012-4「黎翔様、お泊まりしても良い?」
食事をして、話をしたり、昼寝したり、黎翔が仕事するのを眺めたりしていると窓の外はオレンジ色に染まっていた。
「もう夕方か」
「はやいねぇ」
今日1日をこの部屋で過ごしたという事に驚きだ。時間があっという間に過ぎていった。
「……今日も帰るのか」
何の事だろうと思ったけれど、前回私がお泊まりを断ったからだろう。出来る事ならば今回は泊まっていってもよいが、前回同様、みーが向こうで一人ぼっちだ。どうしたものかと考えこむ。
「ただいま」
白鴎が部屋の中に入って来た。ただいまと言っていたけれど、どこに行ってきたのだろうかと疑問に思ったが、それはすぐに解消された。
「みー!」
白鴎の腕の中には、私が大好きなみーがいた。白鴎は、きっと向こうから、みーを連れてきてくれたのだと思う。つまり、これはお泊まりをしてという事だと思う。
白鴎からみーを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
この子がいるならば、どこでだって眠れる。
「黎翔様、お泊まりしても良い?」
「ああ」
という訳で、お泊まり決定です。私にとっては、あの建物で過ごす事すらも「お泊り」なのだけれど。
そうは言っても、「お泊まり」という言葉の響きは好きだ。
「おっふろ~、おっふろ~!」
ここはいつもの場所ではない。霙と白鴎は帰ってしまった。という事は私1人。つまり、お風呂も1人。今日こそ風呂で1人を満喫してやる。今まで満喫していなかったかと言われるとノーコメントだけれど、とにかく今日は周りを気にせず、裸になる事を気にせず入ってやれる。風呂で泳いでやる。泡で遊んでやる。
なんて思っていた時もあった。
脱衣所に来た私の目の前には私の服を脱がしながら自分も服を脱ごうとしている黎翔がいた。
「黎翔様が一緒に入るの?」
「問題あるか」
「ナイデス」
さらば、一人の時間。諦めて両手を上にあげると、スポンとお洋服が脱げた。
「後ろを向け」
「?」
服を全部脱いだ後で後ろを向く必要はなんだろうと思いながらも逆らえる訳もなく後ろをむく。
「……ふむ、同じだな」
「おんなじ?」
「……なんでも無い。入るぞ」
「……」
私には足がある。歩ける。どうしても抱き上げるのならば抱っこで良い。おんぶでも脇を抱えるのでも良い。
だから、
「……こめだわら」
米俵を担ぐみたいに脇に抱えるのはやめて欲しい。脇「を」抱えるのならまだしも、脇「に」抱えるのは生き物としてつらいものがある。
いくら短時間とはいえ、お腹が痛くなる。
「座れ」
「はあい」
文句なんて言えないけれど。黎翔に椅子に降ろされ、周りを見渡してみる。
「ひろぉい」
いつものところも十分広いのだけれど、ここは比べ物にならないくらい広い。
「お城のお風呂って広いんだね」
一体何人が入る事を想定して作ったというのだろう。
「まぁ、国王用だからな」
国王用。つまりは黎翔用。
「……っえ?1人用?」
「ああ」
なんという贅沢。これなら黎翔が百人は入れそうだ。
「湯をかけるぞ」
黎翔の声を聞きぎゅっと目を閉じる。熱いお湯を想像していたけれど、肌に馴染む優しい温度だった。
「気持ち良いね」
わずかに残っていた緊張もほどけたような心地がした。そして頭からかけられていた湯がやむのを感じた後に、髪の毛をゴシゴシとこすられた。おそらく頭洗ってくれてるのだろう。
「痛くないか」
「へーき」
黎翔には、初めて洗ってもらったけれど、気持ちが良い。
「言っておくが、私は、人の髪を洗った事がない」
「そうなの?」
「下手でも文句言うなよ」
言わないし、言えるわけがない。洗ってもらっているのに、文句を言うなんて。もし言う言葉があるとすれば、礼だけだ。
それよりも、黎翔みたいな偉い人に、頭を洗ってもらうなんて、本当に贅沢すぎる。むしろ黎翔の髪を洗うべきではないだろうか。届かないから無理だけれど。
