012-1「あ、黎翔様のところは?」
「今日は何がしたい?」
布団の中でごろごろしていた私に白鴎がそう問いかけた。今日も静かな朝焼けが綺麗だった。
「うーん」
顎に手を当てて考えるけれども、やはりここでの生活は何をすれば良いか分からないから、絵を描くか、おままごとしか出てこない。それかまたこの建物を探検してみても良いかもしれない。この間探検した時は調理場にしか行けなかったから。もし探検した時には誰かに会えると良い。
探検したとしても、私が分からない道だったらこの部屋まで戻ってこられる自信がない。この建物を歩き回ってみたい気持ちもあるが、強いて言うならば
「お外でお散歩」
外に出たいというよりも綺麗な空を窓越しではなく、この目で見たい。綺麗な花や緑をこの目で感じたい。
「外か。ならば今日は私と白鴎もついていこう」
「では、一緒にお散歩ですね!」
「ああ」
ここでは、私は大事にされているようだけれど、籠の鳥ではないようだ。こうもあっさり外に出る事を許可されるとは思わなかった。大事にされているけれど、自由もくれるなんて、矛盾だ。だが、その矛盾が私にとっては心地よい。
「あ、黎翔様のところは?」
「行きたいのか?」
「うん」
以前黎翔は「また来い」と言っていた。毎日外に出れるかは分からないから、外に出られた日に行くのが良いだろう。いつか黎翔も、この建物に来てくれたりするのだろうか。
「……今日、国王は忙しいだろうか?」
「うーん、でも一昨日のあの様子を見るからに、ずっと連れてこない方が後々面倒そうなんだよね」
「まあ、確かに」
あぁ、そうか。黎翔は私と違って忙しい人だ。この間の机いっぱいに広がった書類の山を私は決して忘れる事が出来ない。私が来た事で増えた仕事もあるだろう。
「それに」
白鴎が言葉を続ける。
「こういう時に休んで貰わないと、黎翔は休まないよ」
「確かにな」
そうか。私が来た事で仕事をする手を止める事になるという訳だ。果たして手を止めてくれるだろうか。私が来た事なんて知らん振りで仕事をしていても黎翔だから違和感は無い。けれどこの間は手を止めて、私の相手をしてくれたし、黎翔も「また来い」と言ってくれたし。
「とりあえず行ってみるか」
「そうしよう」
忙しそうならば、また出来る事を見つければ良いし、取り敢えず、時間を潰すために会いに行くのも悪くない。そうしよう。ダメならば、他の何かを考えれば良いだけだ。
というより、霙と白鴎は黎翔の事名前で呼んだり「コクオウ」と呼んだりしている。気分で変えているのだろうか。それとも特に意識していないのかもしれない。
「黎翔様に会うときは、あの真っ白の綺麗なドレスとベールをつけないといけないの?」
「いや、あれは初対面だったからな。形式というものが必要だったんだ」
「へーぇ」
なんだか形式って難しそうだから、分かるようで分からない。少なくとも、私は考えなくても良い事だと思う。だって、この世界の常識すら分からないのに形式を理解しようなんて無理な話だ。
「まぁ、とりあえず着替えるか」
「はーい」
「私は緑弥に食事はいらないと伝えてくる」
あぁ、そうか。緑弥はいつも食事を作ってくれるから、伝えておかないと今日も作ってくれるかもしれない。緑弥のご飯が今日は食べられないのか。それはそれで寂しい気がしたので、少し落ち込む。しかし、黎翔に会いたいのも事実なので、今日くらいは我慢しようかと思う。それに。
「じゅるり……」
想像しただけで、思わず涎が出てきそうだったが、黎翔のところで食べたうどんも美味しかった。あわよくば今日も美味しいご飯が出てきてくれないかなぁ、なんて考える。
「お腹すいたの?」
私の涎が垂れそうな事に気がついたのか、白鴎が、私の顔を覗き込んでくる。
「えーと、今お腹が空いた訳ではないけど……、あっ、あめ食べたいです! コロコロして甘いやつ!」
