017-6「色々な白があるね」
しばらく話をしていると、お盆を持った霙が戻ってきた。
「水を入れようとしたら、これを持たされた」
お盆の上にあるカップには3つの紅茶と1つの
「ここあ!!」
水で十分だったというのに、わざわざ暖かい飲み物を入れてくれるとは調理場の人たちは親切がすぎる。ただでさえ今はこの後の食事会の準備で忙しいというのに。
カップを手に取るとココア独特の温かな甘さが鼻まで漂ってきた。緊張していたのだろう手が指先まで温まるのを感じた。確証は持てないが入れてくれたのは緑弥である気がする。温かな気持ちが私の心までほぐしていく。
ゆったりと温かいココアを口に入れると私の中に残ったのは緊張ではなく空腹のみだった。時間をかけて話をしながら温かいココアを飲み終わった頃には十分すぎる時間が経っていた。
「そろそろ行くぞ」
「はぁい!」
待ちに待った食事である。元気よく手を上げソファから降りると、すかさず白鴎に抱き上げられる。
「自分で歩けるよ」
「歩いたらお腹減る」
白鴎の言葉は簡潔だが、つまりはただでさえ腹が空いている私がさらに空腹にならないように配慮してくれているらしい。
「あと、聖女様のスピードだとたどり着かない」
配慮もあったかもしれないが、それだけではなかったようだ。寧ろこれは黎翔への配慮だろう。ここまで堂々と足が遅いと言われると怒る気力もわかない。
部屋を出て鉛白の廊下を歩いていく。このような色の廊下ならば歩いた時に足跡でも着きそうなものだが、それがないという事は掃除の係の人が丁寧に毎日掃除してくれているという事だろう。単純に人通りがない可能性もあるが。乳白色の壁には所々同じ色で花の模様があしらわれている。
「色々な白があるね」
今まで部屋も廊下も白い色だと思っていたけれどその白にも色々な白があった。そのように感じるという事は私がこの世界の白になれてきたという事だろうか。白鵬の腕の中でその花の模様を1つ2つと数えているうちに大きな扉の前までやってきた。
「大きい扉……」
私の力では間違いなく開く事は出来ないだろう。真っ白な大きな扉にあしらわれている金色の模様がまるで雲のように見える。
「この扉に描いてある可愛い模様は?」
「これはこの国のシンボル。いわゆる国旗だ」
この国は空の国だから空を連想するものを国旗として用いているのだろうか。私から見れば雲に見えるが実際何をモチーフにしているのだろうか。それよりもその雲のようなシンボルでさえ綿菓子のように見えてお腹が空いてくるのだから、私の腹は限界に近いのだろう。
「ヴェールを被れ」
先ほどまで前が見づらいという理由で上に上げていたヴェールを黎翔の手によってものに戻された。それと同時に白鴎には床に降ろされてしまう。視界が悪くなり足が地に着いた事で消えたはずの緊張がまた足元から伝わってきた。
くぅぅぅぅぅ
伝わっては来たのだが、それらは空腹によりすぐに掻き消された。
「もう少し待て」
きゅぅぅぅぅ
黎翔の言葉に口ではなく腹が捨てられた犬のような抗議の返事をする。頼むから大事な場ではならないで欲しいと腹を叩きながらしっかり言い聞かせる。
「聖女様のご入場」
緊張感のなくなった場に扉の向こうからはっきりと私を呼ぶ声が聞こえた。
「えっと、行くの?」
「ああ」
どうやって行くのだろうかと疑問に思っているとまるで自動ドアのように扉が勝手に開き出した。魔法か何かと思ったが中から人が扉を開けているようだった。このような重たい扉をたった2人であけるとは、この人たちは何と怪力なのだろうか。
黎翔と共に、白と金と光に彩られた広いホールへと足を踏み入れる。会場の横にある階段上のドアから出てすぐに会場を見下ろすと思わず悲鳴が漏れそうになる。それほどの人の多さだった。最初に国民に顔を見せたバルコニーと比べると、見下ろすという点では変わりないが、こちらの会場の方が狭いため、妙に圧迫感がある。
階段を降りる中で一度も話した事はないけれど、見かけた事はある人達が何人かいたのは雰囲気で分かる。本当に話した事もない見かけただけの人だけれど。
この白い会場の中で色があるとすれば華やかな料理たちだろう。そう思っていたがこのホールに料理はまだ並んでいない。けれども予想よりも様々な色で溢れていた。ヴェールをかぶっていたため明確には分からないが、紫や赤など様々な髪色が見えた気がした。この国で初めて見た髪色だ。
