012-2「今日は忙しいですか? 帰った方が良い?」
二度目の空は相変わらず、美しい。
少しだけ白い雲がかかっている青は、近いようで、とてつもなく、遠い。
「空ばかり見てると転ぶよ」
「はーい」
きっと霙や白鴎。それに、他の皆がこの綺麗な空を飛び交っていたって、気がつかない。きっと鳥に見えてしまう。
前回通った道と同じ道だけれど、日が変われば、また違って感じる。廊下とは違った靴音が面白い。おそらく砂利を踏んだのだろう。前に転んでしまいそうな感じで一瞬滑ってしまったけれど、それもまた面白い。霙と白鴎は驚いて、一瞬青ざめていたから、申し訳なかったけれどね。
「このお花、とっても良いの?」
「ああ、構わない」
途中で見つけた綺麗なお花を一輪とって、リボンの髪飾りと一緒に髪につける。白いリボンと一緒に付けたから、白くて可愛い小さなお花も違和感はないだろう。
たくさん歩いたのに、まだあまり進んでないような気がする。歩くという行動が、こんなに楽しいのは、久しぶりだ。一度目は感動でいっぱいだったから。
どれだけ進んだのだろうか。目的地は、目の前にはっきりと見えるけれど、前の建物も後ろの建物も大きいから、それほど進んだ感覚がない
ふと、先程まで、私がいた方の建物を見ると遠くを白い影が横切ったような感じがした。
「……?」
今、向こうの方で、男の子が走っていたような気がするねだけれど、気のせいだろうか。
「聖女様、どうかした?」
「大丈夫です、何でもないです」
「そっか。よそ見して、転ばないようにね」
それに対しては、よそ見をしない自信がなかったから素直に返事が出来なかった。
潤朱の花
瓶覗の空
鉛白の雲
深緑の草
丁字茶の木
中黄の蝶
薄墨色の石
世界はなぜこんなにも色で溢れているのだろうか。まるで絵の具のパレットだ。一つ一つが主張し合って、素敵な彩りを出している。
これだけの色が手に入ったならば、世界は最初からもっと輝いていたのに。
コンコンッ
大して力のない私が全力で扉をノックする。前回と全く同じ経路を通って、ここまでやってきた。おそらく道は全く同じはずだ。細かいところまで覚えていないが、通ってきた道は全部白い道だったから。本当にこの世界は白が多すぎて困ってしまう。決して白が嫌いなわけではないけれど、廊下に番号でもふるか色を変えてくれれば、迷う心配もないというのに。
「誰だ」
中から少し不機嫌そうな黎翔の声が聞こえた。
「……えっと、」
名前を名乗っても良いのだろうか、それとも黎翔は不機嫌そうだから帰った方が良いだろうか。きっと仕事が多くて忙しいのだろう。
自分では判断がつかなかったので、後ろに立っている霙と白鴎の顔を伺ってみる。
「大丈夫だ」
霙はそう言って私の頭を撫でながら扉に向かって叫んだ。
「私達だ。聖女様もいる」
「入れ」
返事が早い。
許可がもらえたので、三人揃って、扉を開けて中に入る。前回と同じように書類に埋もれてしまいそうな黎翔が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。相変わらず忙しそうだ。
「ここまで書類を溜めるのは珍しいな」
「……」
霙の言葉に黎翔はさらに眉間に皺を寄せる。
「特に理由は無い」
「それは理由があると言っているようなものだ。まぁ、大体想像はつくが」
「……」
「聖女様は可愛いもんね。毎日会いたくなるのは分かる」
「えっ?」
霙と黎翔の会話がよく分からないと思っていたら、白鴎が急に私の話題を振ってきた。そこで急に私の話題を出したのが何故なのか分からない。
会話の意図は分からずとも黎翔が忙しそうだという事は分かる。
「今日は忙しいですか? 帰った方が良い?」
私がそういうと黎翔の眉間の皺はより一層深くなった。
「帰らなくて良い」
表情と言葉が一致していないような気がするのは私だけだろうか。しかし、「帰らなくて良い」と言ってくれてるのだから、ここにいても良いのだろう。
「そういうと思った」
「では私達はこれで」
「え?」
前回に引き続き霙と白鴎は、私と黎翔を会わせて満足したのか部屋から出ていこうとする。
「霙さん達行っちゃうの?」
「この建物にはいるから、大丈夫だ」
「俺たちの事より、黎翔に構ってあげて。多分、拗ねてると思うから」
