017-7「お月様美味しそう……」イラスト付き
気を抜いて黎翔の膝の上で意識を飛ばしていると、私を抱いたまま黎翔は立ち上がった。急な事に驚くが、落ちないように黎翔の首に捕まっておく。
「どこいくの?」
「会場」
今いる所も会場だという突っ込みをしようと思ったが、言っても睨まれるだけだと思うのでやめておく。黎翔は私を抱いたまま舞台から降りて皆がいるフロアに降りた。後を霙と白鴎も一緒についてくる。手を振ろうと思うが、既の所で理性を働かせる。黎翔に抱き上げられた時から、黎翔の背後の景色を眺めていた為、どこに向かっているのかは分からないが、時折通り過ぎる料理に目を奪われては遠ざかっていく。
「ちっちゃいなぁ。前に俺の国へ来た聖女様よりも幼い」
黎翔が止まったかと思えば、黎翔の正面、私の背後から声がかかった。その声は先ほど私に挨拶をしてくれた宝珠の声だ。先程とは変わって砕けた話し方なのは黎翔の許可を得られたのか、それが彼の素なのか。正面を見ると紫髪の彼が目の前にいて私の顔を覗き込んでいた。ヴェールがあったからこそ、互いの顔がぼやけているが、無ければ今頃叫んでいただろう。それよりも、彼の口から気になる言葉が漏れた。
「……前にも、聖女がいたの?」
「!」
私が話しだした事に驚いたのか目を見張り、息を呑んだ。
「……ああ、いた。国を救ってくれたんだ」
「今、何処にいるの?」
「分からない。数日しかなくて、国を救って、帰っていった」
「何処に帰ったの?」
「分からない。彼女が望んだ場所に帰れていたらと思うよ」
私は少し怖くなってしまった。突然元の世界に帰る日が来るのだろうか。ここでの出会いや思い出を振り返ると、とても恐ろしい事のように思えた。
「あら、黎翔ちゃん、いつの間にそんな可愛い子産んだの?」
「その呼び方をやめろ。そして産んでない。聖女と紹介しただろう。これだからお前を呼びたくなかったんだ」
「もう、冗談よぉ」
「黎翔ちゃん」という言葉を聞き、黎翔の眉が寄ってるのに気がついた。と同時にこの世界では聞きなれない高い声に振り向いてしまった。
「きれい」
目の前の人を見つめて思わず手を伸ばしそうになった。
「あら、綺麗だなんて、聖女様は見る目あるわねぇ。ありがとう」
この世界で初めて見る女性だった。緑色の流れるような長髪はまるで妖精か森の神のようだった。その美しさに思わずため息がこぼれそうになった。
「あら、自己紹介を忘れていたわ。わたくしは地の国の女王、神羅よ。宜しくね、可愛い子」
「女王さま……」
確か女王というのは国王に匹敵する立場だったはずだ。つまりこの場にはその国王という立場のものが3人もいる事になる。偉い人に囲まれて目眩でも起こしそうだ。
「神羅、黎翔で遊んでやるな」
「くだらん事で時間を潰すな」
またしても新しい声に私の思考は潰された。振り返ると今度は青い髪の男性と赤い髪の男性だ。
「お初にお目にかかります」
突然話しかけられた事に驚いて、上手に挨拶が出来なかった。おまけに目の前の人の自己紹介も全く耳に入ってこなかった。けれども名前くらいは聞いておかないと失礼に当たると思い必死に意識をつなぎとめる。
「水の国の国王、永麗と申します」
必死で名前を覚えている私の目の前に、炎のような赤が飛び込み、一瞬炎が動いているのだろうかと勘違いし、後ろに飛びのきそうになった。
「お初にお目にかかります。私は太陽の国の国王、炎藤と申します」
私を囲っている人たちが全員国の王ときた。まるで圧迫面接のように私に襲いかかる試練だ。
「あらあらぁ、怖い男に囲まれて怖がってるわよぉ。宝珠ちゃんはともかく、皆顔怖ぁい」
口に手を当て毒を吐く神羅は怖い物知らずで、宝珠以外の睨みをものともしない。
「……聖女よ、崇拝の目で神羅を見ているが、このようになるでないぞ」
炎藤は額に手を当て呆れたように息を吐く。
