006-3「……覚えていて、くれたんですか?」
「おまたせ」
白鴎が3人分の料理を持ってきてくれた。いつもは私1人分だから、トレイで持ってくる事が出来ていたけれど、今回は3人分という事で、ワゴンで持ってきた。
「……」
それにしても、ワゴンに乗っている食事量があからさまに多いような気がする。私基準でいくと、10人前以上あるのではなかろうか。一緒に食べるのは霙と白鴎だけだと思っていたのだが。
他の人も一緒に食べるなど聞いてない。績や彩月ならまだ良い。けれども、これを食べ切ろうと思えば、知らない人も来るという事だ。絶対耐えられないし、緊張しすぎて食事など入る訳がない。
いやでも、まだ希望はある。きっと、ご飯にかぶせている蓋のようなものが大きいだけで、きっと中に入っているご飯は、少ないのだろう。だから、これはきっと間違いなく3人分だ。
それでも念のため聞いてみる。
「あの、ここでご飯食べるのって2人だけですよね?」
「ああ、そうだ」
確信の言葉は得られた。だが、3人前にしては多すぎる。先程の自身の希望を思い返して、そして、否定した。
2人が一緒に食事を机の上に置き、被せてあった蓋を取る。まず、蓋を取ったのは私の目の前にあったご飯だ。どうやら今日の私のメニューはグラタンのようだ。しかもバゲットとサラダまでついている。なんだかほっこりするメニューだね。
「!」
美味しそうと涎を垂らしそうになっていたところで、霙と白鴎はそれぞれ彼ら自身のものだろうという食事の蓋を取った。あまりにも、大きな蓋を。
中身は私と同じメニューだ。同じ。彼らはこれを食べきる事が出来るのだろうか。むしろこれが数人分と言われた方がよっぽど納得できる。やはり蓋だけが大きくて、料理が少ないなんて事はあり得なかったのだ。だが、そちらの方がよっぽど信憑性はある。だってこんな量1人でお腹の中に収められるはずがないから。
丸いテーブルに3人で3方向から座る。
「じゃあ、食べようか」
白鴎はそんな私の驚きにも気付かずスプーンを手に取った。
「いただきます」
私も2人にならってスプーンを手に持つ。
「もし足りなければ言ってくれ。おかわりならいくらでもある」
「あ、ありがとうございます」
とてもありがたい言葉だ。だがしかし、私にはおかわりをするようなお腹の容量はない。ないけど、したくなってくる。
「そう言えば」
1口目のグラタンを口に入れた所で、霙が思い出したように呟く。
「一応伝えておく。近々聖女様の披露会が開かれる」
「お披露目?」
「ああ、国民に聖女様が現れた事を知らせる為に開く」
へー。としか言いようがない。だって、正直言うと、そういうの苦手。やりたくないと駄々をこねる訳にはいかないし。2人がやらなければいけないというなら、私は従う。
「それって私、何かしないといけないんですか? 長々と言葉を言ったりとか……」
「いや、聖女様はその場にいてくれるだけでいい。言葉は必要ないが、手を振ったりはしてもらうかもな」
「なるほど」
それなら大丈夫だろう。正直に言うと、知らない人の前に出るのはすごく嫌だけれども、手を振るだけならば、私にもこなせるかもしれない。
でも、どうして披露会なんてするのだろう。聖女様ってそんなに重要な存在なのだろうか。私なんかの存在を知らせたってなんの得にもならないというのに。むしろゴロゴロしてるだけの私がこんなに贅沢な暮らしをさせてもらってるという事に、不満を覚えるのではないだろうか。私の生活はあまりにも贅沢だ。
「外国からも大勢来賓を招く事になっている」
外国と言う言葉に心臓が高鳴るけれど、すぐにここはもとの世界ではないのだと心を落ち着かせる。披露会。それまでこの夢は持続され続けるのだろうか。
「披露会は一日を通して行うから、聖女様を疲れさせちゃうかもしれないけれど」
白鴎が申し訳なさそうに私に伝える。それは仕方のない事だ。外国からわざわざ来てくれたのに、たった数時間で終わるのは失礼と言うものだろう。
「どんなことをしますか?」
績と白鴎は視線を合わせ、今度は績が口を開いた。
「まずは、バルコニーからの挨拶。そして、街での打鐘。最後に食事会だな」
これをこなそうと思えば、確かに一日はかかるだろう。
