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黒いモノクロな世界と白いカラフルな世界〜世界の色を探して〜  作者: ちぇしゃ


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030-3「お空でお話してきて」


 用意していた皿に1匹ずつ秋刀魚を乗せていく。思ったのだけれど私はここにいていいのだろうか。神楽と香楽には、それぞれ話をする意思が固まっている。私がここにいる事で、二人が本音で話をする機会を奪ってしまっているのではないか。


 けれども2人は私がいる事への違和感を感じないまま、席につく。今日は緑弥もいないからおにぎりはない。秋刀魚だけだ。けれども、それで十分だ。


「いただきまぁす」


 少しずつ秋刀魚の食べ方にも慣れてきた。まだ神楽や香楽のように綺麗に骨を取る事は出来ないが、食べられる所とそうでない所は分かるようになった。


 一口食べてみると、とても美味しいのだけれど、普段と違う食感に眉を顰める。何度も言うけれど美味しい。美味しいのだけれど私には少し、辛い。


「この味……」

 

 神楽が驚いたように目を見張り、秋刀魚を見つめる。やはり神楽にも少し辛いのだろうか。今まで神楽や緑弥が焼いてくれた秋刀魚はパリッとしていて美味しかった。それに対して今日の秋刀魚は実がふわっとしている。優しい噛み応えが本当に美味しい。もう一度言おう。本当に美味しい。この辛さも慣れればとても良いアクセントのように思えてきた。この辛さは唐辛子のような辛さではなく、塩だろう。一般的に考えればこの辛さを不快に思う人はいないだろう。単純に私が食べ慣れていないだけだ。


「懐かしい……」


 香楽は呟く。神楽も同意をするように小さく頷いた。恐らく昔共に暮らしていた時に一緒に食べた秋刀魚がこの味なのだろう。神楽も久しくこの味を食べていないという反応だった為、昔は味付けを香楽が担当し、焼くのを神楽が担当していたのかもしれない。2人だけの世界にやはり私は入り込む事は出来ない。



 やはり、香楽からの養子の申し出を断っていて良かった。私がそこで受け入れてしまえば、きっと誰も幸せにはなれない。傷つく人があまりにも多すぎる。過去の自分の選択に満足をしながら秋刀魚をもう一口箸でつまむ。

 秋刀魚の優しい塩辛さが口の中を刺激する。


 大きな秋刀魚は、噛む事に身がほころび、優しさが溶ける。

 

「美味いな……」


 神楽のしみじみとした声は空に溶けて消えていく。まるで長らく待ちわびていたオアシスにたどり着いたかのようだ。今までずっと秋刀魚は食べていたけれど、彼の中でどこか違和感があったのだろう。ようやく食べる事が出来た懐かしい味に神楽は心揺さぶられている。

 

「……あぁ。美味いな」


 細い声が神楽の声に同意する。終わりに近い秋刀魚が骨を浮き彫りにしていく。白い身が、少しずつ姿を消していく。終わりに近づく事が、ものすごく寂しい。そして怖い。何かの区切りに次の出来事がどう心えぐるのか。


 食べたばかりだと言うのに、体が空腹を訴える。

 









 

「…………なぁ、親父。」


 食べ終えた神楽が、そっと声を溢す。持っていた皿を床に置き、神楽は今日初めて、香楽と視線を交わした。


「話さないか」


 ようやく切り出したその一言は、きちんと香楽の耳まで届いていた。


「ああ」


 香楽もそのつもりだという風に迷う事なく答えを返す。2人の間に出来た微妙な距離感は、少しずつ縮まり始めている。手が届くまであと少しという所まで来ている。その手を握り返して、また一緒に笑い合える日が来るのだろうか。

 けれども、今そこに私の存在は必要ない。


「ねえ」


 声をかけた私に視線が向く。


「お話をするなら」


 鳥は、信頼している相手を空に誘う。けれども、彼らは今、それが出来るはずもない。お互いに好いていても「空に誘う」なんて事を言い出せるはずがないのだ。でも、彼らは2人で話す時間が必要だ。誰もいない所で、2人で。

 私がいなくなるのが一番早い。けれども私が空を飛ぶ事は不可能であるし、何処か別の所へ移動するのも不自然だ。


「お空でお話してきて」


 その様子を、眺めていたい。


 2人は悩んだ様だが、結果的に空で飛ぶ事に同意した。


 水色の空は少し味気ない。だからといって、私には空の色を変える力なんてない。

 あの空が空色ならば、きっと心ももっと晴れただろうに。


 ばさりと香楽が翼を広げる。大きな翼は空が高くにある事を主張する。きっと彼らの前に、空はなすすべも無い。


「なあ、親父」


 眩しそうに目を細めた神楽の視線の先には、私と同じ様に香楽の翼がある。彼にとって香楽の翼はどういうものなのか。私と神楽の抱く感想は全く違うだろう。


 綺麗。白い。大きい。


 私の感想としてはこのくらいだろうか。


 きっと、神楽にとっての翼は、私が母親に感じる事と同じ様なものだろう。


「俺は、……何処かで、良かったと思った」

「『良かった』……?」


 神楽が香楽のように大きな翼を広げる。私にとっては大きいけれど、香楽と比べると少し小さい。この世界では、神楽は青年に近い少年といった所だろうか。


 神楽が勢いよく大きな翼を広げて空へと舞う。まるで神楽の独壇場だ。飛翔の力を持っているからか、神楽の空を飛ぶ姿はまるで本物の鳥のように優雅だ。彼の性格とは真反対の飛び方を見て思わず目が奪われた。それは香楽も同様のようだった。


「お兄ちゃん楽しそう」


 まるで水を得た魚のようにスイスイと空を泳いでいく。手を伸ばせばきっとするりと抜け出してしまいそうになる。

 

 

 あぁ、これが「自由」なんだ。

 


 空を飛ぶ姿に、きっと思い切り手を振っても気づいてくれないだろう。それほどに彼は空を楽しんでいる。


「神楽は……、楽しそうかい?」


 空を飛ぶ神楽を眺めながら、目を細める香楽。

 その答えを聞きたいようで聞きたくない。そんな不思議な表情をしている。


 「香楽さんは……、お兄ちゃんを連れて行っちゃうの?」


 どう答えるのが正解なのか。私が楽しそうと言えば、彼が連れて帰るのか、それとも楽しそうではないと言えば連れて帰るのか。または、全く意図のない質問なのか。

 

「そう、思っていたんだがね」


 香楽はそう言って地面を蹴り、空へとかけていった。

 2人の鳥が空を舞う。なんて軽やかに飛ぶのだろうか。2人の飛び方は似ているけれど少し違う。神楽は早く軽やかに飛ぶけれど香楽はゆっくりとおおらかに飛ぶ。そして翼は神楽の方が少し青みがかっている。とても楽しそうで羨ましい。私は決してあの中に混ざる事は出来ない。

 緑の糸は切れても、他の色の糸が繋がっている。一度切れたってもう一度結べばいい。










 

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