010-4「『セイジョ』って何ですか?」
「あの、国王様……、」
「……なんだ」
沈黙が苦しくて、話しかけてみたけれどそこからの話題が思いつかない。もう一度口を閉ざし、彼の金色の瞳に目を向ける。まるで猛獣のように私を射抜く。それがひどく恐ろしい。眉間に寄った皺さえ、まるで獲物を見定めているかのようだ。
まるで私の一言で、私自身の運命が決まるかのように、存在するだけで圧迫される。これほどの存在に、私は何故、出会ったのだろうか。
だが、彼の手は、とても、白い。それが、酷く私を安心させた。
「あ、えっと。お仕事は大丈夫ですか?……私がいたら邪魔じゃないですか?」
「……今日の分は終えている」
今日の分を終えて尚あの量なのか。仕事がこれほど多いのなら、尚更私は邪魔だろう。現に、彼は再び仕事を再開しようと机についている。
「何のお仕事を?」
「……聞いて面白いものでも無い」
会話が弾まない。そもそも私に会話を弾ませるような語彙力も話題もなかった。何より彼とは出会ったばかりで彼がどういった話題を好むのかも分かっていない。
「……聖女」
「はい」
彼の方から話題を作ってくれた事に安堵する。
「普段何をして過ごしている?」
「えっと、ご飯食べてお昼寝したり、おままごとで遊んだり、絵を描いたりしてます」
「そうか」
改めて聞くと、私の生活って食べて寝て遊んで、まさに子どもだ。
「食事は十分にとっているのか」
「はい、お腹いっぱいになるくらい、です」
お陰様で、飢えとは程遠い生活を送っている。美味しいご飯はまさに私の生きがいとなっている。ここのご飯は温かくてついお腹いっぱいになるまで食べてしまう。ご飯の事を考えていたら
ぐぅぅぅぅぅ
お腹が鳴ってしまった。
「……もう少し待て」
「はい」
催促をした訳ではないが、私のお腹の音を聞いて、そう捉えられてしまっても仕方がない。自分自身でもお腹が空いているのか分からなかったけれど、お腹がなったという事は間違いなくお腹が空いているのだろう。
彼は突然座っていた椅子から腰を上げ、机を挟んだ向こう側のソファにどっしりと腰をかけた。
どうやら仕事に手をつけるのはやめたらしい。私は、傍で仕事をしていても気にはしないが、どうやら彼は気を遣ってくれたみたいだ。
正面に座られてもどうして良いか分からない。会話をしようにも私の方から思い浮かぶ話題はない。それよりも、この国で一番偉いという人にこんなに気軽に話しかけても良いものだろうか。けれど、話しかけない事には沈黙が辛い。それでもやはり、沈黙を遮る為の話題も浮かばない。普段私は初対面の人とどのような会話をしていただろうか。自分の事を話すか、それとも共通の話題や人を探すか。どちらにしろ、この世界に来たばかりの私が思いつくような共通のものはない。
「とるぞ」
そう言って黎翔は私の方へと手を伸ばす。いきなり伸びされた手に目を瞑れば、顔の表面を覆っていた圧迫感が消えた。視界が明るくなった事でベールを取られたのだと理解する。そうして開けた視界の先には、驚いた表情の黎翔の金色の瞳が飛び込んだ。
「お前、は……」
そう言った黎翔は、私を見ているようで まるで見ていなかった。私を通して一体誰を見ているのか。その正体を突き止めようとも思わないし、 できないだろう。けれど 彼の目の奥に潜む 寂しさや 焦燥を見て見ぬふりをしても良いのかと、少しだけわからなくなった。
彼は直ぐに目を伏せ再び開いた。
そうして黎翔に眺められ興味を失ったかの様に、腕と足を組んでそっぽを向いた。
「お前は……」
話題も思い浮かばず、沈黙を貫いていたところ、目を伏せた彼は、おもむろに鋭い目線で私の事を見て話しかけた。
「お前は後悔していないか」
「後悔?」
「この世界に来た事だ」
「この世界に来た」と彼はいうけれども、私はこの世界に自分の意思出来たわけではない。気が付いたらこの世界にいた。今までとは、人間関係も環境も歴史も社会も何もかも違う世界。きっと私の今までの常識なんか覆される世界だ。知らない事の方が多い。けれども、私は
「してないです」
そう、答えるしか無いだろう。
たとえ「セイジョ」という役割があったからこそだとしても、私はこの世界で大切にされている。衣食住を保証され、毎日を笑って過ごす事が出来る。好きだった事や、やりたかった事も出来る。この世界に来た事を後悔なんてして良いはずもない。
迷う事なくはっきりと伝える。私の目を見ている彼の瞳を見つめ返し、戸惑う事なく伝える。
どうしてこの世界にきたのが私なのだろうか。私に特別な力なんて何一つない。ただの普通の人間だ。私ではなくても、きっと変わりなんていくらでもいる。きっと私がこの世界に来なくても、代わりにこの世界のためになる誰かが来ていたと思う。それでもこの世界は私を選んでくれた。この世界を愛しいと思う。
「……そうか」
私は、私をこの世界に送ってくれた「何か」にずっと感謝をし続けるだろう。
早くこの世界に馴染んでいきたい。どうすればもっと馴染む事が出来るだろうか。まずはこの世界を知る事から始めなければならない。しかしながら、元いた世界についてもあまり知識を持っていないから違いなどと言われたとしても理解出来ないだろう。私がこの世界で知っている事といえば、ご飯が美味しい事と世界は美しいという事だろうか。
「国王様」
「なんだ」
唾を飲み込み、震える手を握りしめ、口を開く。私の喉からこぼれた声はどこか細く震えていた。
「『セイジョ』って何ですか?」
自分の中でこの国にいる決心はついているけれども、この世界にいる事で私に何が出来るのだろうか。霙達は私はこの世界にいるだけで良いと言っていたが本当にそれで良いのだろうか。私が何かをする事で、反対に世界を不幸にしてしまう事もあるのだろうか。
そもそも「セイジョ」とはどういう存在なのだろうか。いるだけでいいなんてまるで太陽のようだ。いるだけで周りの生き物を明るく照らす。けれども、光は強すぎると周りの者を不幸にする。私も同じような存在なのだろうか。願わくは私のような小さな存在なんかで世界の運命が左右されない事だ。私の存在が世界とか関わっていると知ったからには、何事も軽視出来ない。
「聖女とは高潔な女性の事だ」
「コウケツナジョセイ」
まるで辞書にでも出てきそうな説明文だ。彼の言葉がまるで呪文のように聞こえた。私とは正反対の特徴を持つ女性の事だ。これは遠回しに私の事は「セイジョ」とは認めないと言われているのだろうか。
しかし、これは先程私の事をそう呼んだのだから、気にする必要はないかもしれない。それに彼が私の事を認めていようが、そうでなかろうが結果にそれ程大差はないだろう。
「私は何をすれば良いのですか?」
「何も。ただ、この世界で過ごしていればいい」
「……」
霙達に聞いたものと同じ。やはり私に求められる役割はないようだ。霙達は私を甘やかす為にそういったのかと思っていたが、どうやら違うようだ。役割があった方が、何をすればいいか分かったかもしれない。
『後悔していないか』
その言葉に1つだけ、胸の奥に宿るわずかな想いを、分厚い蓋で閉じた。




