004-6「首、ぎゅってなるの苦手で……。えっと、ネックレスも好きじゃなくて……」イラスト付き
「あ、の」
「はい」
「衣装とはちょっと、違うけど良いですか?」
「勿論です」
彩月は笑って私を肯定してくれた。それでも、すぐに言葉が出ない私を急かすのではなく、いつでも良いという風に採寸をしながら待ってくれていた。もしこれで彩月の手が止まっていて、じっと私を見ていたのならば、私は焦って言葉が出なかっただろう。
のどに引っ掛かりを覚えながら視線を下に逸らす。
「あの、私」
唾を何度も飲み込み、口を何度も開いて閉じ。手を何度も震わせ。そうしてやっと出てきた言葉は、あまりにも小さかった。
「首、ぎゅってなるの苦手で……。えっと、ネックレスも好きじゃなくて……」
「なるほど」
彩月の視線が一瞬だけ鋭くなる。
もしかすると、何か不都合があったのかもしれない。
あぁ、怖い。
目を瞑ってしまいたい。先程の言葉を取り消したい。逃げたい。
採寸はもう終わったのだろう。彩月は先程まで私を測っていたメジャーをしまった。
「あ、あの。無理なら……」
激しい後悔が襲い、そう言おうと思ったけれども。
「こんなのはどうですか?」
彩月はスケッチブックにスラスラと服を描き始めた。それは鉛筆で書かれたものだった為、色などは付いていなかった。けれども、ひらひらふわふわしている事だけわかった。そして。
「かわいい……」
首元は柔らかい生地が使われていて、圧迫感は全くなかった。しかも柔らかい生地がふんだんに使われているため、立体感も出ていて、ネックレスなんてなくても十分だ。もちろん、これは絵で見ただけだから、本当に首元に圧迫感がないのかは分からないけれど。
「首元に布がある事自体が苦手だったら、言ってくださいね。その時はまた別に可愛いデザインも考えられますから」
「ありがとうございます。えっと、首に布があるのは大丈夫だと思います。ぎゅっとならなかったら……」
「分かりました。教えてくださってありがとうございます」
どうして、私が礼を言われたのだろうか。礼を言わなければならないのは私の方だというのに。
どうして、言えたのだろうか。そう思わずにはいられない。ただ――。
『好き嫌いは恥ずかしい事では無い』
この言葉が一体どれほど私の心を軽くしたのだろうか。
採寸が終わり、彩月は帰り支度を始める。思ったよりも早く終わった。彩月はこれからデザインをおこしてくれるそうだ。オーダーメイドなんてとても贅沢だと思うけれど、ここには私ほど小さい人はいない様だから、作るしかないのだそう。
外に買いに行けばあるらしいが、私は聖女様という立場らしく、服はここで服飾士が仕立てるものなのだそう。
「彩月さん、ありがとうございました」
「こちらこそ、お話出来て楽しかったです。……あと、今更だけど、その髪型もとても似合っている」
「!」
そう言って彩月は部屋から出て行ってしまった。しかも、最後の最後だけ仕事モードではなかった。やはりこの世界の男性はみんな褒めるのが上手だ。日常会話のようにさらりと褒め言葉を使う。私には真似出来そうにない。
霙さんと白鴎さんは、彩月さんがいる間、何故か一言も話さなかった。
「なにか飲むか?」
彩月さんが部屋から出ていってしまい、部屋には私と霙と白鴎だけが残された。だから私も気が抜けてしまい、ついソファに寝転んでしまった。それを疲れたと捉えられたのかもしれない。しかし、喉が渇いているのは事実なので、遠慮なく、飲み物をお願いする。
「初対面の人にもだいぶ慣れてきたな」
「そう、ですか?」
霙さんの言葉に心の中では全否定をする。全く慣れる様子がないと、自分自身で思う。もし先程の場所に霙と白鴎がいなければ、私は逃げ回っていたかもしれない。逃げ回るというのは大袈裟かもしれないが、話をするまでに時間がかかっていたかもしれない。そう思うと一番最初に出会ったのが霙と白鴎でよかった。2人は私の事を大切にしてくれると思う。その2人が信頼している人達は、きっと信頼出来るだろうと感じた。もちろん緊張はするけれど、逃げ出したくもなるけれど、拒絶反応とまではいかない。
「お待たせ」
白鴎が3人分の飲み物を持ってきてくれた。
「疲れた時は甘いものだよね」
白鴎がコップをそれぞれの前に置いてくれる。甘いものと言っていたが、甘い飲み物っとはなんの事だろう? コップの中をのぞき込んでみると、茶色のような黒いような飲み物が注がれていた。
「これなぁに?」
「ココアだよ。……もしかして、知らないの?」
ココア。聞いた事がなかった為、首を縦に振る。
「これはね、チョコレートを飲み物にしたようなもので、……チョコレートは知ってる?」
チョコレートというものも聞いた事がなかったので、首を横に振る。もしかすると聞いた事あるのかもしれないけれど、私の記憶の中にはない。
「んーと。なんて言えばいいかな……。とりあえず甘くて美味しい飲み物だから飲んでみて。口に合わなければ無理しなくてもいいから」
甘くて美味しいというのが想像つかない。今まで甘いものをあまり食べた事ない。甘いものを思い浮かべてみるけど、いくつか浮かんだ中に少し思い出が苦くなった気がした。そうしてここで食べた事のある甘いものを思い返し、ニンジンが浮かんで幸せな気持ちになった。
「いただきます」
こくりと小さな一口を飲んでみたけれど、正直よく分からない。口の中に温かいものが広がったのは感じたけれど、味まではよく分からなかった。少なすぎたようだ。けれども、飲めなくはない事は分かった。今度は思い切って一口飲んでみる。