「炎藤ちゃんたら、失礼しちゃうわ」
怒り出す彼女も美しい。私が彼女のようになるには、あと何十年の時が必要なのだろうか。少なくとも現段階でこの人たちを手玉に取れるような気はしない。今まで私の身近にいた霙たちも美しいと感じていたが、神羅と比べると彼らはそれでも男性だったのだと認識する。
「他にも聖女様に挨拶したがってる子がいるから、わたくしたちはこれで失礼するわね。はいこれ、プレゼント」
「ここでの扱いが嫌になったらいつでも水の国にいらっしゃい。こちらは贈り物ですよ」
「聖女様、またね。会えてよかった。これ、プレゼントね」
「我が国にも聖女様がおられる。機会があれば是非遊びに来い。というより、今度聖女をつれて遊びに来る。これは贈り物だ」
「えっ、あっ」
王たちは自由に言葉を放ち、そして、私に贈り物を預け、去っていった。きっと国王とは自由な人という意味もあるのだろうと思わず遠い目をしてしまった。隣の黎翔も「騒々しい」と眉を寄せながら呟く。しかしながら迷惑そうな言葉とは裏腹に少しだけ楽しそうな雰囲気もあるため親しい間柄なのだろう。
「これ、本当にもらっても大丈夫?」
手の中にある中身の分からない4つの贈り物を眺め、黎翔に問いかける。
「問題ない、もらっておけ。突き返す方が失礼に当たる」
そういうものなのか。贈り物を霙たちに預けると、私の部屋に持って行ってくれたようで部屋に戻ってからの楽しみが増えた。
先ほどまで座っていた場所に黎翔と共に戻ると、椅子に座れた事になぜか少しほっとしてしまう。
緊張しながら前を向いていると、目の前に、音もなく、スープが置かれる。その料理を置いた人物を目にすると、見知った人物である事に緊張もほぐれる。
「緑弥さんだ!」
「よっ! 楽しんでるか? 飯だぞ」
緑弥さんは神か何かだろうか。両手を合わせて緑弥を拝む。
「何で俺拝まれてんの?」
「食事を持ってきたからだろう」
その通りだ。
「今日のご飯はなぁに?」
「ふっ、そういう風に聞かれると、ここはパーティー会場じゃなくて家みたいだな」
「?」
「いや何でもない。今日の晩御飯はニンジンスープ」
「ニンジン!」
聞こえた言葉が嬉しくて緑弥がいい終わる前に叫んでしまう。その叫んだ私の声は予想よりも大きく私の好物がニンジンである事が知れ渡ってしまった。そして会場の所々から笑い声が漏れるのだからいたたまれない。
「いただきまぁ」
「聖女様」
「!」
そようやく食事にたどり着けたかというと、そうでもない。国王が挨拶をし終わったものだから我先にと、この国の人であろう男性が次から次へと押し寄せてくる。
食べようとしたスプーンを止め目の前の人を眺める。この国の皆は白髪で金眼だからか、これといって特徴がなく顔だけを見て覚えられる気が全くもってしない。元より、私は人の顔覚えるのがあまり得意ではない。
「お初にお目にかかります。私は――――」
「は、はじめまして!」
挨拶をされたのだからそれを無視して食べ続ける度胸は私にはない。目の前のスープはまだ冷えてはいないだろうが悲しそうな目で私を見つめている気がする。
窓の方を見ると、夜も更け雌黄の細い三日月がニヤリと笑っていた。
「お月様美味しそう……」
まるで三日月型のオムライスのようだ。美味しそうだと見つめていると、握りしめていた手の力が緩みスプーンが床に落ちてしまった。気の所為でなければ、窓ガラスに数粒の雫が打ち付けられたように見えた。
そして遂に限界が来てしまった。
「ごはん……」
ポロリと涙がこぼれる。隣に座っている黎翔は目を見開き、叫んだ。
「誰か! 食事と新しいスプーンをもて!」
大声を出した黎翔に驚くが内容が私の食事を持ってくる事である為、問題はない。すぐに男性が新しいスプーンを持ってきてくれ、緑弥が食事を持ってきてくれた。目の前に置かれたサラダには見覚えのある食材が使われていた。
