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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界  作者: ちぇしゃ


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004-1「あなたは、みーだよ」


 4日目の朝、目を覚ますと、まだ暗い闇の中にいるようだった。静かな朝だったけれど、優しい風が窓の外から吹きぬけてくるようで暖かい。起きたばかりなのに今も少し眠たい。だが、しっかり寝れているからか、その眠さの中に気だるさはない。むしろスッキリしている。

 目が覚めたからといってもする事はない。とはいえ、昨日のように布団の上で飛び跳ねるといったような失態は犯すつもりはない。霙達に迷惑をかけるような行為はしたくない。ふと気になってみて、自身のおでこに触れてみるけれど、腫れたような膨らみもなく痛みもない。怪我を気にしていたら、心配をかけるだろう。鏡を見るまでは安心できないけれども。


 ベッドから降りようとベッドサイドに行くと、なぜか違和感があった。


「……なにこれ?」


 違和感の正体はすぐにわかった。ベッドサイドに柵のようなものが施されていた。と言っても赤子をおちないように閉じ込めるような柵ではない。似てるけれど、少し違う。色も温かみのあるような薄ピンクだし、なんならレースも飾られていて可愛らしい。ベッドサイドの方には柵があるけれど、足元の方には柵がない。だから、閉じ込められているという圧迫感もない。確かに柵だけれど、これだったら私も好きな時に降りられる。閉じ込めようとしてこのようなものを設置した訳ではないと分かっているから怖くない。ただ、このようなもの、わざわざ準備してくれたんだなと思うと申し訳なくなる。それにこの様な物を用意してくれていたというのに、私は全く気付かず眠りこけていたのか。前は少しの物音でも起きていたというのに、緩みすぎているのだろう。


 とりあえず柵が施されていない足元の方から踏み台を使って床に降りる。そしていつもの可愛らしいスリッパに足を通し、窓辺まで歩いていく。


「あおい……」


 先程までカーテンの向こうにあった空は、カーテンを開けてみると、黒ではなく青だった。薄暗い黒からだんだんと青に染まっていたのだろう。この世界の空は本当に青い。こんなにじっくりと空を見るのは何年ぶりだろうか。空の青なんてもうすっかり忘れていたと思ったのに。飛んでいる鳥も、明るい太陽も、咲いている草花も全てが明るすぎた。


 窓に触れると、その冷たさが肌に伝わる。


「つめたい」


 季節はいつ頃なのだろうか。窓の外を見ただけだと、季節感もわからない。けれど、葉の散りようから秋頃だろうかと予想をつける。秋はどのような季節だっただろうか。山菜が美味しいとも聞いた事があるし、読書や音楽、芸術に浸る季節だとも聞いた事がある。つまり、色々な事に興味を示していくような季節なのだろう。私には無縁だったけれど。しかし、普段から私がしていた事と比べると、それはとても魅力的なように思える。

 ピアノの音が聞きたい。誰か弾いてくれないだろうか。今までピアノなど触った事がなかったけれど、本当はピアノをやってみたい。ただ、この世界にピアノがあるかどうかが分からないし、私が触れてもいいのかが分からない。

 絵の才能はどうだろうか。正直、絵は下手くそだと何度も言われていたけれど、今の私はどうやら子ども扱いを受けているようだから、子どものような絵を描いてもいいのではないのだろうか。人の顔を描くのは本当に苦手で、特徴を捉えた絵を描くのって本当に難しい。どちらかというと私は、景色の絵を描く方が好きだ。もちろん下手くそではあるけれど、自分が見たまま感じたままを自由に描く事が好きだ。けれど、紙なんて手に入るものではなかったから、頭の中で思い描い終わる事の方が多かったけれど。

 本を読む事も好きだ。幸いな事に、霙が絵本を毎日選んでくれているから、今のところ読むものには困っていない。けれど、絵本なんてすぐに読み終わってしまう。絵本は大好きだから、読めるものならばたくさん読みたいけれど。小説だって読みたい。私はこの世界の文字が読める様だから、物語なんかも良い。だが、論文の様な、内容は絶対に無理だと思う。内容は頭に入れる事ができるかもしれないけれど、それを理解して刻み込む事はできない。昔からそれはずっとずっと苦手だった。私はどうやら覚えが悪いらしいから。

 勉強は絶対にしたくない。勉強なんて大嫌いだ。特にテストが一番嫌い。自分がどれほど頭が悪いのかを思い知らされるようだから。私は毎日ふわふわと生きていきたい。何も考えずに、ただ転がっていたい日もある。