「おい、余計な事を言うな」
黎翔が拗ねていると白鴎は言うけれど、その理由に、全く心当たりがない。つまりは、機嫌がよろしくない黎翔の相手を私がしなければならないという事だろうか。しかしながら、その不機嫌な理由が、私にあるのだとしたら、私が何とかしなければならないだろう。
「聖女様、頼んだ」
「へ、あ、はい」
なぜ黎翔が拗ねているのか。その理由も全く分からないまま霙達は出ていってしまった。人間時には諦めも必要だ。さてどうしようかと考えたところで、黎翔は、先程まで座っていた仕事用の椅子から立ち上がり、ソファへと移動した。ドカリとソファーに座り足を組む姿は、行儀が悪いはずなのに、なぜかひどく輝かしい。私はどうしようかと迷ったところで、とりあえず黎翔の目の前にあるソファに座ってみる。そこに座ったところで、そういえば、前回もここに座ったなと思う。
どちらかというと、沈黙は苦手な方ではあるし、何か話題を見つけなければと考えた所で、黎翔の眉間のシワが先程よりも薄くなっている事に気づく。
「何か嫌な事あったのですか?」
少しは機嫌が良くなってるのだろうか。ならば、多少話を聞いても問題ないだろうと思い、眉間のシワの理由を尋ねる事にした。
黎翔は、私の質問に対して、何度か口を開こうとしたが、言葉に出そうとする度に口をつぐんでしまった。答えづらい質問だっただろうか。もしくはあまり言いたくないのかもしれない。無理に聞き出すつもりはないため、別の話題を探す事にしよう。
「また来いと言っただろう」
すぐに話題も見つからなかったため 天気の話題でも 振ろうかと頭の中をぐるぐると、回転させたところで、黎翔はそう呟いた。
何の脈略もないが、私は遠回しに責められてるのだろうか。黎翔の言う「また」とはすぐの事ではなく、遠い先の未来の「いつか」を指して言った言葉なのかもしれない。
「はい、だから、遊びに来ました」
しかし、私に対して、明確に「いつ」という事を言っていないのだから今日来たところで攻められる筋合いはないはずだ。
「………………翌日」
黎翔の言葉の意図がつかめないため、静かに言葉の続きを待つ事にする。私が静かに待っていた事で、黎翔もようやく話す気になったようだ。
「翌日に、くるものだと思っていた」
黎翔の言葉の意図を頭の中で辿っていく。黎翔様の不機嫌の理由は、てっきり私が早く遊びに来すぎてしまった事だろうと感じていたが、黎翔の言葉からすると、真逆だったようだ。
「次の日に来てもよかった、ですか?」
つまりは「来るのが遅い」という事だろう。それならば、正直にそう言ってくれれば良いのに。とは思うものの霙と白鴎がいる中で、零翔もそうは言いづらいだろう。
「良いから言っている。お前は聖女だ。やりたいようにすれば良い」
「そっかぁ」
どうやら、私は自分の思うがままで自由に行動しても良いそうだ。それを この国の王にまで許可されたのならば、私に しがらみはないのだろう。その言葉が私の心臓を取り巻いていた 茨を取ってくれたようだった。
「だからといって、私に気を使って、毎日来なくても良い」
黎翔は会いに来て欲しいのか欲しくないのか、どちらなのだろう。
表情からすると嫌われてはいないから遊びに来る事はやめない方が良いと思う。何より、私が来ても無視をする事なく仕事の手を止めて、話をしてくれるのだから、歓迎されていない訳ではないと思う。
とりあえず、今日の私の目的は黎翔に会う事と黎翔を休ませる事だ。前者はもう既に達成されているし、後者も私が来た事で、達成されたみたいだ。しかし、その「休む」という事が「仕事を休む」という事ならばだが。私と話をする事で、気が休まるのかは、果たして、謎だ。私ならば仕事の手を止めて、誰かの相手をするなんて、それもまた仕事のうちで休まる気はしない。
ああ、休むといえば。
「一緒にクッキー食べ、ませんか?」
「何故いきなりそうなった」
私の中では、会話が繋がっていたから、返答したけれど黎翔からすると、一気に会話が飛んだような気がしても仕方がない。
黎翔は私の思考を理解する事を諦めたのか、大きなため息をついた。
「……茶を用意させる」
「!」
つまり、これは一緒にクッキーを食べてくれるという事で間違いはないのだろう。




