013-3「じゃぁ、――――私を知って」
寒くなってきたので、室内に入る事にした。とは言っても、城の中は広い為、室内を探索するにも十分な時間を必要とする。好きなように歩き回ろうかとも思ったが、黎翔が「見せておきたい場所がある」と言ったので、その場所に向かう事にする。いくつか 階段を 上り、たどり着いた部屋はとても広く、バルコニーがついていた。バルコニーというよりも その部屋が丸ごとバルコニーという名前がふさわしい場所だった。ここまでの道のりは距離で言えばあまり遠くはないけれど この短い足では十分長距離だった。
「入るぞ」
黎翔の声かけで広い部屋の中に足を踏み入れる。足を踏み入れた途端、開いている窓から冷たい空気が入り込み 冬の匂いがした。寒くて震えそうになりながらも、今までの事を思えば耐えられないほどでもない。鋭い風が広い部屋を突き抜け バルコニーに向かう。大きな窓の向こうに見える空はまるで 窓枠が額縁となって、とても大きな絵画のようだ。それほど空は綺麗で美しく 非現実的に映った。
「何故止まっている。見せたいものはこの奥だ」
あまりの綺麗さにどうやら 足が止まってしまったようだ。
「今行きます」
一歩足を踏み出すごとに冷たい風が肌を突き刺す。大きく開いた窓からバルコニーへと足を踏み入れる。
まるで前からぶわりと強い風が吹いたようだった。体が後ろに押されそうになりながらも前に足を踏み出す。
「ここから見える景色が、この国だ」
「!」
果てなんて見えない。真っ白で、真っ青な空が続いている。今までは空を見上げてきたけれど 今はまるで空を見下ろしているかのようだ。
それでもやはり 空は遠くて見上げる事しか出来ない。少し高さが変わっただけの普段と変わらない空 のはずなのに、手が届きそうに感じた。けれど 同時にもっともっと空を遠くに感じた。
「空って遠いね」
「遠ければ、近くまで行けば良い」
黎翔の迷いのない鋭い声を聞きながら空を見上げる。視界の隅に黎翔の白くて長い髪が視界に入る。青い空に映るそれは、風になびかれている。まるで黎翔は鳥だ。だから黎翔は空と近いのだろう。
「ちなみにここは、披露会の時に挨拶をする場だ」
聞いてない。挨拶するなんて聞いてない。
ここからはきっと、全部見える。広い庭も見えるし、大きな門も見える。遠目から街も見える。
「当日はこの下の庭は国民で埋まる」
「……?」
この広い庭が人で埋まる というのは現実的に難しいだろう。いかにも 誇張が過ぎる。ここから庭を見下ろしたとしても、人を認識出来ない。それほどまでにここから見た庭はとても小さい。そんなに小さい人が一体どれほど集まればここを埋め尽くせるというのだろうか。不可能と言わざるを得ない。
今回の散歩で分かった事がある。いや 今回の散歩で分かったわけではない。元々 わかっていた事だけれど改めて感じた。
『城は広い』
当たり前だ。遠くから見た時でさえ 城の存在をとても大きく感じていたのだから実際に自分が歩いてみると大きいのは当然だ。
歩き疲れた私は当然のように黎翔の腕に抱かれていた。
「ここは 黎翔様のお家なの?」
「家かどうかは分からないが住んでいるという意味では そうだな」
「そっか」
こんな大きな家に住んでいるだなんて。
「寂しくないの?」
「その質問の意図はよくわからないが、ここには多くの者がいる。寂しいと思う暇はないな。……しいて言えば 時折 退屈を感じるという事か」
白い 城は、圧迫感がなく、とても広く感じる。だからだろうか。私が住んでいる場所にしても、この城にしても、私はどうしても寂しさを覚えてしまう。その寂しさが何に対してなのか、明確な答えが見つからない。ただ、この世界に来てから幸福とは別に 何か心に穴が開いたような心地を味わう事がある。その正体がわからない事が何よりもどかしい。
「城の構造は覚えられたか」
「全然」
自信たっぷりに否定の言葉述べる。それも仕方がない事だろう。 だって広い事に加え 景色は相変わらず 白と金に彩られている。
扉に書いてある文字を読めば何に使われている部屋かわかるけれど 遠目からではもうわからない。せめて扉がカラフルであれば、覚えられるというのに。
「また近々 案内しよう」
黎翔は私の答えが分かりきっていたようで 呆れる事なくそう 答えた。
呆れられなかった事を喜べばいいのか 初めから期待されていなかった事を悲しめばいいのかわからない。窓の外から見える白い鳥はそんな私を嘲笑うかのように いつまでも優雅に飛んでいた。
目を開けると、辺りは真っ暗だった。窓の外は真っ白な 月が 空高くに輝いている。黒い空の中にたった一つの 白い光だというのに、眩しいくらいに目に留まった。白の中に一つだけ 黒があったとしても、 それはただ 煩わしいだけというのに、色が変わるだけでどうしてこうも眩しく輝かしいのだろうか。
