010-1「なんだか今日は多いですね」
今日も朝日が昇る前に目が覚めた。耳をすませば、鶏の声も聞こえてきそうな気がする。あの「コケコッコー」という声を聴けば、より1層朝だと感じる事が出来るのに。この世界にいるかも分からない鶏に思いを馳せてみる。
この世界では何が空を飛ぶのか。私はまだ空を飛ぶ白い鳥しか見た覚えがない。確か蝶はいた気がする。
図鑑のようなものはないのだろうか。この世界の全てが分かるような本があれば、欲しい。全てと言わず生き物だけでも載っているものが欲しい。
「あっ、」
確かここに、と思いながらベッドサイドにおいてある机の引き出しを開けると予想通り絵本が出てきた。
「あった」
その中には、昨日読んで貰った本もあれば、途中で眠ってしまった為、読む事が出来なかった本もある。その途中の本を手に取る。その表紙を見てみると、様々な生き物が描かれている。
これは写真ではないから正確には分からないけれど、恐らく大きな赤い竜と、森にいそうな動物達がいる。あとは、鳥や魚、角が生えた人間みたいなものも載っている。
角が生えた人間みたいなものは鬼だろうか。よく分からないけれど、たくさんの生き物が写っているという事は、これらは存在しているという事だろうか。そうなると竜や鬼も存在しているという事だろうか。それは流石にありえない。だって私は今までにこの世界で、角が生えた人や竜に会った事がない。いくら私が建物の中にずっといるからといって、もし竜が空を飛んでいたとしたら気がつかないはずがない。
それはともかく、時間もある事だし、ゆっくりと絵本を読んでみるのも悪くはない。目もすっかり覚めてしまった事だし。
本を開くと、一番に緑の森が映り込んで来た。
「大地の上で暮らしている動物達は、おいしい木の実を求めて……」
なんだか可愛いお話だ。より一層森の動物達にイメージが近くなった。次をめくると、次は1面青い海で満たされているページだった。
「海に棲む魚たちは、歌声のする方へ向かっていき、……」
気持ちよさそうに泳ぐ魚達がいる。
そして次は1面真っ赤。というより、オレンジ色。
「太陽の下では竜が踊り、」
そして紫色が広がり、
「紫の城には悪魔が宿り、」
水色が広がった。
「空には天使が舞い降りる。」
よく、分からない。
悪魔が出たから怖い話なのだろうか。
この絵本は読みやすくて面白いけれど、もっとこの世界の事が分かる絵本はないのだろうか。例えばこの世界の成り立ちとか、国を仕切ってる人の名前だとか、どういう時代なのかとか、「セイジョ」とは一体どういう存在なのか、とか。
何も知らないから知りたい事の方が多い。実際に勉強をして頭に入れろと言われても、身に付かない。勉強は好きではない。知る事は嫌いではないけれど、学ぶ事は嫌いだ。こんな事を言ったら失望されるだろうか。
パラリと次のページをめくると、今度は白黒のページだった。でも、何も文字は書かれていなかった。何か意味があるのだろうか。けれど、私にはその意図を読み取る事は出来ない。
次のページをめくろうとしたところで、扉を叩く音が聞こえた。
「聖女様、入るよ」
「はぁい」
絵本を元の場所に戻して、返事をする。
「聖女様は毎日早起きだね」
「早く寝てますから!」
「それもそうだね」
白鴎と挨拶をしながらも手に持つ荷物がやけに多い事に気がつく。白鴎だけではなく、霙も荷物を持っている。
「なんだか今日は多いですね」
浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。
「ああ、うん。今日の為のものだからね」
「?」
よく意味が分からない。二人が用意してくれているものは、いつだってその日の為のものだ。今日に限って荷物が多い事の理由にはならない。
「それがなるんだよ」
白鴎は私の心を読んだかのように言葉を返した。
「?」
それでもやはり意味が分からず首を傾げる。横では霙が一番大きな箱に入ったものを中から取り出す。出てきたのは今までに見た事がないドレスだ。私のドレスは基本的に私の部屋に隣接しているクローゼット兼衣装部屋から取り出している。しかし、今回出てきたそれは今までに見た事がないものだった為、新作だと思う。また新しく彩月が作ってくれたのだろうか。
それにしても、いつもよりフリルなども多く、とてもではないが、普段着には見えない。今まで来ていたドレスも普段着に見えるかと聞かれれば首を横に振るしかないのだが。
「この洋服は?」
霙がドレスを全て取り出し、ハンガーにかけた事で全体の姿が見えてくる。やはりそれは見た事がなく、今までのドレスとは違うように感じた。
今までのドレスはどちらかと言うと可愛いという分類に入るものだった。しかし、今回広げられているドレスはどちらかと言えば綺麗だ。ただし、私が小さいという事も含めると、それはやはり可愛らしいものである事に間違いはない。
「今日は特別だからな」
「特別?」
特別と言うようなものが何かあっただろうか。そこまで考えて昨日の記憶が蘇る。あぁ、そうか。今日は
「お出かけ……」
「言いようによっては間違いではないな」
