017-5「やだ、15個がいいです! 15歳だから!」
「お疲れ様」
無事に返ってきた私は、すっかりと疲れ切っていた。何をしたというわけではないけれど、人前に出るという緊張感が疲労につながったのだろう。彩月が作ってくれた服を汚してしまう事を危惧していたが、綺麗な状態のままである。出来る事ならばこの綺麗な洋服を脱いで布団に寝転んでしまいたい。
「この後は何だっけ?」
「この後は食事会だよ」
「ごはん!」
食事という言葉にすっかり限界が来ていた腹が鳴り響く。
「お腹空いた……」
「もう食事会だ」
食事会と聞き、ここにいない人物を思い浮かべる。
「そういえば緑弥さんは?」
「食事会の準備だ」
ああ、そうか。ずっと一緒にいてくれたから忘れかけていたが、緑弥は料理人である。この後の食事会の一番の重役と言っても過言ではない。食事会とは一体どのようなものだろうか。理想としては、普段のような気兼ねのない食事会を希望するのだが。しかし、今回ばかりはそうも言ってはいられないだろう。
食事会に思いを馳せたからか、再びお腹の音が鳴り響く。しかしながら、食事まではまだ時間がある。
「あ、あめちゃん食べたい」
朝に食べたあの金平糖という名前の飴が忘れられない。黎翔が持っている事を知っているため、黎翔のポケットを眺める。
「もう食べただろう」
「でもお腹すいたの!」
あのカラフルな星は前に食べた丸い飴とは異なり、色によって味が変わったりしない。それでも星という形に引き寄せられる。
「1つだけな」
黎翔はため息をついてポケットから金平糖を取り出す。
「やだ、15個がいいです! 15歳だから!」
「どういう理論だ」
1つしかないのならば、あっという間に食べ終わってしまう。
「疲れたの! 甘いもの食べたら元気になるの!」
この理由ならさすがに納得してくれるだろうと思うが、今度は績が口を挟んだ。
「虫歯になりますよ」
「虫歯って?」
「歯が黒くなって、溶けて無くなる事ですね」
「ひぇ」
あの白い歯が、どういう原理か黒くなり、溶けて無くなる。想像もつかないそれに足の爪先から頭の天辺までもが震え上がる。
「端折りすぎだ」
恐ろしい創造に飴を食べる気力が一気に失せた。
「やはり食べない」
「数個なら問題ないよ?」
医者である績が言うのだから、いくら白鴎に擁護されたからと言って、はいそうですかと飴を食べる事は出来ない。
「飴って怖い食べ物だったんだね」
「そうですよ。だから、何事も食べ過ぎは良くないですね」
「何事も食べ過ぎがダメって事は、ご飯とかも食べ過ぎたらダメ?」
「確かに同じ物ばかりを食べ過ぎるのは良くないですね。特に甘いものだけたくさん食べるのは良くないです。しかし聖女様は野菜もきちんと食べていますし、そこまで心配する必要はないと思いますよ」
「甘いのはちょっとならいいの?」
「ええ」
績がから許可を得られたとはいえ、普段食べない身からすると、小さな金平糖を15個食べる事は多いか少ないか、判断が難しい。
「じゃあ、飴15個は?」
「多いですね」
「……何個ならいい?」
「そうですね……。5個でしょうか」
「……」
5個という少ない数字に落胆すればよいのか、それもと今朝食べたにも関わらず追加で食べられる事に喜びを見い出せばよいのか。
績から許可が得られた事で踏ん切りがついたのか、黎翔はポケットから金平糖を取り出すと、それを一つわたしの口へ放り込んだ。
「あまい」
口の中でコロりと金平糖を転がすと、今まで感じた事の無い「幸せの味」がした。直ぐに噛まずに大切に味わおう。尖った部分が口の中に当たる事に不快感は感じない。
唯一気になるとすれば、私は一体何色の金平糖を食べているのだろうかという事だ。黎翔に聞くと「知らん。適当に入れた」と判断がつかなかった。口から出して確かめる事は簡単だが、どうにも行儀が良いとは言えない。