真っ暗な空を見て思う。ああ、土は黒くないのだ。本当の黒はこれだ、と。
「起きたか」
私はどうやら いつの間にか眠ってしまっていたようで、ベッドに寝ていた。 黎翔は眠っている私の 横で座って本を読んでいた。果たしてそれが趣味の読書なのか仕事の読書なのかは私には計り知れないが。
黎翔もどうやら もう少しで寝ようとしているようだ。服装は完全に昨日と同じく寝るためのものだ。
「もう夜?」
「あぁ、日付がもう少しで変わる」
どうやら寝ていたら夜どころか夜中らしい。この世界でこの時間に起きていたのは初めてだ。
私がいつの間にか寝ていたから、今日もここに泊まる事になったらしい。
「暗いね」
「夜だからな」
もう一度窓の外の月を見る。微かにだけれど、月の近くには星が輝いているように見える。
「ここにも、星があるんだね」
「前の世界にもあったのか」
「うん、あったと思う」
私はまともに見ようと思った事は無かったけれど。
「お星さまには、人が住んでるの?」
「かもな。ここから見える星も1つの大地だからな」
「じゃあ、その世界は黄色いんだね」
「……なぜ?」
「だって、星は黄色いんでしょ?」
「……固定概念だな」
難しい言葉を使わないでほしい。
「ここは、色んな色があるんだね」
「普通だろう」
「キラキラしすぎて目が痛いよ?」
「すぐに慣れる」
慣れる筈もない。黒一色の夜でさえ、色とりどり綺麗な星が輝いている。
「さっきの所、行きたい」
「さっきとは」
沢山歩いて、沢山の所を見て回った。「さっき行った所」なんてありふれている。
「お空が見える所。お庭が見えて街が見える所」
「……夜は冷える」
「暖かくしていく」
「……夜も遅い。子どもは寝る時間だ」
「いっぱい寝たから、まだ眠くない」
「……はぁ」
大きくため息を吐いた黎翔からは幸せが逃げてしまった事だろう。
「お前に風邪を引かせたら、私が霙に怒られる」
「大丈夫、馬鹿は風邪をひかないのよ」
「確かにそんな諺があるな。だが、私はお前が馬鹿かどうかを判断する程の関わりがない」
「じゃぁ、――――私を知って」
思ったよりも真剣な声が出た。
「……そのつもりだ」
「私もこの世界を知りたい。…………夜の、綺麗さを知りたい」
私は、夜を好きになりたい。
「だから連れて行って」
「結局そこに行き着くのか。」
「うん」
「まぁ、我儘を言えるのは良い傾向か。その代わり長居はしない」
「うん!」
自分で言い出した事とは言え、やはり夜は冷える。上着も着ている。靴も靴下も履いているというのに、足元から冷えが伝わってくる。反対に、繋いだ手はとても暖かい。この温度差で風邪をひいてしまいそうだ。
あのバルコニーは私の部屋からは遠い。廊下を沢山歩いて、階段を登って、また廊下を歩く。渡り廊下を渡って、また階段と廊下を歩いて。途中からは黎翔に抱き上げてもらった。
私が言い出した事だから、寒いも疲れたも言いたくなかった。無言で両手を伸ばすと、察したように抱き上げてくれた。黎翔も、何も言わなかった。
昼と夜では全く違う。
「明かりはいるか?」
「ううん、いい」
明かりを灯してしまうと、外が見えない。窓という額縁の中に浮かぶ色は黒。昼間の青、水色とは違う。禍々しく、優しい闇が世界を包み込む。
黎翔が私を下ろすと、再び足元に冷えが舞い込んでくる。ぶるりと震えるけれど、自分の足で額縁をこえたかった。
髪の長い黎翔が窓のところに立っていると、まるで絵画の中に住む天使のようだ。この世界を導く、白くて綺麗で美しい天使。
窓に近づくと、さらに気温は下がる。寒いはずなのに、ぶわっと吹いた風は、暖かかった。
昼間と同じ感覚で一歩、額縁の向こう側へと足を踏み入れる。私は、この時言葉を忘れた。
「空が黒いからこそ、灯りが綺麗だな」
黒いからこそ――。
真っ暗な闇の中に、明るい星。星はどうして光っているのだろうか。星は黄色なんて、そんなのは嘘だ。だって、私が見ている星は白くて、オレンジ色で赤くて、…………やはり、黄色だ。
「違う」
星だけではない。私の目線よりさらに下の方に広がる明かりは、民家が明かりだ。人が生き、生活し、そして、命を育むための光。街灯の光、窓から漏れる室内の明かり、ランタンの光。きっと色々な光があるのだろう。光は、白。闇は、黒。これこそ固定概念だ。
「そっか、」
言葉が出なかった理由がわかった。綺麗なんて、言葉では表せない。
ああ、なんて、――――――美しい。
昼の綺麗さ。
夜の美しさ。
私の目は、これを映すためにあるのだ。これを、守るために、私はここに来たのだ。
「ありがとう」
世界の美しさを知る事が、私を彩る。
私が私の存在を知った時、カチリと、日付が変わった。




