011-3「着てみたいもの……?」
コンコンッ
控えめだけれどハッキリとしたノックの音が聞こえる。私の髪はまだ少し乾いていないけれど、服は着ているし、いいだろうか。そう思って白鴎を見てみると、頷いてくれたので「どうぞ!」と叫ぶ。私が答えるとすぐにドアは開いた。
「お邪魔するよ」
入ってきたのは彩月だった。少ししか日は空いていないというのに、とても久しぶりに感じる。
「彩月さん、こんにちは」
「こんにちは」
相変わらず、おしゃれな髪形をしている。私も彩月の様自分で上手に編み込みが出来るようになりたい。
「風呂上がり?」
「あのね、昨日国王様のところにいってて、疲れて寝ちゃってお風呂入ってないの」
「ああ、だから朝風呂」
彩月は納得したように私を見るけれど、その後に呆れたように白鴎の方を見た。何となく、白鴎も風呂上がりだと察したのだろう。彩月の目線が「昨晩も入っていただろう」と言っている。
「髪はしっかり乾かしなさい」
「はぁい」
きちんと返事はするけれど、私はただ椅子に座っているだけだ。私の髪を乾かすのは白鴎達だ。
「国王はどうだった? 怖くなかった?」
私が髪を乾かしてもらっている間の暇つぶしとでも言ったように、私の対面のソファに座った彩月は私に問いかける。
「国王様……」
どうと言われても、どのように答えるのが正解か分からない。ただ、怖かったかと聞かれるとそれは否だ。少なくとも、また会いたいと思える程度には好ましく思っている。だいたい、私は国王という人物を考察出来るほど偉い立場では無い。確かに彩月が心配したように、一見すると無表情で怖い印象だ。これに関しては私自身も人の事を言えない気がするが。一日黎翔と過ごしてみて、まるで兄のように、父のように接してくれた。
「すきだった」
私はそう感じた。結果は単純だ。私がそう答えると、私の髪を拭いている白鴎の手が止まった。
「?」
白鴎を見ると、不機嫌という感情が前面に出ていた。私は彼に何か怒らせる事を言ってしまっただろうか。何がきっかけになったのか見当もつかない。霙に助けを求めようにも、彼も同じような表情をしていた。
「……」
一体、何がいけなかったのだろうか。人は、何気ないたった一言で関係性が崩れてしまう事はよくある。信頼していても、信用していても、いつも、簡単に人は離れていく。
しかし、そうもいっていられない。この世界の私の居場所はここだけだ。たとえ、嫌われたって、ここから追い出される事は避けたい。気がつけば、手をぎゅっと握りしめていた。きっと、こういう感情を「怖い」というのだ。頭が真っ白で、真っ黒になる。
「あの……」
謝ろうと思っても何がいけなかったのか分からない。上辺だけの謝罪なんて意味がない。
「………………いや、ごめん。何でもないよ」
私の戸惑いに気がついたのか、白鴎は、先程までの不機嫌そうな顔を隠し、いつも通りの優しい顔でそう言った。おそらく、本当に何でもなかった訳ではなく、私に気を使ってそう言ってくれただけだろう。だが、白鴎が何でもないと言っているにもかかわらず、私がそこでズカズカと内容を聞くわけにもいかないだろう。
「そう、ですか」
私は一言、そう返す事にした。
私の髪もすっかり乾き、彩月は机の上に沢山の紙を広げ始めた。
「これは?」
「披露会で聖女様が着る衣装のデザイン画です」
「ふぇ…………」
驚き過ぎて、おもわず変な声が漏れてしまった。
「こんなに沢山ですか?」
「聖女様はイメージを膨らませてくれますからね」
「それなら、良かったです?」
思わず疑問形になってしまうが、彩月の助けになっているのなら良かった。
「1番のオススメはこれですが……」
彩月は沢山の紙の中から、1枚を取り出す。
「見てもいい?」
「ええ、もちろん」
彩月から受け取って、その紙をましまじと見る。最初に浮かん出来た感想は、「綺麗なドレス」というよりも、彩月は、絵が上手だなという事だけだった。私もこんな風にさっと素敵なドレスを描けるようになりたいと思ったが、霙と白鴎の「聖女様に似合いそうだ」という言葉を聞いてやっと私の意識はデザインの方へ行った。
