011-2「お風呂にベッドがあればいいのにね」
「おはよう」
「おはようございます」
霙達が部屋に入ってくる前になんとか片付ける事が出来た。怒られたりはしないと思うけれど、行儀が悪いところは見せたくない。
「さて、風呂に入ろうか」
「えっ?」
お風呂は昨日、寝ている私を入れてくれたものだと思っていたけれど、違ったのだろうか。
「昨日の夜は入れなかったから」
どうやら、昨日は私を風呂に入れてくれた訳では無いようだ。では、なぜ身体がさっぱりしていたのだろうか。
「昨日はタオルで拭いただけだからね」
風呂にはいっていないと言われると、今すぐにでも風呂に入りたくなる。
「おふろ、はいります」
「そうしよう。今準備してるから」
風呂場に入ると、何故か白鴎も服を脱ぎ始めた。ちなみに霙は部屋で待機だ。白鴎は昨夜に風呂に入っているはずである。なぜ一緒に入るのだろうか。
「白鴎さんも一緒?」
「うん。1人じゃ入れないでしょ」
その通りだ。強がって「1人で入れる」などと言える訳が無い。今までで、ひとりで風呂に入れない事など十分知っている。
「それに風呂は何回入っても良いものだからね」
そうだ、白鴎はお風呂が大好きなんだった。私を言い訳にしているけれど、ただ単に風呂に入りたかっただけかもしれない。まぁ、どちらにせよ私は1人で風呂に入る事が出来ないからありがたいものだ。1人で入ったならば確実に溺れる。
白鴎が服を脱いでいるのを見ながら、私自身も服を脱ぐ。パジャマだから簡単に脱ぐ事が出来る。
風呂へと続くドアを開けると寒い空気が私を襲ってきた。
「うー、さむいっ!」
「あ、まだ寒かった?ごめんね。早く洗って風呂に浸かろう」
「はぁい」
いつものように椅子に座ると白鴎が後ろに座って私の髪を洗ってくれる。最初にお湯をかけてくれたおかげで強ばっていた体の力が一気に抜ける。
「ふはぁ」
思わず気の抜けた声が出てしまうのも仕方が無いだろう。
「聖女様」
「なあに?」
「不安な事、ない?」
「?」
急な質問だ。それは一体何に対してだろう。不安な事がない訳では無い。でも、何に対してと言われると明確な答えが出てこない。強いて言うならば、
「披露会が、不安です」
人前に出るというのは少々不安が残る。いくらひとりでは無いと言っても、知らない人の前に晒されるのだ。緊張しない方が無理だろう。想像するだけで、ぶわりと全身に鳥肌画立つのが分かった。
「そっか。でも大丈夫。手を振っていればいいから」
白鴎はそう言うけれど、「人前に出る」という行為に緊張する。果たして、私はこの国の人達に、この世界の人達に受け入れられるのだろうか。
「泡を流すから上向いて目瞑ってて」
「はい」
真っ白の泡がどんどん洗いながされて、私の髪が白から黒へと変わる。私は泡の白さが好きだ。まるでみんなと同じだというような錯覚を受ける。髪を洗っている、たった数分の事だ。
温かい水が目元を濡らす。
髪を流すと白鴎は髪がサラサラになる魔法の液体をかけてくれた。何という名前だったか分からないけれど、私はそう呼んでいる。
大きな手が私の頭を包み込む。恐怖とは程遠い。
「気持ちいい………」
思わずといったようにこぼれた言葉はしっかりと白鴎の耳にも届いていた。
「それはよかった」
朝だけれど、思わず再び眠ってしまいそうなほど心地よい。白鴎の温かい手は、より魔法の液体が髪に馴染むらしい。
「流すよ」
「はぁい」
再びぎゅっと目を閉じて上を向く。すんなりと髪に通る手が気持ちいい。以前は髪に手を通そうとしても引っかかるだけだったというのに。