「これ知ってる! アドガボ!」
「惜しい。アボカドだ」
自信満々で答えたにも関わらず間違えた事に羞恥を抱く。
「後はカボチャとゴーヤのチャンプルー、ハンバーグのデミグラスソースがけ、あとは――――」
緑弥が次々と料理の説明をしながら、私の目の前に1つのプレートを置く。まるでお子様ランチのようなそれは食べる意欲しか刺激しない。
「今はカボチャが旬だからな。うまいぞ」
緑弥が作ったもので美味しくないものはない。そもそも好きではないトマトはどうやっても食べられないのだが。そこでハッとしてプレートを覗くもトマトが入っている様子がなく安堵の息を吐く。
「食べてもいい?」
散々お預けにされたのだから、今度こそ食べて良いかと念押しで聞く。
「ああ、食え」
黎翔の許可も得られた所で新しいスプーンとともに待ち望んでいたニンジンスープへと口をつける。
「!」
緑弥の料理はいつも美味しい。しかしこれは。
「どうした?」
「この世界には、まだこんなに美味しいものが……!」
驚愕とはこの事だろう。周りの者は呆れているだろうが、これは私にとっては物凄い感動である。ゆっくりと味わいたいというのに空腹から思わず次々と食事を口に運んでしまう。ニンジンのスープはあっという間に飲み干してしまった。少々いやかなり残念だが次の料理に手をつけようと思う。
「次はアドガボ」
「アボガドだ」
「……」
アドガボの方が言いやすいのだから仕方がない。
「それにしても、今回の料理は、随分家庭的だな」
「ああ。初めはパーティー料理を考えていたんだが、聖女様が喜ぶのはこういう料理だろ?」
「間違いない」
黎翔と緑弥の会話も耳に入らないほど食べるのに夢中になっていた私は、再び招待客が近寄ってきた事に気が付かなかった。
「お初にお目にかかります」
「!」
いきなり話しかけられ、喉に詰まる思いだったが、耐える。慌ててフォークを置くが、「食べながらでよろしいですよ」と言われる。けれども先ほど言ったように挨拶をしてくれている招待客を無視して食べ続ける事は私には出来ない。
小腹は満たせたし挨拶が終わった後に食べるため問題ないと伝えようと口を開いた所にハンバーグが放り込まれる。
「んむ?!」
「言葉に甘え、聖女様は食事を続けさせてもらう」
「是非」
その後も招待客はひっきりなしにやってきたが、皆食事を続けて良いと言ってくれた為、黎翔は私の口に料理を放り続けた。
「?!」
美味しく食べていた所に、正体不明の苦味が放り込まれた。私の眉間に皺が寄った事に気がついた黎翔が「どうした」と尋ねる。
「お口の中が苦いの」
「ああ、ゴーヤか」
ゴーヤという名に聞き覚えがある。先程緑弥が説明してくれていた。
「苦手か?」
苦手かどうかは分からないが、先ほどは正体が分からなかったため、不安感を感じた。今は正体が分かってるのだから、食べられると思う。食感も嫌いではない。
「食べたい」
黎翔は再び私の口の中にゴーヤを入れる。ゆっくり味わって噛むと独特な苦味が口の中に広がるが、この苦みが美味しいかと聞かれたら美味しいかもしれない。後は緑弥が作ったという絶対的な信頼感がある。
「腹は膨れたか?」
「……まだ」
睡魔に負けそうになりながらも、お腹はまだ膨れてはいない。腹6分目というところだろうか。せめて8はいきたい。段々と視界も閉じてくる。
「……あとは、…………ぁんばあ」
「ハンバーグだな」
「ぶろょぉ」
「ほら、ブロッコリーだ」
「……」
「カボチャだな」
最後に関しては何故分かったのか分からないが、お腹も膨れた私はとうとう眠りについてしまった。船をこぎながら徐々にまぶたが閉じていく様はまるで天使のようだったとか。そして、食事を甲斐甲斐しく与え続ける黎翔はまるで雛の親のようだったとか。
※この画像はAI生成画像です