そういえば、前回黎翔の所に行く時も、準備をしている時に飴を食べた覚えがある。あの甘さを思い出したら、もう一度食べてみたくなってしまうのも仕方ないだろう。
「良いよ」
白鴎から帰ってきた答えはなんともあっさりしたものだった。許可を出した白鴎はキッチンの方に向かうと、戸棚を開き、中から飴が入っている瓶を取り出した。
「ふわぁ!!!」
私が今いる場所は、キッチンとは少し距離が離れていたため、遠目からしか見えなかったが、飴とはあんなに綺麗なものなのだと、初めて知った。遠くからでも分かる、あの輝かしさは、まるで宝石だ。
「きれい」
キッチンがほんの少しだけ暗いところからも、余計に輝いて見える。白鴎が瓶ごとこっちに持ってきてくれたので間近で見るとより一層、それが宝石に見えた。色とりどりのものはまるでこの世界そのもののように見えた。
「これ本当に食べれるの?」
「うん、飴だからね」
「……」
それが飴と知らされても、どうにも信じられない。これも食べられなさそうだ。宝石を食べたら味なんてしないし、絶対に硬いだろうから。宝石なんて食べた事はないけれど。
「何色の飴が良い?」
そこにある瓶の中の飴は、おそらく、七種類。まるで雨上がりの綺麗な橋を詰め込んだかのようだ。
「じゃあ、緑色……」
私の中で、なぜか一段と目を引いたのは、その色だった。
「じゃあ、あーん」
白鴎が飴を瓶から取り出し、私に近づけてくれたので、遠慮なく、しかし、ゆっくりと口を開けてみる事にする。
「はむ」
ころり。歯に当たって、そんな音がした気がする。口に含んだ感触としては、前回と同じだ。歯に当てるだけではなく、それを舌で舐めとってみると、微かにだが味がした。これは
「……めろん?」
「正解」
メロンなんてほとんど食べた事は無いけど、美味しいんものだ。食べ慣れない味はするけれど。
「先に髪をしていくから、動かないでね」
「はーい」
目の前の鏡を見ながら飴を右へ左へとコロコロする。リスのように、頬がぷっくりと膨らむが、反対に飴を持っていくと、反対もぷっくりと膨らむのが面白い。
「聖女様、リスみたい」
笑いながらつぶやく白鴎に心の声が漏れたのかと冷や汗が垂れた。
「リボン、どっちの色が良い?」
白鴎が見せてくれたリボンは白と若緑だった。今日の髪型は、編み込みからの三つ編みが両サイドに作られている。おそらくリボンはそれを結ぶところにつけられるのだろう。
白か若緑か。どちらも好きだ。
「み、……やっぱり白」
「……迷うって事は、どっちも好きなんだね、じゃあ、どっちもつけよう」
そのような選択肢もあるのか。
結局、右には、緑。左には、白のリボンが付けられた。これは今日の服に合うのだろうか。そう心配するも、持ってこられた服を見ると全く違和感がなかった。そのドレスも可愛い緑若色をしており、差し色で白が使われている。リボンとドレスの生地が全く一緒かは分からないけれど傍目から見て、違和感はない。
「よし、聖女様の準備はオッケーだね」
準備が出来上がった頃には、私の口の中にあった甘いメロン味はなくなっていた。
「戻った」
緑弥に食事がいらない事を伝えに行ってくれていた霙も戻ってきた。
「おかえりなさい。……?」
くんくん
「美味しい匂いする」
「ああ、緑弥がクッキーを持たせてくれた。どうやら今日のおやつで出すつもりだったらしい」
「クッキー!」
「ほら、口開けろ」
「あーっ!」
飴を食べ終わっていて良かった。霙がくれたのは、緑色のクッキーだ。これもメロン味だろうか。霙が口の中に入れてくれたので、少し舐めて見たあとにゆっくり齧る。
「……メロンじゃない?」
口の中に広がったのは、クッキーの甘みと微かな、苦味。けれど嫌いでは無い。苦いのに少し甘い。
「抹茶だよ。まあ、お茶だね。食べれる?」
「うん。美味しい!」
「良かった。もう数種類あるから持って行って黎翔とでも食べると良い」
「はぁい」
一旦クッキーはお預けらしい。




