017-3「おーぷんかー……?」
歓声を聴きつつ、黎翔と共にバルコニーを後にすると、その後ろを霙、白鴎が着いてくる。
「おつかれ」
満面の笑みを浮かべる緑弥を見て、体の力が抜けたのか、床に膝が着いた。
「大丈夫か?」
「ちょっと、緊張しました」
黎翔が私の手を握り、力強く引き寄せる。
「この後もまだ続く。しばらく休め」
「この後は何があるの?」
「パレードだ」
「ぱれーど……」
思い返せば、そのような曲名の歌があった気がすると、全く関係のないところに思考を巡らす。
「街中を馬車で進み、今回城に来れなかった者たちにも聖女様の現れを知らせる」
目立つという事からほど遠い世界で生きてきたため緊張するなという方が無理だろう。
「休む時間があるの?」
「……」
先ほど休めと言ったのは口からの出任せだろうか。
「座って休むような時間はない。馬車の用意ももう済んでいる。向かう間、休憩していろ」
その言葉を聞いて黎翔が私を抱き上げた理由が理解出来た。私を抱き上げ、歩かせない事が休憩になるという事だろう。
以前歩いた覚えがある廊下を私とは比べ物にならないほどの速さで進んでいく。私を休ませる意図もあったかもしれないが、時間短縮の意もあるだろう。
思い返せば、先ほど民の前に顔を出した時間はほんの一瞬だった。その一瞬に民たちの思いを感じた。民たちの前に顔を出すのが一瞬で良かったのだろうかという不安を抱きながらも、空から降り注いだ白は気がつけば私を覆い尽くし、空と一体化させた。
黒はどこまでもモノクロだが、白はいつだってカラフルだ。
自身の黒は 他人とは異なるがそれが自身の証明でもある。この黒がなくなった時、それはすなわち私の消滅だろう。ただ一つ、この世界で私が私である事を前提に呼ばれたのなら、私は恐らく黒がなくなったとしてもこの世界で生きていく事が出来るだろう。
黎翔の手は暖かく上下左右に揺れるこの感覚が私にわずかな睡魔を抱かせる。
「眠っても良いが、すぐに起きてもらうぞ」
「……ふぁい」
少しずつ降りてくる瞼に、返事すらも億劫になる。まだ朝だと言うにもかかわらず、何故この様な睡魔が訪れるのか。朝から動いたから疲れたのだろうか。それとも、子どもの姿だから疲れやすくなっているのだろうか。はたまた、始めて大勢の人の前に出たという事で緊張が極限に達した可能性もある。
「とか言いつつ、眠らせてやるんだろ」
「……」
「このツンデレめ」
「黙れ、緑弥」
「はいはい」
眠たくなければ、きっと笑い転げていただろう。眠りたくないのに、眠ってしまいそう。眠りたいのに、会話を聞きたい。眠りたくない。
「仕方ないですよ、緑弥。黎翔は聖女様が、可愛くて仕方ないのですから」
「煩い、績」
「まあ、城に聖女様を泊まらせたくて仕方ないしな」
「普段ツンツンしてるくせに、じーっと聖女様をみてるし」
「喧しいぞ、霙、白鴎」
目を閉じても皆の楽しそうな声が聞こえてくる。冷たく言い放つ黎翔の声には、温かさしか感じられない。
「聖女様のドレスは最高のものをと念押ししてきたのも黎翔だしね」
「……聖女なのだから当たり前だ」
「その当たり前をわざわざ念押ししてくるくらいには聖女様が可愛いのだろう」
「彩月、後で覚えていろ」
「はいはい」
こんなに温かい言い合いは今までに聞いた事が無い。信頼し合っていないと、この様な関係にはなれない。羨ましさを込めて黎翔の服を握る。これから先、この者たちと共にいる事で、私もこの様な関係になれるのだろうか。それはとても、待ち遠しい。
「馬車の準備は出来ているのだろうな」
「さっき、馬車の準備は済んでいるって言ったの自分だろうが」
「…………」
「緑弥、そのような物言いをするものではありません。黎翔は照れ隠しで、とりあえず何かを話していないと気がすまないのですよ」
何故だろう。何処となく黎翔を、可哀想に感じた。「黎翔をいじる会」が発足している。
それから黎翔は全くと言っていいほど喋らなくなってしまった。けれども、会話が止む事はなかった。黎翔はからかわれているというのに、拗ねる気配はあれど怒り出す気配はない。まるでゆりかごで子守唄のような、それらは私を夢の国に旅立たせるには十分だった。
「起きろ」
「…………寝てないですよ。目を瞑ってただけ、です」
夢の国に旅立ってからほんの数分で起こされた事もあり、すんなりと目が覚め、受け答えも出来た。眠っていないのに、目を閉じただけで十分すっきりしたように感じる。