砂糖の甘い味だ。黎翔はおいしい飴をくれた為、悪戯は出来ない。
「では、行ってきます」
「え?」
績は黎翔にそう声をかけ、部屋を退出しようとする。そして、それに続くようにして彩月が歩みを進める。
「どこいくの?」
「挨拶に」
「ふぅん……」
挨拶という事は、外部から人が来るという事だ。外部から人が来るだけならば私には関係ない為、全く問題ないが、『今』から来るという事は、間違いなく食事会のお客様だ。また人に会うのか。そう考えると食事会も億劫になる。
「……」
けれども、その億劫さは以前ほど酷くはない。苦手意識が九割、食事へのワクワク感が一割といったところだろうか。
「人はたくさん来るの?」
「そうですね、なにせ、今回は、聖女様のお披露目も兼ねていますので、多いと思いますよ」
「そっか……」
少しだけ聞いた事を後悔した。しかしながら、心構えが出来ていない状態で多くの人の前に出る事と比べたら、いくらか気分も晴れる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
この部屋に残されたのは、黎翔、霙、白鴎だ。この三人こそ会場に行っておかなければならないのではないかと感じるが、全くと言って良いほど、動き出す気配がない。
「みんなは行かないの?」
「私達は、聖女様と一緒に行く」
私はこういう場合の正解が全く分からない為、ただそういうものかと納得する。偉い人ほど遅れて登場するというものだろうか。
「お客さんは誰が来るの?」
「簡単に言うと、この国の偉い人。でも聖女様の方が偉いから、気負う必要はないよ」
「……」
いくら私が偉いとは言っても、数週間前までは一般人だったため、偉い人などとは縁がなかった。
「ご飯はまだ?」
「……まだだ」
「……飴たべる」
「まだ食うのか」
「だってまだ5個食べてない」
溜息を着いた黎翔はまた飴を口の中へ放り込む。また何色の飴を食べたのか分からなかった。味はやはり、砂糖の味だ。
「……そこまで腹が空くのも珍しいな」
黎翔が驚いたように、私を見るがこれは皆に責任があると言えるだろう。なぜかというと、ここにきてからというもの、私は毎日美味しいご飯を食べる事が出来ている。要するにご飯を食べる習慣がついた。それまでは、数日くらい食べなくても普通に過ごせていたというのに。加えて、今日はまだご飯を食べていない。身体精神共に幼くなってしまったのも要因だろう。
「……お腹空くのはダメな事?」
「いや、健康的で良い。たが今は料理人たちが皆出払っている為、軽食を出す事も出来ない」
私の空腹発言に対して皆が困った顔をしていたが、納得した。彼らは迷惑に感じていたのではなく、実際に私に軽食を出す事が出来ず、困っていたのだろう。
彼らにもどうしようもない事であるため、私がこれ以上、彼らを、困らせるのは良くない。
「あっ、でも……」
「どうした」
「……喉乾いた。お水飲みたい」
これくらいなら許されるのではないだろうか。何せ、朝から何も飲んでいないのだ。いくら涼しい天候だとは言っても、水分を体に入れないと倒れそうだ。
「すぐに持ってくる」
どうやら飲み物は大丈夫なようだ。霙はそそくさと部屋を出ていった。客観的に見て、大人を言葉一つで動かすのは贅沢がすぎる。
「そういえば、さっき偉い人って言ってたけど、どんな人が来るの?」
「貴族が沢山。貴族って言うのは、…………うん。まぁ、聖女様や陛下よりは偉くない人」
白鴎の説明を聞いて、彼が途中で説明を面倒に思い、説明を端折ったのだと察した。彼の面倒臭がりは、正直、嫌いではない。簡潔に言ってくれた方が、分かりやすい。




