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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界  作者: ちぇしゃ


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007「……どの服を着たらいいのか、分からないです」


 今日は何をしようか。





 そう考えられるのがとても嬉しい。ここにきて7日目だ。相変わらず私はだらだらと毎日を過ごしている。自分が好きな事だけをして、好きな時に眠る。こんな生活が本当に許されてもいいのだろうか。

 食事も美味しいものが毎日出てくる。昨日は霙と白鴎とも一緒にご飯を食べる事が出来た。私の毎日はこんなに色付いている。どうしてこんなに幸せなのだろうか。





 空は相変わらず青い。雲1つない晴天だ。





 寝坊をする事にも慣れてきてしまった。今までは空が暗い時に起きていたというのに。きっと今は早朝と呼ぶには遅いけれど、昼と呼ぶには早すぎる時間だ。


「ふふ」


 彩月にもらったふわふわのパジャマを着ながらベッドの上をゴロゴロと転がる。もうベッドの上を飛び跳ねるなんて真似はしないけれど、転がるぐらいは許して欲しい。みーも巻き込んで一緒に転がる。

 朝寝坊をしても怒られないなんて、ここはなんて良い所なんだろう。学校というものにも行かなくていいし、勉強もしなくていい。


「いたっ」


 ゴロゴロしすぎて腕が柵に当たってしまった。こういう時、痛くなくても「いたっ」という声が出てしまう。反射だから仕方がない。けれど、手が柵に当たった拍子にベッドサイドの机も揺れてしまったようだ。


 その上に置いてあるベルも「チリン」と揺れてしまった。


「聖女様、おはよう。どうかしたか?」

「おはよー」


 隣の部屋にいたであろう霙と白鴎が私の部屋にやってきた。


「おはようございます。ごめんなさい、当たっちゃっただけです」

「そうか、困った事がないなら良い」


 突然呼び出したにもかかわらず、霙は安心したように息を吐いた。白鴎はまだ眠たそうな目を擦りながら私の頭を撫でてくれる。まるで家族のようだと思う。どちらが母だろうか。霙も母の様だけれど、どちらかというと、白鴎の方が母だ。白鴎は髪を結んでくれるのだから。


「起きたなら、着替えよう」

「はぁい」

「白鴎、身支度は頼んだ。私は食事の準備をしてくる」

「うん」


 近くにいた白鴎にもこもこパジャマを着ている両手をあげる。

 抱っこは苦手だったはずなのに、今は甘えられる事がすごく嬉しい。


「このもこもこ、気持ちいいね」

「はい! とってもふわふわで気持ちいいですよ!」


 私が作った訳でもないのに、褒められるととても嬉しい。彩月に会ったら、沢山お礼を言わなければ。


「今日はどれを着る?」


 クローゼットまでやってきた私は、クローゼットの中身を見て呆然とする。


「なんだか増えてませんか?」


 私の言葉は疑問形のようだったけれど、確信をもっていた。今更だけれど、ここはクローゼットではない。いや、クローゼットという名目ではあるけれど、もはや部屋だ。服の数が昨日と比べると格段に多い。


「昨日と同じ服は?」

「あの服が気に入ってるの? 昨日の服を着る事は出来るけれど、これだけ沢山の服があるのだから着ないとそっちの方がもったいないと思うよ?」


 確かにそれもそうだ。もったいないからこそ、新しい服を着られないと思ったけれど、白鴎の言葉にも一理ある。これだけ沢山の服を用意してもらっておきながら1度も着ない洋服があるとすれば、その方が本当にもったいない。何より彩月に申し訳ない。この中に私が着たくない服はひとつもないのだ。どれも可愛らしく、普段着と呼ぶには烏滸がましい。寧ろこれでパーティーにでも行けるのではないだろうか。


「えっと、じゃあ」


 どれを着ようか迷う。だって、どれも同じくらい可愛いのだから。


 まるでお姫様だ。


 このような可愛い洋服を着られるなんて贅沢だ。このような可愛い洋服を選べるなんて贅沢だ。明日もその次の日も可愛い洋服を着る事が出来るという事が確定しているなんて贅沢だ。


 たくさんの贅沢が詰め込まれたこの洋服たちは、私が着る事を許してくれている。


「選べない?」

「……どの服を着たらいいのか、分からないです」


 選べない。どれも素敵なものだから。優劣なんてつけられない。今日着たいものを選ぶだけでも葛藤が生じる。


「白鴎さん、決めて」


 時には他人に頼る事も必要だろう。ついでに靴とリボンも決めてほしい。

 私のお願いに、白鴎は「よしきた」とでも言うように、選んでくれた。きっと彼の中ではもう既に決まっていたのだろう。恐らく私が悶々と悩んでいる間も、私の今日の洋服や靴、リボンを考えてくれていた。


