004-5「桃色?」
「聖女様、起きれるか」
「!」
暗闇の中で霙の声を聞いた瞬間、目が覚めた。一体どれくらい寝ていたのかは分からないが、いつ毛布をかけられたのかが分からないくらいにはぐっすり眠っていた。
「おはよう。これから採寸だけど大丈夫か?」
「はい」
むしろ起こしてくれてよかった。さすがに今日採寸が出来なければ私は一体何日採寸を先延ばしにするのかという話だ。
「よかった。実は今、その採寸してくれる人が部屋の前でもう待ってる」
「え?」
採寸はてっきり2人がしてくれるものだと思っていたけれど、そうではないようだ。知らない人に会う事を知らなかったため、心構えが出来ていない。そう思ったのだけれど、もう部屋の前にいるのでは仕方がない。あまり待たせるのも申し訳がない。
「入れていいか」
「え、あ、はい」
結局心の準備をする間もなく、許可を出してしまった。霙が白鴎に対して頷くと、白鴎はゆっくりと扉を開けた。
「彼は服飾士の彩月だ」
入ってきたのは、またもや綺麗な男の人だった。ここにはやはり綺麗な男の人しかいないのだろうか。そして、白髪金目も霙や白鴎、績と同じだ。髪型は服飾士というだけあり、お洒落だ。今日の私の髪型の様にサイドを両方編み込み、それを最後に後ろで束ねている。オシャレだけど、邪魔にならないという感じの髪型だ。
「こん、にちは」
大丈夫だとは思っていたけれど、知らない人に対してはやはり少し緊張する。後ろに下がり、近くにいた霙の後ろに隠れる。
「こんにちは、聖女様」
霙の後ろから彼を覗き込むと、目が合う。鋭い目が私を射抜き、どうすれば良いのかわからなくて、再び霙の後ろに顔を隠す。
「やばい」
聞き覚えのない単語が聞こえた。
「やば……?」
耳に馴染みがなくて、聞き返してみると、今度は白鴎の声が聞こえた。
「ちょっと、聖女様に変な知識を植えつけないでよ」
「いや、だって。聖女様があまりにも可愛すぎたから」
「気持ちはわかるけど」
会話を聞いている限り、やばいの意味はよく分からないけれど、悪い人ではなさそうだ。
「あ、そうそう。彼は聖女様の部屋もデザインしてくれたんだよ」
「え?」
あの時はこの部屋をどう準備してくれたのかわからなかったが、あれほどまでの短期間で私の部屋を用意してくれた功労者の1人なんだということはわかった。
「あ、あの!」
「ん?」
私が話しかけると不思議そうにこちらに顔を向けてくれた。
「あの、素敵なお部屋、ありがと、ございます。すごく、嬉しいです」
「っ!ど、どういたしまして。ところで」
彩月は目を見開いた後に見慣れた優しい顔でお礼を受け取ってくれたが その後に 紡がれた言葉に 私は声が裏返った。
「抱きしめてもいい?」
「ふぇ??!!」
挨拶みたいな気軽さですごい事を聞かれた。私が返事をするより先に、霙と白鴎がパシンと頭を叩いた。
「っ! え、何? いたいんだけど!」
「こちらのセリフだ。聖女様に何を言っているんだ」
「本当だよ。聖女様も怒っていいんだよ」
「あ、えーと」
このような気軽な会話を経験したことがあまりないため、反応に困る。そして、会ったばかりの人に急に抱きしめられるのは遠慮願いたい。霙と白鴎が止めてくれてよかった。
「残念」
全然思っていなさそうな顔でそう呟いた。この人の本音がどこにあるのかわからない。笑っている事から、もしかすると、私の緊張をほぐそうとしてくれていたのかもしれない。おかげで少し緊張がほぐれた気がする。それに、霙と白鴎もこの人に負けてないという事もわかった為、もし不都合な事をされたとしても霙と白鴎がある程度は断ってくれるのかもしれない。私に断る勇気があれば良いのだけれど。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。私の名前は彩月といいます」
彩月と名乗った人は先程までとは打って変わって姿勢を正し、仕事モードに変わった。最初に紹介された名前と同じことを確認する。
「私はここで主に衣装を作ったり、家具のデザインをしています。聞いているとは思うけど、今日は聖女様の衣装を作るために採寸させてもらいます」
仕事モードの彩月は正直少し怖い。取り繕っていることがわかる。この優しい笑みの裏には 一体どのようなものが詰まっているのだろうか。いっそのこと 怒っていない 顔の方が 親近感が湧く気がする。
「よ、よろしくおねがいします」
「はい、よろしくお願いします」
採寸はそのまま私の部屋で行う事になった。彩月が最初に、霙と白鴎は部屋の中にいても良いか聞いてきた。私としても、いてくれた方が安心する為、提案に同意した。自分にも選ぶ権利があるのだと少し驚いた。
「はい、それじゃあ服を脱いでいきましょうね」
「……はい」
