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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界  作者: ちぇしゃ


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009-2「じゅわっていった!」


「これから会う訳では無いのですね」


 あの後、白鴎は「それじゃあ、ご飯にしようか」と言って食事の準備を始めた。

 今すぐに行くのだろうと少しでも決意を固めた私の覚悟を返して欲しい。


「急だったら聖女様も、心構えも出来ないでしょ」

「……はい」


 正直まだ覚悟は出来てない。


「だから明日ね」

「あしたですか!?」


 心構えが出来ると油断したけれどその油断も一瞬で打ち砕かれた。想像よりも短いその期間は果たして私に本当に心構えをさせてくれるのか。確かにこれからすぐに会うよりは幾分か良いとは思うけれどそれでもさほど変わらない。

 むしろ、明日行くという事で、今日は緊張から眠る事が出来ないかもしれない。こちらの世界のマナーなどは大丈夫だろうか。元の世界でも立場の高い人に会う為のマナーなど学んだ事がなかった。少しくらいの無作法があっても仕方がないと思う。霙と白鴎もいてくれるとは思うし、私の方が王様より偉いらしいからきっと何とかなると思う。


 それにしても聖女様という存在の立場は本当に高いのだと実感する。立場の高い人の一挙一動は多くの人に影響を与えると聞く。これからの行動、気をつけていかなくてはならない。




 

 食事を取りに行っていた霙が帰ってきたのか、ドアの前で足音が止まった。私の気のせいでなければ、足音は霙のものだけではなかった。白鴎はここの部屋にいる為、もしかしたら績や彩月が遊びに来てくれたのかもしれない。一緒にご飯を食べてくれるのだろうか。


 コンコンとノックの音が聞こえてきたので、返事を返す。績だろうか、それとも彩月だろうか。


「聖女様、邪魔するぞ」


 入ってきたのは霙と、全く予想していなかった人だった。


「あっ、昨日の!」


 「よっ」と、片手を軽くあげた彼は、昨日調理場で会った男の人だ。


「こんにちは」

「あぁ。こんにちは」


 挨拶を返してくれた彼の元へ歩いて近寄って行ってみると、彼はやはり料理人だからか美味しいものの匂いがしてきた。先程まで料理をしていた事も関係しているのかもしれない。


「今日はどうしたんですか?」


 とはいえ、彼がどうしてここに来てくれたのかわからない。


「ん? 昨日顔見知りになったから、聖女様も俺が会っても緊張しないと思って昼食を届けに来た」


 今まで私が彼と会わなかったのは、彼が遠慮してくれていた様だ。そのように気遣ってくれるのは嬉しい。思えば昨日も彼の言葉や態度は優しかった。最初から私が聖女だという事に気づいていたからこその行動なのかもしれないが、それでも私にとっては十分な優しさだった。


 そして私はふと昨日別れてから気付いた私の失敗を思い出す。


「あの、お名前は?」


 彼が私の事を知っていて会話が成立していた為、自己紹介をする間もなかった。


「言ってなかったか? 俺の名前は緑弥だ」


 以前聞いた名だ。私のご飯を作ってくれていた人だ。


「緑弥さん、おいしいごはん、ありがとぉ、ございます」

「どういたしまして。いつかトマトも食えるようになろうな」

「……」


 出来ない事にむやみに頷いてはいけないと習った気がする。だから、私は頷かない。そっと目を逸らす。


「ははっ、正直者だな」


 褒められました。


「聖女様が昨日会ったのってやはり緑弥の事だったんだね」

「はい! 美味しいご飯、くれました!」


 もう一度あのトマトスープ飲みたい。トマトは苦手だけどあれなら食べられる。また、あそこへ遊びに行くのもいいかもしれない。たとえご飯をもらえなかったとしても、料理をしている所を見るのは楽しそうだ。料理はまるで魔法のようだと思う。ただの食材が料理をする事で、美味しいご飯に変わるのだから。


「はっ!」


 つまりは、


「緑弥さんは魔法使い……?」

 