昨日はあんなに緊張していたというのに、今朝起きてからすっかり忘れていた。今日はこの国の「コクオウ」という人に会いに行くのだった。恐らくする事はただの顔合わせだと思う為、特に気負う必要はないとの事だった。私は「セイジョサマ」らしく振る舞えば良いようだ。
「セイジョサマ」らしいとはどういう事だろうか。そもそも「セイジョサマ」とは一体何なのだろうか。
「必要以上に何かを考える必要はない。国王の問いかけに、ただ、心のままに感じた事を答えればいい」
「……」
そんな事で良いのだろうか。そんな事で「コクオウ」は満足するのだろうか。相手が何を求めているのが分かった時は、そのように行動すればいい。しかし、会った事もない「コクオウ」という人が一体何を求めているのか、私にどうしてほしいのか、私をどうしたいのかが分からない。分かっていればその通りに動くというのに。
「さあ、着替えるぞ」
私の心の準備が全く出来ていないうちに霙はドレスを抱え、私の寝間着を脱がしにかかった。パジャマを脱がされる事にはもう慣れてきたから、羞恥心も働かない。しかし、私はドレスよりも霙と白鴎が持ってきたその他の箱たちに意識が奪われていた。
「あの箱には一体何が?」
「ああ、飾りだな」
一体どこにつける飾りなのか分からない。話の流れで言うと、私のドレスの飾りか、髪飾りか何かだとは思うけれど、その何かが分からない。考えている間にも上からドレスを被せられる。腕を通して行くと、いつもよりさらに肌触りが良いように感じた。
相変わらずサイズはぴったりだ。
「じゃあ、次はこれを履いて」
用意をされていた靴は真っ白なパンプスだ。ヒールは付いていないのと変わらないくらい低かった。足を通すと、革特有の硬さなどもなく、裏起毛のふわりとした生地に足を支えられた。
「あとは」
白鴎が私の後ろにやってきた。
「?」
何をするのかと思ったら、そのまま脇を抱えられ、鏡の前まで連れていかれた。恐らく髪の毛をくくってくれるのだろう。
柔らかい櫛で髪をとかれる。それすらも気持ちよくて、なんだか目を閉じてしまいそうだ。
「今日は髪を結ばないよ」
「?」
ならば何故ここに連れてきたのだろうか。櫛でとくだけならば、わざわざ鏡の前に来る必要もない。
「結びはしないけど可愛くはしておかないとね」
そう言っ白鴎は私のサイドの髪の毛を少しだけ取り、耳の後ろで結んだ。正面から見ると結び目は見えず、髪の毛を耳にかけているように見える。
「これをつけたら完成」
そして、私の頭部全体を覆うような薄くて真っ白のべールを頭に取り付けた。
「うん、出来た。かわいい」
鏡に映った私は髪の毛以外が真っ白で、まるで、
「一緒……」
「なにが?」
「な、なんでもないです!」
それでもや衣装が白いおかげで自分の黒髪が目立つ。いっその事バッサリと切り落としてしまいたいぐらいだ。この世界には髪の毛を染めたりする技術があるのだろうか。もしあるのならば、みんなと同じように真っ白に染めたいとすら思ってしまう。私は別に決して黒髪が嫌いな訳ではないけれど、みんなと一緒という事に憧れる。
「すまない、遅くなった」
「大丈夫」
ドアから霙が帰ってきたけれど、私は霙がどこかに行った事にすら気がつかなかった。一体どこに行っていたのだろうか。それよりも問題がある。
「前が見ずらい……」
ベールが私の視界を遮る。目の前に霙がいると分かっているけれど、その霙がぼやけている。声で霙だという事は分かる。
「ほら」
霙が私の目の前を覆っているベールをめくった。視界が広くなった。
「口を開けろ」
「?」
霙の言葉通り、口を開けてみると口の中に何かが放り込まれた。
「あまーい!」
小さくて丸くてコロコロしている何かが口の中を甘さで満たす。噛み砕くには硬すぎて、歯が折れてしまいそうだ。
「しばらく舐めているといい」
「はぁい」
そうか、これは噛み砕くものではなく、舐めるものなのか。舐めているとミカンのような味がしてくる。
「それじゃあいくぞ」
「え?」
霙と白鴎に手を引かれ、部屋の外に出る。
「……もう、行くの?」
「ああ」
お昼頃から行くのかと思っていた。まだ起きてから少ししか時間が経っていない。心の準備が出来ていないが、それを言ってももう仕方がないだろう。
2人に手を引かれ、見慣れた廊下を歩いていく。真っ白な廊下に、今日は私自身も馴染んでいる気がした。2人に手を繋がれているからか、時折体が浮いてしまいそうになる。
長い長い廊下歩いていくたび、この建物の広さを実感する。
「どこまで行くんですか?」
「コクオウ」という人はこの建物の中に来るわけではないと言っていたが一体どこで会うのだろうか。そもそもこの建物から出るだけで一体どれほど時間がかかるのだろうか。
真っ白な廊下をひたすら突き進むといつもとは違う道に出た。「いつも」と言えるほど、この屋敷をウロウロはしていないが、それでも見た事がない廊下へと出た。真っ白なところから少し茶色がかっている廊下に出た。
「ここは?」
「ここをもう少し真っ直ぐ行ってから角を曲がると出入口に出る」
「出入口……」
という事は、外に出るという事だろう。茶色い廊下から更に濃い茶色の扉がの前に立ちはだかった。
「大きい……」
私の背の何倍ぐらいあるだろうか。私が5人は軽く通れるかもしれない。
「じゃあ、行こう」