私は子ども。私は子ども。羞恥心はいらない。恥ずかしくない。心中で必死に呪文を唱えながら万歳をして服を脱がせてもらう。幸いな事に、シャツは着ていて良いし、かぼちゃパンツもはいていて良いとの許可が貰えたので、そこまでの羞恥心に見舞われる事はなかった。
「それでは、下から測っていきますので、力を抜いていてください」
「はぁい」
彩月さんは宣言通り下、つまり足元から順番に私のサイズを測っていく。
「そういえば、聖女様はどんな色が好きですか?」
「色……?」
彩月がメジャー を私のお腹周りに当て所で私に問いかける。
特に考えた事もなかった。首をひねるけれど、今すぐこれと言う色が出てこない。何色を好きと答えれば良いのだろうか。ただ単に 世間話の一環として聞いているのか、 それとも服のデザインを決めるために聞いているのか。将又、望んでいる答があるのか。
強いて言うならば。
「桃色?」
「ふふ、疑問形という事は、すぐには思いつかないという事かな?」
彩月の言う通りなので、迷わず首を縦に振る。
「それでも、桃色が出てきたという事は、多少は桃色に愛着があるという事かな?」
「?」
自分の事なのに自分がよく分からなくなる。こんな曖昧な返答で申し訳ないと思うけれど、彩月は怒る事なく採寸を進めていく。
私が、好きなものは何だろう。
疑問だけが頭の片隅で燻る。
「それなら、今まで着た服の中でどんな服が一番好きでしたか?」
「えーと」
また、難しい質問が来た。今までどんな服を着ていたのかすら思い出せない。記憶を思い起こそうと頭をつつく。たしか、普段私が着ていたのは――。思い起こそうとして、嫌な記憶が蘇ってきそうになり、やめた。
そうなると、私の好きな服装ってどんなものなのだろう。以前の私はどのような服装に憧れていただろうか。
私がなかなか答えない事で、彩月さんは私の中に答えが見つからないと分かってくれたのだろう。
「それじゃあ、聞き方を変えようかな。ワンピースは嫌いですか?」
首を横に振る。
「手足が出るのは大丈夫ですか?」
ふと自分の手足を眺めてみるけれど特に問題は無いように思う。
首を縦に振る。
「ふわふわな生地の服も作っても大丈夫ですか?」
これに関してはよくわからなかったから、素直に首を斜めに傾ける。
「そうだね……。例えば、聖女様が持っているぬいぐるみと同じようにふわふわしている上着とかかな。そんなのはどうです?」
想像してみたら、それはとても暖かそうだった。寒くなったら欲しいと思い、首を縦に振る。
「それじゃあ、最後に。ちょっと難しい質問かもしれないけど、着たくない服装や色はありますか?」
この質問にもこれといって思い浮かぶものはない。脳内にこれという程、私の中に洋服の思い出がない。
今度も首を横に振る。
「分かりました。ありがとうございます。今後は私が聖女様の衣装を作らせて貰うのですが、もし作った衣装を見て、これはどうしても着たくないという事があれば、遠慮なく教えてくださいね」
せっかく作ってくれた服を着たくないなんて、言えるはずもない。そう事思った私の心を読んだのか、彩月は笑って答えた。
「洋服とは、着ているものを幸せにする事が出来るのです」
初めて聞いた。洋服の魔法。だけど、そんな意味不明な言葉をきいて、どこか納得してしまった。
「私は私の洋服を着た聖女様が幸せになってくれる事が嬉しいです」
今着ている服だって、私には不似合いなほど、輝いて見える。
ですから、と彩月は続ける。
「もし苦手な衣装があれば、遠慮なく教えてください。無理に着る必要はありません。衣装だって喜んでくれた方が嬉しいと思いますから。むしろ苦手だった衣装は積極的に教えてくれると助かります」
そうか、と不思議と心にすんなり落ちてきた。人が服を選べるように、服だって着る人を選べる。いやいや着られるのは服も嫌だろう。
それでもやはり、苦手なものを伝えるのは申し訳ない。思わず眉が下がりそうになってしまう。
「好き嫌いは悪い事ではないのですよ」
「え?」
「この世界に、あなたの好きと嫌いを咎める人はいません」
「!」
彩月さんは出会って数十分だというのに何度も私の核心を突いてくる。
そういえばと思い出すのは、今日の朝の事。私はトマトが嫌いでどうしても二口目が食べられなかった。だが、霙は決して、呆れたりしなかった。むしろ、よく食べたと褒めてくれた。
「好きや嫌いは生きる者全員が持つ個性です。私にだって好きな物や嫌いな物はあります。聖女様にもあって当然です。それを隠す必要もありません。勿論言いたくないのであれば無理に聞き出す事は致しません」
「…………」
口に出しても、良いのだろうか。ここでは居候で無駄飯ぐらいでしかない私が我儘なんて言っても良いのだろうか。けれども衣装を作ってくれるという結果には変わりがないのだから、少しぐらい要望出してもいいのかもしれない。むしろ少しくらい要望があった方が作りやすいのかもしれない。