 という事になるのではなかろうか。思わず尊敬の念を緑弥に送る。緑弥は私の言葉にきょとんとした顔をするが、その後にニヤリと口の端をつり上げる。


「ああ、俺は魔法使いだ」

「!」


 やはり緑弥は飯の魔法使いだったようだ。


「そんな魔法使いの俺から、昨日約束したご飯だ。ほら、サンドイッチとミートボール」

「!」


 早い。昨日お願いしたばかりにも関わらず、早速作ってくれたのか。


 緑弥がトレーの蓋を外すと、昨日、私が緑弥に見せたおままごとの食材とそっくりなものが出てきた。


「すごい!」


 一目見ただけなのに、こんなにも正確に再現出来るものなのか。目の前の輝かしいご飯がより1層美味しそうに見える。おままごとで見た時はわからなかったけれど、本物見てみると、このようなものなのかと、知識として頭に入れる。今まで名前すら知らなかったサンドイッチはレタスやチーズをパンで挟んでいる。

 だが、やはりミートボールとハンバーグとの違いがわからない。ただ思ったよりも小さくて一口で食べられそうという事はわかった。

 思わず横におままごとを並べてみたくなる。むしろ緑弥なら私が作ったお弁当をそのまま再現出来るのではないだろうか。今度実際にお願いしてみてもいいだろうか。


 そんな事よりも、


「いただきまぁす!」


 両手を合わせて目の前のご飯を食べる事にする。まずはサンドイッチ。フォークでサンドイッチを突き刺すけれど、何故かうまく刺せない。パンが柔らかいのか、一番上のパンはフォークで刺す事が出来たのだけれど、一番下まで通っていない。このままフォークを持ち上げると、恐らく一番上のパンとレタスだけ取れて剥がれてしまいそうだ。


「……これは手で食べてもいいんだぞ?」

「そぉなの?」


 フォークがあったからフォークで食べるものかと思った。私が食べるのが下手くそだから妥協してくれているのだろうか。





 

 本当に手で食べても行儀が悪いと怒らないだろうか。




 


 顔色を伺いつつ、手でサンドイッチを持ってみる。思ったよりもずっしりとしている。三角の尖っている所を口に含むと、ふわりとしたパンとシャキッとしたレタスが口の中に入ってきた。卵やチーズ、ベーコンは入ってこなかった。


 ただのパンだと思っていたけれど、パン自体に何か塗ってあるのか、ほんのり甘い。


「本当はトマトも入れようと思ったんだが、」


 この言葉を聞いて、私は全力で首を横に振る。


「そうなると思って入れてない」


 それはとても良い判断だと思う。


 二口目を口に入れると卵やチーズベーコンも口の中に入ってきた。


「!」


 これがサンドイッチ。

 パンだけ。ベーコンだけ。レタスだけ。それだけでも十分美味しいのに。そのままでも十分美味しい野菜たちが、合わさる事でもっと美味しくなった。材料を挟むという単純な料理にもかかわらず、こんなに美味しいだなんて。


「また花散ってるぞ」

「お気に召したようだな」


 また一つ。小さなときめきを見つけた。


「ほら」


 幸せに浸っていると、白鴎がミートボールをフォークに刺して口元に持ってきてくれた。


「あむ」


 美味しいのはもう分かっている。緑弥が作ったものだから。迷わずに口を開く。


 1口齧ってみると、中から肉汁が溢れてきた。


「じゅわっていった!」


 感動して思わず叫ぶ。どうやって作ったのかは分からないけれど、思ったよりもずっと柔らかかった。


「所でハンバーグとの違いはわかった?」

「……?」


 そこまで聞いて、漸く自身がハンバーグとミートボールの違いを見極めたかった事を思い出す。


 だが、思わず白鴎の質問に首を傾げる。やはりどちらも丸い。そして茶色。しいて言うならば鳶色と焦茶という違いだろうか。ただ多少の色の違いで食べ物の名前が変わるはずもない。