それにしても何と良い匂いだろうか。美味しい匂いがここまで漂ってくる。きっと、階段下にある扉の奥には美味しいお料理があるのだろう。なりそうなお腹とこぼれそうな涎を必死に抑えるのを黎翔は気づいているだろう。私の手を支えながら階段を共に降りる黎翔と私たちの数歩後ろをゆったりと歩いてくる霙と白鴎。ヴェールをしているためはっきりと確証を持てないが会場の端に毅然と立っている績、彩月。大丈夫だ知っている人はちゃんと近くにいる。必要以上に緊張する必要もない。
階段を降り、会場正面やってくると、舞台の上の大きな机に大きな椅子が2つ添えられていた。嫌な予感がしてきた。勘違いでなければその壇上にある椅子は私と黎翔のものだろう。一番目立つところに席が用意されていた。黎翔に連れられ、その席までやってくると、近くに来てくれた人がそっと机にあるグラスに飲み物を注いでくれた。
黎翔はそのグラスを持ってまっすぐと立った。私も真似をした方が良いのか分からなかったがグラスを持ったところで、黎翔が私を見て頷いたため黎翔と同じようにして立った。このような動きがあるのなら事前に打ち合わせをしておけばよかったと反省する。
「忙しい中、よく集まってくれた」
黎翔に向けていた姿勢をまっすぐと観客の方へ向けると皆は黎翔の方を見ていると思っていたがどうやら私の方を注視しているようで視線を感じた。
「皆も存じているだろうがこの度わが空の国は聖女様を迎えた。まだこの国には慣れておらず不安もあろうが、精一杯尽くしてくれている。この国の為に、聖女様の為にともに幸福を祈ろう」
「乾杯」
天に掲げられたグラスの中身が皆の口に含まれていく。私も皆にならって、グラスを空にしていく。どうやら酒ではなさそうだ。酒なんて飲んだ事はないけれど、独特なアルコール臭は感じられない。なんの味かは分からないが、皆と同じグラスは、私には少し量が多い。少し口に含んで、後は皆と同じ様に残ったグラスを手に持つ。
「心ばかりだが料理も用意している。思う存分に堪能してくれ」
黎翔のその言葉と共に先ほど私たちが降りてきた階段の下にある扉からたくさんのワゴンが入ってきた。
「ごはん!」
思わず机に取り出し料理に目が奪われる。所々に置かれている机に並べられていく料理たちは「美味しいよ」「早く食べて」と主張しているようだ。多少はジュースで腹が膨れたとはいえ空腹は変わらない。
今すぐにでも食べてあげたいのに、ここから走り出して料理の元まで行っても良いのか分からない。そしてここからでは遠すぎて何の料理が運ばれてきているのかも分からない。料理を並べている人の中に緑弥を見つけた。緑弥を見つめていると周りの男性に料理について質問されているようだ。説明をし、それを皿に盛っている。ここからだと食べた男性の反応が見えない為、つまらない。けれどきっと喜んでいる事だろう。
椅子に座り直して先ほどと同じように会場を見ていると、一人の男性が私たちのいる舞台まで近寄ってきた。この国では見かけない紫色の髪をしている。
「久しいな」
黎翔が声をかけるとその男性はにかっと笑った。
「聖女様にお目にかかれて光栄に存じます」
「え、あ、はい!」
突然の言葉に吃った言葉しか出ない。中途半端の返事をしたものだから手には余計に笑われてしまった。
「私は、魔の国の国王、宝珠と申します」
国王という言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのが黎翔だ。黎翔は国王で、国王というのは偉い人の事だ。
「国王って、偉い人だよね?」と念のため隣の黎翔に聞くと頷かれた。
「多少粗相があっても良い。今この場では聖女が一番偉い」
何度も聞いた私が一番偉いという言葉。それでもやはり自分より年上の男性がいるとそうは思えないのも事実で。そして忘れていないだろう私は人見知りである。
「……」
緊張と空腹と人見知りが最高値に達し、取り敢えず隣の黎翔の服を掴む。しかしそれだけでは安心出来ず黎翔の膝の上に乗る事にした。もしその行動が良くないのならば黎翔や霙、白鴎が止めるだろうが誰も私の行動を止めなかった為、良いのだろう。彼とは私の代わりに黎翔が話をしてくれている。黎翔の上に乗る事で多少気分も落ち着いた。今日は私の披露会という事なので仕方がないと思うが、先程よりも視線が集まる心地がして居心地は悪い。