周りを見渡すと辺りは私が知っている白だけではなくなっている。まず視界に映ったのは、黎翔の服と髪の白だが、その他に瓶覗きの空が映った。まるで私の不安を表しているかのようだった。そして、千草色の――
「おーぷんかー……?」
口から出た言葉が確証を持たず、宙へ消えた。
「何だそれは」
「えっと、日本の車で天井が空いてるやつ?」
「そのままだな」
「えっと、うん」
一応、誤解を解くとすると今目の前にあるのは車であって車ではない。おそらくこの世界に私の想像する車はないだろう。目の前にある車は車だが、馬車という分類に入る。私の想像する車は自動車だ。馬車の天井がないというよりもむしろ横の壁も低い。この際はっきりと分かりやすく言うとすれば某赤服の白ひげを蓄えたおじいさんが乗っているそりに大きなタイヤをつけたものとでも言うべきだろうか。それが馬に繋がれている。あけすけ無い言い方をするとすれば、とても大きな荷車だ。けれども所々に鬱金色の縁取りがされており、貧相には見えない。どちらかというと高級感すら感じる。
「これに乗って行くの?」
「そうだ。……不満か?」
「そぉじゃなくて、乗った事無いからどきどきする」
「そうか」
馬車に気を取られていたが私の周りには私が知らない人も大勢いた。服装が霙達と同じである事から私がいる建物の関係者か何かだろうと予想をつける。しかしながら彼らが話しかけてこない事を良い事に私から話しかけるのも避ける。必要があれば話し出すだろう。
黎翔に抱きかかえられたまま馬車の方へ足を踏み出した。小豆色と栗梅の馬がこちらを見るが、興味なさげに再び前を向いた。そっと荷車のようなものに降ろされると硬そうな見た目に反して中にはクッションが敷き詰められていた。これで長時間乗っていても体が痛む事はないだろう。問題があるとすれば睡魔に襲われないかという事のみだ。
私が乗り込んだ隣に黎翔も乗り込んでくる。
「準備は済んだ。出してくれ」
馬車の後ろの荷車に私たちが乗り込んだが、この荷車にはあと5、6人は乗れそうだ。だが、どうやってもこの場の全員は乗れそうにない。どのようにして全員を連れて行くのかと疑問に思ったが、私と黎翔しか乗る雰囲気がなく、そのまま黎翔は馬車の出発を促した。
「え、皆は?」
「後ろから付いてくる」
「え?」
黎翔の言葉で後ろを振り返ると、霙と白鴎を筆頭にして逆三角形のように並び歩きながら私たちの後をついてきた。
「歩くの?」
「心配ない。馬車もそこまでのスピードで出るわけではない。何より護衛が今の彼らの仕事だ」
「ふぅん」
仕事と言われてしまうと、一緒に乗ろうなどという声かけが出来ない。私が親切心を発揮したとしても彼らにとっては迷惑となってしまうだろう。そう感じたため後ろは向かず前を向いて景色を楽しむ事にする。
「これから中央広場というところまで馬車で行き、鐘を鳴らして戻って来る」
「鐘?」
「聖女の訪れを知らせる鐘だ。国中に鳴り響く」
鐘の音と聞いて、ふと今朝目覚めの瞬間に聞いたあの鐘の音を思い出した。
「行路、帰路ともに多くの民が待ち構えていると思うが、まあ頑張れ」
黎翔の言葉はどこか投げやりだが事前に心構えをさせてくれた事に対して感謝を覚えるべきだろうか。
大理石の床は気がつけば白茶の石畳へと姿を変え、ガラガラと音を立てながら進んだ。城から街へは少し時間がかかるのか、それとも馬車がゆっくりだからそう感じるのか。少なくとも自動車を知っている身としては、人の歩くスピードまで速度を落とした馬車は遅いと言わざるを得ないだろう。
まるで大名行列だ。大名は人前ではゆっくり進んでいたけれども、誰もいない時には時間短縮のために走っていたという説もあった。しかしながら、今回の行列は走り出す気配もない。大名のように数日、数年をかけて行うものでもないから、当然と言えよう。
正直心配はしていないが、自分と置き換えた時に息が苦しくなった為、後ろを向いて問いかけた。
「みんな、疲れない?」
「心配ない。普段の歩く速度よりも幾分遅い」
「そっか」
皆が私の後ろを歩く事を少し寂しく感じるが今は仕方がない事なのだろう。
それからの私は周りの景色を見て過ごす事にしたが、正直見ているだけで全く飽きなかった。
「あれ何?! 水がぶわーって!」
「噴水だ」
「噴水!」
「じゃああれは! あの大っきい翼!」
「あれは木と葉で出来たオブジェだ」
煤竹色のベンチ。藤紫の花。鳥の子色の家。薄香の柱。山鳩色の鳥。そして、梔子色のドレスを着た大きな木。
この白い世界はたくさんの色で溢れている。