「分かんない」


 どちらも美味しいけれど、味の違いは分からない。


 私の舌はポンコツだ。





 

 

 そして答えは教えてもらえなかった。


 私の舌が白旗をあげた。

 




 










 

 おままごとの食材の中から見つけ出した大きくて丸いハンバーグと小さくて丸いミートボールを並べる。

 なぜ人々は似たものに違う名前をつけたのか。似たものであれば同じ名前でも良いというのに。

 そこまで考えて、少し後悔した。


「生き物と一緒だ」


 私たちそれぞれに名前があるように食材に料理に名前がある。それと同じ事だ。自分の不都合になった時だけ前を拒絶するなど高慢というものだろう。私は神ではないのだから与えられた名前を忌避してはならない。


 つまりは、ハンバーグとミートボールは違うものだからこそ、それぞれの名前を与えられたのだろう。


 それに少しの羨ましさを覚えながら、おままごとを綺麗に片付ける。


「はぁ、」


 暇になると思い出してしまう。私は明日、「コクオウ」という人に会うのだ。どうやら偉い人らしいし、粗相がないようにしなければならない。


「みーはいいなぁ」


 腕の中にいるぬいぐるみを眺める。

 役割なんてなくて、ただ、愛されるだけでいい。それが羨ましい。是非、変わってほしいぐらいだ。自身の与えられている環境を理解しながらも心底羨ましいと思う。


 私に求められている役割も同じようなものだ。何もしなくていい。ただ、毎日を過ごせばいい。


 羨ましいと感じていた役割だが、実際にそれを自分が求められていると思うと、どこか複雑だ。


 ぬいぐるみのみーからすれば、動いて言葉を話す事こそを羨ましいと感じているのだろうか。


 あぁ、本当に私はなんて面倒くさいんだ。こんな事を考える自分も好きではない。


「いいなぁ」


 窓の外で優雅に飛んでいる鳥を眺めていると、あのようになりたいとすら思ってしまう。人は空を飛べるはずもない。どうして人間にはあのように綺麗で真っ白な羽がついていないのだろうか。あれほどまでに綺麗な羽を持っていたならば、どこにだって飛んでいけるというのに。

 ああ、でも。


「ふふっ」


 綺麗な真っ白い羽を持っていながらも、高く飛ぶ事が出来ない鳥を思い出して微笑む。あの「コケコッコー」という雄叫びをもう一度聞きたくなってきた。


 ニワトリも空高くそびえる青を一度は夢見たのだろうか。


 スケッチブックを取り出し、地をかける白い鳥を描こうとして、やめる。ニワトリは白くて、ここには写らない。白の世界では、彼らは目立たない。

 それ程に深く、この世界と馴染んでいる。

 きっと描いたら顔しか残らない。そんな姿も面白いとは思うけれど、その為に貴重なスケッチブックの一ページを使うのももったいない。何より今目の前にニワトリがいる訳ではない為、見て描く事も、思い出して描く事も不可能だ。

 ニワトリと言われると頭にイメージは浮かぶものの、詳細には思い出す事が出来ない。けれど、別にそこまで描きたい訳ではなかったから、スケッチブックを片付ける。
















 そのあと、窓の外をひたすらずっと眺めていた。


 青い空には白い雲が陰り、鳥は白い翼をはためかせて、空いっぱいに広がっていく。青と白のコントラストが私の視界を埋め尽くした。


 青い空が赤色に染まっていく様子は、美しく、まるで燃えているようだった。夕日が見られたのは一瞬で、その後は深い暗闇に染まっていった。

 

 移り変わっていく窓の外を飽きる事もなく、ただ静かに眺めていた。



 ぼーっとしているなんて時間がもったいないなんて言う人もいるかもしれないが、私はそんな時間がとても好きだった。



 「何も考えずに」ただ、窓の外だけを見つめた。



















 夜は驚くほどぐっすりと眠れた。



 きっと、次には長い長い朝がやって来る。

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