017-2「私はこの国を護る為に、来た」イラスト付き
「準備は出来たか?」
「!」
聞き慣れた声が入り口の方から聞こえてきた。先程黎翔が閉めていなかったドアから霙と白鴎が現れた。
「服、違う!」
霙と白鴎も、黎翔のように、服装が通常と異なる。黎翔とは少し違うが、よく似ている。儀式のための服装とでも言うべきだろうか。
「今日は聖女様の守護者としてふさわしい服装をしている」
「俺たちは聖女様を守る為の存在だからね」
黎翔だけでなく、霙と白鵬の服装を見た事で、会が近づいているのだと実感する。緊張と不安に足が震えそうになるが、自分が1人ではないという事を実感し、膝を伸ばす。
「行くか」
「え、もう?」
起きてからそれほど時間がかかってるとも思えない。準備に時間をかけるものだと思っていたが、そうではないようだ。
「緊張してるだろうから言わなかったが、既に起きてから数時間が経っている」
「え?!」
彩月と顔を見合わせると、無言で頷かれた。窓の外を見てみると、低いところにあった太陽は、少し見上げる必要があるほど高くまで登っていた。
「いつのまに……」
時間の経過を感じられないほど緊張していたという事だろうか。
「手を」
霙が差し出した手を眺める。まるで初めてこの世界に来た時のようだ。初めてこの世界に来た時は何を信じて良いか分からず不安で押しつぶされていた。
私が初めてこの世界で温かいと感じたのは、この手だ。
「どうした?」
「ううん、なんでもないの」
この胸に灯る感情の表現の仕方が分からず、曖昧に濁して手を重ねた。
部屋を出て見慣れた廊下を歩く。自らの足で立って歩くというのは抱きかかえられるよりも疲労を伴う。しかしながら自らの足で立つというのはひどく心地が良い。他人に責任を押し付けず、自らの考えで歩める。この世界ではそれが可能となっている。
まるで鳥にでもなったかのようだ。
この廊下が長いばかりに緊張も不安も長引くが、同時に心の準備も出来た。
この先にいるのは私が護るべき民であり、世界そのもの。それを実感しながら歩みを進める。
まだ建物の中だというのに、温かい威圧感が増してくる。建物の外の声が大きく、空気をざわつかせながら、中まで押し寄せて来る。
遠くから感じるこの感覚は、期待と安堵と、少しの不安。私はこれから、それらの目線に晒される。
強く握った手は霙に伝わり、更に強く握り返される。言葉よりも落ち着く行動は私の体の震えを止める為には十分すぎた。
「不安か」
「少しだけ」
「案ずるな。皆いる」
到着した部屋は例のバルコニーがある場所だ。
「ここからは黎翔と」
霙の手を離し、黎翔の手を握る。霙と白鴎は先程とは立ち位置を変え、まるで従者のように後ろから着いてきている。背後を心配する必要は無くなった。
ゆっくりとドアが開いた。
その瞬間、ぶわりと大きな声が響いた。声と言うよりも音だ。明確な意味を持たない言葉達が大きな音となって耳まで届く。これから対峙する民のものだと思うと足が後ろに下がる。しかしながら、後ろには2人かいる。私はもう前にしか進めない。
扉が全て開いた。
その瞬間、思わず力が抜けそうになった。バルコニーの下の民衆からは見えない部屋の中に、皆がいた。彩月や緑弥、績。他にも会った事がない人がずらりと同じ服を着て立っていた。その中でも優しい顔で手を振る見知った顔に、緊張で強ばっていた背が丸くなる心地がした。
「ねえ、黎翔様」
隣に立っている黎翔にだけ届く声で話しかける。
「なんだ」
黎翔の言葉は冷たく感じるが、1度だって私の言葉を無視した事は無い。必ず耳を傾ける。
「皆がね私は幸せになっていいって言うんだよ」
「……それが聖女の役目だ」
「でもねどうやったら幸せになれるか分からないの」
この世界に来た事も、美味しいご飯が食べられる事も幸せだ。
だからこそ――
「これ以上何を求めていいか分からない」
黎翔は理解出来無いと言った表情をしたが、珍しく顔に笑顔を浮かべた。
「それを見つけるために我々がいる」
「……一緒に探してくれるの?」
「当たり前だ」
「私が聖女じゃ無くなっても?」
「聖女では無くなる……、という事は無いが、お前がお前である限りは傍に居る」
どのような私になっても私は私だと言う発言に、ここに来るまでの事を思い出し背筋が伸びる。その姿を見て黎翔は大丈夫だと感じたのか、私の手を引いてバルコニーの方へ向かった。