「街には大通りを馬車で行く。その為、多少時間がかかる。国民が聖女様の姿は見られるの機会は少ない。聖女様に我慢を強いる事にはなるかもしれないが、国民のためを思って、どうか頼む」
私には縁も所縁もない国民。この国にだって、強い思い入れはない。だけれど。
目の前の績や白鴎を見る。二人にとってこの国は、今まで育ってきた場所。そして、きっと。これからも守っていくべきところだ。
そして、その為に私は。
「がんばり、ます」
彼らは、私を「利用」せざるを得ないのだろう。この国を守る為に。そして、守護者として、私を守る為に。
聖女様というのはとても重要な存在らしい。
思えば私はまだ本当に小さな子どものような姿だし、1人で勝手に外に行く事も出来ないし、そんな勇気もない。そう思えば、他の人と触れ合う事がないのにも納得は出来る。
私がそういうと白鴎はなぜかチラリと窓の方を見た。なんだろうかと思って私も外を見てみるけれど、そこには青々と広がった空しか見えなかった。
「ごめん、なんでもない。それよりもニンジン食べないの?」
白鴎に言われて自分のサラダを見る。話に夢中になっていて食事に手をつけていなかった。
「食べます!」
白鴎が私のサラダの方にフォークを伸ばしたので、思わずサラダのお皿を引き寄せる。そんな私を見て白鴎はクスクスと笑ってフォークを引っ込めたので、私の事をからかっているのだと分かる。白鴎は、実は少し意地悪な人なのだろうか。けれども、優しいのを知っているから大丈夫。
グラタンはまだ熱々で、口に入れると火傷しそうになったけど、私が息を吹きかけていると、霙と白鴎は面白そうに笑っていた。
今日の食事は今まで以上に時間が短く感じた。不思議な事に、おかわりもしたくなった。サラダに入っていた、苦手なトマトも何とか食べられた。
食事の時間が終わるのが、とても寂しかった。
空には、雲1つない。
食事を終え、今日もまた1人でおままごとで遊んでいると、績が入ってきた。
「こんにちは、聖女様」
「こんにちは!」
どうしたんだろう。績が来るなんて珍しい。私は今怪我をした訳でもないし。績はニコニコしていて、なんだか楽しそうだ。裏のある笑顔じゃなくて、なんだかふわふわしている笑顔。怖くない笑顔、とでも言えばいいのかな。績はニコニコと笑いながら、そのまま私の目の前に座った。
「績さん?」
よく見ると、績は大きな手提げを肩にかけている。大きな荷物を持って一体何をしに来たんだろうか。そんな事よりも。
「あのね、今日、霙さんと白鴎さんと一緒にご飯食べました!」
これは大事な事。私にとっては最近でいちばん嬉しくて楽しかった事。
「ああ、そう言えばそろそろ食事をする日でしたね」
「?」
績は私が2人と一緒にご飯を食べるって知っていたという事だろうか。霙達が伝えたのだろうか。
「一緒の食事は楽しかったですか?」
「はい!」
楽しかった。他にも沢山言いたい事はあるけれど、一番の感情と言えばそれだろう。績は、それは聞くためだけにここに来てくれたのだろうか。
「ふふ、私はこの間の聖女様とお話したものを持ってきたんですよ」
「お話?」
私は績と何か大事な話をしていただろうか。績との話を思い返せば、自動的に採決の注射針を思い出し、思考を止めた。
「これです」
「!」
績は、持っていた大きな手提げからスケッチブックと色鉛筆を取り出した。
「これ!」
「ええ。聖女様が欲しがっていたものですよ」
私が両手でやっと抱えられるくらいの大きなスケッチブック。色鉛筆はまだ誰も使っていない新品だ。鉛筆削りも付いている。
「……覚えていて、くれたんですか?」
「当然です。聖女様の事ですからね」
私のものだ。私の声を聞いて、私の為に、私の為だけに用意してくれたもの。
「ありがとうございます」
本当に嬉しい。おままごとセットと同じくらい嬉しい。早く今もらったお絵かきセットでお絵かきがしたいけれども、今はおままごとで遊んでいた途中だ。これもまだ遊びたい。
どうしようかと視線をさ迷わせていると績に笑われてしまった。
「それでは、おままごとセットでご飯を作って、それを絵に描くのはどうですか?」
「!」
なるほど、と頷くそれなら両方一緒に遊べる。
「そうします!」
