006-1「……もしかして、これ全部?」
朝、目が覚めると視界に飛び込んできたのは大量の布だった。
「な、なにこれ」
布と言っても、その辺にばらまかれている訳ではない。物干し竿のような長い棒が部屋の端から端にかけられ、そこにズラリと綺麗な洋服がかかっている。では、なぜそれを洋服といわず布と表現したのかといえば、それがあまりにも大量だったからだ。
ここは服屋なのだろうか、と行ったこともない場所を想像する。
加えて、私が思っている洋服とは、多少のレースやフリルがついていたとしてもシンプルでかつ動きやすいものだった。しかし、ここにあるものは、フリルやレースどころではない。これはもう洋服ではなく、アクセサリーと言っても過言ではない。この洋服にはキラキラと輝く何かが縫い付けられているからだ。これがただのスパンコールであれば、私の心はどれだけ穏やかだっただろう。ただし、これがスパンコールでない事は一目に分かるほど輝いていた。
「なんでこんなにたくさん、ここに?」
寝起きに見るものとしてはあまりにも現実離れしているのではないだろうか。勿論この洋服を否定しているわけではなく、ただ、信じられないだけだ。
この中から1着だけ選べばよいのだろうか。まさか、ここにあるもの全て私のものという事はないだろう。そして更に恐ろしいのは、霙と白鴎が端の方で更に箱から服を引っ張り出し、ハンガーにかけている光景だ。まだあるのか、と遠い目をしそうになった。
「あの、」
今度こそ話しかけるという意図をもって、大きな声で霙と白鴎の方に向かって話しかける。
「ああ、起きたんだね」
手に持っていた服を掛け終わった白鴎が、私の方にやってくる。ただし、箱はまだ大量にある。
「おはようございます。あのこの服は」
「おはよう。この服? 彩月が作ったやつだよ」
「え?」
彩月が作ったやつという言葉に疑問を抱きながら首を傾げる。彩月からの洋服はすでにもらっている。おかげで洋服を着まわせるようになっていた。
「えっと、どうして」
数えるのも恐ろしいこの服達。この中から一着を選ぶという希望を胸に抱きながら、全てが自分のものだという 図々しい思いを端に捨てる。
「聖女様は服をたった数枚しか持っていないだろう? 普段着ならいくらあっても困る事はない」
この話し方からすると、何やら恐ろしい方向へと向かって いきそうな気がした。
「……もしかして、これ全部?」
「勿論だ」
恐ろしい考えを口に出してみたけれど、霙から返ってきたのは当然とでもいうような肯定だった。
「……」
あまりの事に思わず絶句してしまう。この洋服全てだとすると、それは私が最後に向こうで持っていた洋服の数よりも多いかもしれない。「かもしれない」というよりも、間違いなく多い。これほどまでに沢山の服を着ようと思えば一体どれ程かかるのだろうか。
しかし、それほどまでに時間が経ってしまったら、私の体のサイズも変わり、この洋服達も着る事が出来なくなってしまう。洋服ボロボロになるまでは着る事が出来る。それにもかかわらず、この量の洋服というのは本当にもったいないとしか言いようがない。
ベッドから降り、霙や白鴎の元に行く。
「……」
2人の傍に行くまでに大量の洋服を目にする事が出来たが、ざっと見たところ、ただひとつも同じ洋服は無かったように思う。一体彩月は何者なのだろうかと言いたくなるほど種類が豊富だ。この短時間で、これだけの服を。——彩月は、一体何者なのだろう。採寸をしてから数日しか経っていないにも関わらず、たくさんの洋服を作ったという事は、彩月の腕がそれほどまでに良いという事だろうか。それとも彩月以外の服飾士が他にもいるという事だろうか。それとも、そういった機械があるのだろうか。私ではどの考えが正しいのかは分からないが、とりあえず、「すごい」という事だけ分かった。
「靴もあるぞ」
「リボンとかもあるね」
霙や白鴎の近くにある箱の中身をのぞき込んでみると、そこには大量のリボンが敷き詰められていた。そしてまた別の箱を覗き見ると、綺麗な靴が何足も入っていた。おそらくリボンは髪に結ぶものだろう。靴に関してはヒールが1足もなかった事から、私の年齢・体格をよく分かっている。以前ならばヒールを履く事が出来たかもしれないが、今のこの体では絶対無理だ。どちらかというとブーツのような靴が多い。今が寒い季節だからだろうか。