きっとこの世界と元の世界では、使っている成分が全く違うのかもしれない。もしくは、私が使っていたものの品質があまり良くなかったか。今となってはどちらでも良い。結果が全てだ。
全てを流し終えて、白鴎と一緒に湯船に浸かる。白鴎は昨日の夜に風呂に入っているので、体を洗う必要がなかった。
「きもちいねぇ」
朝風呂なんて初めてだけれど、気持ちいものだ。
初めてこの世界に来た時もお風呂に入ったのは夜ではなかった。でも、あの時はそんな事を考える暇もなかった。ただ流れに身を任せていた。
あれから、まだそれほどの時間は経っていないというのに、ものすごく長い時を過ごしている気がする。1日があっという間で、驚くほど寝て過ごす時間が多い。きっと、この世界に来て私の体がおかしくなってしまったのだろう。
時間が違うだけで朝風呂というのは少し肌寒いような気がする。なぜだろう。夜の方が寒いイメージがあるのに、今の方が寒く感じる。だからこそ、湯船がより1層温かく感じて気持ちが良い。
「うん、気持ちいいね」
白鴎も私以上に気持ちよさそうな顔をしている。今にも眠ってしまいそうな表情だ。
「白鴎さん、眠たい?」
「いや、風呂が気持ちいいだけ」
その気持ちもよくわかる。
「お風呂にベッドがあればいいのにね」
「……それいいね」
冗談で言っただけだというのに、白鴎は真剣な顔でそれを考え出してしまった。
「いや、でも溺れる危険性が……」
それは大変だ。確かに、少しでも水があれば人は溺れる事が出来るから、寝るところに水なんて危険だろう。けれど、それを真剣に考えようとする白鴎もなんだか面白い。それに寝ている間ずっとお湯に浸かっていたら、体がふやけてしまう。
長時間風呂に入るというのも難しいものだ。何しろ
「白鴎さん、あっちゅい…………」
いつもよりほんの少し長く湯船に浸かったというだけで、体が暑くてたまらなくなってきたのだから。
「……あっ、ごめん。のぼせたらいけないから、早く上がろう」
白鴎はそう言うと首まで浸かっていた私の脇を持ち、まるで畑から大根を抜くようにさっと持ち上げた。
「ふひゃっ」
いきなりの事に驚いて変な悲鳴が口から漏れる。今白鴎の目の前に私の全裸が晒されている訳だけれど、全く羞恥心が働かないのは私が子どもだからだろう。
脱衣所に出ると、風呂場とは全く違う温度で体がぶるりと震える。しかし、火照った体には冷たい風が気持ち良い。
「風邪ひく」
白鴎はすぐに私にタオルを被せた。ふわふわのタオルに包み込まれる感覚にはまだ慣れない。
「冷える前に、服きて」
パジャマではなく洋服を差し出された事に疑問を感じたが、今が夜ではなく朝だった事を思い出す。
「わぷっ」
袖を通す前に白鴎が私の頭に服を被せる。それに頭から順に通していく。私がゆっくりと服を着ている間にも白鴎は自分の服を着終えたようだ。
部屋に戻ると霙がりんご水入れてくれていた。喉にりんご水を通すと冷たさが染み渡ってくる。風呂上がりに明かりをつけなくても、明るい部屋に違和感がある。同じく風呂の後に襲ってこない睡魔にも違和感がある。
濡れた髪が少しずつ体温を奪っていく。しかし、それは不快ではなく、先程まで暑くて火照っていた体から熱が発散するような感覚だ。どちらかというと気持ちが良い。
「髪の毛」
白鴎がタオルを持ちながら、私の方を向いてそう言ってくるものだから思わずくいっと頭を白鴎の方に向ける。頭がふわふわの感覚に包まれるのを感じる。相変わらず、丁寧な拭き方だ。気持ちが良い事、この上ない。
「むふふっ」
口から不思議な声が漏れるが、霙も白鴎も気にしていない様子だった。