「目を瞑っていろ」
「ん」
再び頭から温かいお湯が注がれる。目に泡が入らないようにぎゅっと目を閉じる。目をぎゅっと閉じなければならないというのにあったかいお湯で、その力が失われそうだ。
「良いぞ」
顔にお湯がかかる感覚がなくなり、ゆっくりと目を開ける。顔に水が残っていたのか、少し目を開ける時に目が痛んだが、目を開けられないほどではない。なんとなく髪に水が残っているのが不快感を伴ったので、頭をぷるぷると振ってみる。
「……お前は犬か」
「……ちがうもん」
しかし今の行動は犬っぽいといわれれば確かにそうだ。
「ふひぃ~」
湯船につかっている黎翔の膝の上でゆったりとくつろぐ。やはり一人で入っていても湯船でおぼれていただろう。
「お前はどうしてこの世界に来た」
『どうして』
それは、「どうやって」という事だろうか。そんなの、私が知りたい。
「気づいたら白いお部屋にいたの」
どうしてここにいたのか、いつの間にやってきたのか私には、その記憶が全くない。それに私の意思が伴っていた筈もない。
「そうか」
黎翔は私の体を支えていない方の手で自身の顔を覆った。大きなため息と共に黎翔が私を支える手が強くなった気がした。
風呂から上がった私はいつも通り着替えさせてもらい、髪も乾かしてもらった。そして、なぜかは分からないけれど、当然のように、私サイズの可愛らしい洋服を着せてくれた。
ただ座っているだけで、全てが片付いていくのだから楽と言われれば、そうなのだけれど、そんな事をさせても良いのだろうか。けれども、黎翔が楽しんでいるように見えるのだから、良いという事にしてもらおう。
風呂から上がって連れてこられたのは、黎翔の私室だった。
「あっ!みー!」
黎翔の部屋の布団の上を見てみると、私が愛してやまないみーが布団の上で寝ていた。
「そのくまはどうした」
「この子はみーっていうの。績さんにもらったの」
「あぁ、例のくまか」
離れてから数時間も経っていないにも関わらず、ぎゅっと抱きしめると、安心する。
「飲め」
黎翔に担がれてソファにおろされ、コップを渡される。
「お水?」
「りんご水だ」
「やった」
冷たい水分が体に染み渡る。
「今日どこで寝たら良いの?」
「……ここで寝ると良い」
「でもここって黎翔様のお部屋だよね? 一緒に寝ても良いの?」
「してはならない理由がどこにある」
一緒に寝ても良いんだ。
「……そっか」
「……お前は、何故こうも許可を得ようとする」
「……え?」
黎翔は眉間に皺を携えたまま、私の手を握る。思えば、黎翔に手を握られたのは初めてだ。
「お前は、何に許可を得ようとしている?」
「えっ、と」
握る手が、痛い。逃げられない。
何に許可を得ようとしているか。そんなの、分からない。何も知らない世界で、自由になんて、生きられない。きっと何をするのも怖い。
「だって……」
ここは私の世界ではない。私は自由に生きて良い理由を見つけられない。
「……理由を探す必要はない」
「……え」
私の心を読んだかのような一言だ。黎翔の目はひどく真剣で、その黄金の瞳は私を射抜くかのように、鋭い。
「お前は、聖女だ」
また、それだ。なりたくてなったわけでもない 聖女。私には一番 それが分からない。聖女とは何か 、何をすればいいのか。誰も私の満足のいく答えをくれない。
どうあるべきか。それすらも分からないこの世界で、私らしさを出す事に戸惑う。
何故、ここの人達は、こうも真剣なのか。何故、いつだって私の目を見てくれるのか。
黎翔は一層目を鋭くし、握る手に力を込める。
「しても良い理由を、探す必要はない」
その言葉はひどく真っ直ぐに私の心に落ちた。「してはならない理由」を探し続けて、「して良い理由」を殺し続け。
許可を得なければ、何も出来ない。そんな子どもを沢山見てきたのだろう。
「……でも、」
許可が無いことも、指示が無いことも、それは怖い。それは、これから歩く道が、全て無くなるという事だ。
