手を伸ばすが、途中で顔についていた水が目に入ってしまい、手を顔に戻す。しかしその過程で蛇口の先に手が当たってしまい水が四方八方に飛び散ってしまった。
「……」
言わずもがな自身はびしょ濡れだ。そして鏡や床洗面所も当然のように濡れた。
「……どうしよう」
この状況をどうやってごまかすかという事が問題だ。このままでは黎翔に怒られる事は間違いない。どうすれば黎翔は誤魔化されるだろうか。そもそも私の浅い知恵で誤魔化されてくれるだろうか。タオルでもあれば全てを拭いて証拠隠滅を図るというのに、それすらも出来そうにない。簡単な洗顔すら出来ないという事実に我ながら呆れて、目から涙さえ溢れてくる。
カチャリと音がして、黎翔が帰ってきた。
「……どこにいる」
ベッドに私がいない事に気がついた黎翔は、私を探し出してしまった。足音が二つあり、「聖女様?」と、私を探す声からも績が、そこにいる事がわかる。
「水道の音がしますね」
「……洗面所か」
私の居場所を突き止める声がして、とうとう逃げ場所を失った。
そして、とうとう、私を見つけ出してしまった二人が私の目の前にやってくる。
「ここにいたか」
「聖女様……?」
黎翔の表情は安堵と呆れに満ちており、績の表情は、驚愕だった。
固まっている績を他所に黎翔が私に向かって手を伸ばす。迫り来るであろう痛みに目を閉じると、以外にもやって来たのは頭への温もりだった。
「派手にやったな」
水浸しの中心に、私がおり、水道の水が出っぱなしになっている事から事態を察したのだろう。
「……」
黎翔が蛇口の水を止める姿を見て、やるせない気持ちから更に涙が零れる。
「大きくなった事で出来ると感じたのか」
「うん……」
「そうか。部屋に台があっただろう。次からはそれを使え」
「……」
黎翔は呆れた表情はするものの、1度だって私に怒りを向けなかった。
「……なんで、」
だからこそ、怖くなった。
「なんで、怒らないの?」
「何故怒る必要がある」
「……だって、」
気持ちをどう言葉にして伝えれば良いのか分からず、口を噤む。
「わざとやったのか」
「……ちがう」
「ならば次に気をつければ良い」
黎翔は洗面所の下の引き出しを開け、中からタオルを1枚出した。こんな所にタオルがあったとは、と過去に戻りたい気持ちに苛まれる。
私の体を優しく拭きながら、私の濡れた服を脱がせる。
「績」
「はい」
「私は、聖女と共にここを拭く。彩月に女児の服を持ってこいと伝えろ」
「分かりました」
黎翔の言葉が少し引っかかりつつも黎翔のするがままに流される。結局、私は洗面所の掃除をさせてはもらえず、布団にくるまれて、ベッドに転がされた。未だに流れる涙の止め方がわからず、ひたすら枕に顔をうずめていた。
『……だって、』
――――――いつも、そうだったから。