1歩ずつバルコニーに近づく度に民の声が大きくなる。
部屋の真ん中辺りまで歩いた所で、黎翔が足を止める。
「?」
疑問に抱いていると、その横を霙と白鴎が通り過ぎた。2人が一足先にバルコニーへと足を踏み出した瞬間、音が消えた。
青い空に燦然と立つ2人が酷く美しい。絵画のような光景を目に焼きつける。
「この度、我が国に聖女様が降臨なさった」
霙の言葉に民が耳を済ませているのを感じる。
「白い世界に聖女様の象徴とも言える黒髪黒目のお方が舞い降りた」
霙の声は重く、そして白鴎の声は緩やかに頭に入り込む。
「空気は軽く」
「生物は舞い」
「作物は育ち」
「太陽は輝く」
白鴎の声で黎翔が私のヴェールを戻し再び歩みを進めた為、私も同じように足を動かす。
「「共に聖女様の降臨に感謝を」」
2人の声とともに、私は漸く民の前に顔を出した。バルコニーから顔を出すと、庭にはヴェール越しでも分かる白が一面に広がっていた。その神秘的な光景に目を奪われる。
「陛下!」
「聖女様ー!」
本当にこのバルコニーから見える庭は人で埋まっていた。黎翔の言葉は比喩ではなく、事実なのだと理解した。これほど多くの民の期待に応えなければならないのだと感じ、表情が強張る。
「聖女様!」
「ありがとうございます、聖女様!!」
喜びに溢れた声が私に刻み込まれる。
「聖女様に祝福を!」
その中で私は時折聞こえる声に心を打たれた。
『聖女様に祝福を』
私の幸せを願ってくれている。見ず知らずの私の幸せを、願ってくれている人が、いるのだと。
祈りは、必ず届く。その為に、聖女がある。
「聖女様はこの世界で最も尊い存在である」
先程まで賑やかだったにも関わらず、黎翔が言葉を紡いだ途端、静けさを取り戻した。
「聖女様はこの世界を導いて下さる」
黎翔の言葉に耳を澄ませている。
「だがそれは、この国を聖女様が愛してくださればこそだ。皆で聖女様の幸せを祈ろう」
会場は賑やかさを取り戻す。この大きな声も、どこか心地よい。
今日もまた、1つ、この世界の美しさを知った。
「何か、言葉をかけてやれるか」
黎翔は気を遣うように私を見る。以前、私に何も話さなくても良い。手を降っておけば良いと言った手前、躊躇しているのだろう。
「うん」
らしくないとは思いつつも迷う事なく返事を返す。緊張に強張った顔を見られずに済む為、この時ばかりはヴェールの存在に感謝を抱く。
先程よりも一歩前へでると、より民を近く感じる。
「私は……」
民から大きな期待と、少しの不安を感じ取る。少しの不安というのは私の外見に関する事だろう。私のように幼い姿の聖女がこの国の象徴と言われたならば、不満を抱くものは少なからずいるだろう。この国を愛しているならば尚更だ。
この民に受け入れられる事が、最初の仕事だ。
「私、は」
言うべき言葉は決まっている。聖女としての言葉が頭に浮かんでいる。しかしながら、何故かそれを言葉として口から放つ事が出来ない。唇の震えが邪魔をして喉から声が出ない。
今までこれほど大勢の視線に晒された事があっただろうか。これからの私の発言はこの国全体に届く。私の発言が、一体どれ程の人々の人生を左右するのだろうか。
手を震わせると、黎翔の温もりが背中に感じられた。
「失敗しても良い」
そこで、「頑張れ」と言わないのが、彼らしいとすら感じる。気が付けば手の震えは収まっていた。
何を恐れているのだろう。私の中の世界には、今数名しかいない。その数名には大切にされていると自負している。ならば、それで良いではないか。
私は、『聖女』だ。口を開くと、自然と言葉が紡がれる。
「私はこの国を護る為に、来た」
この世界を守る。それが私に出来る、恩返し。
「色に溢れたこの世界が、黒く染まる事は無い」
私を迎えてくれたこの世界に感謝を。
「私はこの国の平和を祈る」
声の震えはない。最後の一音を放った時、視界が明るくなったように感じた。
「私の世界……」
今まで現実味が無かったが、ここがこれから私が過ごす世界だ。
「聖女様万歳!」
「国王陛下万歳!」
そして、ここから見える民が、これから護るべき人々。
空へ伸ばした手には純白の羽根が捧げられていた。
※この画像はAI生成画像です