「!」
「どう?」
口の中に広がる甘さ。決して嫌な感じではなく、寧ろ
「ふふ、気に入ったみたいだね」
「だな」
温かいときめきが、静かに私の心に宿った。
心も体も温かい。美味しくて幸せな感じ。こんなに美味しい飲み物は初めてだ。私が花を飛ばしている間に霙と白鴎はもう飲み終わったみたいだ。私も急いで飲もうとすると
「時間はあるからゆっくり飲めばいい」
そう言ってくれたので、遠慮なくゆっくり飲む事にする。白鴎が丁度良い温度で持ってきてくれたから急いで飲んでも火傷はしないけれど、せっかくだから味わいたい。
「そういえば、勝手に柵を設置したりしてすまない」
霙さんがベッドを見て思わずと言ったように呟く。
「あ、いいえ! 寧ろありがとうございました!」
あれほどまでに可愛い柵なら、本当に圧迫感もないし私が落ちる事もないと思う。多分、普通にベッドから転がり落ちただけだと、あれほどまでの怪我はしないはずだ。今回はふざけ過ぎただけだと思うから、次からはきっと大丈夫。
勿論もう落ちる気はないけどね。
ココアをゆっくり全部飲みきると、霙がコップを片付けてくれた。
「今日はもうすぐ夜が来るから風呂に入って寝ようか」
「え、もうですか……?」
もうそんな時間なのだろうかと驚いて窓の外を見ると、もうすっかり山吹色だった。寧ろだんだんと暗くなり始めている。
「夜だ……」
ここに来てから一日がとても早く感じる。それはとても良い事のように思えるけれど、同時に少し寂しく感じる。
いつものように二人にお風呂に入れられた。上がってからもいつも水分補給をしているから今日は少しお願いしてみる。
「あの、ココア……」
「ココアが飲みたいのか。気に入ったんだな。だが、一度に沢山飲むのは良くない。代わりにホットミルクを入れてやろう」
「ほっと、みるく?」
否定の言葉が浮かび、すぐにそれを飲み込んだ。
温かい牛乳の事だと思う。温かい牛乳とは美味しいのだろうか。今まで冷たい牛乳しか飲んだ事ない。
霙はキッチンの方まで歩いていき、冷蔵庫から牛乳を取り出した。いつの間に冷蔵庫に牛乳なんて入っていたのだろう。そして、戸棚から鍋を取り出し、牛乳をその中に入れ、コンロの火をつけた。
霙はキッチンのら鍋で牛乳を温めてくれている。その様子が見たいのに、背が足りなくてうまく見れないのが悲しい。いくら飛び跳ねても見られそうにない。諦めて、霙の服を引っ張る。すると、霙は不思議そうにこちらを見てきたので、両手を広げて抱っこをねだるポーズをする。それと、霙は少し笑いながらも私を片手で抱き上げてくれた。
「あつくないか?」
首を縦に振る。落ちるのも嫌だから霙さんの服をしっかり掴む。
「この中に砂糖と蜂蜜を入れる」
「おさとうと、はちみつ?」
「ああ、そうすると甘くなる」
「……」
温かい牛乳の中に砂糖と蜂蜜。味の想像がつかなくて、思わず涎が垂れそうになる。砂糖と蜂蜜が入った牛乳は、少しもったりしてきたような感じもする。
「落ちるなよ」
霙の注意で思わず鍋の方に近寄っていた体を元に戻す。というか、今更だけれどよく片手で料理が出来る。そして、よく片手で私を抱っこ出来る。
「もう少し、か」
わくわくどきどき。じーっと鍋の中を見ているのも楽しい。料理をしている所というものを見た事があまりない。自分でも料理など出来なかった。
「そろそろか」
霙はそう呟くと、鍋を傾け、コップにと注いだ。使い終わった鍋はシンクに入れ、水を注いだと思いきや、私を抱っこしたままそのコップを持ち、ソファの方へ歩いて行った。もう料理は終わったのだから、私も 歩くのだけれどと思いつつも、まあいいやと流されるままになってみた。
そして、そのまま座ったのは何故か霙の膝の上。不思議に思いつつも、わざわざホットミルクを作ってくれたのだから拒否するのもなんだか申し訳ない。ホットミルクを、霙の膝に零しませんように、とだけ、願っておく。
「ほら」
霙さんからホットミルクを受け取り、一口飲むと、ココアとはまた違った甘さが口の中に広がった。
「おいしい」
思わずびっくりと目を見開く。私の知っている牛乳はこんなにおいしいものではない。はちみつも全然しつこくない。寧ろおいしい。蜂蜜と砂糖の美味しさが溶け合って。
私も溶けそう。
全部飲み終わる頃には私の睡魔が夢の世界へと私を誘ってくれていた。コクリコクリと沈みそうになる意識を何とか現実世界に留めた。その誘いを何とか断りつつも最後までホットミルクを口の中に流し込む事に成功した。コップは落とさないようにか、霙も支えてくれていた。あとは意識を手放すだけだ。そう思ったのに。
「まて、歯磨きをしてからだ」
霙からストップがかかる。
「はぁい」
私がゆっくりトボトボ歩くので、霙は思わず見かねたのか、最後の方には抱っこして連れて行ってくれた。だが、抱き上げられるとそこで寝そうになってしまう。霙もそう思ったからこそ最初から抱き上げてくれなかったのだろう。それでも結局、私は意識がなくなりそうになりながらも頑張って立って、霙がササッと磨いてくれた。
歯磨きが終わったらもう寝るだけだと思ったら、私の意識はそこで途切れた。
願この幸せの日が続けばいいと祈らずにはいられない。
窓は空いていないはずなのに、少し冷えた指先に夜の冷たい風が差し込んだ気がした。
※この画像はAI生成画像です