さっそく皿の上に大好きなものを載せる。おにぎりと、卵焼きと、小さく丸いハンバーグも乗せて。トマトは避けて。キュウリとニンジンは忘れられない。
「よし」
美味しそうなプレートが出来たところで、早速スケッチブックを開き、色鉛筆の蓋を開ける。スケッチブックはたくさん描くページがあるけれど、今日は記念すべき一ページ目だ。
角度はどうしようか。真正面から書こうか、それとも斜めからにしようか。さんざん考えた挙句。今日のところは正面からかな、と決めた。
最初は黒色の色鉛筆かな。それで全体の絵を描いてから色塗り。
黒の色鉛筆を持ってまずは大きな灰色がかっている皿を描く。光が反射している事を考えたら、もっと白色が強いかもしれない。
「それでは、気に入っていただけたようですので、私はこれで」
「え、あ!」
績がまだ居てくれている事をすっかり忘れて夢中になってしまった。ハッとして慌てて色鉛筆を置く。
「ごめんなさい。績さん、本当に嬉しかったです。ありがとうございました」
「こんなに喜んで貰えるなんて、贈った甲斐があるというものです」
だって、本当に嬉しかったんだもの。何より私の言葉を覚えてくれていたという事がとても嬉しい。
「それではこれで失礼しますね」
「はい、本当にありがとうございました」
私がお礼を言うと、績は微笑みながら1つ頷いて、扉の外に出ていった。この世界の人はどうしてこんなにも優しくて温かい人達ばかりなんだろう。私はここで一生分の幸せを使い果たす事が出来そうだ。
色鉛筆の苦手なところは書いたら消しにくいところだ。今回は消しゴムのようなものを貰っていないから消す事は不可能だ。だから間違えたら何とかごまかすしかない。
いま、無性に鉛筆が欲しい気分だ。
まずは大きなお皿を描く。お皿は真ん丸なようでいて、横から見ると、楕円のような形だ。
「……こうかな」
本物と見比べても問題ないのではないだろうか。次は上に乗っている食材を順番に描いていこう。まずは奥の方にあるおにぎり。白がないかわりに薄い肌色で輪郭を描く。ただの三角だけれど、まあいいだろう。次は卵焼きとハンバーグ。卵焼きは黄色い長四角。ハンバーグは茶色。ぐるぐるぐると丸いハンバーグを描く。
「まぁるいまぁるいはんばあぐぅ」
あとはキュウリとニンジン。キュウリは緑、それとも黄緑だろうか。どちらでも良い。一番取りやすい所に緑があるから、緑で描こう。キュウリは切ってあり円い形。三角と円となれば、後は四角が欲しいところだけど、そこは卵焼きが補ってくれるだろう。人参も切ってあるから円い形。色とりどりのお弁当だ。
次は何をしようか。取り敢えず一番手前にあるニンジンとキュウリから色をつけようか。一番好きなニンジンから。
ニンジンは外は綺麗なオレンジだけれど、真ん中は黄色い。最初は黄色で薄く塗って、上から中心を裂けて濃い黄色を重ねる。
ニンジンの色とは程遠い。私には絵の才能がなかった。
だけど、ものすごく、楽しい。
自分が好きなように色を塗れるのは、何だか楽しい。
次は薄いオレンジ色で全体を塗ってみる。少しだけ、ニンジンらしくなった。今度描く時にはきっと今日よりも上手になっているはずだ。更に上から濃いオレンジ色を重ねるともう完璧ニンジン。という事にしておこう。
ニンジンが終わったのならば次はキュウリだ。全体的に、断面は薄い緑だ。端の輪郭部分は紛れもない緑色だ。真ん中に薄い緑を重ねながら、輪郭の濃い緑に色を塗っていく。遠くから見たらキュウリの断面と分からない事もないだろう。
ハンバーグと卵焼き。これは実際に食べた時に美味しかったという理由で入れたが、色を塗るのはとてつもなく難しい。
最初は卵焼きにしよう。全体に薄く黄色。焦げている所を茶色で薄くなぞろう。白身は白いからそこだけ残して黄色をぬっていく。巻き目のところに茶色で線を引っ張っていくと、卵焼きだときっと分かるだろう。
今は全体的に薄く色を塗っただけだ。今度は濃く色を塗っていく。
けれども、今日はなんだか疲れた。後は明日にしよう。
きっと、私は今日貰ったものを忘れないだろう。例え、元の世界に帰る時が来ようと、どこか遠くに行く事になろうと、私はきっと、それをいつまでも――――。
相変わらず空は青かった。