「今日は絶対これ」


 どうやら白鴎の趣味に合うものがあったみたいだ。ここにあるドレスの多くがワンピースだ。レースやフリルがふんだんに使われ、スカートが何層にもなっている。まさにお姫様のドレスといってもいい。


 白鴎が選んだドレスは、薄紫色のドレスだ。菫のように綺麗なドレスは、黒髪によく合っていた。同じ生地で作られたリボンも、私の髪によく合うだろう。人に似合うものを選ぶというのは、とても簡単なようでいて難しい。白鴎はその難しい事を難なくやってのける。彩月が私に似合うドレスをデザインしてくれているということもあるだろうが。それでもやはり私の髪の毛を可愛く綺麗に結んでくれるというのは、白鴎の才能だろう。


 着ているもこもこのパジャマを脱ぐと、白鴎が薄紫色のドレスを広げて待っていてくれる。そこに頭と腕を通すと、白鴎が後ろのボタンを留めてくれる。こんなに可愛い洋服なのに、簡単に着る事が出来るのだから、彩月はすごい。


 

 

 着替えと髪のセットが終わる頃に、霙が食事のトレーを持って帰ってきた。











 青い空には白い雲がかかっていた。











 今日は何をしようか。今日の朝起きたてで考えた言葉を頭の中でもう一度反芻する。しかし、私の中で答えは決まっていた。


「昨日の続き」


 昨日の続きと言えば勿論お絵かきだ。昨日は途中までしか終わらなかったから、今日はその続きをする。別に今日完成しなくてもいいとは思っている。こういうのって、「やらないと」と思ってしまうと、どうしてもやる気がなくなってしまう。やりたい時に気の向くままやればいいのだ。

 棚に仕舞っていたスケッチブックと色鉛筆を取り出す。昨日と同じ所に座り、昨日から置いたままだったままごとを目の前にする。霙と白鴎も普段なら片付けろと言うかもしれないけれど、今回に限っては、ままごとをその場に置かせてもらった。片付けてしまうと角度が変わると思うから、絵の続きが描けなくなってしまう。理由を言うと2人は許可を出してくれた。


 スケッチブックをめくると、昨日の続きのページが出てくる。


「たっまごっ、やき~」


 キュウリとニンジンはもう終わっているから、今日は卵焼きからだ。昨日はうっすらと色を塗っていたから、上から濃い色を塗るだけ。オレンジ色と黄色と茶色を用意する。卵焼きのオレンジ色の所は、卵が詰まってるという事だろうか。そこは色を塗ってあげないと。


「……」


 オレンジが濃すぎた。力加減とは難しいものだ。

 

「おっれんじ~。の次はきいろ~」


 今度は黄色で卵焼きを塗っていく。卵焼きには見えない。黄色くて丸い何かだ。茶色で、巻目の所が分かるようにしたら卵焼きに、見えないことは、ないかもしれない。

 そして、小さな一口サイズのハンバーグ。これは難しすぎる。昨日の私は描くのに疲れたのではなくて、描けないと思ったから後回しにしようとしたのかもしれない。よし、これはもう諦めが必要だ。


「ちゃいろ~いはんばぁぐぅ」


 茶色だけになったとしても仕方がない。子どもの絵だもの。

 

「おっにぎり、おっにぎり」


 最後はおにぎり。これはもう海苔を黒く塗っておしまいだ。米一粒一粒丁寧に描くのは無理がある。


 後はお皿を薄い水色で塗って。上から薄く黒を塗って。


「でーきた!」


 一個目の作品としては上出来ではないだろうか。下手でもいいのだ。どう頑張っても上手にならないのは知っているし、今更足掻く必要もない。


 楽しかった。次は何を描こうか。まだページは沢山ある。ここにいられるのはいつまでだろうか。きっと想像なんて出来ないほど長い時間だろう。急いでページを埋める必要はない。私はこれからここで長い時を、霙達と一緒に過ごすのだろう。

 好きな時に好きな遊びをして過ごせばいい。


 なんだか少しだけ疲れてしまった。頑張って絵を描いたからだろうか。集中しすぎるとすぐに疲れてしまうこの体だが、前と比べるとよっぽど元気だ。







 白い雲が漂っていた空は、先程までとは全く変わらないはずなのに、どこか空気が軽くなった気がした。







「聖女様、起きられそう? もう夜だから、寝るならお風呂入ってから寝ようね」


 白鴎が私を揺らしながら声をかけて起こした。どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。もう日が落ちてきているから、思った以上に寝てしまったことが分かる。というよりも、寝た瞬間の記憶がない。私は絵を描いていて、それが完成した所までは覚えているけれど、それからどうなったか全然記憶がない。しかも完成した絵は、しまわれることもなく、スケッチブックにはさまったまま色鉛筆と一緒に床に放り投げられている。