ここでは「しても良い理由」を探さなくて良い。たが、それは、私の意思で進めるという事だ。
握る手の力さえも、どうでも良くなった。
「……」
きっと、ここでは、「私」として生きることを許されているのだろう。私が「私」として生きる。それは、この先の未来が、明るく、そして、多くの彩りに溢れるのだろう。
ここにきてから、新しい事ばかりだ。環境はもちろん違うけれど、私の中身がどんどん変わっていくような心地がする。それは、とても心地よくて、
私には、色が見えない。
「ほら、寝るぞ」
呆けていた目元を、大きな白い手が覆う。まるでキャンバスのように、色を映すそれは、とても、冷たい。
「えっ、もう、ですか?」
「子どもは早く寝るものだ」
「えー……」
今日は全く睡魔が来ない。
「まだ、眠くない」
「……」
せっかくの泊まりだと言うのに、直ぐに眠るだなんて勿体ない。
「はぁ、」
「っ!」
黎翔は大きなため息を吐いた。驚いて思わず息を飲んでしまった。
「……怒った、の?」
「いや、子育ての難しさを感じ取っていたところだ」
「……ごめんなさい」
いや、そもそも私は15歳だ。どうして15歳になってまで周りの大人を困らせる必要があるのだろうか。私はもう立派な大人の部類だ。ここれは黎翔を困らせず、すぐに眠るべきだ。
「寝ます」
「眠くないのだろう?」
「お布団入ってたら眠く、なる」
「そうか」
私の言葉に納得がいったのか黎翔は、私を布団の中に放り込んだ。
「……疲れているだろう」
「疲れてないです」
昼寝もした。食事もした。働いてもない。疲れる要素が見つからない。
「布団を被れ」
「本当にまだ眠くないです」
「分かっている」
黎翔は布団の中に入った私の体をトントンと叩く。これは寝かせに入っている。寝たいけど、寝たくない。
「……黎翔は寝ないの?」
「まだ仕事が残っている」
「!」
この言葉を聞いて思い出した。私の今日の役割を。
「黎翔様も寝、ます」
「……」
「お仕事はお休みするの」
「……」
黎翔の眉間にはいかにも不満ですといったように、シワが寄っていた。
「……寂しいのならば、クマがいるだろう」
「……」
そうではない。
「だって黎翔様は寝ないといけなくて……、私は、黎翔様に寝てほしいの」
けれど、黎翔は休む事を知らない。逃げようとしている。
『しても良い理由』
これを探さなくて良いと教えてくれたのは黎翔だ。
発言する理由。意思を伝える理由。
「私が聖女だって言ったの、黎翔様、です」
「……」
「だめなのですか?」
黎翔はまた大きなため息をついた。
「お前は小さいだろう」
「えー?」
ここにきて、また突然の罵倒ですか。
「……小さいからこそ、一緒に寝て潰してしまいそうになる」
「!」
そうか。黎翔はそんな心配をしてくれていたのか。
「潰れないよ。それに、誰かと一緒に寝るって、した事ないから。………………一緒にねたい」
「……………………はぁ、分かった。ただし、お前が苦しむような事があったら、私はソファに移るからな」
「うん!」
黎翔の顔は不服そうではあったけれど、先程に比べるとずっと穏やかだった。
黎翔は扉の近くにある電気を切って、ベッドへとやってきた。
「入るぞ」
広くて大きなベッドは私と黎翔が入っても、十分余る。
「てぇ、つないで」
電気を切ってしまったから黎翔の顔は見えないけれど手に大きくて暖かな温もりを感じた。
「えへへ」
言葉よりもずっと嬉しい。嬉しくて、ぎゅっと黎翔の腕に抱きつく。
「……近い」
「良いの!」
「はぁ」
黎翔はため息を吐きながら、私の体を黎翔の大きな身体で包み込んだ。
暖かい。温かい。
なんだか泣きそうになる。暖かくて、温かくて、黎翔の服を掴む力が強くなる。
「黎翔、あのね。ここにいて、良い?」
「あぁ」
今日1番、迷いの無い言葉だった。その答えに、悲しくもないのにまた涙が出そうだった。