1着ずつ確認するのは大変だが、それでも好奇心は抑えられない。霙と白鴎がいる方向から反対側の方へ順番に洋服を見ていく。彩月が採寸の時に言っていたように、みーのようにふわふわした生地の洋服もあった。洋服というよりも着ぐるみと言っていいかもしれない。元の年齢では恥ずかしくて着る事も出来なかっただろうが、今ならば小さいし着る事も可能だ。むしろ今しか着る事は出来ないだろう。スパンコールだったらいいなと望んでいたキラキラが付いた洋服は、間違いなく宝石のようだった。望むべくはこれが本物ではなく、偽物だという事だ。普段ならば本物を探し求めるところだが、今回ばかりは偽物がいい。本物がこんなに無造作に洋服についているなんて怖すぎる。洋服は全体的に白が多いような気はするが、それでもカラフルだ。
内心ワクワクする気持ちを抑える事は出来ない。恐れ多いと思いつつも、自分のものという目の前の洋服たちを見て感動しない訳ではない。今、目の前にある素敵な洋服たちは『私のもの』なのだ。他の誰のものでもない。他の誰とも共有しない。正真正銘、私だけのものなのだ。
「聖女様、起きたのですね。おはようございます」
彩月が腕に大きな箱を抱えながら部屋の中に入ってくる。恐らくだけれど、あの中にもまた私の為のものが入っているのだろう。正直もう十分という気持ちが湧かないでもないが、彩月の楽しそうな顔を見ると何も言えなくなってしまう。
「おはようございます。こんなにたくさんの素敵なお洋服をありがとうございます」
ものすごく今更なのだけれど、この部屋に荷物を持ち込んだりハンガーにかけてくれている間もずっと爆睡をかましていたという事だろうか。多少の物音を立てれば今までは起きていたというのに、ここまで気付かないなんて私は一体どれほど深い眠りに落ちていたのだろうか。
「どういたしまして」
こんなに沢山の洋服は恐れ多いけれど、せっかく私のために作ってくれたものを拒否するなんて事は物凄く失礼にあたるのではないか。そう思って、私は喜んで受け取る事にする。私が受け取らなければ、この洋服達はどうなってしまうのだろうか。そう考えるととても恐ろしい。それに、今見ただけでもこの洋服の中に首元がぎゅっと詰まっているものはない。ネックレスだって、チョーカーだってない。彩月は私の言葉を覚えていてくれたのだ。
それがどれほど嬉しく心強いか、きっと彩月は分からないだろう。
「今回はたったこれだけしか作れませんでしたが、まだまだたくさんデザインをしていますから作ってきますね」
彩月の言葉に数カ所疑問を抱く点もあったが、気にしない方が良いと思う。どうやら私と彩月の数に対しての知識には大きな差異があるようだ。
「この洋服はいかがですか?」
彩月が手に持っていた箱を開けて見せてくれた洋服は、採寸をした時にデザインを描いてくれていた洋服だ。全体的に真っ白だけれど、差し色に所々緑が使われている。ワンピースのスカートは膝上までになっており、どうやら一緒に、靴下と靴もついてきているみたいだ。
「かわいい」
デザイン通り、首元はぎゅっと詰まっているものではなく、綿がふわふわと敷き詰められている。どう表現したらよいのか、うまく伝える事が難しいけれど、それでも圧迫感はなさそうだ。
「早速ですが、着てみてもらえますか」
「はい」
霙が近くに来てくれていたので、霙に向かって両腕を伸ばすといつも通り服を脱ぐのを手伝ってくれる。そして、彩月が用意してくれていた新しい洋服も頭からかぶるような形だったので、そのまま両手を上げて服の中に頭を突っ込む。
「ぷはっ」
洋服を着てみると思った以上に首元の締め付けがなく、着ていて居心地の悪さも感じない。寧ろ、首元に何もないように感じる。
「大丈夫そうですか?」
「はい」
首元がふわふわして暖かい。まるでマフラーでも巻いているかのようだ。
軽く首元を引っ張ってみるけれど首後ろが引っ張られるような感覚もない。加えて、靴下と靴を履いたところで、着替えが終了した。