「おはようございます……」


 眠たい目をこすりながら、白鴎に挨拶をする。もう風呂の時間なのだろう。今日も遊んで1日が終わった。


「こんな所で寝たら身体を痛める。次からは布団で寝て」

「はぁい」


 次から、意識があれば布団で寝ることにしよう。寝落ちに関してはもう仕方がないと思う。


「よいしょ、」


 立ち上がってさっき散らかしていたスケッチブックを手に取る。さすがにこのままにはしておけないから片付けないと。


「ん? 絵を描いてたの? 見せて」


 白鴎が私に手を伸ばす。特に見られても困るものは描いていないから「どうぞ」とスケッチブックを渡す。

 その拍子に、私自身も改めて絵を覗き込んだけれど、何故だか違和感があった。


「……あれ?」


 なんだか。


「どうかした?」

「あ、いえ! なんでもないです!」


 何でもないのだけれど、物凄い、違和感を感じる。なんだか、少し。


「……?」


 何が違うのか。描かれている食べ物はすべて合っている。絵の内容が勝手に変わった訳では無さそうだ。そもそも、私の描いた絵にそんな魔法じみたものがかかっているはずもない。


 おにぎり、キュウリ、ニンジンと見ていった所で、卵焼きに目が行った。


 違和感が、無くなっている。


「……こんな色だったっけ?」

 

 いや、気のせいだろう。寝起きで視界がぼやけていたのだろう。または、寝ている時に手が擦れたのだろう。


「上手だね」


 白鴎が真剣に私が描いた絵を見たと思ったら、そうぽつりと呟いた。


「上手。今まで絵の勉強でもしてたのかなと思うくらいには上手」


 白鴎は私の絵をじっと見ている。自分が描いた絵をこんなにじっくりと見られた事が無いから、なんだか緊張する。けれど、白鴎は、上手と言ってくれた。


「色使いがいいね。子どもが描いたとは思えない」


 あぁ、そうか。私は今、子どもの姿だ。確かに描く前は子どもらしく描かないと、と思っていたけれど、そんな事は忘れていた。つまり、全力で描いた絵は子どもの絵と同レベルという事だ。なんだか落ち込む。けれど、絵を描く事は楽しかったし、白鴎が褒めてくれている。それだけで十分だ。


 自分に絵の才能がない事など分かりきっていたし、今更嘆くつもりも全くない。ただ楽しければそれで良いのだと自分に言い聞かせる。


「これを描いたんだね」


 白鴎は私が出しっぱなしにしていたおままごとに目を向ける。お皿に乗っていた小さな丸いハンバーグはコロコロと転がっていったのか、少し移動している。


「おにぎりとニンジン、キュウリ、卵焼き。どれも聖女様の好きなものばかりだ。ミートボールも好きなの?」

「みーと、ぼーる?」


 知らない言葉が出てきた。ミートボールとはなんだろう。私が描いた絵の中で白鴎の口から名前が出なかったのは小さな丸いハンバーグだけだった。


「ミートボールってこれの事ですか?」

「うん、そう。……知らずに描いてたの?」

「はい……。ずっとハンバーグだと思ってました」

「そっか、聖女様はミートボールを知らなかったんだね。よく似ているから間違えるのも無理ないよ」


 どちらも茶色くて丸い。もしかすると。


「じゃあ、昨日のその前に食べたのも……」

「いや、あれはハンバーグ」

「??」


 何故だ。私の頭の中は疑問符で溢れている。

 この間食べたのは小さくて丸かった。、今絵の中にあるミートボールとそっくりだ。何故あれはミートボールではなく、ハンバーグなのか。形状が二つの違いではないとすると、何がミートボールで、何がハンバーグなのか。


 よく分からず唸っていると、白鴎は私の頭にそっと手を置いた。


「違いは、そのうち分かるよ」


 これは説明するのを諦めた顔だ。仮に説明されたとしてもきっと理解は出来ないだろう。














 眠る前に今日も1冊絵本を選び、霙に読んでもらう。絵本を読んでもらってから眠る事が私の夜の習慣になりつつあった。

 絵本を読んでから眠らないと深い眠りに気持ちよく入る事が出来ないような気がする。けれども、この場合は絵本がどうこうというよりも、読んでくれる事が重要なのかもしれない。霙の声はとても優しくて安心するから。安心して眠りについても良いのだと本能が伝えている。眠りに落ちるあたりで頭を撫でてくれている感触がするのは毎日の事だ。最初は身構えていたそれも、その手は私を傷つける事が無いという事を知っている。私を優しく支えてくれる手だ。大きくて硬くて頼りがいのある手。ここの人たちが優しい人だと知ってしまった。


 この幸せはいつまで続くのだろうか。

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