「聖女様の服の大まかなデザインは各国共通なので、元々決まっているのですよ。けれど似合う衣装というものは人それぞれ違いますから、自由に細かなデザインを変えてもいいのですよ。」
細かなデザインをたくさん変えているならば、それはデザインが決まっていると言ってもいいのだろうか。人によっては完全にオリジナルになるのではないのだろうか。そこは私にはわからない。けれど、彩月の事だから、きっと私に似合うと思ったデザインにしてくれている事に、間違いはないだろう。何よりこのデザインは、首が詰まったり、ネックレスがあったりはしないから、私も快く着る事が出来る。デザインとしては、昨日、黎翔に会いに行った時に着た服に似ているかもしれない。特に真っ白ベールなんかはそうだ。
正直な感想を言ってもいいのならば、私には、正直デザインというものがよく分からない、確かに可愛いとは思うけれど、もっとこうしたらいい、などというアイデアが、私の口から出るはずもない。
「可愛いねぇ」
ただ、可愛いドレスを着れるというのならば、それは喜ぶべきだ。この胸の高まりはきっとこの可愛いドレスを着れる事に対してだろう。ただ一つ分からないのは、このデザイン画のドレスには、色が塗られていない。果たして、実際の衣装が白色なのか、それともまだ色を塗っていいなだけか。どちらでも可愛い事に変わりはないから、私にとっては、問題ない。
「他のデザインも良ければ」
見せてくれたデザイン画は、全て白かった。やはり白が定番なのかもしれない。首が詰まっているデザイン画はひとつもなかったけれど、どれを選んで良いのか分からない。どれも素敵だから。
どのドレスにも素敵なところがたくさんある。小さなお花が散りばめられているものも可愛いし、腰元をリボンで結んでいるのも可愛い。レースがふんだんに使われているドレスも可愛い。
可愛いものが多すぎて、どれを選んだらいいのかわからない。彩月って、本当に私の好みを熟知している。小さな子どもが可愛いと思うものを詰め込んでいるのだろう。
真っ白なドレスのデザイン画に埋もれていて、まるでこのドレス達がウエディングドレスに見えてきた。それは女の子の夢であり、一生の記憶に残るもの。それに似ている貴重なドレスをぱっと選ぶなんて出来ない。
「聖女様が着てみたいと感じるものが1番ですよ。何が似合うとか、相応しいとかは二の次です」
彩月は細かなデザインは変更出来ると言っていたけれど、多分これは細かなデザインを変更しない方が可愛いと思う。元々のデザインを変更して、このデザイン形になっているのだから、私が余計な口出しをすると、この素敵なドレス達のバランスを崩してしまいそう。
「着てみたいもの……?」
そんな単純な選び方でも良いのだろうか。何十枚という紙の中からたった1枚を探し出す。それはなんと簡単なようで、難しいのだろう。もしこの紙を見つけてくれという正解があるのならば、それは簡単だと思う。けれど、今回に限っては、正解はない。もし正解があるとすれば、私の好みに合うかどうかという事だろう。
だけど、彩月は以前、着る服に私の好みを反映させても良いと言っていた。それを思い出せば、心をざわつかせる感覚はなくなった。
果たして、そこから一体どれくらいの時間が経っただろう。まるで審査会のようだった。一次予選に通ったドレスを、さらに、二次予選に通していく。そして本選では、吟味に吟味を重ねて、何度も何度も見比べて、本選に落ちたかと思えば、敗者復活し。
思えば3人はよく飽きずに見守ってくれていたと思う。
「これが、可愛いの」
結局、私が選んだのは薄いシフォンのような柔らかい生地が使われているドレスだ。鳥のように、どこかに羽ばたいていきそうな薄いマントのような、どこか羽のようにもみえるものも付いている。
彩月がオススメしてくれたドレスとは、少し違うけれど、私が一番着たいと思ったドレスだ。
「これにします」
それを彩月に見せると、彩月の一番のオススメではなかったものの、とても良い笑顔を見せてくれた。