 カーテンを開けたままベッドに戻ると、端っこに転がっていたくまのぬいぐるみを枕に寝かせるように転がし布団をかけてやる。


「……」


 子どもを寝かせる母親とは、このような気持ちになのだろうか。トントンと軽くたたいてやると眠るはずもないぬいぐるみが眠ったような気がする。大好きな私の友達をそっと撫でてやると、そのふわふわな毛は肌によく馴染む。抱きしめてやると柔らかさから形が変わってしまいそうだなと感じる。この柔らかさは例えるなら何に似ているだろうか。考えてみたけれど、それを当てはめられるようなものは私の知識の中にはなかった。頭がいい人ならもっと何か出てくるだろうか。


 不思議な事に、布団に寝転んでいるくまのぬいぐるみを見ていると、私の方が眠たくなってくる。私がまだ小さかった頃、眠たくなった時にはどうしていただろうか。私の周りは何をしてくれていただろうか、唯一思い出すのが記憶の彼方にある、懐かしくささやかな子守唄だ。


「ね~ん、ねん、ころぉり……」


 まだ遠い遠い記憶の中、うっすらと残っていたそれは、私の口から出すにはあまりにもか細く、同時に懐かしい。これは私にとって幸せな歌だ。


「……っは!」


 本当に眠ってしまいそうになっていた。たった今起きたばかりだというのに。

 今はだいたい何時頃だろうか。もう朝日は昇っているようだ。


 そういえば、このくまのぬいぐるみを、いつまでもくまのぬいぐるみと呼ぶのは少し、寂しいのでは無いか。名前が無い寂しさは私も、よく分かっている。

 名前をつけてあげた方がいいのだろうか。名前がある拘束感と、名前が無い焦燥感。どちらを取れば良いのか。私にはその答えを見つけられない。


 それに、私には名付けの才能なんてない。変な名前をつければ、この子はきっと、化けて夢に出てくる。


 それでも、私は私の欲に従ってこの子に名前をつけたいと思った。どのような名前がいいだろうか。名前などつけたことがないからどのような名前をつければ良いのかわからない。横文字の名前かそれとも日本人のような名前か。人によっては自分の名前をぬいぐるみに付けたり、製作者の名前を付けたり、好きな人の名前を付けたりするものだと聞いた事があるけれど、どれも釈然としない。自分の名前は嫌だし、製作者も分からないし、好きな人も思い浮かばない。


「……」


 私の両親は、どうやって私の名前を決めたのだろうか。1から考えてくれたのか、それとも関連した名前をつけてくれたのか。好きなものから取ってくれたのか。今は聞くことすらかなわない両親に、一度問いかけたくなった。


「好きな…………」


 何も思い浮かばない。こういう時に思いつく方では無い。ちらりと窓の外を見てみる。何だか外が曇り始めているみたいだ。これを、なんと言うのだっただろうか。天気が悪くなっている訳ではなくて、朝寒い時に出るものだ。たしか、霧と言う。だが、ふと、自身の知っている霧とは少し違うような気がする。霧よりも柔らかくて優しい感じ。


「……あっ」


 そうだ、霞だ。私の勝手なイメージだけれど、霧は尖っていて、霞は柔らかい。


「かすみ」


 口に出してみるけれど、くまのぬいぐるみには合わない気がする。というよりも霞と目の前のくまの色彩が私の知っているものと異なりすぎて、勝手に違和感を感じる。

 そういえば、私の知っている霞と外の霞の色彩も全く違うと何処か頭の片隅で違和感を再度覚える。


「あなたは……、みー」


 かすみの「み」からとった。単純だけれど、この方がしっくりくる。私の大好きなお友達。


「ずっと……、一緒にいてね」

 

 このぬいぐるみは私が手放さない限りはずっと一緒にいてくれるはずだ。手放す事なんて私の方からは絶対にありえない。私が大きくなってもぬいぐるみを抱くような年齢ではなくなったとしても、きっとこの子だけは大事に大事に取っておく。だって私だけのものだから。この世界に来てから周りの人達はみんな優しく温かかった。そしてその中でも一番、私が心を通わせる事ができるのはきっとこのぬいぐるみだろう。手放さない限り、この子はずっとここにいる。


「あなたは、みーだよ」


 名前を呼ぶだけで、少しだけ部屋がやわらかくなった気がした。

 可愛いこの子には今度何かをプレゼントしてあげたいな。何だったら喜んでくれるだろうか。


「あなたは、みー」


 私とお揃いの何かはどうだろうか。


「わたしは、」


 その先の名前だけ、なぜか続かなかった。



 

 


 

コンコン



「っ!」


 突然のノックにみーと一緒に飛び上がる。外からの足音に気が付かないとは、それだけ気が緩んでいるという事だろうか。壁やドアが分厚いから気がつかなかっただけかもしれないが。

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