「そのドレスだって、私の自慢の作品です。それに、こんなに真剣に選んでくれたなんて、デザインを描いた側として、とても嬉しく思います。ありがとう」
ただ時間をかけて、ドレスを選んだだけで、お礼を言われてしまった。意味が分からなかった。
「あのね、披露会は緊張するけど、このドレス着たら頑張れそうなの」
「そんな事まで言ってもらえるなんて、きっとこのドレスは、幸せ者ですね」
彩月はゆったりと、笑いながら、デザイン画をまとめ始めた。今日はここで終わりなのだろう。
「聖女様が風呂上がりでよかったです」
「え?」
「髪結んでいませんからね。衣装を決める時に髪型のイメージを決めておきたいですから」
なるほど。こういう時って、髪型も決めておかなければいけないのか。
「というわけで、髪型を少し弄ってもよろしいですか?」
「はい」
特に断る理由もなく頷くと、彩月は私の後ろへと回ってきた。
「………さらさらになってきましたね」
彩月が、私の髪の毛をすくい取りそう呟く。
「えっと、霙さんと白鴎さんが毎日綺麗にしてくれるから」
さらさらと言われたのは、とても嬉しいけれど、これは私の努力ではない。どちらかというと、霙達が、毎日綺麗に洗ってくれているおかげだろう。それに加えて、毎日美味しいご飯を食べる事が出来ているからだろう。髪は栄養が行き届くとサラサラになるというし、きっとそのおかげだ。緑弥にも感謝を伝えなければいけない。
「……やはり結んだ方が?」
「でも、このデザインだと下ろした方が聖女様らしいのでは?」
「しかし、それならば、あまりにもシンプルすぎる」
聖女様らしいとは一体どういう事だろうか。もしかすると、この三人には、聖女様像というものがあるのかもしれない。
こういう時、私は役立たずだ。自分が好きな髪型でも言えば、少しは参加出来るかもしれないのだけれど、私が好きな髪型というものはない為、話に入る事が出来ない。まぁ、私にとって嫌いな髪型はないから、どのような髪型でも問題は無い訳だけれど。
「聖女様はやってみたい髪型はありませんか?」
ない。そういうのは簡単だけれど、ここでそれを言うのは、「興味がありません」「なんでもいいです」と言っているようで失礼にあたるかもしれない。だからといって、髪の毛を結ぶ技術もセンスもない私には「これがいい」と言えるものがない。私の知識の中にある結び方といえば、せいぜい三つ編み、編み込み、お団子くらいだ。あとは簡単な1つや2つ結びくらい。そんな私から零れ落ちた言葉といえば
「彩月さんみたいなの……」
むしろ、こんな言葉でも出てきた事だけで、上等だろう。
「ふむ。つまり編み込みという事ですね」
そう呟いた彩月は何処となく上機嫌なように見えたので、私の答えも完全に間違っていた訳ではないのだろう。それに彩月の髪型が素敵だと思っていた事に嘘はないのだし。
「分かりました。それなら……」
彩月は私の髪の毛を少し掬ったかと思えば、そのままなにやらゴソゴソと髪を引っ張っている。いや、恐らく髪を結んでいるのだろう。引っ張っているという表現は失礼だった。
少しずつ耳にかかる髪が減っていくのを感じる。髪に触れられるのは、やはり気持ちがいい。
「よし、」
彩月は、そう呟いて移動したかと思えば、反対のサイドの髪の毛を取っていった。最初と同じように、耳の少し上あたりまでを編み込みしているのだろう、そこからは、髪の毛を引っ張られる感覚もなく、多分、三つ編みをしてると思う。両方の長い三つ編みを合わせて、後ろでくくる。
「こんな感じかな」
白鴎が小さな手鏡を持ってきてくれたので、それを覗き込む。彩月の髪型とは少し違うけれど、これもまた可愛い。簡単そうに見えてこれまた難しい。
「可愛いねぇ」
思わず自画自賛してしまった。けれども、自分の髪が可愛く整えられているというのは、とても嬉しいものだ。手で握っている鏡を左右に動かし、自分の髪型を眺めるのは、とても面白い。
まるでお姫様にでもなってしまったかのようだと思い、笑いが零れ落ちてしまいそうになる。




